表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
80/103

第75話 計画

 リムルの立てた計画はこうだ。

 まず、エリーは先に本国に戻ったことにする。これは彼女の事情を知る者からすれば、納得できる理由のはずだ。

 継承権を得る寸前の大事な身なのだから、本国で身を護りつつ準備を整えるのは不自然な行動ではない。

 もちろんエリーはそれを知ってなお市井に混じり、その暮らしを知るために行動していた。

 その考えはとても尊いものだ。だがやはり時期が悪かった。彼女もまさか、ここまで露骨に動くとは思わなかったのだろうけど。


 次にラウムでケビンとアミーさんに合流して、二人に事情を説明し、セーレさんの護衛についてもらう。

 セーレさんは二人の護衛を受けながら、アミーさんの幻影魔術でエリーの振りをして二重生活を送ってもらう。

 蘇生の魔術で蘇らせるとはいえ、その影響というものがどれほどあるかわからない。

 『一度死んだ女王』というのが、余人に好印象を与えるとは思い難い。これは付け込まれる隙となる。

 そこで二か月の間エリーが生きているように装うのだ。

 幸いエリーは学院でも図書室に篭っていたので、彼女の言動の詳細を知る者は少ない。

 幻影で姿を誤魔化し、セーレさんとアミーさんでエリーが生きてるかのように工作しておけば、見抜ける者も少ないだろう。

 バルゼイさんとケビンが護衛に付けば、あの暗殺者もおいそれと手は出せないはずだ。


 その間、わたしとリムル、イーグとアルマの四人で世界樹に登る。

 期限は二か月、その間に集魂機構(ヴィゾフニール)の対策を練りつつ腕を磨き、目的地へと向かうのだ。

 もちろんその間に破戒神が追いついてくれば、なにも問題はない。

 風神と破戒神の二柱に全てを任せ、のんびりと待つなんてわたしたちには耐えられない。そもそも、あの二柱ですら数年掛かるかも知れないと言っていたのだ。

 二か月後という期限に間に合うかどうかは、ほぼ絶望的だろう。


 蘇生の魔術が使えるようになれば、まずはアレフで実験を行う。

 アレフが蘇れば、その口からリッテンバーグの裏事情を話させることができる。

 そもそも、ここマタラに刺客を送るとなれば、転移ゲートというチェックポイントがあるため、大人数を送るのは不可能だ。

 おそらくは――あの腕利き一人で精一杯。

 暗殺者があの襲撃のタイミングでは逃げるので限界だったとすると、アレフを殺したのはおそらく別人……ならば首謀者の一人であるフランツ自らが手を下した可能性が高い。

 その証言を引き出せれば上々だ。おそらく相手はシラを切るだろうけど、疑惑だけでも牽制になる。


 これらを実行するためには一刻も早くラウムへ帰還し、ケビンたちと合流しておかねばならない。

 エリー生存を偽装する下準備もあるし。


「そんなわけで、ボクらは明日にでもラウムに向かう。その後間を置かずフォルネリウスの首都ベリトへ向かうわけだけど?」

「おう、まかせろ。元々俺は身が軽いしな。明日なら充分準備をすることができるさ」

「気軽に引き受けてるけど、家族とかは大丈夫なの?」

「あー、俺は一族じゃはみ出しっ子でな。ウチはなんか知らんが剣を捨てて魔道器術一本という家風があるんだが、どうも性に合わなくてさ。ほとんど家出同然で器院に入学してんだわ」


 ばつが悪そうに頬を掻き、視線を逸らすアルマ。

 でもなんで剣を捨てたんだろう?


「昔、どうやら失態があったらしいんだが詳しくは知らん。だがまぁ、以来『剣は野蛮』って風潮ができちまってな」

「そりゃまた、ご愁傷様」


 この剣と魔術全盛の時代に剣を捨てるとは、なんとも剛毅な決断である。

 だけど問題は彼の腕前なんだけど……世界樹の迷宮に耐えうる程度にはあるんだろうか?

 まぁ、それもイーグが居てくれるならばフォローできると思うけど。

 今彼を信頼しているのはリムルだけだけど、わたしやイーグが信頼できると判断してから『ファブニールの血』を与えれば、少なくとも身体能力は追いつくはずだ。


「じゃあ、明日の昼には転移ゲートを使うから、現地の岩山で合流しよう」

「おいおい、お前らは学院の生徒だから利用できるだろうけど、俺はシタラの一般人だぞ? 一緒に使えるわけねぇじゃん」

「そこはそれ、ほらここに利用許可証が。本登録証じゃないけど」

「げぇ、マジか!?」


 出発が昼なのは午前中の内に、本登録証を貰ってくるためだ。

 ギルド長直々の推薦状だから、発効まで時間が掛かるということはまず無いだろう。

 そう考えれば本当にぎりぎりのタイミングと言える。シメレスさん、ぐっじょぶだ。


 そういうわけで、今日のところはアルマと分かれて行動することにした。

 運良く彼の顔を暗殺者に見られなかったのは、重畳と言えるだろう。

 少なくとも今夜護衛をつけずに済む。



 宿に戻ってワラク先生に話せる範囲の事情を話し、帰還の準備を整える。

 セーレさんは夜半にわたしの部屋に潜り込んでもらって、護衛することにした。もちろん部屋まではわたしが迎えに行く。

 彼女は暗殺者と斬り結んでおり、生存を知られている。今夜一晩とはいえ、フリーにするのは危険だ。


「済まないね、厄介な問題に巻き込んでしまった」

「いい。エリーは友達だし、わたしにも秘密はあるもん」


 二人でベッドに潜り込み、こそこそとナイショ話をする。

 この部屋にはもう一人、女性の冒険者がいるのだから、あまり大きな声では話せない。

 幸い、ベッドは普通よりも大きめでわたしの体格が小さい事もあり、セーレさんと並んで眠っても問題はない広さだ。

 夜遅くまで二人でエリーのことを話す。良い所、悪い所、軽率な所、理想家な所。

 気が付けばいつの間にか眠りに落ちている、そんな状況になるまで話し続けて、夜を明かしたのだった。


 夜が明けるとリムルとセーレさん、バルゼイさんの四人で即役所に向かった。

 早朝という時間は狙う側としたら、狙いやすいのかも知れないが、こちらとしてもそれはしっかりと警戒している。

 もし、まだセーレさんを狙っていたとしても、わたしが先に感知できるはずだ。

 朝早い段階なので、もちろん役所は開いていない。

 そこで役所前で朝食を摂りながら周囲を警戒する。

 襲ってくるならば、ここで返り討ちにしてやりたい。わたしはまだ、エリーの仇を討っていないのだ。

 これは三人で相談した結果の、いわば挑発である。

 リムルは最後まで反対していたけど、セーレさんもわたしも、仇を討ってやりたい気持ちでいっぱいなのだ。


 役所が開く時間一杯まで待ち伏せていたけど、結局敵は現れなかった。

 街中での戦闘が起こらず、リムルはあからさまにホッとした表情を浮かべている。

 少し不満が残るけど、予定を崩すわけには行かない。それに、相手もエリーを殺すという大目標を達成している以上、ここに長居していない可能性だってある。

 ひょっとするとラウムにもう戻ってるかも知れない。そう考えれば、帰り支度をするのも捗るという物だ。


 学院の制服を着た子供が転移ゲートの使用許可証を取りに来たということで、いささか注目を浴びてしまったけど、シメレスさんの名前の効果か、速やかに交付してもらった。

 いくら早く処理してもらえたとはいえ、すでに時間は押し迫っている。

 このままでは間に合いそうに無いので弁当代わりのパンを買って、そのまま転移ゲート行きの馬車に飛び乗り、馬車内で食事を済ませる。

 向こうに付いてしまえば食事は何とでもなるので、それまでのつなぎだ。


「お、来たな。遅いからなんかあったかと思ったぜ」

「悪い、発行が予想以上に手間取ってね」

「ギルド長のお墨付きが付いてるのにか?」

「役所の仕事なんだから、これでも早く済んだほうだよ」


 着くなりアルマは軽口を叩いてみせる。


「あ、セーレさん……でしたっけ? 道中はよろしく頼む」

「はい、済みません、巻き込んでしまって」

「いや、巻き込んだのはリムルのヤツだし、気にしなくていいです、ハイ!」


 セーレさんに積極的に声をかけているが、一目でわかるほど、その表情は赤い。


「――むふ」

「おい、チビ。なんだそのイヤラシイ笑いは」

「チビとは失礼な。こう見えてもリムルより年上。それに、わたしを軽んじると、セーレさんとの仲を取り持たないよ?」

「なっ、俺はそんなのと違うし!」


 面白い。ここまでわかりやすい人って今まで居なかったなぁ。

 ケビンとアミーさんは、いつの間にかって感じだったし。

 転移ゲートでは学院の生徒だけということでかなり怪しまれたが、セーレさんの身分とバルゼイさんの実績でどうにか押し通ることができた。

 ついでにラウム側に付いた時にバルゼイさんの口利きで、ベリトに飛ぶことを前もって知らせておいてもらう。

 郊外の転移場からノンストップで自宅へと向かった。

 自宅は隠れ家になるため、あまり人目に付くのはよろしくない。ここは待ち伏せなど考えずに、すぐさま家の中に飛び込んでいく。

 そこで耳に入ってきたのは――


「へぇ、冒険者ってそんなことまでするんだ?」

「オヤビンはその温泉掘りで岩盤蹴り抜いて熱湯浴びてたんだよ。もうね、ドジっていうかぁ」

「でも岩盤蹴り抜くとか凄いじゃん! 俺もそんなのできるようになるかな」

「あー、そりゃできるようにはなるよ。うん、わたしの協力があれば」


 中から聞こえてきたのはイーグの声。そして少年の声。

 それにしても、イーグが『わたし』!?

 リムルも居間への扉に手をかけた所で固まっている。セーレさんの顔は興味津々の表情だ。


「あのさ、それでまた……」

「えー、もう? しかたないにゃあ」


 カサリと衣擦れの音が響く。それと同時に人の動く気配。


「じゃあ――」

「そこまでー!!」


 ズバンとドアを叩き開けるリムル。

 中ではいつぞやの少年とイーグが、顔を寄せ合って何事か行う寸前の状態だった。


「イーグ、未成年を誘惑しちゃいけません! そもそも、ボクだってエイルとはキス以上してないと言うのに!」

「あ、ボス。お帰りなさい? 予想より早かったね」

「なにをしている、なにを!」

「えーと、その……近隣の住民と親交を深めるためー」

「ふ・ざ・け・る・な!」


 なんだか、かつてないくらいリムルが怒ってる。


「え、えーと……ボク、その、今日は帰るね?」


 ばつの悪そうな顔でそそくさとわたしたちの間をすり抜ける少年。

 逃げ出す動きは、なかなかに素早い。

 その背中にリムルが声をかける。


「少年、悪いけどイーグを二か月ほど借りるよ」

「え?」

「急用ができたんだ。早く帰って来たのもそのせいだ。二か月経ったら戻ってくるから、それまでここには近付かないように」

「そんな!」


 これはリムルの気遣いだと、わたし達にはわかった。

 ここにケビンたちやバルゼイさん、セーレさんが隠れるとなると、暗殺者だってここを狙ってくる可能性がある。

 むしろ狙わない方がおかしい。

 そこに子供が出入りするとなれば、格好の的になる。この子を人質に……なんてことは、わたしでも思いつく。


「ここはその間、荒くれの冒険者に貸し出すことにしたんだ。だからここに来てもイーグは居ない。厄介事に巻き込まれたくなかったら、二か月は近付くな。いいね?」

「横暴だ!」

「言っておくけど、ボクたちはイーグを連れてベリトに向かう。ここに来ても無駄足なんだよ」


 イーグが、言い募ろうとする少年を押さえる。


「ベリトに行くって……まさか世界樹に登るつもり? ユーリ様から禁止されてたはずじゃ?」

「そうも言ってられなくなったんだ。詳しくは後で話すから、ケビンとアミーさんを連れてきて」

「……わかった。でもユーリ様にも連絡するよ?」

「それは構わない。というか仕方ない」


 そう言われ、イーグは少年を連れて家を出て行った。


明日には帰省しますので、投稿、感想返しなどがしばらく行えなくなります。

ご了承ください。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ