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第53話 処理

少々グロい表現があります。ご注意ください。

なかなかホノボノ日常に戻れません……

 ブレスの余波で崖の側面までもが蒸発する。

 そして蒸発しきれなかった部分が溶岩化して、川へと流れ込んで行く。

 もちろん川の水に冷やされ溶岩はその場で固まってしまうのだが、溶岩の熱は流れる水すらも沸騰させ、下流に居たわたしたちに向けて殺到する。

 結果としてわたしたちは丁寧に茹でられることとなった。

 ご主人の耐熱の魔術が間に合っていなければ、新しい死体が増えていたことだろう。


「エイル、正座」

「あのね、リムル様。悪気はなかった」

「いいから正座」

「でもでも、ああしないと岩が――」

「正座」

「……ゴメンナサイ」


 あれだけわたしの体調を心配してくれていたご主人の頭に、角が見える。いや、比喩だけど。

 今、わたしたちはイーグによって崖上に引き上げられて、水揚げされた回遊魚の如く、地面に転がっている。

 ただし、ご主人だけはわたしの前に仁王立ち。

 ご主人曰く、水蒸気爆発とやらが起きなかったのは奇跡に近い、とのこと。

 川の水量が豊富だったのと、流れる水がうんたらかんたら言ってたけど、わたしには理解できなかった。


 あの瞬間、わたしが考えた事は岩を一つたりとも後ろに逸らさないという一点だけだ。

 その為には、最大威力の攻撃力を放つ必要があると判断した。本当にそれだけだった。

 グランドヘッジホッグ戦で異空庫から丸太の連続解放を行っていた為、ブレスでそれをやればどうなるかというのを考えていたのだ。

 湖の水を一気に纏めて取り込み、その一部だけ現出するということは、今までよくやっていた。

 今度は逆に、複数のアイテムを一気に解放するということを試して見たのだ。

 解放の条件は、現出部位は手の平の前面数センチの場所のみ。そこに別のアイテムがあれば本来は取り込むことも解放することもできない。

 だから一発ずつ放出し、放出が終わらないうちに手を数センチずらしてまた解放する。

 これを十度繰り返すことによって、ブレスにブレスを重ねると言う荒技を、実現してみせた。


「今回は仕方なかったとはいえ、そういうことは前もって教えて置いてくれないかなぁ?」

「これ、イーグのブレス、取り込んだ分だけ強力な攻撃が放てるってこと、かな?」

「まぁ、理論上はそうなるよね」

「オヤビン、もう人間やめてるよね……っていうか、マジ勘弁してくださいッス」


 イーグは地面にひっくり返ってお腹を見せ、服従のポーズをしてみせる。

 女の子がそう言うポーズをしちゃいけません。なんだか背徳感があるから。


「まぁいいや。とにかくその技は危険だから、使い所はよく考えてね」

「はい」

「それじゃ、崖下の様子が落ち着いたら様子を見に……いや、今日はもう暗いから一旦戻ろう」


 沸騰した水を川の流れが押し流すといっても、一気に流れていくわけじゃない。

 固まった溶岩だって熱は放ち続けているし、その溶岩が水を堰止めて熱湯を保持している場所もある。

 しばらく様子を見ないと、迂闊に降りると水蒸気で蒸し焼きになってしまう。

 この周囲はあの巨人型ゾンビとボーンウルフのおかげで、人も寄り付かないはずだし、蒸気と熱で一晩は生物が近寄れるような状態ではないはずだから、短時間なら放置しておいても影響は無いはずだ。

 それにそろそろ戻らないと、本当にギルドへ連絡が行ってしまう。


「イーグ、上空からこの場所を記憶して置いてくれる? ボクたちも目印くらいは置いておくけど、念のために」

「ラジャーでやんす」


 そうして場所を確認しておいた後、村への帰途へ付くこととになった。



 村は帰還しないわたしたちを心配して、異様なざわつきを見せていた。

 そこへひょっこり戻ってきた物だから、その歓声たるや凄まじい物があった。


「いや、心配しましたよ。衣服もなにやらボロボロですし……よほど激しい戦闘が起こった様ですね」

「ええ、まぁ」


 ご主人が言葉を濁す。

 村長が見て取った通りコーエンさんから借り受けた革の防水作業服は、ブレスの余波と熱湯や蒸気の熱であちこちが焼け焦げ、惨憺たる有り様になっていた。

 これは彼になんとか賠償しないとダメかもしれない。


「ケビンさん! 無事でよかった……心配しましたよ」

「ああ、悪い、コーエン。ちょっと色々あってな」

「その様ですね。あ、その服についてはお気遣いなく。また作ればいいだけですから」

「お前の自作かよ!」


 向こうではあまり知りたくなかった事実が判明していたり。

 この服、かなりしっかりした縫製だから専門の職人が作ったと思ってたけど、彼のお手製だったか。


「とにかく顛末を話すから、お前も来い」

「そうですね、村長。ここではなんですし」

「わかりました、家の方へどうぞ。家内も心配しておりましたよ」

「それは……申し訳なかったです」


 クエイロさんが心配で出てきていた村人たちを解散させ、自宅に案内してくれた。



「それでは、この村のそばにそんな巨人が住み着いていたと言うのですか?」

「ええ、そして何らかの理由で死亡してゾンビ化。その瘴気が満ちている場所で奴隷商人の馬車が転落して大量の死人が出て、ボーンウルフが発生したと思われます」


 居間で夕食を振舞われながら、今日の出来事をクエイロさんに報告する。

 奥さんは生還を喜んでくれて、更に追加で料理を出すべく、厨房で奮闘中だ。


「そのようなことが……」

「ゾンビ化した奴隷たちはすでに弔っておきました。ボーンウルフになる器が無くなったはずなので、もう発生しないと思われます。巨人の方は明日の朝確認してきます。素材の剥ぎ取りもありますし」

「明日の……その、放置して大丈夫なのでしょうか?」


 なお心配げな表情を見せるクエイロさん。

 彼が心配しているのは巨人のボーンウルフ化か、再度のゾンビ化。村を預かる立場としては、当然の心労だろう。


「色々あって周辺の環境がちょっとアレですから、すぐに処置するのは無理です。でも、きっと大丈夫でしょう。それに上半身が無くなってますので、再度ゾンビ化する危険はありません」

「ボーンウルフになったりは……」

「そちらも大丈夫と思いますよ。巨人の方は弔ってませんが、発生の一因でもあった奴隷商人たちを弔っておきましたから」

「それならば良いのですが」

「我々もすぐに立ち去るというわけではありませんから、ご安心ください。休暇は一週間、 討伐で一日掛かってますので、帰りを計算して、あと二日ほどは様子を見る為に滞在しようと思ってます」


 表情の晴れないクエイロさんに、ご主人は妥協案を提示してみせる。

 だが、彼はそれでも不満げな雰囲気を崩さなかった。


「できれば一週間……いえ、一か月は様子を見てもらいたいところなのですが、さすがにそれは無理と言うものでしょうな」

「すみません、ボクにも事情がありますし。学院の生徒でもあるので」

「いや、わかっております。元々の依頼はボーンウルフの討伐。そちらはすでに果たされておりますから、巨人のゾンビの討伐など依頼外の出来事です。これ以上の負担を求めるのは私の我侭だと……ですが――」

「村を預かる立場としては当然の配慮だと思いますよ。巨人についてはギルドへ報告しておきますので、新たな依頼として村の警護を短期で雇うのはいかがです?」

「それが、恥ずかしながら財源が……」


 ハンカチで額の汗を拭いながら告白する。

 確かにこの小さな村で、冒険者、それも青ランク相当の者を雇う料金を出すだけでも、かなりの無理をしたはず。

 更に数週間分の護衛を雇う金となると、どう考えても捻り出せそうにない。


「そうですね……では、こうしましょう。明日ボク達は巨人の死骸から素材を剥ぎ取りに行きます。ですがあまりに大きい為、持ち運べない物も出るでしょう。それをこの村に寄付します」

「そんな……よろしいのですか!?」


 巨人といっても、もはや下半分しか存在していない。

 しかも人型の魔獣のため、素材として剥ぎ取れるのはせいぜい骨くらいだろう。

 だが、それだけでは無いのだ。

 巨人はドラゴンと同じく、宝物を溜め込む習性があるらしい。

 巨人のゾンビが存在したということは、生前の住処も近くにあるということ。そこには溜め込んだ古代の宝物が存在している可能性が高い。

 その情報を流すだけでも、冒険者たちは山の様に押し寄せてくるだろう。

 もちろん半信半疑の連中もいるだろうが、そこに巨人の骨の素材が実在したとなれば、疑う余地は無くなる。


「大した額になる物は置いていきませんよ。ですが存在の証明にはなるはず。そうすれば利に聡い冒険者はきっと押し寄せてきます。この村は探索の拠点となりますし、彼らは我先に護衛を名乗り出てくれるはず」

「なるほど……そういう考え方もあるのですな。いや、参考になります」

「小狡い手ですけどね。ですが彼らにも利はある話ですから、欲を掻かなければ乗って来ると思います」

「いや、御見逸れしました。ケビン殿が名を馳せるはずです。これほど有能な参謀殿が付いていらっしゃるとなれば」

「いや、コイツは参謀じゃねぇし」


 揚げた骨付き肉を齧っていたケビンが不快そうに反論する。

 そもそもご主人は参謀と言うより黒幕気質なので、わたしも納得だ。


「ハハハ、そうでしたな。参謀ではなく仲間でしたね。いやケビン殿は実に義に厚い方だ」

「そういう意味でもないし」

「またまたご謙遜を」


 どうやらケビンの逸話に、新たな伝説が追加されそうな雰囲気である。

 わたしにできることは、巻き込まれないように口にご飯を詰め込むことだけだった。



 夜に襲撃されると言うこともなく、朝を迎えることができた。

 翌朝は早くから村を出て、一刻も早く巨人の元に辿り着く。

 イーグに先行偵察してもらい、谷底の熱気が取れているのを確認してから、川へと降り立つ。


「うん、熱気は問題なく取れているね。それじゃ手早く解体しよう。この巨体だ、結構時間が掛かりそうだし」

「っても下半身しか残ってねぇじゃん。どこ剥ぎ取るんだよ」

「まずは骨かな? 大腿骨とかいい武器の素材になりそうじゃないか」

「うえぇ、人型をバラすのはグロイから苦手なのよね」

「アミーさん、贅沢言わない。冒険者の生きる糧ですよ」


 腰から下しか存在しないため、剥ぎ取る骨も数が限られている。

 人体でもっとも長く太い大腿骨と、脛骨、腓骨後は骨盤を形成する腸骨と、膝の膝蓋骨だけを取り除く。

 村に渡す分として足の中足骨を1つ取っておき、残りの部位は埋葬する。

 埋めると言う行為だけで、アンデッド化はかなり防げる。

 肉は大地が吸収し、それに関連してかわからないが魂も大地に帰る。そして大地から世界樹へと吸い上げられ、再びこの世界で生を受けるのだ。

 世界樹信仰に曰く、全ての者は世界樹より生まれ、世界樹に帰る――だ。


 ご主人が埋葬した巨人に祈りを捧げ、わたしは持ち帰る巨大な骨を処理しておく。そのままだと肉とか付いていて、さすがに気持ちが悪い。

 巨人の骨はさすがに大きく、そして硬い。

 この骨よりも細い部分で形成された腕で崖の一部を崩したくらいなのだから、脚ともなれば相当な物だ。


「ケビン、これで槍作ってみない?」

「ん、槍か……どうも趣味が合わねぇんだよなぁ」


 長く太い大腿骨の形状から、槍を連想したのでそう勧めてみる。

 力の強いケビンなら、遠心力を利用する攻撃とか、結構な威力が出そうな気がする。もっとも大腿骨の太さが五十センチ以上あるので、加工は必須だ。このままではとてもじゃないが握れた物ではない。


「槍……面白いね。イーグが剣、エイルは斧。そしてケビンが槍になると、バランスが取れていいかもしれない」

「俺、盾持ちだぜ? 長物はバランスが難しいんだよ」

「この骨、意外と軽い。槍のサイズなら、今の斧の方が重いくらいになると思う」

「それに敵を止めるなら、射程が長いほうが有利かもしれないわね。私としても安心感が増すかも」

「盾との相性がなあ」


 敵を最接近させて止める盾と、長い間合いを持つ槍では確かに相性があまりいいとは言えない。

 でも後衛への接近を止めるブロッカーとしてなら、充分有用なはず。


「なら……こっちの骨と組み合わせて斧槍(ハルバード)にしてしまうのはどうだ?」

「斧槍か。それなら……使えるかもな」

「じゃ、その方針で。と言ってもこれを加工できる鍛冶師を探すのは大変そうだけどね」


 そんなことを言いつつ、この村での最後の仕事を終わらせていったのだった。


次の更新は木曜日を予定しています。

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