第47話 夜襲
食事は準備があるそうなので、先に仮眠を摂ることになった。
二時間交替で二交替。仮眠を終えた時にはすでに日はとっぷりと暮れて、明るい月が出ていた。
村長クエイロ氏の奥さんの料理は主人の人柄に似て、とてもアットホームなモノだった。
木の実と獣肉の炒め物に、新鮮なサラダ。各種揚げ物の数々。
一つ一つの木の実を手作業で加工した料理は、とても手間の掛かった料理だ。
その掛かった手間の分、こちらを歓待しようとする思いが見える。わたしたちが眠っている間に、頑張って下ごしらえしてくれたのだろう。
「ほへで、ふぉへはらどーふるの」
パリパリと香ばしく揚げられたフライを口一杯に頬張りながら、ご主人に尋ねる。
肉にも森で採れた香辛料を使用しているのか、微妙に刺激的な風味があって食欲をそそる。
わたしは休み無く口にご飯を送り込みながら、今後の展開について考える。
「エイル、食べるか喋るかどっちかにする。行儀悪いよ」
「むぐ……もぐ……」
注意を受けたので、喋るのをやめ、飲み込んだ後に次のフライに手を伸ばす。
質問するのは後回しだ。美味しい料理は温かいうちに食べないと。
「で、食べる方を優先するのがキミだよね。まったく……」
「せっかく美味しい料理なんだから、ホカホカのうちに食べないと」
「あら、お嬢さんはお上手ね。ほら次のが揚ったわよ」
「すみません、遠慮せず食べちゃって」
わたしはもちろん、ケビンも大量に飲み食いする。イーグも言わずもがな、だ。
肉料理は凄い勢いで消費されてしまう為、奥さんはひっきりなしに厨房と食堂を往復することになった。
彼女はクエイロ氏より随分と年若く見え、三十そこそこに見えた。
十歳以上歳の開いた夫婦と言う事になるのかな?
「エイルも、この後襲撃があるかもしれないんだから、適当な所で切り上げなよ?」
「わかってる。まだ余裕」
「どれだけ……まぁいいけど」
それよりも今後の展望だ。
夜は襲撃に備えるといっても、この村の出入り口は南北に存在するし、村の周囲も堀に囲まれているが、無警戒とはいかないだろう。
クエイロ氏は真剣に巨大な影への脅威を考えていたらしく、堀はかなり深く、柵も頑丈に作られている。
二十メートルを超える巨体を持つ相手と考えたなら、これでも足りないと彼は言っていたが、その防備があったからこそ戦力を集中させることができ、ボーンウルフの来襲を撃退できたと思う。
逆に言えば柵を設置しても、まだ南北に防御拠点が存在するのだ。わたしたちは五人しか居ない為、どう護るかが問題になる。
「南北に門があって、どっちも守らないといけないし、わたしたちをどう配置するのかなぁって」
「最近のエイルはよく考えてくれて、嬉しいよ」
「む、前は全然考えてなかったかのように……」
「実際あまり考えてなかっただろ。それより南北か」
南は森の小道から繋がる門で、戦場としては狭く細長い。
周囲の木々は太く、柵に使われている材木に匹敵するほど頑丈なので、この戦場が崩される事態は考えなくてもいいだろう。
わたしやイーグなら簡単に斬り払えるけど。
北は逆に材木や資材を運び込むための、かなりの広さの広場となっている。まるでそこだけ、木々が避けているかのように。
柵を作った材木が多少残されてはいるので、ここが戦場になれば、四足歩行の形態を取るボーンウルフにとっては戦い易いはずだ。
「エイルはどう考える?」
「んぅ、南は一直線になってるのでイーグかわたしが封鎖すればなんとかなると思う、けど……北が問題」
「おお……エイルちゃんがなんだか賢げなことを」
「アミーさん、凄く失礼」
右隣で食事するアミーさんの脇腹を、人差し指でビシビシ突いてやる。
彼女は痛いやらくすぐったいやらと言う感覚に、妙に色っぽく悶える。
「あ、あん! もう、やめっ……ごめ、ゴメンなさい、キャハハハ!」
「最近オヤビンは戦術も勉強させてるから、それなりに賢いのよー」
「イーグ、いつの間にそんなことを?」
「破戒神様は『一流の戦士は戦況を有利に利用してこそ、一流になる!』って言ってたから」
「それは……正しいけど――」
「でも、よく卑怯者っていわれてたよ」
「なんで?」
戦場なら、地形を利用する事とか状況を活用するのは、正しいことだと思うんだけど。
「一騎討ちの最中に落とし穴設置したり、毒を盛ったり、地面の下に氷結の魔術を設置した場所に立たせて、戦闘開始と同時に解除したり……」
「外道か!?」
外道と言うよりセコい。そんなのがわたしのご先祖?
なんだかイーグの話を聞く度に『ご先祖への敬意』が薄れていくんだけど。
「まぁとにかく……今はこの村のことだ。そうだね、北は敵の足止めが大きな問題になる。そこで防御力の高いケビンと、いざと言う時に備えてイーグ、それにサポートとしてアミーさんに備えてもらおうと思う」
頑健なケビンを壁にして、アミーさんの魔術で倒す布陣かな。
イーグも広場があれば、最悪の事態でも元の姿に戻ることができる。
「南はエイルを前衛に、一緒にボクも控えておく」
狭い森の小道での戦いとなれば、一対一での戦闘力が重要になってくる。
複数の敵の攻撃でもガッチリと受け止めるケビンと違い、単独での戦闘となればわたしの土俵だ。
わたしが敵を切り払い、魔術的なサポートとしてご主人が後ろに備える。無難ではあるが、オーソドックスな配置だろう。
「うん、納得」
「クエイロさん、敵は堀のある所から攻め込むことは無かったのですか?」
「ええ、少なくとも今までは無かったですね」
柵はかなり頑丈で高さもそれなりにある。
だけど、周囲は足場になる木々が繁っている。これを踏み台にすれば飛び越えられなくもなさそう。
「アンデッドで知能の高い敵はそう居ないって話だけど、コイツらもあまり頭は良く無さそうだね」
アンデッドの中でもリッチやレイスといった高位の物は魔術ですら自在に使いこなすそうだ。
ボーンウルフもそれなりに高位ではあるけど、どちらかというと脳筋派だ。脳、無いけど。
「それじゃ、そう言う事で準備を――」
「村長、大変です!」
食事しながら作戦会議と言うその場に、皮鎧を着込んだ男が駆け込んできた。
「ボーンウルフが……来ました!」
「わかった、どっちだ?」
「両方から、三体ずつです!」
南北に分かれて、しかも二体多いだって?
前以て相談した通りに別れ、迎撃に向かう。
村の中はすでに避難が完了しており、人通りは無い。そもそもこの深夜に出歩く人は居ない。
見張りのために村のあちこちでは篝火が焚かれ、視界に困ることは無い。
門の近辺ではすでに戦闘が起こっていて、数人の男が地に倒れている。その周囲は血溜まりができていて、見るからに危険な量だ。一刻も早く治癒しないと、生存が危ぶまれる。
「リムル様!」
「ああ、ボクは彼らを治すから、エイルは敵を引き離してくれ」
ボーンウルフは三体。小道にひしめく様に存在している。道幅からしてギリギリの広さだ。
村人にトドメを刺すべく爪を振り上げている。残り二体の攻撃は対応している村人の盾に防がれていた。
右足に魔力付与して筋力のバランスを取り、矢の様な速度で振り下ろされた爪を斧で受けた。
ゴヅッと鈍い音を立てて攻撃を受け止める。
炎斧アグニブレイズもボーンウルフの爪も金属では無いので、金属音はしない。
そのまま力任せに押し返し、体勢を崩した所を一気に蹴り飛ばす。
ドラゴン化した脚力は、肉が無くなって軽くなったボーンウルフの身体を軽々と弾き飛ばすことができた。
「グルァァァァァ!」
声帯も無いのに獣声を上げるボーンウルフ。
村人たちはその叫びに身体を竦ませたが、わたしは意に介さず、残り二体も斧を振り回して一気に弾き飛ばした。
村人との距離が開いた所で、更に追撃を掛けた。
「あなたたちは下がってリムル様を守って!」
施術中のご主人を守るように指示を出して、三体が再び村人を巻き込まないようにアンデッドに斬りかかった。
ボーンウルフは五メートル近い巨体を持つので、林道の樹木を足場に飛び上がり、頭上を取ると翼を広げて下方向に一気に飛翔する。
タイミングを外されたボーンウルフは、回避することもできずにその頭蓋を砕かれることになった。
砂の様に崩れ落ちるボーンウルフ。残り二体がこの時になってようやくこちらに襲い掛かってきた。
この狭い場所で少数との戦闘となると、身体が小さく身の軽いわたしを捉えることは、ほぼ不可能に近い。
噛み付きや爪の攻撃をヒョイヒョイと躱して反撃を加えていく。
ボーンウルフをがむしゃらに攻撃しても、骨が外れるだけで決定打を与える事はできない。
外れた骨はすぐに元通りくっつく為に、ダメージにならないのだ。
なので身体の起点を狙って破壊していかないといけない。具体的に言うと、頭蓋骨と、腰部の骨盤だ。
村人が離れたことで遠慮なく炎斧に魔力を注ぎ、炎を纏わせて焼き払っていく。
程なくして三体のボーンウルフを無傷で倒すことに成功した。
このレベルの敵を無傷で倒せるとは思ってなかった。斧への適性と、イーグとの訓練の効果は充分に発揮できているようだ。
「リムル様、こっちは終わった。怪我人はどう?」
「あ、ああ。こっちも終わってるよ……それにしても、凄いな」
「なにが?」
ご主人はすでに怪我人を治療し終え、短剣を抜いてこちらを呆然と眺めていた。
「いや、一人じゃ荷が重いだろうから、加勢しようと思ってたんだけど、三体のボーンウルフを一方的に倒せるとはね」
「そんなに強くなかったよ」
「そんなこと無いから! こいつらこれでも結構な強敵だから!」
戦慄するように叫ぶご主人。なんだかわたしが非常識みたいじゃない。失礼な。
怪我人も治療が間に合ったようで、皮鎧の下に見える地肌にも傷跡は見当たらない。
胸も規則正しく上下していて、大事には至らなかったようだ。
残りの村人達もこちらをキラキラした目で見つめてくる。
「ん、なに?」
「い、いえ! あんなモンスターを一蹴するなんて凄いですね!」
「英雄ケビン殿の補佐と聞きましたが、これほどの腕とは……」
「まさに目にも留まらぬ、という奴ですね。従者でこれほどとは、ケビン殿本人はどれほどの物か!」
あー……ケビン、なんだかゴメン? キミの名声、また高まったみたいだ。
それに何人かはご主人にも感謝の言葉を述べていた。
「ザーン、生きているのか! 少年が治してくれたのか、あれほどの怪我を!?」
「スゲェ、どう見ても致命傷だったはず……治る物なのか」
「ありがとう! ありがとう!!」
さすがに命を救ったとなれば感謝の言葉も熱が入ってる。中には感極まって涙を流している人までいる。
怪我が治ったと言っても失った血液まで補充するわけでは無いので、彼はしばらくは起き上がれないだろうけど。
ご主人はそんなエキサイトする村人を置いて、わたしに命令を下す。まるで戦闘はまだ終わっていないと言わんばかりに。
「エイル、周囲を警戒。敵が二体増えているということは、これだけじゃない可能性だってある。まだ油断はするな」
「あ、うん」
確かに総数が二体増えていたのだ。もっと増えている可能性だって無いわけじゃない。
わたしは木に登って周囲を警戒に当る。
その時、村の北側で巨大な火柱が起こった。数瞬して雷の様な轟音が響く。
あれは……魔術の炎?
わたしとご主人は顔を見合わせ、村人に門を閉ざして警戒するように告げると、北に向かって駆け出していった。
次は土曜日の更新を目指します。