第74話 正体
アレフの胸には、エリーと同じように剣で突き刺されたような痕跡が残されていた。
もちろん証拠になるような剣は残されていない。
「これは、口封じ……かな?」
「多分そうだろうね」
「さっきのヤツ?」
「どうだろう? そんな余裕は無かったと思うけど」
死体を検分しつつ、相槌を打つリムル。
今まで散々皮肉や嫌がらせをしてきた相手だけに、その言葉にはエリーのような悲嘆は無かった。
それに、確かにあの男の逃げっぷりでは、アレフを始末する余裕は無かっただろう。
では、誰が?
「エイル、彼も異空庫へ。今から氷結を掛けるから」
異空庫内では時間経過が存在しないため、氷結の意味は薄い。
でも生の死体を放り込むというのは、やはり精神的に抵抗があるのだ。食料とかも入ってるし。
いや、氷結を掛けててもキツイのはキツイけど。
「なんで? どう考えてもコイツが手引きしたように見えるんだけど」
「うん、多分そうだね」
「なら!」
「少なくとも、コイツは自分が誰に殺されたのか知ってる」
彼の胸の傷を検分した結果、前から背中へと小剣状の刃物で貫かれた傷らしい。
つまり、犯人はアレフの正面から斬りつけた事になる。
「それに、こいつが誰に手引きされたのかも知りたい」
「アレフにも蘇生掛けるの?」
「ああ、それに『臨床実験』は必要だろう?」
ニヤリと悪い笑みを浮かべるリムル。
それを見てわたしは思わず、うわぁってなった。
確かに完成品の魔法陣はすでに入手している。集魂機構の問題を解決したとしても、やはり使ったことの無い魔術は不安が残る。
そこでアレフを実験に使おうというのだ。
「コイツはある意味、事件の生き証人だ。死んでるけど」
「まぁ、そうだよね」
「確保しておけば、実に有用な証言を得ることが出来るよ」
「……黒いね、リムル」
「現実的と言ってくれ。アレフだって、生き返れるんなら文句は無いだろうし。もっともそのあと死刑になるだろうけどね」
エリーはどう見ても高位の貴族の子女。それを暗殺する手引きをし、その証言を強要されるのだから、彼に生き延びる術はない。
もう一度死を経験することになるのだから、彼の未来はおぞましいことこの上ない。しかしそれを哀れとは思えなかった。
とにかくここに死体を放置するのはよろしくない。リムルが氷結を掛け終わり次第、異空庫仕舞いこんでおく。
これで大量の血痕が残されているだけの、不審な路地の出来上がりだ。
そこへタイミングよくアルマが戻ってきた。
「おい、なんかスゲェ音が聞こえてきたんだが……うわっ、なんだこれ」
「丁度いい。アルマ、少し時間あるかい?」
「あ? ああ、問題ないぜ」
鳩が豆鉄砲食らったような表情で答えるアルマ。街路はずたずたで、路上には血痕があるのだから、驚くのも無理はない。
それに確か、この後はセーレさんから事情を聞く予定だったけど……
「え、アルマも巻き込むの?」
「うん。出会ったばかりだけど、なぜか彼は信用できる気がするんだ」
「むぅ、わたしとしては早計な気がするんだけど」
「まぁ、それは自分でも理解してる。でもなんでだろうね? 勘って言うのかなぁ」
出会って以降、リムルはアルマに絶対の信頼を置いている気がする。
その懐きっぷりはケビンに匹敵するかも知れない。
わたしとしては、すこぶる面白くない…。
「まぁ、いいけど……」
少し口を尖らせて承諾の意を伝える。
そして、肝心のセーレさんは憔悴した様にうなだれていた。
親友の死と、家族との別離を覚悟したせいで、心が追いついてこないのだろう。
それに、別離と言っても、離れて暮らす必要も無いのだけど。
先ほどは快活に返事を返していたが、やはり無理をしたのは間違いなさそうだ。
「とにかく場所を移動しよう。そうだな……ギルドに行けば部屋を借りれるかな」
「わざわざギルドまで行くの?」
「あの男がいつ戻ってくるかわからないからね。ギルド内ならおいそれと手を出せないだろう」
あの男がいくら腕利きと言っても、猛者の集う冒険者ギルドで暴れるのは自殺行為だ。
それにあそこにはシメレスさんがいる。腕利き冒険者を、完璧に統率してみせる指揮官。
熟練の暗殺者ならば、自分が攻め込む先の情報くらい集めるはずだ。そうなれば、おのずと彼の情報も耳に入る。
数多の冒険者の技量を最大限に発揮させる指揮官の居るギルドに攻め込む。それが、どれだけ不可能事か……腕利きであればあるほどに、理解できるはずだ。
「わかった、急ごう。セーレさんも、ほら」
「うん……」
私が手を引くと、子供のように大人しく付いてくる。
日頃のオバちゃん臭さがウソのような憔悴振りだ。
夕食時もすでに過ぎ、ギルド内もやや落ち着いた雰囲気になっていた。
人目はまったく皆無とは行かないが、それなりに数を減らしている。
ある意味理想的な状況だ。
認識はされにくく、戦力は残っている。
幸いカウンターにはシメレスさんがまだ残っていた。
「こんばんわ、シメレスさん。残業ですか?」
「おや、リムル君ではないですか。何か御用で?」
「ええ、部屋を貸してもらいたくて。密談用の」
「それはまた……穏やかじゃないですね?」
唐突なリムルの申し出に、嫌な顔一つせず鍵を渡すシメレスさん。
そんなに軽く渡していいのか?
「いいんですよ。冒険者ってのはそういう状況も多々有る物ですから。部屋はカウンターの右の通路の奥の三番を使ってください」
「ありがとうございます」
リムルが一礼してカウンター脇の廊下を進む。
わたし達もその後に続く。その背後からシメレスさんの声が聞こえてきた。
「やれやれ、面倒なことにならなければいいんですが……」
部屋はそれほど広くはなかった。
せいぜい七メートル四方の部屋で、今は四人だからいいけどフルパーティの六人で入ると一杯一杯だろう。
中央にテーブルがあり、周囲の壁はなにやらクッションの様な壁紙が張り巡らされている。
隅のサイドテーブルにはポットとお茶の設備まである。
「防音設備ってことかな?」
ボフボフと壁を叩いて確認するアルマ。
わたしは早速人数分のお茶を淹れ、テーブルの上に配っていく。
「それで、なにがあったんです? いや、なぜ狙われたんです?」
「おい、狙われたって? このお嬢さんがか!?」
そう言えば、アルマは前後の事情がほとんど把握していない。
リムルは手早く事情を説明して続きを促す。
その際にわたしの異空庫や蘇生のことまで話したのは驚いた。
そこまで信用してるんだ?
「何でも取り込める異空庫に蘇生の魔術……なんだかわけがわからなくなってきた」
「気持ちはわからなくはない」
わたしはアルマの感想に追従する。
事のほぼ発端から一緒にいるわたしですら、最近の状況の変化についていけてない。
「それで、狙われた心当たりは?」
「エリーは……彼女は王室の血を引いているのです」
「は?」
これにはリムルの方が絶句する。
王室? 王室ってあれかな? 王様の居るお城のご主人様?
「エリー……エリゴール・アイニ・ラウム殿下は現ラウム国王シルト・ウィネ・ラウム陛下の娘、長女に当たる方です」
「おいおい、マジか。これってお家騒動?」
アルマが少し茶化すように口にする。
信じられないというより、信じたくないと言う表情だ。
「ええ、私はセーレ・カークリノラース。ラウムの世界樹教会の大司祭の娘です。その発言なら信憑性は高いでしょう?」
「彼女の身分についてはボクが保障するよ」
「マジかぁ」
しまったとばかりに天を仰ぐアルマ。
国家レベルの厄介事に巻き込まれたのだから、気持ちは理解できる。
「事は二か月後に迫ったお披露目式の影響でしょう……」
セーレさんが話すには、二か月後に正式にエリーを立太子を定める披露会があるのだという。
現在のシルト王は子供がエリーしかいないため、この披露会での発表で正式にエリーが次の女王に決定されるのだ。
そして、エリー――いやエリゴールが王太女となることで、逆に継承権が下がる者がいる……つまり現一位である王の従兄弟である。
「なんてこった……そういや、学院でも授業に出ずに好き放題図書室に篭ってたし、教員でも入れない地下蔵書室に出入りしてたし、ボクらに気軽にその資格を与えてたり……ああ、なんだか思い当たる節が次々と……」
「私は恐れ多くも彼女の幼馴染でして、学院にも護衛の一人として通うことになってたの」
「じゃあ、セーレさんの護衛のバルゼイさんって実は?」
「近衛騎士よ。昔は本当に冒険者だったけど」
そう言えば冒険者資格って、年会費さえ払ってれば無条件で更新されたっけ。
ついでに資格剥奪は犯罪を犯しているのが露見した場合のみ。
つまり冒険者をやめて正規兵になっても、会費さえ払ってれば資格は継続して取得できたと。
「うん、なんていうか、ひどい」
「騙していたのは謝るわ」
「いや、そういう意味じゃなくて。ギルドの資格制度、ザルじゃないか」
「あはは、まあ確かにね。今の世界は上の人間になればなるほど腐敗しているわ。でもエリーなら……エリゴール殿下なら、きっと変えられる」
確かにエリーは夢見がちな雰囲気はあったし、気丈な性格ではあったけど……大丈夫かなぁ?
「もちろん全部エリーに投げっ放しにするつもりはない。私だって協力するし、バルゼイだって殿下に心酔してるもの」
「で、今回の件は、その発表が公になる前に始末してしまおうと?」
「おそらくは」
「犯人の目星はありますか?」
「こんなの、対抗馬くらいしかないでしょうね。現在継承権一位にいるのは、陛下の従兄弟に当たるリッテンバーグ侯爵よ」
リッテンバーグ……どっかで聞いたような?
「エイル、あれだよ。一組のバカの首魁」
「ああ、フランツ」
あれの父親ならさもありなん。
暗殺なんてあからさまな行為に出るのも納得だ。
だがそれが成功してしまったのは、いかにもマズイ。
「ということは……蘇生は二か月以内に行わなければ、継承権は?」
「流れるでしょうね。そしてリッテンバーグ侯が王位に付く。それ即ち……」
「次の次の王にあのフランツが?」
それはさすがに冗談では済まない!
「それはまずいね。何とか対策を立てないと」
「でも二か月じゃいくら破戒神様でも無理だよ?」
「かといってボクたちでは……」
「とにもかくにも、世界樹を登らないことには始まらないね」
「なら俺も連れてけ!」
「アルマ!?」
突然声を上げたアルマに全員が驚愕する。
この中で一番関係が薄いのは彼だ。知らぬ存ぜぬで器院に戻るのが一番彼のためになる。
それなのに、世界樹に同行するなんて、理解ができない!
「俺は元々、あれに登るのが目標だったからな。丁度いい」
「でも、危険よ」
胸を叩くアルマを心配げに見るセーレさん。
そしてセーレさんを見るアルマの表情は少し赤い。ああ、そう。そういうことね?
「それにこれは私たちの問題よ。登るなら私が行くわ」
「いや、セーレさんには別の役目があります」
そういってリムルは今後の作戦を説明し始めた。
まずセーレさんはラウムに戻ってエリーに成りすましてもらう。
そのためにはアミーさんの幻覚魔術を使用する。護衛として、バルゼイさんの他にケビンも付ける。
ここまですれば、そうそう手を出すことは適わなくなるだろう。
とにかく、二か月後までエリーが生きているという実績を作っておかねばならない。
その間、わたしたちは世界樹を登頂する。
わたしとリムル。それにアルマとイーグ。
これに破戒神夫妻が付いてくるならば、きっと何とかなるはずだ。
集魂機構の対策は……今考えても仕方ない。現場で何とかしないといけなくなる。
当面、学院にはエリーは先に帰還したことにしておき、後を追うようにわたしたちも戻ることにする。
それから一度休学届けを出しておいてから、ケビンたちとどこかに引き篭もってもらおう。
感想返しでうっかりこの話のところまで言及してしまった……orz
えー、とにかく、リムルがアルマを信用してるのは、勘とか本能とかそういうレベルでの話で根拠はありません。
あまりにも彼らしく無い行動ではあります。
なぜそこまでとどうしても納得できない方は、前作を読めばなんとなくわかるんじゃ無いかなぁと言う事でお願いします。