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第58話 設計

 わたしたちは、アッシュさんに紹介された付与術師が居るという宿にやってきていた。

 カウンターに居た宿の娘さんに話を通すと、納得した表情で部屋を教えてくれた。

 看板娘だと思われる彼女は、年の頃十五かそこらだろう。ブルネットの髪を三つ編みに結っていて、そばかすの浮いた顔が愛らしい。


「結構多いんですよ。どうも高名な魔術師の方らしくて」

「へぇ、それじゃ予約とか詰まってたりするんですか?」


 素朴な感じの娘さんとご主人は世間話に花を咲かせている……風に見えて、ご主人は交渉相手の前情報を探ろうとしている。

 それはわかっている。わかっているんだけど、娘さんのにこやかな笑顔が気に入らない。

 ちょっと頬を染めているところとか、特に。


「むぅ、リムル様、早く行こう」

「ちょ、待って、まだ話の途中――」

「部屋はわかったんだから、もう用はないでしょ」


 後ろから袖をぐいぐいと引っ張り、強引にカウンターから引き剥がす。

 ご主人は見た目だけなら少し年嵩に見えるので、カウンターの女の子と同い年位に見える。

 逆にわたしは年齢より若く見えるから、ご主人の妹という風に見られてしまうことが多い。なんだか、その辺が気に入らない。


「アッシュさんに紹介された方なら通すように言われてますし、そのまま部屋に行ってもらってもいいですよ?」

「迷惑じゃないですかね?」

「迷惑なんて。むしろ掛けてあげてください」

「――は?」


 客に迷惑を掛けろだなんて、客商売の宿屋が言うことじゃないと思うんだけど。

 そう思って不審な顔をしたのを読み取られたのだろう、娘さんはその辺りを説明してくれた。


「まぁ、うちも宿ですからね。『そういう行為』をするなとは言いませんよ? でも毎日ドロドロに汚れたシーツを交換したり、洗濯したりするのは誰だと思ってるんだか。カップルだからって、そりゃ無いじゃないですか! というか、毎晩声を抑えなさいってぇの! 私なんて、店番で彼氏を作る暇すらないというのに……むしろ迷惑掛けてやってください、ええ、そりゃもう盛大に。爆発しろ! ば・く・は・つ・しろぉ!」


 一息に言い切る彼女の説明、というか愚痴? に辟易しながら、逃げるように二階に上がる。

 あのままあそこに足を止めていたら、いろんな意味で危険な気がするし。



 幸いなことに、その部屋は『作業中』では無かったようだ。

 中から妖しい声が聞こえるようなことも無く、実に静寂。ご主人はそのドアを三度叩き、来訪を告げた。


「すみません。こちらにアルバインさんはいらっしゃいますか? アッシュ武具店の紹介で来たんですが」

「ああ、ドアなら開いてる。入ってくれ」


 中から聞こえてきたのは、低く、それでいて鋭さを秘めた、いかにも腕利きっぽい威圧感を持った声。


「失礼します」


 ご主人は声に気圧されながらもドアを開けると、中では一人の中年男性が銀塊を削っていた。

 見た目は……よくわからない。三十以上六十以下なら、どの年代でも当て嵌まりそうな……いうなれば若作りだ。

 髪を後ろに撫で付け、口元に髭を蓄えた眼光鋭い中年が、そこに居た。


「優秀な付与術師とお伺いしたのですが――」

「ああ、それは俺の妻だな。私はもう引退した身だ」


 宿のお姉さんはカップルといっていたけど、どうやら夫婦だったようだ。

 まぁ、それなら多少は多めに見てやれと思わなくも無い。


「その割には今も作業中の様ですが?」

「これは私が使うための物だ。ストックが切れてな」


 相手の口数が少ないので、ご主人も話題を切り出しにくそうにしている。


「実はこちらの……ケビンの武器に付与を施していただきたく参りました」


 ご主人に促され、ケビンがクト・ド・ブレシェを包んでいる布を取る。

 異様な形状をした、斧とも槍とも付かない武器に、アルバイン氏の目が光った気がした。


「ほう、変わった武器だな。オーダーメイドか?」

「ええ、アッシュ氏にこちらの要望を最大限取り込んでもらい、作り上げていただきました」

「付与する必要が無いほど、完成された武器に見えるが?」

「ええ、確かに。ですが、やはり魔力を込めていないとアンデッドには効かない敵も多く」

「こないだもボーンウルフを相手にするため、聖水の世話になる羽目になったしな」

「ボーンウルフを倒したのか、そりゃすごいな」


 そういってこちらの面々を品定めするかのような視線で眺めて――ん?

 なんだか、わたしのところで視線が止まったような……それに、微妙に魔術を使われた感覚が?


「今、何か?」

「ほぅ? 気付いかれたか、スマンな。ちょっと探査の魔術を掛けさせてもらった」


 探査の魔術は対象の詳細を調べる魔術だ。いうなれば識別のギフトを魔術で代用するような物といえばいいだろうか?

 非常に難易度の高い魔術で、使える人はほとんどいない。アミーさんだってまだ使えない。それを無詠唱で行ったってことは……この人、紹介通り凄い魔術師だ。

 つまりわたしの能力は、ほとんど丸裸にされたってわけで。


「異空庫とはまた、変わった能力を持っている。それに軽業に魔力付与……そうか、最近ギルドに新しい戦闘技術が持ち込まれたと聞いたが、君たちが出所か」

「そこまでわかるものですか!?」

「まぁ、こっそり無礼を働いた詫び代わりにネタ晴らしするとな。そこの少女が半ドラゴン化してることとか、腰にぶら下げた斧がイフリートの翼で出来ているとか、その手袋が炎を防ぐとか、まぁ色々わかるぞ」


 こともなげにわたしの装備したマジックアイテムの性能を言い当てるという、凄いことをしてのける。

 でもなんだか視線が斜め上に泳いでるような……へんなの。こっそり魔術を使ってわたしを探査したのが後ろめたいのかな?


「それにしても凄いな。うちの嫁も魔力にはかなり敏感な方だが、初見で探査を見抜くとかは出来なかったぞ」

「エイル……彼女は魔力の反応には特に敏感なので」


 嫁というと、現在は彼の跡を継いで付与をしてる人だよね。やはり魔術が堪能な人なのかな。

 魔力に敏感ってことは、きっと魔術師としても凄腕なんだろう。


「それと、そっちの……ドラゴン」

「ピィ!?」


 じろりと視線をイーグへと向けるアルバイン氏。なんだかこの人は呼び捨てにしてはいけない気分だ。

 イーグもその視線に圧されているのか、変な悲鳴を上げてわたしの背後に隠れていた。


「それも……いえ、あなたの実力はよくわかりました。アッシュさんの言った通りの腕前ですね」

「ああ。それになかなか面白い仕事を持ち込んだ様だ、詳しい話を聞かせてもらえるかな」


 傍らのポットを手に取りながら、先を促してくれる。

 彼はティーカップにお茶を注ぎ――お茶が冷めているのを見ると一旦手を止め、再度カップにお茶を注ぎ始めた。

 すると今度はお茶が熱々の状態で注がれる。


「今、なにを……?」

「ん? ああ、お茶が冷めていたのでな。熱球をお茶の中に発生させて、温めなおしただけだ」


 たかがお茶を温めるだけで魔術を使いますか。しかも無詠唱で見えない場所に生成するという荒業を。


「とんでもない……腕ですね」

「そうでもないさ、慣れればな。それで、そいつにどんな魔術を付与したいんだ?」

「あんたは引退したんだろ、大丈夫なのか?」

「ケビン!?」


 空気が読めないケビンがいつもの横柄な口調で問いかけた。彼もアルバイン氏に気圧されてはいるのだけど、丁寧な口調というものが、まず出来ない。

 それがアルバイン氏の機嫌を損ねないかと、ご主人が珍しく冷や汗を流している。


「別にその程度の言葉遣いで気を悪くしたりしないぞ。それよりどんな強化をしたいんだ?」

「まず、ボーンウルフの時みたいに、普通の武器が効かない相手にも効くように――」

「そうだな。それは焔纏の術式でも付与するか。強化と頑強の術式も入れておきたいし」

「炎が効かない相手には――」

「じゃあ、風刃の術式も込めておくか。それでもまだ余裕があるんだな、この武器の器は」


 強化の魔術は武器の切れ味や破壊力を強化する、名前どおりの魔術だ。

 頑強は武器の強度を増して、耐久性を増加させる。

 焔纏は武器に魔術の炎を纏わせて、攻撃力を増加させると同時に物理攻撃の効かない相手にも有効にする魔術。

 風刃は本来、単独で風の刃を飛ばして敵を切り刻む魔術だが、今回は刃に纏わせることで敵を切り裂く目的もあるのだろう。


「アンデッド化した巨人の骨から削りだした武器ですから、器は小さくないはずです」

「それどころか、書き込める魔法陣の方が心配になってくるな。頑強を二つ入れるとして今で五つ、付与するためには一つは枠を消費しておかねばならないから……それでも後四つはいけるな」


 魔術武器というのは数百年前に普及しだした技術で、付与枠をあえて一つ未完成にすることで、魔力を追加補充できるようにするという工夫がされている。

 さらに未完成であるが故に強度が極端に落ちるため、頑強の付与は必須となる。つまり、最低二つの付与枠を必要とするのだ。

 望む効果を付与しようとすると、上記二つの他に希望する能力分、つまり三つの付与枠が必要になる。

 そして『付与枠』とは、素材の質によって上下する。三つ以上の枠があるのは鋼鉄以上だ。

 銀で四つ。それと比較しても十も枠のある巨人の骨は、やはり凄まじいスペックを秘めている。


「頑強が二つ? 重ね掛けとか出来るんですか?」

「ああ、一つ分よりは効果が落ちるがな……頑強一つで元の硬度。二つだと一・五倍というところか。効率的に余り良くはないが、せっかくの名品が壊れてからでは遅い」

「確かにもう二度と手に入る素材とは思えませんしね……」


 そもそも巨人と出会うこと自体、もう無いと思う。だからこそ異空庫に入っている大腿骨や、もう一セットの腓骨と脛骨が貴重になる。

 そんなものを持っていると言うだけで、商人が押しかけ、強盗に狙われる毎日になるだろう。

 いや、クト・ド・ブレシェという武器を持っているだけで、狙われるか?


「こいつ、ただでさえ良く斬れんのに強化なんて入れたら、もっと斬れるようになるってことか? じゃあもっと入れようぜ!」


 ケビンはその辺には余り頭が回っていないのか、能天気なことを主張している。


「それはもったいないぞ。術式は重ねれば重ねるほど効率的には落ちる。それなら別方向のアプローチで威力を上げる方がいい」

「例えばどんなだ?」

「そうだな、加速なんてどうだ? 本来は矢の威力を上げるために使われていた術だが、武器に付与することも出来るぞ」


 加速の魔術というのは、対象の速度を増す魔術だ。もちろん単に『速く』するだけなので、人体に使用したらバランスが取れずに即転倒してしまう。

 だが矢のような単純な物ならば、それだけで充分効果を発揮できる。

 問題は、それ以外の使い道がかなり限られてしまう点だ。


「大丈夫なのですか? 近接武器に加速とか、聞いたことがないんですが」

「戦鎚でなら実際に使用例があるな。もっとも『ここぞ』という一撃に使用するくらいだが、切り札にはなる」


 クト・ド・ブレシェも斧に近い使用をするので、戦鎚での実績があるのなら問題はなさそう。

 それにしても……


「暇だね、アミーさん」

「そうねぇ、男共ってどうしてこう、武器が好きなんだろう」

「リムル様も自分の武器じゃないのに」

「なに、嫉妬?」

「……まさか」


 モヤモヤするのは確かにあるけど、嫉妬じゃ……ない、はず。

 ところで勝手に帰ろうとするのはどうかと思うよ、イーグ。


「なに勝手に帰ろうとしてるの?」

「いや、オヤビン、ほら……わたしってお邪魔みたいじゃない?」

「そうだぞ。お前には少し話があるから、しばらく待ってなさい、イーグ」

「ひぃ!?」


 横合いからアルバイン氏が声を掛けると、覿面(てきめん)体を強張らせる。

 どうも彼女はこの人に変な反応してる。


「あれ、名前言ったっけ?」

「あー、ほら、探査で?」

「そっか」


 こうして夕方まで武器に付与する魔術で議論することになった。

 わたしはとても暇です。


武器に関しては次で終わる予定です。3章はあと2話。

次の更新は火曜の予定です。

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