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Samsara~愛の輪廻~Ⅲ  作者: 二条順子
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26.旅路の果てに(1)

声を掛けるのが躊躇われるほど憔悴しきった様子で、健介はコンドミニアムの

ロビーのソファに座り込んでいた。


「なにか、あったのかい?」

耕平の問いかけに無言のまま彼を見上げると小包を差し出した。


「本当に済まなかった、いままで黙っていて…。」

箱の中身を確認した耕平は深々と頭を下げた。

そして、亜希との出逢いから破局までの一部始終を告白した。


「先生は今でも彼女のことを愛しているんですね?」

耕平の話を黙って最後まで聞いていた健介が口を開いた。

「ああ、愛しているよ。けど、誤解しないでほしい、木戸さんのように彼女を

君から是が非でも奪い返したいと言うような強烈な愛とはちがう」

「不幸にした女への贖罪の愛ですか?」

「こりゃ、手厳しいな」

健介の鋭い言葉に耕平は思わず苦笑した。


「亜希は… 彼女はね、良き妻良き母親だった。いつもいじらしいくらいに

一生懸命で、家事も育児も一切手抜きをせず完璧にこなそうとしていた。

今思えば、ずいぶん無理をしていたんだな… 夫に心配をかけまいと愚痴

一つ溢さずいつも明るく振る舞う妻が、全力疾走し失速して息切れしそうに

なっていることに全然気づいてやれなかった。それどころか、そんな妻を

裏切る行為をしてしまった… 」

自分を責めるように言うと耕平は天を仰いで息を洩らした。


「…そんな時、傷つき疲れ切った心を癒し全身全霊で彼女を愛する男が

現れた。二人はやがて恋に落ち、彼女は眩しいくらい綺麗に輝きはじめた。

そんな姿を見ているうちに、自分でも不思議なくらい男に対する嫉妬心や羨望

という感情がすうっと消えてしまった。そして、ひたすら彼女の幸せを願う

ようになった。が、同時に相手が富豪の一人息子であることに言い知れぬ不安

を覚えた。

亜希にはね、今時の若い女には珍しいくらい打算とか物欲とか言うものが

ないんだ。彼女が木戸さんに魅かれて行ったのは、彼が木戸財閥の御曹司で

あることとは全然関係ない。むしろ、かえってそのことが彼女の幸せの邪魔を

してしまったのかもしれない。彼女は純粋に彼の才能に魅了され音楽と言う

共通の感性の中で二人は深く愛し合った。けど、生まれ育った環境の違う

二人は同じ価値観を持ち合わせない。それは、長い人生を伴に生きようとする

男女にとって、決定的なマイナスのファクターになりうる、と俺は思う。

彼との短い暮らしの中で彼女もそれに気づき、彼のもとを去った。

運命ってヤツは非情なもんだな、そんな二人を再びめぐり逢わせてしまった

のだから…」

ここまで一気に話すと耕平はまた、ふーと息を洩らした。


「…ケン、彼女は君のことを心から愛しているよ。同じ感性よりも同じ

価値観を持つ君となら絶対うまくやっていける。頼む、彼女を幸せにして

やってくれ」

懇願するように頭を下げた。

記憶を取り戻した時、健介を愛していながらまた同じ過ちを繰り返そうと

していると、耕平の腕の中で涙した亜希の顔が浮かぶ。


「俺はどうしようもないくらいメグを愛していながら、自分でも嫌になるくらい

卑屈になっていた…。」

自分の生い立ちに対する劣等感から、心にもないことを言って彼女を追い詰めて

しまったことを耕平に話した。 

「先生、俺、メグと一緒に生きていきます」

健介は何もかも吹っ切れたようにきっぱりと言った。が、めぐみの行き場所に

全く心当たりはなかった。


「あら、ケンじゃない。じゃあ、やっぱり、ひとちがいだったのかしら?…」

大きなバッグを抱えた三沢の妻だった。ペンシルベニアの実家からさっき

戻って来たばかりで、サウス・ステーションの構内でめぐみによく似た女を

見かけたと言う。


「ケン、ポトマック川の桜はまだ咲いているかな?」

「ええ、確か今年は三月の気温が低かったので来週あたりが見ごろになると、

ニュースで言ってました… あっ、まさか?」

二人は顔を見合わせた。

「最終にまだ間に合うかもしれない!」


血相を変えて飛び出して行った健介の様子をキャロラインは怪訝そうに眺めて

いた。






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