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第86話 待機

ここからしばらく3人称視点でのケビン達の話が続きます。

ご注意ください。

 その日もいつも通りの朝が来る。エイルたちが旅立って一週間が過ぎた。

 セーレをリムル宅に匿いながら、これまでは何とかやっていけている。

 早朝、顔を洗いながらケビンはそんなことを考えていた。


「よう、今日も早いな」

「バルゼイさんか。おはよう、夜警ごくろうさん」

「ありがとよ。でもこっちはお前らが学院に行ってる間は眠れるからな」


 そんな風に気軽に言っているが、夜の方が襲撃の可能性が高いのはケビンも理解している。

 彼の負担はおそらくケビン以上だろう。


「悪ぃな。もう少し人手がありゃ、ましなローテが組めたんだけどよ」

「無茶言うな。リムルたちだって最低限の人数で向かったんだ。こっちに()く人員なんて無いさ」

「事が事だけに、外から助っ人も呼べやしないからなぁ」


 どこに貴族たちの息が掛かっている者がいるかわからない以上、外部の人間を引き込んで護衛に入れるわけにはいかない。

 それがバルゼイの負担を増加させていた。


「おはよう、バルゼイ殿。ケビン氏も早いな」

「お嬢、おはよう。よく眠れたか」

「いや、すまん……実はまだ無理だ」


 セーレはエリーが亡くなってから、ろくな睡眠がとれていない。

 罪の意識が悪夢を見せ、安眠できなくなってしまったのだ。

 そのため、アミーが彼女と同室に付いて、世話をしている。


「アミーは?」

「まだ寝ている。私が遅くまでぐずってしまったから……ダメだな、まるで子供だ」

「親友の死を目の当たりにしたんだ、しゃあねぇって」

「そう言ってくれると助かる。なら、せめて朝食の支度(したく)くらい――」

「あ、すまん」


 そういったセーレの言葉を、バツが悪そうにバルゼイが遮る。


「暇だったから飯の支度もして置いたんだ。よかったら食っててくれ」

「わ、私の仕事は?」

「お嬢、料理できたっけ?」

「…………」


 ふい、と視線を逸らすセーレ。

 バルゼイもわかって言っているが、彼女の料理の腕前は実にデンジャラスだった。

 そこにアミーも起き出してくる。


「おふぁよー」

「おぅ、遅いぞ。護衛が対象より遅く起きてどうするよ」

「そーは言ってもさぁ」

「ゴメンね、アミーさん」

「気にしないでいいよ。ケビンが神経質なだけだから」


 自分が負担になっていることを自覚しているセーレは、まるで借りてきた猫の様な態度だった。

 それが自然な態度でないことくらいは、アミーたちでも理解できる。

 だがその状態を解消する手段は、未だ思いつかない。

 手を出しかねた状態で一週間経ってしまったのだ。


「俺かよ。まぁいいけど。とにかく遅れんぞ。早くメシおうぜ」

「じゃ、後は頼むわ。俺は寝る」

「おつかれー」


 徹夜で夜警していたバルゼイを見送りつつ、食堂へ向かう。

 そこには無骨な彼が作ったとは思えないほど、しっかりとした朝食が用意してあった。


「サンドイッチにスープにサラダ?」

「うゎ、デザートまで用意してるじゃない」

「お、女の尊厳が……」


 どう見ても自分より手の込んだ、立派な料理にアミーまでもががっくりと肩を落とす。

 彼女の得意分野はあくまで『野営料理』までなのである。


「今日はどっちが化けてく?」


 席に着きながらアミーがスケジュールを組み立てる。

 頭のよさという面ではセーレが一枚も二枚も上手だが、経験という点でアミーが全体の指揮を執ることが多くなってきている。

 ケビンはその辺りの才能が無いのを自覚しているので、ノータッチだ。


「今日は私の方で魔術の実技があるので、入れ替わるのはまずいと思う」

「なら私がエリーさんの役ね」


 セーレの魔術も世間の平均を大きく逸脱した能力を持っているが、アミーのそれはすでに比較にならないほど強大だ。

 おそらく最小限に制御した魔力でも、セーレの魔術を上回っている。

 それほどまでにファブニールの血が与えた能力はずば抜けていた。


「俺はどっちに付けばいいんだ? アミーがエリー役なら、別に放っておいても大丈夫かも知れんぞ」

「アンタとセーレさんには、ほとんど繋がりが無いでしょ。彼女の護衛に付いたら余計に怪しいわよ」

「それもそうか、じゃあ今日は一日図書室に篭ってりゃいいんだな」

「そうしておいて。ついでに外に出なくても良いように、お弁当の用意もしておかなきゃ」


 そそくさと席を立ち、朝食の残りのパンでサンドイッチを作り出したアミー。

 彼女の用意した弁当箱は、結構な大きさがあった。


「おい、エイルじゃあるまいし、そんなに食えねぇぞ」

「何事もチャレンジよね。それに大は小を兼ねるって言うわよ」


 ざくざくとパンを切り、バターを塗り、チーズと干し肉と野菜を挟んでいく。

 この家の地下には大量の食糧が備蓄されているため、こういう点ではかなり贅沢な物が用意できる。

 むしろ珍しいモンスターの肉なども保存してあるため、そこらの食堂の料理より貴重かも知れない。

 もちろん調理する包丁も特別製の物が用意されている。これを見て、アルマが頭を抱えていた。技術の無駄使いと。

 そういう面では、エイルたちと破戒神はとても似ていた。


 アミーはざっと六人分はあろうかと言う朝食を作り上げ、ついでにデザートのオレンジまで添えてバスケットを完成させた。


「さてご飯は食べ終わった? それじゃ行きましょうか」

「了解した。昼食は一緒に食べた方がいいか?」

「そのつもりで用意したわよ」


 セーレの問いに答えを返しながら魔術を起動。

 陽炎を利用した幻覚の魔術は、エリーの外見をアミーに与えていく。

 さすがに声までは変化させられないので、風の魔術の応用で変声の魔術も並行して使用した。

 この変声の魔術は破戒神ユーリの遺した魔術書にあったものだ。

 開発者は怪盗リヴァイアサンと記されてあったが、それが誰なのかは五百年経った今では、もうわからない。


 こうして、今日もエリーの存在をカモフラージュしつつ、時間を稼ぐのだった。



 エリーと二人で学院の門をくぐる。

 その護衛に付いているのは、英雄と名高いケビン。

 それが周囲の視線を集め、そして逆に人の接近を躊躇わせる。

 彼が背負う長大な斧槍(クト・ド・ブレシェ)の威圧感は、それほどまでに高い。


「それじゃセーレ。私は図書室に行くから。またお昼に会いましょう」

「わかった。だがエリーもたまには授業に出た方がいいぞ」

「気が向いたらね」


 セーレは、いつも授業をサボるエリーを嗜める()()をしつつ、教室へ向かう。

 これから半日、彼女は演技の必要のない休暇のような日常を送れるのだ。

 逆にアミーの方は気の休まらない時間が始まる。

 もっとも図書室にはケビンも篭るので、彼の目付きの悪さが人を遠ざけてくれるので、負担は少ない。

 ましてや最近は、熟練冒険者のプレッシャーまで纏いつつあるので、ヒヨッ子の集まりである生徒たちなどは、彼を前にしただけで硬直してしまうのだ。


「そういう点では、アンタも便利よね?」

「失礼なことを言うな。リムルたちは平然としてたぞ」

「あの子たちを基準にしたら、世の中臆病者だらけよ」


 図書室の扉を開け、一直線に司書室に篭る。

 司書の教員は体が弱く、ここでの作業をほとんどエリーに任せっきりで、滅多に顔を出さない。

 もちろん入れ替わったアミーに司書(そこまで)の能力はない。

 なので、放課後セーレを交えて一気に片付けることで、場を取り繕っている。


 司書室に入り、念のため探信の魔術で潜伏者がいないかチェック。

 これは破戒神の開発した魔術で、不可聴域の音響反射を利用して目に見えない場所まで探査することができる。

 しかも可聴域外の音波を発してその反射を受信するため、人間相手ならばまず気付かれないように工夫されているのだ。


「ん、不審者の存在無し……校舎裏に三名ほどサボりの生徒がいるわね」

「そんなもん報告するな」


 入り口付近にケビンが立ち、奥の椅子に座ってアミーが読書に耽る。

 この配置はセーレが化けている時でも変わらない行動だ。

 ここから昼まで、アミー、もといエリーがこの部屋を出ることはない。

 例外的にトイレなどの時は出歩くことになるが、そのときもケビンが付き従い、しかも探信で周囲を調べておく。

 リムルが言うには、この入れ替わり中に必ず敵側のアクションがあるはずなのだと予測していた。

 エイルの猛攻を凌いだ暗殺者相手だ、油断するわけにはいかなかった。



 何事も無く一日が過ぎ、セーレと共に下校する時刻になった。

 丸一日司書室に篭っていたアミーは、身体を解すように立ち上がり、帰り支度を始める。


「すまないね、こんな場所に閉じ込めて」

「閉じ込めても何も、エリーさんは何時もここに篭ってたんでしょ」

「あの子が不健康なのも納得の環境だ」

「ま、本好きには天国かもね」

「俺は酒が飲みたい……」


 軽口を叩きながら、帰途に着く。

 その最中でもケビンは警戒を緩めない。エイルから逃れるというのは、彼からしたら信じられない程の難事なのだ。

 それを成し遂げた相手に油断するなど、彼としては自殺行為に等しかった。

 ピリピリとした緊張感が周囲に漏れ出し、我知らず人を寄せ付けない雰囲気を纏う。

 そんな彼に気安く声を掛けてくる者がいた。


「あれ、ケビンさんじゃないっスか!」

「――あ?」


 それはいつぞやケビンに絡み、ギルドから投げ出された冒険者……アルベルトだった。

 その後、諸々あってケビンとは和解し、彼を師匠の如く仰ぐようになっている。


「アルか。どうした?」

「いや、最近全然酒場に来ないでしょ? 冒険に出てる風でもないのに、一週間も見かけないのは珍しいなぁって」

「ああ、こっちは護衛の依頼が入っててな」


 そう言ってアミーの方に視線を送る。

 エリーの姿をしたアミーを見て、アルベルトは納得したとばかりの表情を浮かべた。


「なるほど、いい女に恩を売ってる最中なんスね!」

「全然違ぇ!」


 ガスッと結構いい音を立ててツッコミを入れる。

 かなりヤバい感じの音が鳴っていたが、アルベルトは気にした風も見せず、平然としていた。


「そんなわけで二か月ほど、酒場に行く余裕はないんだよ」

「そっすか。また飲みたいんですけどね」

「……お前、実は俺の金目当てだろ」

「バレましたか」


 全く悪びれず、人懐こい表情を浮かべるアルベルト。

 そこには以前の様な、無差別に食いつく余裕の無さは見受けられない。


「随分仲良くなってるのね?」

「あー、まぁ、いわゆる飲み友達ってヤツだ」

「その年でアル中にならないでよ?」

「アルだけに」

「うっさい」


 親父なギャグを挟むケビンをアミーが叩く。

 その気安い仕草を見て、にんまりと笑ったアルベルトが空気を読んだ。


「おおっと、これは俺はお邪魔みたいですね。それじゃ馬に蹴られないうちに退散するとしますか」

「何しにきたんだよ、まったく」

「ま、何か協力できることがあるなら言ってください。飲めないなら、手伝いくらいしますから」


 そう言って軽く手を振るアルベルト。

 その後ろ姿を見て、ケビンはハッと思いついた。


「おい待て! 今手伝うって言ったな?」

「は? ええ、言いましたけど?」

「よし、丁度いい。お前手伝え」

「ハァ!? ちょっと、アンタ何言ってるのよ!」


 いきなりアルベルトを引き込もうとしたケビンに、アミーが驚く。


「こいつなら信頼できる。長いこと一緒に飲んでるからな」

「いや、酒飲んで信頼できるとか、わけわかんないわよ」

「どうせ人手が足りないんだ。このままじゃバルゼイの負担が大きすぎるのは理解してるだろ」


 一人で夜間の警備を受け持つバルゼイの負担は確かに大きい。

 しかし、ぽっと出の冒険者を巻き込んでいい物かどうか、アミーには判断が付かなかった。


「任せろ、こいつなら大丈夫だ。バカだからな」

「それ聞いて任せられる方がおかしいわよ……」


 こうして、半ばケビンのごり押しのような形で、アルベルトが騒動に巻き込まれたのだった。


続きはまた明日投稿します。

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