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Samsara~愛の輪廻~Ⅲ  作者: 二条順子
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05.過去との遭遇(1)

週末のクインシーマーケットは、ショッピングやストリートパフォーマンスを

楽しむ観光客や地元のボスト二アンたちで賑わう。フレッシュな野菜や果物を

売るワゴンから日用品や土産物など様々な品を取り扱う店がたくさん入っている。

シーフードを中心としたレストランの数も多く、オープンカフェなどで名物の

ロブスターロールやクラムチャウダーが手頃な値段で味わえる。



「やっぱ、本場のロブスターはうまいな」

「クラムチャウダーもとっても美味しいわよ」

土曜の昼下がり、健介とめぐみはオープンカフェで遅めの昼食を取っていた。

キャロラインがベビーカーを押しながら二人のテーブルに近づいてきた。

息子のショーンはすやすやと気持ちよさそうに眠っている。三沢の姿は

なかった。


「コンニチワ!」

「あれっ、今日はトールさんは一緒じゃないんですか?」

「ええ、コーヘイさんに ‘T’ の、のりかたをせつめいしながら、あさから

しないをあんないしてるの。二時に、ここでまちあわせているんだけど…。」

腕時計を見ながら言った。

同じコンドの上の階に空き室が見つかり、高村は先週引越して来たらしい。

同じ病院に勤務しながら、大きな総合病院の内科と外科ということもあり、

あのホームパーティー以来、一度も顔を合わせていない。


「トール、Tの、えきまちがったのかしら…」

キャロラインは心配そうに辺りを見回した。

ボストン市内には、レッドライン、オレンジライン、ブルーライン、グリーン

ラインと、東京の地下鉄のように色分けされた交通システムが完備している。

郊外にも延びていて、駐車場を見つける煩わしさがないためショッピングや

通勤に利用するボスト二アンも多い。地元ではそれを ‘T’ と呼んでいる。

ワシントンから持ってきた健介の愛車も地下のパーキングに置いたまま、

郊外の大型ショッピングモールへ行く以外、今のところほとんど乗っていない。


「メグ、ちょっと、みててもらってもいいかしら?」

めぐみに耳打ちするとキャロラインはマーケット内のレストルームへ向かった。

母親がそばを離れるや否や、ベビーカーの中のショーンが目を覚まし泣き出した。

めぐみが抱き上げ背中を撫でてやると、すぐにまた寝息を立てはじめた。

その手慣れた様子に健介は少し驚いた。



「よう、うちのカミさんは子育てを放棄してショッピング?」

大きく手を掲げ三沢が二人に近づいてきた。

「あなたのほうこそ、おそかったじゃないの」

ちょうどそこへ戻ってきたキャロラインが夫の顔をじろりと見た。


「コーヘイさん、しょうかいするわ、こちらがケンのたいせつなフィアンセ、

メグよ」

「はじめまして」

めぐみは少しはにかんだようににっこりと微笑み、高村に挨拶した。



* * * * * * * 



耕平は、十八階にある自室から港の夜景を眺めながらマルボロに火をつけた。

昼間の出来事がまるで映画のワンシーンのようで、どうしても現実と結びつか

ない。何か不思議な光景にでも遭遇したような気がする。


三沢の子供を抱いているめぐみを見た瞬間、耕平は凍りついてしまった。

それはまぎれまなく、亮を抱いてる亜希の姿だった。

彼女は驚いたり動揺した様子もなく、まるで初対面のように平然と挨拶を

交わした。それが演技や偽りでなく、亜希が完全に記憶を失くしていることは

すぐに分かった。

医者である耕平には、記憶喪失がどういうものなのか頭の中では十分理解できる。

だが現実に、つい半年前まで自分の妻であった女が、夫であった男のことを

完全に忘れているという事実に直面すると、やはり理屈では説明がつかないくらい

大きな衝撃である。

最後に会った時よりずっと顔色も良く亜希は幸せそうに見えた。

有賀健介が造血器官、血液疾患の専門医であることから、おそらく医者と患者と

して出逢ったのだろう。二人が愛し合っていることは一目瞭然である。

この半年間、彼女の安否を気遣い無事を祈りながらも、一時は絶望的になり最悪の事態を想像した。

兎にも角にも亜希が生きていてくれたことに耕平は安堵した。





『耕平、今ニューヨークにいるの。明日JFKから最終便でそってへ行くわ。

 ローガン空港まで迎えに来て。  杏子』


杏子は耕平のパソコンにメールを入れた。

耕平が頑なに入籍を拒み最後まで自分の意思を通したことが、どうしても

許せない。あんなに辛い思いをして彼の子を妊娠出産したというのに、妻の座をゲットするどころか未婚の母として生きる羽目になってしまった。

結局、耕平の心は一度も自分に向けられることはなく、彼の心はいまだにあの

小娘に占領されたままである。


偶々目にした一枚の写真を見て、杏子は即ボストン行きを決めた。

マサチューセッツ工科大で客員教授をしている三沢徹のブログの中で「十年ぶりに

再会した友」と題して耕平と自分の家族の写真を載せていた。耕平の傍らには、

半年前に失踪したはずのあの女が写っているではないか・・・

身内にムラムラとした怒りが混み上がり居ても立ってもいられなくなった。







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