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第72話 消失

 すでに昼時を過ぎていたため、食堂はかなり空いていた。

 主人と顔見知りらしいアルマの案内で、奥のテーブルに着く。


「学院の宿ほど上等なモンは出ねぇけどよ。地元の食材を使った料理が売りで、それなりに食えるモンが多いんだぜ」

「へぇ、地元の食材って言うとやっぱり魚?」

「変わったモンもあるぜぇ」


 そういって、彼が注文したのは……ナマコの内臓を取り、表面だけを香ばしく炙ったものだった。

 他にも、鮫肉の酢味噌和えとか、ウミヘビの唐揚げとか聞いた事の無い料理ばかりだった。


「あの、ナマコって食用なの?」

「知らねぇのか? 歯応えがあって美味いぞ」

「鮫肉って臭いって聞いたよ?」

「そりゃ古いやつだな。新鮮なのはそれほどでもねぇ。それに臭みを消すための酢味噌だ」


 しばらくして運ばれてきた料理は、確かにクセがあったが他では食べられない味がして、とても美味しかった。

 リムルもわたしも未成年だったので、酒はアルマだけしか飲んでなかったけど、初めて食べる料理で会話は大いに盛り上がっている。


「へぇ、あの水の聖女の子孫? マユツバくせぇな」

「ボクもそう思うんだけど、当事の生き証人に断言されちゃってね」

「生き証人だ? ああ、ラウムってエルフが多いんだったか」

「あ、ああ、うん。多いね、エルフ」


 まさかエルフじゃなく、ファブニールや破戒神本人に言われたとは思うまい。

 というか、そんなこと言った日には、正気を疑われてしまう。

 神様は本来、天上の世界に居るものとされているから。


「……まさか、カフェテラスでパフェをパクついているとは思うめぇ」

「エイル、しー!」

「あ? なんか言ったか?」

「いや、なんにも」


 イーグと並んでほっぺにクリームつけて貪る姿とか見て、あれが神とは誰も思わなかった。

 もちろん通りすがりの人や店の人も、微笑ましいものを見る視線を送っても、敬う視線なんて欠片も飛んでこない。

 わたしも、できれば膝の上に乗せて、世話してみたいと思ったくらいだ。


「そういや、俺んちも昔は水の聖女の世話役だったって逸話があるんだぜ?」

「ああ、ウチの家系って古いからなぁ。どっかで繋がってるとかよくあるみたい」

「まぁな。そもそも俺も器院に居るのはスキル取得のためだし」

「え、スキル取得だけ? 魔道器師になるんじゃないの?」


 アルマはそこで唐揚げを突き刺したフォークをブンブン振って力説を始めた。

 やめろ、脂が飛び散ってくるじゃない。


「俺は魔器剣士希望さ! こう見えても剣の腕はなかなかなんだぜ!」

「魔器剣士?」

「魔道器と剣を併せて使う、この地方独特のスタイルだよ」


 アルマの話によると、魔道器に込めた付与魔術を状況に応じて使い分け、剣と同時に攻撃する特殊な戦法がこの地方には存在するらしい。

 付与魔術の習熟が困難なことに加え、剣の腕前も要求されるとあって、その習得率は魔力付与を習得した剣士に匹敵するほど低いそうだ。


「面白そうだな、それ」

「今度暇があったら見せてやるよ」

「道理で、槌を振る腕が他の生徒と違うと思ったよ。腕力もあったけど、キミの振り方は他の生徒とは一味違ったもの」

「お、わかるか? 俺の先祖に世界樹の迷宮で玉砕した人がいてな。俺も一度そこに挑戦してみたくて腕を磨いているんだ」

「あー、冒険者の憧れだね。あの迷宮は」


 世界樹の迷宮と聞いて、少しギクリとした。

 あの迷宮にはいつかは訪れなければならない。いや、破戒神たちが事を成してくれるなら、その必要は無いかも知れないけど。

 でも、あそこにある集魂機構ヴィゾフニール・システムを破壊しないことには、リムルの目的は達成できない。


「そうだ、アルマはバハムートって知ってる?」

「ん、確か最古の竜神だろう? 人類で初めて世界樹を登りきって不老不死を得たって言う」

「うん、それ」

「神話くらい知ってるぜ。その後、時の王様に不死を求められて断り、捕らえられて何度も殺される憂き目を見て人間に絶望し、竜に変じて大地を焼き払った……だったかな?」

「神話ではそんな感じだったね。その後の話って知ってるかな?」

「なんだ、宿題か?」

「まぁ、そんなところ」


 わたしの唐突な話題変換を、リムルがフォローしてくれる。


「ここは海の町だからね。海といえば竜じゃない?」

「そりゃ海竜リヴァイアサンだな。でっかい蛇みたいな災獣だぞ。こないだのヒュドラとは格が違う」

「やっぱそっちの方が有名なのか。ここだと神話級のドラゴンの話とか聞けると思ったのになぁ」

「そういや、お前らヒュドラ退治に参加してたんだって? 詳しく聞かせろ」


 アルマは冒険者志望だけあって、そういう話の食いつきは凄いものがあった。

 リムルが当たり障りの無いところを、適当にぼかしながら話していると、料理がいつの間にかなくなっている。まぁ、大半はわたしが食べたわけだけど。

 そんなこんなで、お食事会は一旦お開きとなった。すでに日もかなり傾いている。

 こんな時間まで食べてたら、夕食が入らなくなるかも知れない。


「じゃあ、ボクらは宿に戻るよ。今度時間が出来たら連絡するから」

「おう。ああ、宿までは送ろう」

「え、いいよ」

「よくねぇ。後衛のひ弱なガキに子供とはいえ女を野放しで送れるほど、この街の治安は良くないんだぞ」

「そう? 結構良いように見えるけど」


 昼の買い物とか、普通に街中を歩くことができた。

 冒険者で溢れかえっている王都ラウムやベリトより落ち着いて買い物できたくらい。

 ここで悪いとか言ったら、王都は無法地帯だ。


「昼はともかく、夕方からは稼ぎの悪かった冒険者とかが出歩きだすんだよ。問題を起こすのは大体そいつら」

「わたし、結構強いよ?」

「結構じゃなく、かなりトンデモナイよ」

「身を持って思い知った。それでも女ってだけで、余計な騒ぎを起こすことがあるんだよ。ここは押し出しの強い俺の好意に甘えとけ」


 確かにアルマは強面とは行かないまでも、体格がいい。

 その体格の良さで、周囲を威嚇することはできるかも知れない。


「そっかな? ではお願いしようかな」


 そういうわけで、アルマと一緒に宿に戻ることとなった。



 日の光に赤みが差し、影が伸びる。

 そんな街の中をアルマと三人で歩いていく。

 最初は妙に突っかかってくる嫌なやつかと思ってたけど、それが器院の方針で本人は嫌々従ってたと言っていた。

 その後の彼はむしろ気のいい兄ちゃんで、どちらかと言うと世話焼きの部類に入る。

 わたしとしても一緒に居て悪い気分ではない。


「でも、わたしたちと一緒にいて問題にならない? 器院の方針は『舐められるな』でしょ?」

「お前さんたちをどうやって舐めて掛かれってんだ……鍛冶場をふっ飛ばしたんだぞ?」

「……ワザとじゃないもん」

「おい、お前ら!」


 他愛も無い話をして帰途に付いている所に、バルゼイさんとセーレさんがやってきた。

 二人とも妙に焦った表情をしている。なにかあったのかな?


「なんだぁ?」

「大丈夫、アルマ。知り合いだよ」


 ささくれ立った声を飛ばされてアルマが警戒の様子を見せたが、リムルが抑えてくれてる。

 それよりも二人の様子が尋常じゃない。


「何かあったんですか?」

「エリーを見なかった? 昼の自由時間から宿に戻ってこないのよ」

「エリー先輩ですか。いえ、見てません。今日はこのアルマとずっと一緒にいたので」

「エリーになにかあったの!?」


 珍しく、わたしの声に焦りが混じる。

 彼女は親友だ。それにこの街はこれから治安が悪くなっていく。

 そんな中、いいところのお嬢さま丸出しのエリーが宿に戻らないなんて、厄介事に巻き込まれるに決まっている。


「わからないわ。でも、今彼女は凄く微妙な立ち位置で――」

「――お嬢」

「あ、ごめんなさい。とにかく一刻も早く見つけないと」


 今、立ち位置って言った? それにこの焦り具合はわたしの比じゃない。

 なんだか、モンスターに追い立てられている時だってここまでは狼狽しない。


「本当に……その、今は命に関わるかも知れないくらい、微妙なのよ。だからお願い、捜すのを手伝って!」


 理由は、なんだかよくわからない。

 でも、彼女は必死に、それも命に関わるとまで言って、協力を申し出ている。

 親友を自称するわたしとしては、ここで断るという選択肢は無い。


「わかった、捜す。アルマも手伝ってくれる?」

「おう。俺は顔知らねぇけど、街の案内ならできるぜ」


 この町に不案内なわたしでは、ミイラ取りがミイラになってしまう可能性の方が高い。

 案内人であるアルマの存在は、とても大きい。


「待って、ボクも行くから」

「え、でも……」


 もうすぐ夕食の時間だ。護衛であるわたしたちと違って、生徒のリムルはスケジュールが管理されている。

 ただでさえ、昨日の特別離脱に、今日の昼のお説教で単独行動が多い。

 そのズレ具合を教員たちは苦々しく思ってる者も多かった。

 擦れ違うたびに嫌味を言ってくる学年主任とか。


「エリーは確か三年の一組でしょ。彼女を捜すんだったら言い分けは立つよ。それにボクだって彼女のことが心配だし」

「お願いするわ。それじゃ、私は急いでるから!」


 そのままバルゼイさんを伴って、セーレさんは街中を駆け出していった。


「なんだかよく判らないけど、人捜しだ。アルマお願い」

「任せとけ。それでどんな外見なんだ?」


 エリーはエルフ顔負けの綺麗な金髪に、清楚な顔立ちをしている。話によるとエルフの血も混じっているとか言っていた。

 荒くれ者の中に紛れ込んだら、確実にちょっかいを出される類の美少女だ。

 それに服装は、旅行中は基本的に制服での外出が義務付けられている。

 これも仕立てのいい制服で、女子はブレザーにチェックのスカートという可愛い感じに仕上がっているので、やはり荒っぽい冒険者たちなら、思わずからかいに来るだろう。

 そういう特徴をアルマに告げていく。


「わかった、じゃあ表通りの聞き込みから始めよう。見知らぬ町で裏通りに迷い込むとか、普通はありえないからな」

「頼む」


 エリーは図書館の主で、運動神経は良い方じゃない。

 本人もそれを自覚しているし、頭もいいので、危ないところには近付かないだろう。

 だが、そもそも頭のいい彼女なら、集合時刻に遅れるという事自体がありえないのかな?


「急ごう。意外と深刻な事態かも知れない」


 リムルもその事実に気付いたのか、表情が引き締まっていた。



 あれから三時間が経過しても、エリーを見つけることはできなかった。

 わたしは身の軽さを利用して屋根に上ったり家から家へ飛び渡ったりして、出来うる限り捜索範囲を広げてみたりもした。

 それでも見つけることができない。

 日はもうとっくに沈み、あたりはすでに闇に閉ざされている。時刻にして、夜の八時くらいか。


 わたしたちは一度二手に別れ、わたしとアルマは町の捜索の続行を、リムルは宿にその後の経過を聞きに戻っている。

 入れ違いに宿に帰っているかも知れないからだ。

 そろそろ待ち合わせの時間かという頃に、リムルが宿から戻ってきた。


「どうだった?」

「まだ宿には戻って無いみたい。これは明らかに何かあったね。それとアレフも居ないそうだ」

「アレフも? まぁ、この際アレフなんてどうでもいいけど、エリーは心配。急がないと」

「一応クラスメイトなんだよ?」

「この他に捜してないところなんて……スラムくらいしかないぜ?」


 ラウムよりも平穏に見えるこの町にも、やはり貧民街という物は存在するようだ。

 現在でも、かなり雰囲気の悪い区画まで来ている。

 アルマの話では、ここよりも遥かに危険な区画があるそうだ。

 この町は港町で、そして海がある以上海賊という存在だって居る。貧民街は、そういった輩の隠れ蓑に使用されることも多いらしい。


「エイルがいるから、いざとなれば力押しで何とかできる。安心していいよ」

「クソ、俺も剣を持ってきておけばよかった」


 アルマの案内で、貧民街の区画に足を踏み入れる。

 そこは迷路のように入り組んだ狭い路地が組み合わさったような街路が広がっていた。


「ここを捜すとなると、かなり面倒なんだが……」

「なら、二手に分かれよう。ボクとエイル。キミには済まないけど一人で」

「いいのか?」

「ボクは荒事に弱いからね。護衛にエイルを付けさせてもらう」

「そりゃ構わねぇが……いや、効率ならその方がいいか」


 そう判断するが早いか、アルマは集合時間と場所だけを決め、駆け出していった。

 わたしとリムルは、板塀に区切られた向こう側へ向かう。

 スラムと呼ばれる貧民街。そこに足を踏み入れた瞬間、空気すら変わった。

 しばらく二人で捜索をして……


 そして、そんな場所で、剣戟の音が響いてきたのだった。


山場に向けて少し加速します。

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