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Samsara~愛の輪廻~Ⅲ  作者: 二条順子
20/27

20.過去との再会(1)

イースター・チャリティーコンサートの初日が一週間後に迫っていた。

リハーサルや準備に追われ、めぐみの帰宅は健介より遅くなることが多かった。


「ごめんなさい、明日のリハーサルの打ち合わせが長引いちゃって。

今すぐ何か作るね」

「別に気にしなくていいよ」

背中を向けたままボトルの酒をグラスに注ぎ一気に呷った。

この一か月、正確にはあの日、めぐみがシンフォニー・ホールへ行ったあの夜

以来、健介の酒の量がぐっと増えた。


「ケン、そんな飲み方、身体に毒よ。病院で何かあったの?」

「あった、あった、大ありだよ。ピアノやバイオリンを優雅に爪弾いてる

人たちと違って、俺の仕事は毎日ストレスの連続でしてね。ここで飲むのが

お気に召さないなら、出て行きますよ」

健介は立ち上がると一瞬、足元をふらつかせた。

「ダメよ、ケン! 今夜はもうよして」

阻止するように玄関のドアの前に立ちはだかった。

「どけよ!」

めぐみの身体を払いのけるようにして外へ出るとドアを乱暴に閉めた。



三月末とは言え、夜の街を歩いていると冷え冷えとする。

一気に酔いが醒めると、めぐみに悪態をついた自分が急に恥ずかしくなった。

彼女はあの夜のこと、タカユキを誘い一緒にコンサートへ行ったことを自ら

告白した。だが何か釈然としないものが健介の中で蠢いている。それに加え、

マリエのことが心を悩ませている。

健介はこの一か月、最悪の精神状態にあった。が、このまま酒に逃げ場を求める

ような生活を続けるわけにはいかない。

健介の足はマリエの働くカラオケ・バーへと向かった。



「マリエなら調子悪いって昨日から休んでるよ。まったく、あのボテ腹のままで

ホステス続けるつもりかね。困ったもんさ」

このバーの韓国人経営者、五十がらみの女が吐き捨てるように言った。

カラオケ・バーとは名ばかりで、店の中は薄暗く朦朧と煙が立ち込める中、客と

ホステスが抱き合っている。いかにも胡散臭そうな店だった。

昔、横須賀のどぶ板通りに米兵相手に同じような怪しげなバーが乱立していた

のを健介はふと、思い出した。



「誰だい?」

「俺、ケンだよ」

「何しに来たのさ?」

マリエはドアを開けるとぶっきら棒に言った。

化粧っ気のない素顔がやつれて見える。


「具合、悪いんだって?」

「ただの風邪さ」

額に手を当てると熱があった。

ピンクのネグリジェの上から膨らんだ下腹部が透けて見える。


「ちゃんと、医者に診せてるのか?」

「ケン、あんたは相変わらず優しいね。昔とちっとも変ってやしない。

そんなだから、あたしみたいな女に引っかかるんだよ」

マリエは乾いた笑みを浮かべた。


「心配しなくても、この子はあんたの子なんかじゃないよ。

もう五か月、勘定が合わないだろ?」

下腹の膨らみをそっと撫でた。

「…あんたがあんまり幸せそうだったから、ちょっと意地悪してやりたく

なったのさ」

「相手は子供のこと知ってるのか?」

「ああ、たいした男じゃないけど、子供のこと、すごく喜んでくれてさ… 

生まれたらちゃんと籍入れるって言ってくれてる」

「そっか…」

健介はマリエの嬉しそうな表情を見て安心した。

彼女のこれまでの人生は辛いことが多すぎる。同じホームの釜の飯を食った

仲間としてもうこれ以上不幸になってほしくない。


「ケン、」

「ん?」

「カノジョ、大事にしてやんなよ。あのこ、いいだよ。

あたし学はないけどさ、いいヤツか悪いヤツかは一目見りゃすぐわかるんだ。

あのこ、あんたと同じ綺麗な澄んだ瞳してた」

「彼女もマリエのこと、いい人だって言ってたよ… 身体、大事にしろよ。

俺でできることがあったら知らせてくれ」


携帯の番号を書いた紙をテーブルの上に置いて、健介はマリエのアパートを

後にした。




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