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Samsara~愛の輪廻~Ⅲ  作者: 二条順子
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09.過去からの訪問者(1)

土曜の夜、耕平と杏子は三沢からダウンタウンにある日本食レストランに

誘われた。妻が同窓会に出席するため、息子を連れペンシルベニアの実家に

里帰りした留守に、彼女の苦手な寿司を食べたいらしい。


「三沢君、金髪の奥さんには頭が上がらないのかしら。やっぱり、国際結婚は

日本男子には不利なようね」

杏子はさっきから鏡に向かい念入りに化粧をしている。

「亜希のことは絶対、口にするなよ」

「分かってるわよ。でも、記憶喪失って本当にあるのね。私たちのことまるで

覚えていないなんて… 例の御曹司のことも忘れちゃったのかしら?

今度の男も超美形の内科医だし、彼女もやるわね。何で男は、ああいう

タイプの女に弱いんだろう…」

相変わらの亜希に対する悪意と敵意に満ちた杏子の言葉に、耕平は不快な

気分になった。

「早くしないと、約束の時間に遅れるぞ」

三沢とは下のロビーで待ち合わせていた。

「もうすぐ終わるわよ。綺麗にしてないと、いつどこで青い瞳の大富豪との

出逢いがあるかもしれないでしょ」

「先に下りてるから」

呆れたように耕平はひとりで部屋を出た。




ハーバー近くにあるその店は外人客と日本人客の半々くらいで賑わっていた。

日本食レストランも生存競争が激しく、新しい店ができたと思えばすぐに

消えて行く。この店は老舗の部類に入り、ネタの新鮮さには定評がある。

経営者も従業員も皆日本人であることも最近では珍しい。


「やっぱ、寿司は旨いっ!」

「お寿司も食べさせてもらえないなーんて、三沢君、超かわいそー

何で大和撫子と一緒にならなかったのよ?」

「よーく言うよ、高三の時この俺をふったのはどこの誰でしたかねえー」

久しぶりの寿司に舌鼓を打つ三沢は上機嫌で酒のピッチも速い。杏子もつられて

さっきから何本も銚子をあけている。


「それにしても杏子と高村がそんな関係とはな…」

「そんなに驚かないでよ… もっと、すごーいこと、教えてあげましょうか?」

「なに?なに?」

「おい、二人ともちょっとピッチが速すぎるぞ」

杏子を牽制するように耕平が口を挟んだ。


「聞きたい?…実はねえ、私たち、子供までいるの」

「マジで?」

三沢が顔を伺うと耕平は黙って頷いた。

「じゃ、なんで結婚しないんだよ?」

「この人、前の奥さんのことが、どーしても忘れられないんですって。」

耕平は一瞬、ぎくりとした。


「優しくて美人で可愛かったもんな、陽子さん…」

「ねえ、おたくの隣人のめぐみさんって人、どことなく陽子に似てない?」

杏子は耕平に視線を向けながら言った。

「ああ、そう言われてみれば確かに、なんとなく感じが似てるな…

細面の美人で、おとなしくて控えめで、清楚で、可憐で、… 」

「ストップ! もういいわよ、三沢君もやっぱりああいうのが好みなの? 

虫も殺さないような顔してるくせに、本当は凄いのよああいうタイプ。

ベッドの中では娼婦に豹変して、男を次々と変えていく…」

「それって男の理想じゃん、なっ、高村?」

「悪いけど俺、先に帰るよ。なんだか頭痛がしてきた。」

耕平は堪りかねたように席を立った。


週末のベイエリアは賑わいを見せていた。観光客の中には日本人旅行者らしき

姿もちらほらとみられる。このまま真っ直ぐ自宅に戻る気になれず、ベンチに

座り停泊する船の灯りをぼんやりと眺めていた。

耕平の心は重く沈んでいる。ボストンに来たことを後悔し始めていた。

亜希の無事な姿を確認し安堵したのもつかの間、今度は杏子という爆弾が彼の

心を煩わせている。今夜の様子からして、爆弾が炸裂し再び亜希の幸福を破壊

するのも時間の問題かもしれない。繊細なガラス細工の中にあるような彼女の

幸せを耕平はどうしても守ってやりたかった。



「まあ、きれい!」

背後で若い女の声がした。

振り向くと日本人カップルが通り過ぎて行った。

その男の後姿が一瞬、耕平の眼を捉えた。



* * * * * * * 



ケープ・コッドから戻って暫くしてアレックス・ジョンソンから健介のPCに

メールが届いた。彼と『リズの家』でアドレスを交換していたことをすっかり、

忘れていた。アレックスはめぐみの才能を高く評価しているようで、自分の主催

するクリスマスのミニコンサートにぜひ参加してほしいという旨の内容だった。

健介も正直、めぐみのピアノには驚かされた。素人目にも習い事の域を超え、

本格的にやっていた事は一目瞭然である。ピアノに向かうめぐみは生き生きと

していた。

封印されたままの彼女の過去を垣間見たようで、健介は複雑な思いがした。


「メグ、アレックスが君にぜひ、彼の演奏会に参加して欲しいそうだよ」

「まさか? 嘘でしょ?!」

めぐみは信じられないと言うように驚いている。

「リズに聞いたんだけど、彼って凄い人なのよ。ボス響でコンマスにまでなった

そうなの。彼のストラド見たでしょ、あれは最高級品、ポルシェ二台くらいは

軽く… 」

「ちょ、ちょっと待った! そのコンマスとか、ストラドって何?」

少女のように瞳を輝かせ興奮気味に飛び出すめぐみの音楽用語が、健介には

さっぱり分からなかった。


「あっ、ごめんなさい、私ったらすっかり舞いあがちゃって…」

めぐみはぺろりと舌を出した。

「…コンマス、つまりコンサートマスターは、オーケストラの中でのバイオリンの

第一演奏者のことを言うの。ストラド、ストラディバリウスは数千万以上もする

バイオリンの名器。要するにアレックスは半端じゃないバイオリニストだ、って

ことを言いたかったの」

「へえ、全然そんな風には見えなかったけどな… けど、その凄い人が君の才能を

認めたわけだから、俺のカノジョも、超凄いじゃん!」

健介はお道化てみせた。


「やってみれば、メグ?」

「でも… 」

「ピアノのことだったら、毎週水曜ならニューイングランド音楽アカデミーのを

自由に使ってもいいそうだよ」

「ほんとに?!」

彼女の顔が一瞬、ぱあっと輝いた。


結局、めぐみはアレックスの申し入れを受け、十二月の演奏会に向け来月から

本格的にレッスンを開始ことにした。



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