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第88話 勝負

 裏口へと走ったバルゼイは、扉を破って突入してきた人影を三つ、目にした。

 わざと目立つように炸薬を使ったのか、焦げ臭い臭いが辺りに漂っている。


 ――力量は……やはり表に来たヤツよりは下だな。あからさまな陽動か。それに表の連中も殺気を隠さない……本命は三つ目の刺客だな。


 そこまでは、実はアミーによって推測されている。

 この家の出入り口は玄関、裏口、居間の窓。後二階にも窓はあるが、一階の襲撃にわざわざそこを使うバカはいないだろうと予想していた。

 二階に逃げ出そうとしたのなら、狙撃兵を配置しておけばいいだけなのだから。


 敵の配置は(おおよ)そ推測できた。

 ならば自分の担当をきちんとこなせば、勝てる。

 そう確信して、バルゼイは侵入者に突進を掛けた。武器すら抜かずに。


「うおぉぉぉぉ!!」


 雄叫びと共に先頭の男に飛び掛る。

 手に持っているのは、防御用の盾一つ。

 この狭い廊下では、武器を抜いても邪魔になるだけ。そう判断しての突撃だった。


「――!?」


 まさか剣も抜かずに飛び掛ってくるとは思っておらず、男はまともに突進(シールドチャージ)を受けて外へと弾き飛ばされる。

 ついでに対応し切れなかった隣の男も、蹴り飛ばして外に押し出した。

 残り一人が慌てて斬りかかるが、元々盾を構えているバルゼイには有効打を与えられない。

 むしろ剣が邪魔になり、動きが単調になっているところへ拳を叩き込まれ、襟首を掴んで外へ放り投げた。

 まとめて外に運び出され、警戒の目を向けてくる三人。


「おいおい、訪問ってのは、もう少し穏やかにやるモンだろ?」


 軽く皮肉を交えながら、周囲の気配を探る。

 本来なら逃亡された時のために待ち伏せを配置しておくべきなのだが……


「まぁ、こんな時間に来る客が礼儀を知ってるはずもねぇか」


 鋭く視線で周囲を牽制しつつ、腰から剣を抜く。

 リムルの家は郊外の一戸建て故に、周囲の民家とは距離が少しばかり離れている。

 この時間なら、巻き込まれる物好きも居ないだろう。


 こちらが剣を抜いた所で、遅まきながら攻撃を仕掛けてくる暗殺者たち。

 三つの白刃の内、一つを剣で弾き、一つを盾で受け止める。

 もう一つは鎧の肩当であえて受けて、動きを止めた。

 そこは鎧でも有数の装甲の厚い場所だ。肩口と言うのはもっとも攻撃を受けやすく、そして武器や盾を扱う上でも重要な部位。

 だからこそ、装甲は重要度に比例して厚くなっている。


 暗闇に三つの火花が散る。


 必殺の意思を込めた同時攻撃を受け止められ、一瞬動きを止めた三人。

 だが、相手も攻撃を受けるだけで、手一杯の状況。

 このまま押し続ければ勝てる、少なくとも時間稼ぎの役目は果たせる。

 瞬時にそう判断し――


「ガハッ!?」


 肩口を斬りつけた男が、血を吐いて崩れ落ちた。

 その喉は一本の矢によって貫かれている。


「伏兵か!?」


 無言を貫いていた暗殺者が、うっかりと声を漏らす。それくらい驚愕していた。

 自分たちが感知できないレベルの隠行をこなせる者を、包囲の外に配置していたと言うのか?


「なかなかにいい声で鳴くじゃねぇか。流石だろ、エルフの隠行ってのはよ」


 バルゼイですら感知できないほど見事な隠密行動。

 この街の者ではない、エルフの村の信頼できる増援。村長の側近であるコールを呼び出すこと。


 これがケビンが打った手の一つ。


 状況は二対二以上。

 しかも暗殺者の側は、隠れた敵を探し出せない。

 二方向からの襲撃で護衛を引き剥がし、替え玉を演じるセーレを討つという目的は、この段階で激しく難しくなった。

 撤退を視野に入れるか、もう一人と視線で相談する。

 だが、バルゼイはそれをさせない。


「残念だが、逃がさねぇよ。せっかく来たんだ、もう少し遊んで行け!」


 一気に攻勢に転じ、人数の不利を物ともせず乱戦に持ち込んでいく。

 こうなっては支援射撃も撃てないだろうが、逃亡と言う手は封じられたも同然だ。


「クッ」


 苦鳴を漏らして剣を受け止める。

 邪魔が入らないなら二対一。そうは思っても武器の質が違う。

 そしてバルゼイ自身の力量も、自分たちを超えるほどに高い。

 盾を使って一人を封じつつ、剣で相手を攻め立てる。

 受ける側の武器が小剣なので、威力に押し切られそうになる。彼らには玄関に回った者のような技術は無かった。


 形勢を立て直せぬまま、疲労が蓄積し、動きが鈍る。

 そこへすかさずバルゼイの蹴りが飛んだ。

 剣と盾に目が慣れ、疲労した身体では、これを躱すことはできない。

 もんどり打って地面を転がり、突き放された先で身を起こした時には、肩に矢が刺さっていた。


「ぐあぁぁ!?」

「ホント、いい腕だ……エルフってのは敵に回したく無いな」


 こちらの意図を()んでいたのかはわからない。だが一瞬の隙を逃さず、精密に狙撃する射手の恐ろしさをバルゼイは知っている。

 そして今も思い知らされた。

 空恐ろしい思いを抱きながら、倒れた暗殺者の首筋に一刀を打ち込む。

 これで残りは一人。もはや趨勢は決したと言っても、問題はなかった。



 ケビンは暗殺者に背を向け、ダイニングへと逃げ込む。

 クト・ド・ブレシェを投げつけたことによって、一人は無力化できたが、もう一人……腕の立つヤツが残っている。

 視線を切り、背を向けることが正直恐ろしかったが、武器もない情況で相対するのは愚策と判断したのだ。


 ぞくり、と背に悪寒が走り、なかば本能的に床に転がって回避行動を取る。

 その判断が正しかったのを証明するかのように、視界の隅で銀光が走った。

 背中に薄く痛みが走る。


「くそ、もう追いついて来たか」

「逃げ切れると思う方がおかしいな」


 律儀に答えを返す暗殺者に、ケビンはテーブルをひっくり返して応対した。

 豪腕によって持ち上げられたテーブルが、その重量を感じさせないほどの速さで暗殺者に迫る。

 さすがにこれを受け流すのは不可能と見て、しゃがみこんで攻撃を躱す。

 暗殺者の背後でガラスの砕ける音が響く。乗っていた水差しが砕けた音だろう。

 その隙にケビンは、更に奥……キッチンへと転がり込んでいた。


 調理台の上に据えつけられていた燭台の覆いを取って、台所を光で満たす。

 燭台には光明の魔術が掛けられた石が固定してあった。

 これは街中でも売られている魔導具で、庶民の間でも普及しているほど安いものだ。

 武器よりも先に、灯りを用意するところが、実に冒険者らしい対応だ。

 だが、その時間で暗殺者が追いつくのには充分だった。


「――!」

「おらあぁぁぁ!」


 無言で斬りかかる暗殺者と、素手で対応するケビン。

 もちろん素手である以上、無傷とは行かない。

 致命傷と行かないまでも、細かな傷が次第に増えていく。


 止まらない出血。そして流れ出す血は確実にケビンの体力を削ぎ落とし、動きを鈍らせていく。

 全身の細かな傷から、看過できない量の出血を誘い、ケビンの動きは目に見えて鈍くなる。


「くそがぁ……」


 ふらつく足がもつれ、攻撃の勢いを受けきれなかった。

 無様に床に転がったケビンは、手元にあった水差しを暗殺者の右足に叩きつける。

 だが、ガラス製の脆い水差しでは、さしたるダメージを与えることはできなかった。


「往生際が悪いな。英雄らしくないぞ」

「うっせぇよ」


 ジリジリと、後退(あとずさ)りながら距離を取ろうとするケビン。

 その往生際の悪さに、落胆したかのような声を掛ける暗殺者。


「確かにしぶとさは一流だったな。だが力尽くでは、俺には勝てん」


 ケビンの豪腕はモンスター相手になら有効な能力だろうが、元々非力な人間はより強い相手と戦うために技を研鑽している。

 力任せをあしらうことなど、基本中の基本と言わんばかりの態度だった。


「元々、しぶといだけが売りなモンでね……」


 ゆらゆらと調理台を支えに立ち上がるケビン。

 その足元はふらついていて、今にも崩れ落ちそうだ。それを見てなお、暗殺者は構えを解かない。


「お前、本業じゃないだろ」

「なに?」

「暗殺者にしちゃ、口が軽過ぎんだよ。だから――こういう手に引っかかる!」


 ケビンの手には、いつの間にか包丁が握られていた。

 とっさに後ろに下がり回避しようとする暗殺者、だが右足が張り付いた様に動かない。

 いや、実際に床に張り付いていたのだ――氷で。


「いつの間に――」


 とっさに小剣を(かざ)して包丁を受ける。

 たかが包丁、本来なら受けるだけで逆に砕けてしまう程度の代物だ。

 だが、ケビンの包丁は魔力を帯び、小剣を紙の様に切り裂いていく。

 驚愕に言葉を失う暗殺者。

 そのまま包丁は、暗殺者の首を深々と切り裂いていった。


「ば、か……な……」

「本当にバカらしいことだけどな。このウチじゃモンスターを調理するんだよ。生半可な包丁じゃ刃が欠けちまう」


 そう言って顔の前にかざした刃は、黒いキチン質で出来ていた。

 ファブニールの鱗。リムルはそれを包丁に加工して使用していたのだ。

 そして床に崩れ落ちる直前、視界に入る者が居た。

 キッチンによくある小窓の向こう。そこにエルフの女性の姿が。


 ――そうだ、考えてみればおかしな点はあった。


 玄関先の狭い領域で、わざわざ不利な長物を利用した点。

 あれはこちらの油断を誘う布石ではなったのか?

 最初にケビンが床に転がった時、水差しをぶつけられて、自分の足は水で濡らされた。

 あの水差しはテーブルの上にあった物じゃなかったのか? そしてそれは背後で割れたはずだ。その音を確かに聞いた。

 それが、なぜ割れずに床にあったのか?

 立ち上がったケビンは包丁を取る動きを見せなかった。それなのに、いつの間にそれを手に取っていたのか?


 答えは簡単だ。

 最初からそこに用意してあったのだ。

 よく見ると、テーブルの他にもあちこちに水差しが配置してある。

 包丁も倒れた位置から見れば、二箇所は準備されていた。


「つまり……ハメられたのは俺と、いう……ことか」

「そうだな。罠は狩猟の基本だからな」


 心底どうでもいいと言う様な、ケビンの返事。

 それが暗殺者の、最期に聞いた言葉だった。



「助かったよ」


 窓の向こうの女性に声を掛けるケビン。

 ハウメアはそれに答えながら、サムスアップを返してくる。


「最近出番なかったからね。これくらいは手伝わせて」


 換気用の小さな窓なら、魔術を起動する際の魔法陣の発光を抑えることができる。

 それを上手く使えば、不意打ちは可能なはずだ。

 そしてこの家の、モンスターの皮膚すら捌くファブニール製の包丁。トドメはケビンの『魔力付与』

 エイルから逃げおおせる強敵でも、これらで不意を突ければ、勝算はかなり高くなる。


 そうアミーが計算した通り、事態は推移した。


「でも、もう少し楽勝になる予定だったんだけどな」

「相手もかなりの腕利きだったものね」


 ずるずると床に沈みこみ、休息を取る。

 そこへゆったりとした癒しの力が届く。ハウメアの軽癒の魔術だ。


「治癒術は、リムル君ほど達者じゃないけどね」

「充分だ。つーか、あいつを上回るヤツなんているのかよ?」


 周囲の騒動はすでに聞こえない。どの局面でも勝利を収めることができたと見て、間違いはない。

 家の周囲には、エルフ村から派遣された指折りの斥候達を配置してある。

 アルベルトはギリギリで連絡役を果たしてくれたようだった。


 蘇生の術式を知り、貴族と関わりがない、信用できる人材。その条件で真っ先に思い浮かんだのが、この二人だった。

 しかも現状ではおそらく、相手側の視界の完全に外側。これを利用しない手はない。


 そう考えてアルベルトをエルフの村まで走らせ、連絡を取ったのだ。

 彼らの力量なら学院内にも侵入できる。待ち伏せの詳細は、一日中篭っている司書室で詰めた。

 その罠が上手く起動して、暗殺者の撃退に成功したのだった。


今日はここまでです。続きはまた明日。

ケビン側の話は次で終わります。

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