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Samsara~愛の輪廻~Ⅲ  作者: 二条順子
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07.過去との遭遇(3)

ライアンは新妻モニカを連れてボストンに戻ってきた。

二人の結婚、ベビー誕生、それと四人の再会を祝い郊外のシーフードレストランで

食事をすることになった。


「モニカ、シートベルトきつ過ぎないか? ケン、安全運転でたのむぞ」

「イエス、サー!」

お腹の目立ってきた妻をいたわり甲斐甲斐しく世話をするライアンの様子が、

めぐみの眼に微笑ましく映った。

三十分ほどでレストランに着くと店の前は長蛇の列ができていた。

ここは日本でいう、いわゆる “行列のできる店” で、予約を入れておいた

はずなのに何かのミスで名前が入っていなかった。これからだと一時間待ちに

なるが、他の二組との相席ならすぐにテーブルを用意できるという。

相手方がかまわないなら、せっかくここまで来たのだからということになり、

相席することになった。


「あれ、君たちだったのか」

相席のカップルは三沢夫妻、高村と連れの女性だった。

「どんな連中と相席になるか、正直ひやひやもんだったけど、良かったよ」

三沢はライアンたちに気づくと自己紹介をはじめた。

「高村のガールフレンドの杏子さん、実は彼女も俺たちと同じ高校の同窓生

なんだ」

先週トリニティー・チャーチで高村と一緒にいた女性だった。

「ワシントンで同じ病院にいた親友のライアンと奥さんのモニカ、今度MCHに

勤務することになって、下の階に引っ越してきたばかりなんです」

「そうなの… そばに、しょうにか、ないか、げか、のおいしゃさんがそろって

とても、こころづよいわ」

キャロラインは嬉しそうに微笑んだ。


一通りの自己紹介が済むとタイミング良くテーブルの用意ができ、案内役の

ホステスに促されそれぞれ席に着いた。長テーブルに三沢夫婦と高村達が向かい

合って座り、その横に健介とめぐみ、ライアンとモニカが向かい合う形になった。

ほどなくウェイターが飲み物のオーダーを取りに来た。

男性陣は皆それぞれ好みのビール、キャロラインと杏子はワイン、妊娠中の

モニカはオレンジジュースを注文した。


「じゃ、私も同じものを」

「あら、もしかして、めぐみさんもおめでた?」

斜め向かいに座る杏子が間髪を入れずに言った。

ATGの治療以来アルコール類は一滴も口にしていないめぐみは、困惑した

ように『いいえ』と小さく首を横に振った。

彼女の表情が一瞬、曇ったのを二人の男は見逃さなかった。


「失礼だよ!」

高村は強い口調で杏子の無神経な発言を制した。

「あ、僕たちは当分の間二人だけの時間を楽しみたいので、子供は暫くお預け、

なっ、メグ」

健介はそう言うと、めぐみの肩に腕を廻し抱き寄せるような恰好をした。

「いいなあ、若い二人はアツアツで。俺たちも負けてらんない、なっ、キャロ」

三沢も真似るように妻を抱き寄せた。


飲み物が運ばれ乾杯した後は、自然と二組のカップルに別れそれぞれの話題で

盛り上がった。だが、めぐみは時おり送られてくる高村の連れからの鋭い視線を

感じていた。




レストランを出たのは九時を廻っていた。部屋に戻るとどっと疲れを感じた。

今夜めぐみは自分がとても惨めな存在に思えた。子供の誕生を喜び幸福そうな

ライアンとモニカの姿を目の当たりにしたせいかもしれない。

健介の愛に応えられないでいるばかりか、気遣ってくれる彼の優しささえも

苦痛に感じてしまう自分が情けなかった。杏子の鋭い視線はそんなめぐみの

心に刃物のように突き刺さった。


「なんか疲れたね。大丈夫?」

「ええ、でも楽しかった。ライアンたち、とっても幸せそうだったし…」

めぐみはリビングのカーテンを少し開け、窓にもたれかかるようにダウンタウンの

夜景に目を遣った。

「…ライアン、きっといいパパになるでしょうね」

「ああ、超おやバカになるよアイツは」

親友の父親ぶりが目に浮かぶようで健介は可笑しくなった。


「ケンは子供、嫌い?」

「えっ?」

「ATGの副作用って、どれくらい続くの? ずっと生理も戻ってこないし、

私って、もう女としてダメなの?」

振り向いためぐみの瞳は潤んでいる。

「何バカなこと言ってるの、そんなわけないだろう」

健介は笑みを浮かべめぐみの躰を引き寄せようとした。が、彼女は力いっぱい

それを払いのけた。


「だったらなぜ、私を…(抱いてはくれないの?)」

喉まで出かかった言葉を呑みこんだ。

「…ごめんなさい、変なこと言って。先に寝るね、おやすみなさい」

口にしてしまったことを後悔するように健介とは目を合わさず、一人寝室に引き上げた。




* * * * * * * 




「メグ、これから祝杯だ!」

ドアを開けると、右手にシャンペン左手に花束を抱えた健介が立っていた。

「いったい、どうしたの?」

「もう、薬とも注射ともお別れだよ。今日からアルコールも解禁!」

健介はシャンペンを勢いよく開けると二つのグラスに注ぎ、一つをめぐみに

渡した。

「本当にもう大丈夫なの?」

「ああ、名医が言うんだから間違えないさ」

最新の検査結果が出て血液細胞の数値が正常に戻ったことが分かった。

「乾杯! ホント良く頑張ったな」

「ありがと、名医のおかげです」

「どう、半年間の禁酒のあとのシャンペンの味は?」

「とっても、美味!」

「けど、今夜はハーフグラスだけだぞ。いきなりだと身体がびっくり

しちゃうからな」

「イエス、サー!」

めぐみはお道化て敬礼する真似をした。


「メグ…」

「ん?」

「…いつか、聞いたよな “めぐみ” は、昔の恋人の名前か、って…」

「ええ」

笑顔が消え健介の表情が少し強張った。

「…俺を産んでくれたおふくろの名前、らしい…」

母親が唯一身につけていたペンダントの裏に “Megumi” と、

彫られてあったこと。養父母の自殺、養護施設で育ったこと、非行に走った

ことなど自分の暗い生い立ちを語り始めた・・・。



「けど、今の俺にとって “めぐみ” は死んだ母親の名前なんかじゃない。

めぐみは、この世の中で何よりも大切で誰よりも愛している女の名前だ」

愛おしむようにめぐみの手を握りしめた。


「抱いてケン、おねがい、あなたに愛されたい……」

健介の手を自分の乳房に押し当てた。

透き通るような白い肌は上気し、ほんのりと桜色に染まってゆく・・・


健介は躊躇うことなくめぐみの躰を抱き寄せ唇を重ね合わせた。













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