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第67話 前夜

 シメレスさんにちょっとしたドッキリを仕掛けられたあと、わたしたちは宿に戻ることにした。

 この後は、魔道器院の生徒たちと親睦会を兼ねた晩餐会があるからだ。

 正直、他校の生徒とか興味は無いけど、向こうも学校の威信を掛けて招待しているので、食事の質には期待している。


「食べるのは程ほどにしてね?」

「自重します」


 そんな打ち合わせをした後、生徒たちは全員、宿の大ホールへと呼び出されることになった。

 所狭しとテーブルに食事が並べられ、その長テーブルを挟んで魔道器院の生徒と魔術学院の生徒が向かい合うように並ぶ。

 魔動器院と魔術学院は、お互い協力関係ではあるけど、それなりにプライドを掛けあうライバル関係でもある。

 そもそも『魔術』学院なのに、剣術やら体力練成が教科に組み込まれているのは、過去にモヤシだった魔術学院の生徒が魔道器院の生徒にからかわれたからという経緯があるかららしい。


 もちろん、その経緯に証拠なんて残っていない。

 だが、学院側としては『付け込まれる隙を作りたくない』という理由で、体力練成は行われ続けていた。


 魔道器院の生徒は、鍛冶も強化に含まれている。

 毎日のように金槌を振り、自力で素材を集め、魔法陣を学び付与を行う。

 そんな生活をしているので、基本的にがっしりとした生徒が多い。

 というかドワーフも相当数混じっている。

 縦にも横にも広い生徒たちを見比べると、魔術学院の生徒は如何にもほっそりとしている。

 リムルは特に身長の割りに細めなので、彼を見る器院の生徒の視線には侮りが見て取れる。


「ああ見えて、リムルは結構鍛えてるんだから」

「あ? そうだな。あの坊やは本当に後衛かってレベルで鍛えてるよなぁ」


 わたしの独り言に答えを返してくれたのはバルゼイさんだ。

 護衛のわたしたちは、生徒と一緒に並ぶわけにはいかないので、ホールの最後尾に据えられた小さなテーブルに着いている。

 そして席順的に前から一組、後ろに五組という並びなので、わたしたちのすぐ近くにはリムルたちの席が見えていた。

 それとなんだか、彼とマリアさんの位置が近い。


「まぁ、それでも器院の生徒と力比べってなったら分が悪いだろうけどな」

「リムルは負けないもん」

「そりゃそうさ。冒険者が力任せとは限らねぇ。むしろモンスターの中には人間よりも力の強い連中は腐るほどいる。そいつらを捌いて()なして狩り取るのが冒険者ってモンだ」


 リムルは正確に言うと冒険者でもないんだけどね。生徒で治癒術師だもの。


「ま、それで言うなら嬢ちゃんが一番例外だろうな」


 わたしの力は、一部だけとはいえ、それこそドラゴンに匹敵する。

 でも見た目的にはそこらの少女と同じ……いや、自分で言うのもなんだけど、もっと幼いくらいに見えるのだ。まさに見た目詐欺である。


 ホールの一番向こうでは、学年主任による演説が、未だ長々と続いている。

 しかもこの後には器院側の校長による演説までもが待っているのだ。

 その間、食事は着々と冷めていく……ああ、一番美味しいところが……


「まだ食べちゃダメ、かな?」

「ダメだろ、そりゃ」


 肉の表面の脂が固まり、蝋になっていく。

 それを指を咥えて見ていなければならないなんて、ヒドイ。


「これ、なんて拷問?」

「ただの演説だよ。目の前にあるのは絵だと思え」

「こんないい匂いのする絵なんてないよ」


 結局一時間近い『おあずけ』の末、ようやく食事にありつくことが出来た。

 料理はすっかり冷め切っていたけど、そこはそれ。一流の宿の料理だけあって、やはり冷めても美味しい。


「温かかったらもっと美味しかっただろうなぁ」

「ま、俺らみたいなのが口に出来るだけでもありがたいわな」


 リムルはクラスメイトと談笑しながら食事している。

 ほっそりした美少年風の彼の周りには、器院の女子生徒の姿がちらほら見かけることも出来た。もちろんマリアさんもいる。


「むぅ」

「彼氏が気になるか?」

「そりゃ、まぁ……」


 わたしたちが付き合い始めたことは、結構学院内に広まっている。

 耳にした人たちの反応は、総じて『なにをいまさら』だったらしい。


「ま、あの坊やが浮気するとか思えねぇけどなぁ」

「リムルはカッコイイから」

「はいはい」

「お前、生徒の護衛だって?」


 そこに口を挟んできた者がいた。

 五組のテーブルから離れて、こちらに近付いてきた器院の生徒が一人。

 魔道器院の生徒らしい、背の高いがっしりした体格。年の頃は十八くらいかな?

 ボサボサの頭と愛嬌のある表情が、今は引きつった様に歪められている。


「そうだが、なにか?」

「そっちのチビも護衛だってのか?」

「…………」


 バルゼイさんたちは顔を見合わせた後『プッ』と噴き出した。

 彼は、奇しくも先ほど話していた通りの印象を受けたわけだ。


「な、何がおかしいんだよ!」

「いや。少年、見た目で判断していると痛い目を見るぞ?」

「あ? こいつそんなに強ぇのか?」

「ラウムでは有名人だな」


 それは少し語弊がある。有名なのはケビンで、わたしはその取り巻きとして名が売れているに過ぎない。

 もっとも絡んできた人間は総じて物理的に水平飛行を堪能できるので、そういう意味では有名かも知れない。

 もちろん、着陸の保障はサポート対象外だ。


「フン、こんなのの名前が売れるたぁ、ラウムの冒険者ってのも大したことねぇな」

「いちいち彼女に絡むな、気でもあるのか?」

「ふっざけんな!」


 バルゼイさんに茶化されて顔を赤くする少年。

 どうも見た目より純情っぽい。


「女を口説くなら、つんけんした態度で注目を浴びるより、優しく迫った方がいいぞ?」

「そもそもわたし、彼氏持ちですので」

「あ? こんなチンチクリンがか?」

「ムッコロス――」

「落ち着け」


 チンチクリン呼ばわりされてヒートアップしたわたしの後頭部を、バルゼイさんが(はた)く。


「それにな。彼女はこう見えて歴戦の冒険者でもあるんだ。お前さん、災獣と戦ったことあるか?」

「あ? あるわけねぇだろ」

「彼女はあるぞ。それも二回」


 わたしの災獣との戦歴は、知られている限りでは2回だ。

 一度目はファブニールと戦った時。このときもケビンが主役だったことにしているけど、わたしも一緒に居た事に間違いはない。

 二度目はアシュタルテ近郊でのタイラントライノ。

 このときはアミーさんの幻影魔術でわたしがケビンに、ケビンがわたしに見えるように細工されていた。

 実際の一番最初であるグランドヘッジホッグ戦では、わたしはその場に居なかったことにされているので、勘定外である。


「そんな、バカな……」

「俺だって小便ちびりかねないバケモノ相手に、立ち塞がっただけでも評価したいね」


 食事中には、ややふさわしくない表現をするバルゼイさん。

 これまであっさり流してはいるが、タイラントライノだってとんでもないバケモノだったのだ。

 強靭な顎と尻尾、それに鋭い爪と牙での攻撃。刃も通らないくらい頑丈で分厚い皮膚。

 そして何より、疾走し始めると時速四十キロにまで到達する健脚。

 その速さゆえに、グランドヘッジホッグと違って逃げるという選択肢が選べない相手だ。そしてその大質量による体当たりは、城壁すら破壊する。

 だからわたしは真っ先に足を潰した訳だ。もしわたしを無視して街に向かっていたら、止め様がなかった。


 まさに動く岩山。しかも噛み付き有り。

 その前に立ち塞がる事は、それだけで恐怖に染まる。


「で、でもよ……誰かが見てたってわけじゃ――」

「戦場は首都の郊外だ。街の者はみんな見てたよ」

「――ちっ」


 これ以上絡むのは分が悪いと判断したのか、少年は舌打ち一つ残して席へと戻っていった。

 そして入れ替わるようにリムルがやってくる。


「エイル、今のは?」

「あ、リムル。今のは……変なヤツ?」

「なにそれ?」


 そういいながらも、わたしの小皿にお肉を取り分けてくれる。

 そしてちゃっかりと野菜も盛る。放っておくと野菜を食べないのを見抜かれている。


「クラスの方はいいの?」

「まぁね。なんだか、マリアさんと器院の女子が険悪な雰囲気になってきたから逃げてきた」


 あー、こっそり狙ってた人だもんね、彼女も。

 わたしと公式に付き合うことになったので、おとなしく身を引いたけど。

 そこに器院の女子が割り込んできたというのは、さすがに気分がよく無いだろう。

 でもリムルはそれに気付いた風じゃない。


「ひょっとしてリムル、鈍感系?」

「なんでだよ。それにボクとしてはこっちの方が居心地が良くてね。あっちはなんだかんだで、裕福な人たちばかりだからさ」


 あの不良っぽいフリオですら資産家の子息だというんだから、そりゃそうだろうね。

 リムルはしがない治癒術師の息子だもの。それに今は両親だっていない。

 ざっくばらんで野放図な冒険者たちとの食事の方が性に合っているのだろう。


「とはいえ、ああいうのに合わせる依頼もあるかも知れんからな。色々吸収しておく方がいいぞ」

「あはは、肝に銘じておきます。でもそれは追々ってことで」

「意外と怠け者だな」


 冗談交じりでバルゼイさんが酒盃を呷る。

 会場はもはや無礼講染みてきていて、教師たちもかなり酒が回っているようだ。

 わたしも負けじとお腹にご飯(肉)を詰め込むことにしよう。



 夜、わたしたちはもう一度ギルドの様子を見に行くことにした。

 正直明日のことを考えると、落ち着いて眠ることができない。


 夜のギルドは相変わらず人が多い。

 それでも一時の盛況ぶりからは、格段に減っているけど。

 支部長のシメレスさんは相変わらず、カウンターで日常業務を処理しながら、明日の準備を整えるという離れ業を行っていた。


「シメレスさん、状況はどうです?」

「ああ、リムル君ですか。大丈夫ですよ、冒険者二十組に軍船三隻までは確保しました」

「ぶ! 軍船ですか!?」


 軍用の艦艇なんて、そう簡単に借りられるものでも無いだろうに。一体どうやったのだろう?

 

「軍船とかよく借りれたね? 賄賂?」

「え、エイル! そういうのは思ってても口に出しちゃだめ!」

「……リムル君もね。いや、ここの正規軍に少しばかり貸しがあっただけです。後は後衛用にもう一隻ほど欲しいところですが」

「すでに充分な気もしますけど」

「準備を怠って損害が増えたら、後悔しますからね」


 確かに冒険者二十組となると百人規模の戦闘になる。

 それに一隻に人数が集中してると、沈められた時の損害が大きい。できる限り分散させておきたいというのは、間違いではない。


「他にも偵察用の魔術師の確保とか、そのための小船やら食料やら、水やら。もう、忙しくて目が回りそうですよ」

「無理しないでくださいね」

「いえ、ここは無理しないといけない場面です。是が非でも体勢を整えさせてもらいますよ」


 ヒュドラがいつ街に襲い掛かるかわからない。それに近辺に存在するというだけで交易に問題が出る。

 一日も早く討伐し、『安全である』と発表しない限り、損害は雪崩式に増えていく。だから彼は、無茶を押し通している。


「明日、なんですね」

「ええ、覚悟を決める間もなく決戦ですね」


 ヒュドラはこちらの準備を待ってくれないかもしれない。

 そんな危機感を持って、わたしたちは夜を明かすことになった。


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