表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Samsara~愛の輪廻~Ⅲ  作者: 二条順子
3/27

03.新天地(1)

七月に入り東部地方は本格的な夏のシーズンを迎えた。

四日の独立記念日には家族、親戚、友人、隣近所の親しい者同士が家の庭や

公園などのバーベキューグリルの完備した場所に集まり、賑やかなパーティーを

繰り広げる。夜になると港や川べりなどで盛大な花火大会が催される。

家庭での花火が禁止されているアメリカでは、日本のように夏に子供たちが

庭先で花火を楽しむ光景は見られない。独立記念日と大晦日の二日間だけは

解禁になるので、全米各地で二週間以上も前からスーパーや量販店の店頭などに

大小様々な花火が並び、その日は子供だけでなく大人までが花火に興じる。



ライアンの家では毎年恒例の『カペーリ家の独立記念日BBQ』が開催される。

DCに隣接するバージニア州郊外にある彼の実家には親類縁者が集まり、

陽気なイタリア系移民のカペーリ家には、その日は英語とイタリア語が飛び交い、

深夜までお祭り騒ぎが続く。

ライアンの両親は移民三世で、小さなレストランを切り盛りしながら五人の

子供を育て上げた。なかでも医者になった三男坊のライアンは、両親にとって

自慢の息子である。身寄りのない健介を自分たちの息子同様に扱い、感謝祭や

クリスマスなどの祝日には必ず招待してくれる。だが、家族だけが集う席には、

アパートの自室に一人で居るよりもかえって孤独を感じ、だんだん足が遠のいて

いった。ただ、この独立記念日の行事だけは毎年のように参加している。


「ええ、皆さ~ん、ちょっと聞いてくださ~い!」

宴会が佳境に入った頃、ライアンが突然カラオケ用のマイクを握り大声を発した。

「今年の独立記念日フォースジュライは、三つ、祝うことがありま~す!

ここにいるメグの病気が全快したこと、ケンのボスジェネラル行きが決まった

こと、そして… ジャジャジャ~ン! 二人はめでたく一緒になりま~す!!」

一斉に大きな歓声と口笛と拍手が沸き上がった。

「おい、よせよ、ライアン!」

「いいから、いいから… めでたし、めでたし、乾杯!」


健介の制止も聞かず、アルコールの廻ったライアンはすっかり浮かれている。

皆も彼につられて二人に祝福のハグやキスを浴びせかける。

こうして、カペーリ家の賑やかの独立記念日の宴は深夜まで続いた。



* * * * * * * 



ボストンの夏は日本のように湿気がありかなり蒸し暑くなる。

街の中心地にある公園ボストンコモンの中は緑が生い茂り、風があると比較的

凌ぎやすい。噴水の周りで小鳥たちが水浴びをし、大人が芝生に寝っ転がって

読書や昼寝をしたり、子供たちがボール遊びに興じている光景はどこか長閑で

一時、猛暑を忘れさせる。


「高村、じゃないか?!」

「……」

「俺、俺だよ、2-Bの三沢徹」

「… バスケ部キャプテンの、三沢?」

「そう、うわっ、奇遇だなあー 何年ぶりになるかな?」

「最後の同窓会の時以来だから… かれこれ十年になるよ」


耕平は思わぬところで高校の同窓生と出くわした。

三沢徹は体育会系のがっちりした身体を持ち、抜群の運動能力と明晰な頭脳を

兼ね備えた、校長自慢の優等生だった。ストレートで東大の工学部に入り、

十年前は確か、母校で教鞭を取っていた。


「紹介するよ、妻のキャロライン。高校のクラスメートの高村耕平」

「ハジメマシテ、ドーゾヨロシク」

ブロンドで青い瞳の三沢の妻の流暢な日本語に耕平は少し驚いた。

「彼女、日本に留学してたから、日常会話くらいはできるんだ」

「そうか… こちらこそよろしく」

「こっちには、学会か?」

「ああ、まあ… おまえは?」

「四年前からMITで教えてる。こっちはいいぞ、日本みたいにしがらみが

なくて」

三沢に抱かれて眠っていた子供が目を覚まし‘スワンボート’に乗りたいと

むずかりはじめた。

「息子のショーン、三歳になったばかりなんだ… もっとゆっくり話がしたいな。

どうだ、明日の晩、予定がないなら家へ来ないか? このすぐ近くなんだ」

「ゼヒ、キテクダサイ」

「ありがとう…」

「じゃ、電話待ってる。ホテルまで迎えに行くから」

三沢は耕平の滞在先のホテルを聞き自分の携帯番号を記したメモを渡すと、

息子にせがまれスワンボートのあるパブリックガーデンの方に歩いて行った。


学生時代、三沢とはそんなに親しい間柄ではなかった。これが東京の渋谷公園

あたりで出くわしていたなら家にまで招待されることはないだろう、異国の地で

十年ぶりに出会った同級生に人懐かしい親近感を覚えたのかもしれない。

耕平は正直億劫だった。最後の同窓会の時は陽子も一緒だった。

あれから十年、妻との死別、再婚、不倫、離婚、愛人の出産・・・

耕平の人生は実に波乱万丈だった。それを一々他人の三沢に説明する必要はない

が、家に招かれれば、近況くらいは話さないわけにはいかないだろう。


現在の耕平はバツ2の独身である。

杏子は入籍を強く迫ったが最後までそれだけは拒んだ。生まれた子供は認知した

が、母方の島崎の姓を名乗り杏子が親権を握っている。出産後すぐにベビー

シッターに預けさっさと仕事に復帰した。今は実家の母親に全面的に丸投げしている。子供まで設けながら結婚を拒否した男に対して杏子の両親の心象は

悪く、耕平は息子に会うことも儘ならない。

小学二年になった舞は、父の不倫が原因で家庭が崩壊したことを感知している

ようで、耕平に心を閉ざしてしまった。また以前のように義母の志津江に娘の

養育を委ねている。長野の病院を辞めマンションを売却し成都医大に戻った。

結局、亜希と出逢う前の元の生活に戻ってしまった。

耕平は今でも亜希のことを一日たりとも忘れたことはない。街で彼女と似た女の

後姿を見かけると、つい、あとを追ってしまう。


今回ボストンに来たのは、医大の先輩が帰国するため、そのポストの穴埋めに

耕平に声をかけてくれた。かねてからアメリカでの臨床経験を積みたいという

希望もあり、暫く日本を離れ何もかもやり直したいという思いもあって承諾した。

当分はホテル住まいをしながら適当なアパートを探すつもりでいる。

四年もここに暮らす三沢なら土地勘もあり生活の面で良いアドバイスが得られる

だろうが、やはり招待は断るつもりでいた。


耕平の座るベンチの前を二歳くらいの男の子をベビーカーに乗せた若い母親が、

通り過ぎた。爽やかな柑橘系の甘い香りが漂う・・・

長野のマンション近くの公園で戯れる亮と亜希の姿が、ふと耕平の頭を過ぎった。



* * * * * * * 



「高村、今朝はほんとうに驚いたよ。まさか、こんなところで高校の同期に

会えるなんてな… 都合が悪くなかったら、ぜひ来てくれよ」


三沢に断わりの電話を入れようとした時、ホテルの部屋の電話が鳴った。

突然出くわした同郷人に望郷の想いが募ったのか、同級生に今の生活を

自慢したいのか、三沢の声は耕平の訪問を強く望んでいる。


「…実は、半月ほど前に同じ階に引っ越してきた、ボスジェネラルで内科医を

してる若いカップルも呼んであるんだ。彼は日米のハーフで英語はもちろん

日本語も堪能だし、おまえとも話が合うと思うよ。 あと、カミさんの友人が

二、三人来るくらいの気の張らないホームパーティーだから…」



「…じゃ、 お言葉に甘えてお邪魔するか」

耕平は迷ったが、新しい職場となるボスジェネラルの医師が来る、という

三沢の言葉にそそられた。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ