表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

憂鬱が咲く

 最悪の気分だ。

 家までの道のりがやけに遠く感じ、足も鉛のように重たかった。

 僕は恋をしていた。そしてその恋が今しがた終わったのだ。

 二年という長きの片思いについ先刻、終止符を打たれてしまった。


 僕は大学生として上京してきた。上京したものの、思い描いていた大学生活とは程遠いもので、冷たい都会の波に負け一年立たずして尻尾を巻いて逃げ出そうとしていた時だった。僕は彼女と出会った。

 理由なく街をぶらついていて、たまたま目に入った花屋で彼女を見つけた。

 透き通るような白い肌にショートカットがよく似合う絵本に出てくる妖精のような女性だった。彼女が僕の心の支えとなったのは言うまでもないだろう。

 それからというもの特に興味はなかったが話題のため草花について猛勉強をした。そしてお店に行く度に特に興味のない花を買って帰った。僕の家は今ではちょっとした植物園状態だ。最初は育てるのが面倒だったのでそこらへんに植えて帰ろうと思ったりしたのだけれど、買った草花を見ると「可愛がってあげてく下さいね」という言葉とともに付いてくる笑顔が脳裏をよぎりどうしても家まで持って帰ってしまうのだ。しかしこれが世話をしているとなかなか愛着が湧き、今では水やりや手入れは欠かせない日課となっている。動物とは違い、動き回り懐いてくることは無いが、成長が目を見張るほど早く手間をかけた分だけ綺麗な……おっと危ない。近頃、植物について語りだすとつい熱中してしまう自分が少し恐ろしい。自重しなければ。

 とにかくそんな地道な努力もありこの二年ほどでどんどん(自分なりに)と距離を縮めていった。手応えもかなり感じていた。あとは最後の一歩踏み出すだけなのだけれどなかなか踏ん切りがつかないでいた。

 そんな矢先の出来事だった。

 その日も僕は学校の帰り道、彼女のいる花屋へ向かった。そして目撃してしまったのだ。

 店の前で車から出てきた背が高くカッコイイ男性に抱きつかれているいる彼女の姿を。彼女の反応は嫌がりながらもその表情は満更でもなさそうだった。そして聞こえてしまった言葉……これが決定打となった。男性は「会いたかった」といい「彼女は外では恥ずかしいからこういう事はしないで」と言った。たしかにいった。

 僕は彼女たちに気づかれる前に気配を殺し(すでに死んでいたが)その場を後にした。


 なぜだ。彼氏がいる雰囲気なんて微塵もなかったではないか。それとも今までのやりとりは全て業務に含まれていたのだろうか。いや、なかなか発展させようとしない僕についに愛想を尽かしてしまったのかもしれない。確かに考えてみればあんなに可愛い女性が放っておかれるわけがないのだ。もし仮に彼氏でなかったとしても、彼氏でもない男と抱き合うなんて結局、僕の中の彼女が壊れてしまうことに変わりなかった。けれど二年間僕の中に溜まった彼女への思いは簡単に消えることはなかった。

 そして僕はある決心をした。



 次の日僕は大学を休んで彼女が勤める花屋へと足を運んだ。

 「あら、大学はどうしたんですか?」

 無邪気に聞いてくる彼女の笑顔に情けなくも泣きそうになる。勿論彼女は昨日の出来事を僕が見ていたなんて知らない。

 「ちょっと休講になったもので」

 今は、こう答えるのが精一杯だった。話をどう切り出したものか。そんな事を考えながら店内をみて回っていると、紫色の小さなツボ状の花がたくさん付いた植物を見つけた。あの花はたしか……。

 僕はその、まるでぶどうの房を逆さまにしたような植物の前にしゃがみこんだ。

 綺麗に憂鬱が咲いていた。

 「ムスカリですか、とても可愛い花ですよね。でも、なんか今日の学生さんに似てるかも。顔もムスカリの花みたいに下ばっかり向いてますし」

 流石に僕のアンニュイな雰囲気を感じ取ったのだろう。

 「そうです、これは僕です。この花の花言葉通り憂鬱です。僕には好きな女性がいました。僕は近々その女性に告白するつもりでしたがその女性にはどうやら彼氏がいたようなのです。僕には到底かなわないような方でした。これは愚痴とかではなくてえっと、僕は彼女の幸せを願っています。……なんかすみません。ということで、これ下さい」

 途中自分でも何を言っているのかわからなくなった。

 彼女は最初、わけがわからないというような顔で頭の上に疑問符を出し聞いていたがすぐに、「あっ」という表情に変わった。そして、はあと短く小さなため息を吐いた。

 嫌味たらしい、根暗男と思われたかもしれない。当たり前だ、自分でも気持ち悪いと思う。それでも聞いてもらいたい想いがあった。このまま何も言わずに諦めて後悔したくはなかったし、次に進むために自分の中で決着をつけておきたかった。

 けれど彼女の口から出た言葉は僕の予想の遥か上空を行くものだった。

 「こういうのって現実にもあるんですね。兄弟を恋人と間違う人なんて少女漫画とか小説の中だけだと思ってました。たしかにシスコン気味の変な兄貴ではあるけど……」

 え、兄弟?兄貴?シスコン?僕が顔を上げると彼女は続けて言った。

 「それとムスカリの花言葉はたしかに憂鬱でもありますけれど、もう一度ちゃんと調べてみてください」

 彼女は、ほら早く早く、と言わんばかりに僕を見つめていた。僕はあのイケメン君が彼女の兄弟かもしれないという狂喜の情報により、ムスカリの花言葉などもはやどうでも良かったけれど彼女のあの目で見つめられると優先事項が簡単にひっくり返ってしまう。そんな悲しい生き物である僕はポケットから携帯を取り出し「ムスカリ 花言葉」と検索をかけた。

 ムスカリの花言葉は「失望」「絶望」「憂鬱」ほら、やっぱりマイナスなイメージの花言葉ばかりだ。

 そう思いながらページを下にスクロールしていき僕は目を疑った。そこにはこう書かれていた。

 『明るい未来』

 『通じ合う心』

 「分かりました?ムスカリの花言葉にはまるで正反対の意味のものもあるんです」

 その声を聞き僕は少し混乱しながら、再び顔を上げ携帯の画面から彼女へと視線を移した。

 すると彼女はクスッと、憎たらしいほど可愛い笑顔を置いてタイミング良く(悪く)入ってきたお客さんの対応へ行ってしまった。

 すると途中で振り返り、

 「お代は四〇〇円になります!」

 と、笑う彼女はやはり妖精としか思えなかった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ