15.過去への誘い(2)
「うわぁ、可愛い! まるで本物の天使みたい。見てケン、このちっちゃな手!」
めぐみが久々に見せる満面の笑顔だった。
一月の下旬、ライアンとモニカに女の子が誕生した。
二人はモニカの病室を訪れ、アンジェラ・マリア・カペーリと対面した。
「どうだ、可愛いだろ? 頭も良さそうだろ? 絶対すっげぇ美人になるぞ~」 ライアンすでに娘にデレデレの親バカぶりを発揮している。
「メグ、抱いてやって」
モニカに促され、めぐみは小さな赤ん坊を愛おしむように胸に抱き寄せた。
「なーんか、メグ、ピッタリ板についてるじゃん。二人だけの時間を楽しみ
たいなんて悠長なこと言ってないで、お前も早く親父になれよ!」
健介の肩をぽーんと叩いた。
ライアンにはめぐみが子宮摘出手術を受けていた事を話していない。
彼女がどんな経緯で子宮を喪失したのかはわからないが、もしかしたら
子供を産んだことがあるのかもしれない。赤ん坊に注ぐ優しい眼差しを
見ているうちに健介はふと、そんな気がした。
モニカの見舞いを終えた後二人が院内にあるカフェテリアで昼食を摂って
居ると、近くのテーブルに居たマリエが声をかけてきた。
「あら、また会っちゃったね」
めぐみに気づくとぺこっとお辞儀をした。
「ケンも隅に置けないねぇ、こんな綺麗なカノジョがいるなんて…
あっ、もしかして奥さんだったりするぅ?」
「紹介するよ、フィアンセのめぐみ。横須賀の施設で一緒だったマリエ」
健介が婚約者の前で何の躊躇いもなく『ホーム』を口にしたことに少し
驚いたようだった。
「そう、あんたも、結婚するんだ… 」
マリエは独り言のように呟いた。
「…あっ、もう行かなきゃ。ケン、店に来てね、絶対よ! じゃ、バイバイ」
めぐみに手を振ると慌ただしくカフェテリアを出て行った。
「びっくりした?」
「ちょっとね。でも、私は好きよ、ああいうタイプ。あんな風にものを
はっきり言える人に悪人はいないもの」
めぐみはくすっと笑った。
マリエとの再会は健介に十六年間の日本での人生を思い起させた。
最初の八年間は両親の愛情に包まれ、何不自由ない横浜山の手での贅沢な
暮らしを味わった。最後の八年、特に十三から十六までの三年間は、記憶の
中から消してしまいたいような酷い生活だった。
横須賀のホームの孤児たちは、ほとんどが日本人の母親と米兵との間に
生まれた混血児だった。日米のハーフとはいえ父親の顔も知らず、まともに
英語を話せる者など一人もいない。外見はどうあれ中身は皆、日本国籍しか
持たない正真正銘の日本人だった。だが、世間はそうは見てくれない。
ホームを一歩出れば “外人あいの子” と、冷たい視線を浴びせられる。
美形のハーフでモデルやタレントなどにスカウトされ、その種の業界で
それなりの成功を修める者はほんの一握りである。大半は非行に走る。
万引きから始まり、かっぱらい、恐喝、麻薬、売春、傷害事件等々、大なり
小なり一度はアブナイ事に手を染めてしまう。
健介も中学に上がると酒や煙草はもちろん、基地の兵隊から流れてくる大麻
にも手を出した。卒業前には地元の暴走族との喧嘩で傷害致死事件に巻き
込まれ、危うく少年院に送られるところだった。
幸い英語も話せ米国籍を有していたため、ホームの園長の計らいで渡米が
実現した。
医者になった健介はホーム出身者の中の数少ない『勝ち組』と言えるだろう。
そして、マリエは間違えなく『負け組』の一人だろう。彼女がホームを飛び
出してからどんな人生を歩んできたかは、今の様子から容易に想像がつく。
健介はやるせない気持ちで胸がいっぱいになった。
年下の孤児たちの世話をする十五歳のマリエの姿がふと、脳裏を掠めた。




