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第68話 海戦

『』は拡声魔術で拡大した声を表しています。ご注意ください。

 翌朝、様々な打ち合わせをシメレスさんと行った後、軍用の装甲船に乗り込む。

 乗船はきわめてスムーズに行われ、集合一時間後の九時には出航する。

 後衛用の船が一隻と前衛用の船が三隻。計四隻で、今回の討伐に当たる事になっていた。

 勿論これ以外にも補助的な小船はいくつか用意されていて、その代表例が今空を舞っている魔術師たちだ。


「飛翔系の魔術で索敵ですか。豪勢ですね」

「魔力はポーションで回復する事ができますので。彼らは今回、索敵のみに集中してもらいます」

「……少し強引過ぎませんか?」


 リムルは腑に落ちない表情でシメレスさんに尋ねた。

 魔力回復用のポーションはかなり高額な品である。そして、飛翔の魔術は消耗が激しい。

 結果、索敵要員の魔術師は湯水の様にポーションを使うことになる。

 そこまで強行する必要はあるのだろうか?


「ヒュドラは街に向かってるわけではありません。正直、深海に潜り込んで二度と出てこない可能性だってあります」

「そうですね。ですが『ここ』にいる危険性がある以上、海上封鎖は解けません。そして、それが一日伸びるだけで、街が被る被害は天文学的に増えていくんです」

「まだ襲われていないのに?」


 街が襲われるわけではないのに、被害が出るという。

 わたしはそれが不思議だったので、つい口を挟んでしまった。


「ええ、シタラの街は観光と貿易で成り立ってますので。討伐されない限りは観光どころではありませんし、港が封鎖されていては貿易もままならない。そして、出荷できない在庫が商品価値を無くしていくこともあるんです」

「ああ、魚……ですね」

「はい、まぁ他にもいくつか。で、これが傷んでしまえば、漁業ギルドの損害は計り知れないほど大きな物になります。五日……いえ、三日もすれば首を括る者が出てもおかしくない」


 わたしのように容量無制限、保存時間無期限の便利能力を持ってる訳じゃない。

 魚はただでさえ腐りやすいし、輸送の帰還も計算に入れれば、三日でもほぼギリギリなのだろう。

 氷結の魔術による保存という手段もあるけど。


「氷結は掛けた術者じゃないと、解除できない。例外はそれ以上の術者が解除する場合だけ……まぁ、可能性は少ない。そしてそれはつまり、術者が輸送先にまで付いていかないと解除できないということでもある」

「貿易先が十箇所程度ならともかく、五十も百もありますからね。術者が足りません」

「少しずつでも……としても遅れれば遅れるほどに、在庫は増えていくのですね」

「悪循環という奴です。ですからここで多少なりとも無理をした方が損は少ない。そう判断しました」


 この後、後衛用の船には指揮官としてシメレスさん。そして治癒術師十名程度と、大量の回復薬が積み込まれている。

 魔力回復薬、傷薬、双方の物だ。

 この船の積荷だけで、ちょっとした街の予算に匹敵する価値がある。


「これ知られたら、海賊が目の色変えて襲い掛かってきますね」

「まさか。百名を越える冒険者が乗り込む船団ですよ。自殺行為です」


 たった一日で、軍船三隻の戦力と一隻の補給船。

 これが用意できるギルドという存在に、改めて驚愕した。

 軍隊でもここまで迅速に戦力は用意できないだろう。


 幸い天候は穏やかで、波は低い。

 わたしたちの様な陸育ちならともかく、この町の冒険者は船にも慣れている様に見えた。

 潮風がややべたついた感触を残すが、風が気持ちいい。

 ヒュドラの騒ぎがなければ、観光としてとても貴重な経験になっていたはずだ。

 何事も無く時間は過ぎ、昼食をその場で獲れた魚で食べ、腹もこなれて眠気が襲う……そんな時間帯に、第一報が届いた。


「発見しました、北北西、およそ十キロの位置です!」


 その声と共に、戦闘準備の銅鑼が大きく鳴り響いた。



 飛翔の魔術はおよそ一時間は持つ。そしてその速度は時速にして五十キロは出る。

 ただしその一時間で、一般の魔術師なら魔力の半分程度が消費されてしまうので、本当に索敵だけで力尽きてしまうのだ。

 索敵担当の魔術師たちは回復アイテムを口にしつつ、小船で急速に離脱していった。

 残るは戦闘要員としての魔術師と、冒険者たち。

 目指す先には緑の光を放つ光明の魔術。監視に残っていた魔術師が使っているのだろう。

 そしてその海上に小島のような影があり、時折上空に向かって火線が走る。


「見えまし――でかい!?」


 指揮官であるシメレスさんが驚愕の声を漏らす。

 それもそのはずで、近付くにつれヒュドラの大きさが判明してきたのだが、その全長は十メートルどころか二十メートルを超えている。

 首の大きさもそれ相応に大きく、しかも九本と通常よりも多い。

 これはもう魔獣の域を超えている。


「災獣クラスの大きさですね」

「ええ、ですがある意味やりやすいでしょうよ。『総員突撃体勢! 魔術師は火炎防御および耐熱』」


 声を伝達する魔術でシメレスさんが指揮を飛ばす。

 耐熱は熱によるダメージを軽減させる魔術で、火炎防御は炎によるダメージを軽減させる。

 似たような効果だが、微妙に効果が違うため、重ね掛けが可能なのだ。


「水壁は?」

「……いえ、ダメです。蒸気で視界が遮られる方がマズイ」


 指揮官として状況把握を最優先にしようとした判断だろう。


「リムル君も用意してください。戦闘開始です……『衝角戦用意。前衛艦隊、突撃!』」


 ヒュドラは火を吐くくせに水の属性を持っていて、火の攻撃に弱い。

 しかしここは大海原の真っ只中。

 多少表皮を焼いた所ですぐ海水で冷やせてしまう。しかもいざとなったら海底に逃げればいい分、性質が悪い。

 そこで、真っ先に衝角戦を挑み、船自体を浮き代わりにして、海底へ逃げられないようにする戦術なのだ。

 もちろん接近戦になるので、怪我人も多く出ると予想される。


「『船そのものを撃ち込んで海中に逃げられないようにしてください。撃ち込んだ後は各自の判断で攻撃。ただし決して無理はしないように』」


 冒険者を船内に匿い、ブレスを喰らいながら吶喊していく前衛船。

 シメレスさんとしても、最初のこの一撃こそを重視している。

 ヒュドラを海上に固定さえ出来れば、後は持久戦で何とでもなるのだ。こちらには回復用のアイテムと術者が満載なのだから。


 風の魔術を帆に受け、滑るように疾走する。

 ヒュドラも近付く船に向かって炎を吐きかけるが、燃えるのは帆だけで、鉄板で補強された装甲船本体にはさしたるダメージはない。

 帆も燃やされる事が前提なので、予備は船内に積み込んである。

 そして加速さえ付けば、船というものはそう簡単に止まらないし、止まれない。

 陸上を走る馬車や戦車とは桁違いの質量が、ヒュドラの胴体に突き刺さった。


 ズゴンと、百メートル以上離れたこちらの船にまで聞こえてくるような衝突音。


 二十メートル四方の、ヒレを持ったトカゲのような体躯。

 そして九つに分かれた頭。その頭の一つ一つが人の身体ほどもある。

 船の突撃を受け、九つの首それぞれから苦痛の叫びが上がる。

 船体がびりびりと振動するほどの大音声。

 それを合図にしたように、船内から冒険者達が飛び出し、各個に攻撃を開始し始めた。



 わたしは翼を広げ、飛翔する。

 この期に及んでわたしの異貌を隠す理由もない。そもそも隠せば人が死ぬのだ。


「二番艦で負傷者――!」


 撃ち上げられた赤い光を目指して、艦上に舞い降りる。

 途中で何度かブレスを吐き掛けられたけど、あっさりと回避。イーグのブレスに比べると格段に遅いし温い。


「こっちだ、頼む!」


 叫び声に導かれ、怪我人の元へ駆けつける。

 右腕をごっそり焼かれ、のた打ち回る怪我人が一人。すでに戸板に縛り付けられている。

 でもこの程度なら、リムルでも充分治せる。


「任せて。すぐ助ける」


 板を抱えて、素早く飛翔。

 飛び上がり様を狙っていたのか、首が二つほど噛み付いてきたので、クト・ド・ブレシェで薙ぎ払っておく。

 その一撃は一本の首の半ばまで切り裂き、衝撃で二本目の首をも弾き飛ばす。

 すぐさま武器を引き抜いて、高速離脱。今のわたしの任務は討伐じゃない。


「首が落ちたぞ! 魔術師、焼け!」

「まかせな!」


 わたしの与えたダメージを無駄にしなかったのか、その直後に首が一つ落とされた。

 足元で魔術師たちの火球が飛び交う。

 今の手ごたえなら、わたしが直接討伐に乗り出してもよかったかなぁ?


 ヒュドラの捜索には人手がいる。

 そして人手がいる以上、人目がある。

 正直わたしのブレス連装砲ならヒュドラを一撃で沈める自信は有ったのだが、異空庫を使用するあの技を人目に晒すことはできなかった。

 なので、今回は裏方に徹したんだけど……飛んで切るだけで倒せたかも知れない?

 後衛艦に着陸しながら、そんなことを考えていた。


「いや、無理だと思うよ。エイル一人で首は落とせるだろうけど、焼かないと増えちゃうでしょ」

「それもそう……あ、アグニブレイズなら楽勝じゃない。斬って焼くのを同時に出来るよ?」

「あれだと刃渡りが足りないね」


 炎斧アグニブレイズは大型の斧とはいえ、刃の部分は一メートルも無い。

 あのヒュドラの首は、どう見ても太さ三メートルくらいの太さがある。

 それに、あれを取り出すには異空庫を使用しなければならない。人目がある今は、無理だ。

 手早く治癒術を施しながらも、リムルは戦況を把握しているようだった。


「ケビンとアミーさんがいれば、余裕だったかもね。アミーさんの魔術で空を飛んで、ケビンが首を落とし、エイルが焼くって役回りで」

「それ、リムルはなにしてるの?」

「お茶でも飲んどく」

「もう!」


 軽く背中を叩いてから、再度空へと舞い上がる。

 今度は三番艦で赤い光が上がったのだ。あれは重傷者が出た合図なのだから。



 わたしは何度も前衛と後衛の間を往復する。

 ヒュドラの首も大半が落とされ、焼かれ、残り二つとなっている。

 三メートルも太さのある首を落とす事は難しい。

 だが、冒険者たちは一つの首に数人が飛び掛り、上下左右から斬りかかることで首を落としていく。

 もちろんヒュドラも抵抗するし、再生能力も持っているので、斬り付けた傷も徐々に回復していってはいる。

 それでも、数は力だ。回復力を超える斬撃を浴びせられ、やがては首が落ちる。するとすかさず魔術師が火系の術を叩き込み、傷痕を焼く。

 かれこれ二時間近く、その戦闘を繰り広げている。


「残り二つ……シメレスさん、エイルを出します。冒険者たちには傷痕を焼くことに集中させてください。エイル、お願いできる」

「ん、まかせて」


 首の数が減ったことで、冒険者の負傷は目に見えて減っている。

 現在は負傷者も無く、後衛のわたしたちは少し暇だ。

 そこでリムルはわたしの前線投入を決断したようだった。


 巨大なナイフのような形状の武器を構え、一気に前線へ飛翔する。

 首も二つまで減っていると死角は多くなっている。残った首も冒険者への対応で手一杯の様子だ。

 余裕を持って背後に回りこみ、長い首の付け根に向かって魔力付与も込めた全力の一撃をお見舞いする。

 いや、一撃ではない。何度も、だ。


 クト・ド・ブレシェの刃渡りでも一・五メートルしかない。一刀両断はさすがに出来ない。

 だがその一撃の重さは他の武器の追随を許さない。

 追撃を放つまでヒュドラの傷の回復が間に合わず、三度斬り込んだところで首が落ちた。

 すぐさまその場を飛んで離れると、間髪置かず火球の魔術が雨霰と叩きつけられる。

 これで残り一つ。


 ここまで来ると、変異種ヒュドラも、もはや火を吐くでかいトカゲに過ぎなかった。


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