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第51話 心傷

 飛び出してきたのは、一般的にゾンビと呼ばれるアンデッドたちだ。その数およそ十。

 死体がそのまま動き出す為、生前の面影が濃い。そしてなぜか動きが鈍いと思われがちなのだが、実は肉体のリミッターがカットされているために、その動きは非常に早く強靭だ。

 もっとも知性は大幅に減少するため動きそのものは単調極まりなく、あっさりと罠に嵌めることができるので、機先を制されなければ冒険者にとっては大した敵ではない。

 今回のように不意を突かれなければ、だ。


「くそ、リムルとアミーは距離を取れ!」


 咄嗟にケビンが指示を出す。大斧を片手に構え、盾を押し出すスタイルは堂に入ったものだ。

 盾や斧を使って多くの敵を自分の前に引きつける姿は、一端(いっぱし)の戦士そのもの。


「イーグ!」

「はーい、美味しくないのは始末しちゃうねー」


 わたしも炎斧を二つ構え、少しでも多くの敵を薙ぎ払いにかかる。

 そばにケビンがいるため炎は発動させず、そのまま両断しようとして――見てしまった。


 半分に潰れた顔。その顔はわたしを買い取り、虐待したあの商人の物だった。

 他にも護衛をしていた冒険者風の男や、配膳をしていた大人の奴隷、他にも……見たことがある連中ばかり。

 全員、どこかしらが破損し、欠損した姿。

 その姿に膝がガクガクと震え、身体を支えきれず腰がストンと落ちた。


 戦場のド真ん中でへたり込むとか、自殺行為なのはわかっている。

 それでも、あの顔には歯向かえない。それは、わたしの深層心理に刻み込まれた心の傷(トラウマ)だ。

 腰から下の力は完全に抜け、立ち上がることもできない。

 それどころか胃が激しく収縮し、再び嘔吐を始めてしまう。


「エイル!?」

「え……氷精よ、彼の者を守る盾となれ――氷壁!」 


 悲鳴の様なご主人の叫びと、それを押し殺して詠唱をされるアミーさんの魔術。

 身動きが取れないわたしの前に、巨大な氷の壁がそそり立つ。その壁に妨げられて、ゾンビ共はわたしに手を出すことができない。


「イーグ、エイルをこっちへ!」

「うーい」


 ご主人の叫びに気の抜けた返事を返したイーグが、わたしの襟首を引っ掴んで後方に投げ飛ばす。

 あまりにもぞんざいな扱いに文句が出そうになるけど、今のわたしはそれ所じゃない。

 その後のわたしは、アミーさんの氷壁の魔術で敵を更に分断し、イーグとケビンが動きを抑えられた敵を蹂躙していく光景を、見ているしかできなかった。



 一頻(ひとしき)嘔吐(えず)いて、少し落ち着きを取り戻す。

 前方ではゾンビを蹂躙し終わったイーグとケビンが、武器の手入れをしていた。

 アンデッドとはいえ一応血も肉も存在するので、そのまま放置しておけば武器が傷みかねない。

 もっともイーグの持つ魔剣グラムはそんな手入れが必要ないんだけど。あれはきっと、真似してるのが面白いからだな。


「どうしたってんだよ、まったく」

「……ごめん」


 いきなり戦線を離脱したわたしに、ケビンが悪態を吐く。

 いや、今回に限っては悪いのは完全にわたしだ。連携を相談するのはそれぞれの役目を果たせてこそだ。

 わたしは今回全く役に立てなかった。いや、足を引っ張りさえした。

 だからケビンが怒るのも、無理はない。


「こいつらはエイルを買った奴隷商共だ。彼女が硬直してしまうのも無理はないさ」

「へぇ……因果応報って奴だな」

「こっちの子供たちには悪いけど、ざまぁないわね」


 ご主人が取り成してくれたので、ケビンはあっさりと矛を収める。

 アミーさんもわたしを奴隷に落とした彼らには、いい感情を抱いていない様子だった。


「でもこれで謎の一つが解けたかな。ボーンウルフの発生に必要な『大量の死者の魂』はここにあったんだ」

「大量に奴隷を仕入れて表通りを歩けなくなって山道を強行したら、腐った吊り橋が落ちて……ってところね?」

「うん、多分。問題はそれだけでボーンウルフなんて滅多に発生しないってこと。コーエンさんが見た三十メートルの影って奴が原因だと思うのだけど」


 奴隷商の馬車を調べた所、死体の数はゾンビ化したものも含めて、およそ三十ほど。

 ボーンウルフの材料になってしまった物も多いので正確な数はわからないけど、まだ何か裏がありそう。


「とにかく一度上に戻って体勢を立て直そう。エイルが不調では、ボクたちの戦力は半減以下だ」

「まぁ、そうだな」

「リムル様、わたしなら大丈夫」

「嘘付け、まだ膝が震えてるじゃないか。ボクの前でそういう嘘は禁止だ」


 立ち上がろうとしたけど、わたしの足は生まれたての仔鹿のようにプルプルと震えている。

 ご主人の腕に必死に(すが)ってようやく立ち上がれてる始末だ。ご主人はそんなわたしをそっと支えてくれている。


「イーグ、済まないが彼女を上まで運んであげて。ボクたちはロープを使って登るから、君はそのまま上で彼女を護衛」

「りょーかい、ボス」

「アミーさんは念のため落下制御をボクとケビンにも。魔力消費が激しいと思うけど」

「大丈夫よ。どうせ上に上がったら休憩するんでしょ?」

「うん、三時間ほど間を置こうと思う」

「そんなに待ったら、日が暮れちゃう。わたしなら本当に大丈夫だから――」


 ここに到着したのがお昼過ぎ。下の調査ですでに一時間以上経過している。

 そこから三時間も休憩を挟むと言う事は夕方の五時前後になるはず。まだ春先と呼ぶには早いこの時期、その時間でも充分に日は傾いている。


「いいから。エイルはその無理を押し通しすぎる所、直した方がいいよ」

「そんなことは……」


 ない、はず? わたしは基本的にできない事はできないと口にしてる。

 もっともご主人が無茶した時は別だけど。後、イーグが襲ってきた時もかな。


「今のキミは一種の病人だから、主治医でもあるボクの発言には絶対服従。いいね?」

「むぅ」


 頬を膨らませて見せたけど、確かに今のわたしでは戦力になれないのは確か。

 結局、大人しくイーグに運ばれる事になった。



 崖上で合流した後、念のために崖から離れた場所で野営地を作る。

 あの場所で謎の影が立ち上がったのなら、その場で野営していると、休憩中に襲われるかもしれないからだ。

 森の中だって危険は存在するけど、謎の『何か』に襲われるよりはよっぽど対処しやすい。

 それにアミーさんの索敵の魔術があるし、奇襲を受けることもあまり無いだろう。


「にゅふ、にゅふふふふふ」

「アミーさん、暑い。後キモイ」

「ダメよー、身体を冷やしたらどうするの。それとこれはキモくありません。愛の発露よ」


 横になったわたしの隣でアミーさんも寝ている。というか、わたしを抱き枕にしている。

 表向きは身体を冷やすといけないからと言っているけど、絶対違う。


「エイルちゃんって足とか腕はひんやり冷たいのに、ほっぺとかお腹がプニプニで気持ち良いのよ」

「うぬぅ」

「なんていうか、いろんな感触が楽しめる? 髪はサラサラだし翼はツルツルだしぃ」

「ぐぬぬぅ」


 こまめに入浴する習慣のあるわたしは、イーグの風呂好きと相俟(あいま)って非常に清潔に保たれている。

 サウナで汗を流し、垢を擦り落として水を浴びるだけのこの周辺の入浴法とは、また違った清潔感があるのだ。

 おかげで髪はサラサラ、ほっぺはぷにぷに、鱗と爪はひんやりカチカチ。

 更に翼の皮膜はビロードのような極上の手触りだし、角に触るとビクッと反応する。

 彼女はその感触を堪能しているように見える。


「後、わたしお腹プニプニじゃないもん。引き締まってるもの」

「そんな事ないわよ、イカ腹体型が素敵」

「はなれろー!」


 凄く失礼な。最近少しくびれとか出来てきたんだから。気持ち程度に。


「それだよね。エイルもイーグも幼児体型で腹筋薄いのに、筋力的には一般人のそれを大きく上回ってるんだよ。多分筋肉組織の組成自体が通常のそれとは大きく違うんだろうなぁ」

「リムル様、いつの間にお腹触った?」

「寝てる時、いつもしがみ付いてくるじゃない」

「記憶にない」

「そりゃ寝てるからね」


 確かに寝てる間の記憶はないし、寒いこの季節で一緒に寝てると、しがみ付いてしまうことがある。

 それにご主人は抱きつくと硬直して、可愛いんだもの。ぬいぐるみみたいな感覚で眠れるのだ。

 ちなみにイーグは爬虫類の本質が残っているのか、見た目プニプニで体温高そうなのに、触るととても冷たい。

 なのでベッドに入れてもらえない。


「ボスってばズルイんだよー。わたしもオヤビン抱き枕にしたい」

「多分夏になれば、嫌でも抱き付かれると思うよ?」

「じゃあそれまで待つ。早く夏になれー」

「お前ら、それはいいから治療してくれよ」


 わたしたちが雑談に興じている間、ケビンは一人で止血帯を巻いていた。

 彼はタンク役として敵の攻撃を引き受ける分、負傷率がとても高い。先ほどのゾンビ戦でも、肩口を引っかかれていたのだ。


「ああ、悪い。そう言えば怪我してたんだったな。全然そんな素振り見せなかったからさ」

「そりゃ、この程度で動きに影響出してたら、前衛なんて勤まらねぇよ」

「けど、ゾンビは毒とか雑菌が多いからね。念のため治癒の他に解毒も掛けておこう。一説ではゾンビに傷つけられると、その者もゾンビになるという伝説も――」

「縁起でもないこと言うなっ!」


 こういう時のご主人は異様に目を輝かせている。あれは多分……実験動物を見る目だ。

 テキパキと包帯を解き、傷跡を検分してから水で洗い、魔術を掛けて傷を塞ぐ。

 傷跡の治り具合を確認してから、解毒を掛けておき、感染症に備える。

 そして、一連の治療を流れるように済ませてから、ポツリと呟いた。


「ドラゴンの血を飲んで強化されてても、傷の治る速度は変わらないんだな」

「当たり前だろ」

「そういえばエイルも怪我の治りは悪かったよなぁ。イーグの血も大した事無いのか」

「ボス、その発言はヒドイっスよ!?」


 ご主人の暴言に、イーグが珍しく立ち上がって抗議した。

 常人の三倍近くまで筋力の上がる血が大したこと無いとか、無茶もいいところだ。

 ご主人の常識も、だいぶ逸脱してきている。


「こう見えてもファブニール! 普通のドラゴンの血なら一割伸びればいいところッス! そこが三倍も伸びてるのにぃ」

「いや、わかった、悪かったよ。ちょっと魔が差しただけだから」

「そもそも万能の治癒とか無いんだよ。不死身だったり無敵だったりのギフトを持っていても、倒された例は歴史上たくさんあるんだから! 最も良いのは怪我しないことなの。だから悪いのはケビン君」

「って、最後は俺のせいかよ!」


 結局こんな調子で三時間。とても静かに休めたとは言えないけど、心は凄く落ち着いた気がする。

 今のわたしは奴隷じゃない。ちゃんとここに、ご主人のそばに居場所がある。

 馬鹿を言い合える友達がいる。


 そう、『友達』だ。


 山育ちだったわたしは、同い年の子供と付き合ったことが無い。

 こうして馬鹿を言って、無茶をして、たまに一緒に叱られて……そういったことが、すごく楽しい。


「リムル様、もう大丈夫。今度は本当」


 にっこり笑ってご主人に無事を告げる。

 そうだ、今のわたしならきっと大丈夫だ。奴隷商は死んだけど……仮にまた出てきたとしても、今度こそ戦える。

 だから、あの故郷に似た村を守るために、事件を解決しなくちゃ。


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[気になる点] 誤変換:速く 、実は肉体のリミッターがカットされているために、その動きは非常に早く強靭だ。 [一言] 翼を洗うときはイーグに手伝ってもらわなくっちゃ、届かない。
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