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第45話 旅路

 聖水を用意して細々とした物品を買い揃え、出発の準備を整えた翌日。

 わたしたちはてくてく、徒歩で目的の村に向かって歩いていた。

 わたしとご主人だけなら飛んで行ってもいいのだけど、今回はアミーさんやケビンのいるので時間を掛けて歩くことになる。


「オヤビン、メンドくさいからわたしだけ飛んでくのは不許可ー?」

「ん、不許可」

「けちー」


 二日も歩くので、イーグはかなり気乗りしない様子だ。

 森の中の小道を歩き、目的の村に向かうのは、なんとなくハイキング気分でわたしは好きなんだけど。

 それに深い森の中は故郷の山の中を思い出して、悪い気分じゃない。


「イーグはハイキング、楽しくない?」

「んー? オヤビンと一緒に歩くのは楽しーよ」


 む、可愛いこと言ってくれるじゃない。わたしはイーグの小さな身体をぎゅっと抱きしめてあげる。

 彼女も胸元に頬を摺り寄せてくるので、フワフワの髪が鼻先に当っていい匂いがする。

 この子はしょっちゅう温泉に入っているので、少し土の様な匂いも混じっていて、それが余計に安心感を誘う。


「あーもう! この子たちってばズルイ、かわいい! 私も混ぜてー! ふぐっ!?」


 アミーさんがなんだか良くわからないことを叫んで飛び掛ってきたので、一撃入れて無力化しておく。

 彼女はわたしたちをぬいぐるみか何かと思っているのか?

 ちなみに気絶させた彼女を運ぶのは、ケビンの役目である。わたしと違って肉付きのいい彼女を背負って、鼻の下が伸びている。


「お前ら……いや、いいけどよ、別に」

「まぁ、ケビンにはちょっとした役得だよな。彼女胸大きいし」

「性格が残念すぎるわ!」

「親しみ易くていいじゃない」

「リムル様も胸はあった方がいい?」


 何かとわたしが細いだとか肉付きが悪いと言ってくるので、そうじゃないかとは思っていたけど。

 彼は、わたしのしょんぼりとした声に慌てたように手を振ってみせる。


「胸の有無は関係ないぞ。エイルにはエイルのいいところがあるんだし!」

「たとえば?」

「…………問答無用で強い所?」

「それ、女性への褒め言葉として、どうなんだ?」

「うるさいな! じゃあケビンがエイルを褒めてやれよ」


 ダメ出しされて逆ギレ気味にケビンに食って掛かる。

 ケビンはわたしの方をみて、首をかしげ……


「うん、情け容赦なく強いところだな」

「一緒じゃない」

「真っ先に目が付くんだから、仕方ないだろ」

「くぅ、わたしには女子力が足りないのか……」

「オヤビンは女子とか男子ではなく、子供っていうカテゴリーだと思うのー」

「うるさい」


 容赦の無いイーグの評価から目を逸らす為に、小道の前方を眺める。

 木々の枝がトンネルのように空を覆い、日当たりはあまり良くない。だが頻繁に行きかう人通りが地面を踏み固めて道を創り、歩き難くはなかった。

 この先をずっと行った所に目的の村があって、そこでは、この平和な森の中なのにボーンウルフが出現しているという。


「リムル様、ボーンウルフって?」

「こないだ話した通りだよ」


 悪霊が取り憑き、死体の骨を犬状に変化させて人を襲う。

 でも、ボーンウルフが出来るには結構な数の悪霊が存在しないといけないはず。それだけの数が、森の中に突然……その事実が、どうにも違和感を沸き立たせる。


「そもそもボーンウルフは出現したら単体ってことは少ない。アンデッドを発生させるほど霊の量が一体ちょうどなんてほぼないから、複数相手することも覚悟しないといけない。今回の事例だって四体って話だし」

「そんなに死体やら霊やら発生するって、おかしい」

「まぁね。よく考えてみると、魔獣の死骸は素材の剥ぎ取りとかできちんと処理されることが多いし、人の場合はもちろん弔われる。ボーンウルフなんてのが人里の近くで発生すること自体が、稀だ」


 この世界にアンデッドと言うのは、実は少ない。

 もちろん皆無というわけではないが、ご主人の言う通り魔獣の死骸は処理されるし、人の遺体は葬られる。アンデッドになる器自体が少ないのが実情だ。

 そもそも悪霊の元になる魂は、基本的に世界樹が軒並み吸い上げている。その世界樹の手を逃れた魂というのが、まず希少だった


 アンデッドになる可能性、それが高い場所。大体は冒険の先で死亡したパーティや、北の蛮地と呼ばれる未開地域や、戦争による戦場跡地などが最有力となる。

 北の蛮地とは、大陸の北半分を占める、有力な国が存在せず魔獣や魔族、吸血種などが跋扈する地域を指す。

 このエリアが統一されたことは、魔王と呼ばれる存在が登場した大昔の一時期だけという、世界最大の無法地帯のことだ。

 ここでならアンデッドは日常的に誕生するらしいけど、人の管理が行き届いている、この大陸中部、および南方地域ではそういった事例は少ない。


「何か、別の原因が存在するのかもしれないな」

「おいおい……ボーンウルフを倒して終わりってわけじゃ無いのかよ」

「原因の解決までは依頼されていないから、無視してもいいんだよ?」

「それを聞いて無視とかできるかよ」


 ご主人の提案に憮然とした表情を浮かべるケビン。


「正義の味方を気取るつもりは無いが、これでも冒険者だからな。『言われたことだけやってりゃ、後は知らん』とはいかねぇだろ」

「へぇ? 名声に恥じない心意気だね。半年前なら『知ったことかよ』とか言ってただろうに」

「前のことは言うな! 俺も色々あったんだよ。冒険者になったってのに荷運びしかさせて貰えなかったしよ」

「ゴブリンは倒したって言ってたじゃない」


 そういえば、ケビンは初めての依頼でゴブリンを倒して、期待のニューフェイスとか言われてたんだっけ。

 そのせいで天狗になってたみたいだけど。


「ああ、最初の依頼は手紙の配達でよ。そん時に町を出たら、ゴブリン共が襲い掛かってきたんで返り討ちにしたんだ」

「よく勝てたね。初心者というか素人同然でしょ、当時は」

「相手も力技しか使えない連中だからな。噛み合わせがよかったんだよ。ってか、そんなこたぁどうでもいいんだ」

「ああ、うん。まぁ現地に行かないと、今の段階では何もわからないんだけどね」

「そりゃそうだ」


 村には何か原因がある。それに気付いただけよかったのかもしれない。

 気付かず退治だけして去ってしまったら、またボーンウルフが発生していたのだから。



 旅を続けて二日目の夕方、森が切り拓かれた先に小さな村が存在していた。

 ここが目的の村だろう。

 周囲は木の柵で覆われ、武装した見張りがそこかしこに見て取れる。

 街路には人通りはなく、いかにも寂れた雰囲気が漂っている。


「これはいかにも襲撃中って雰囲気だね」

「そりゃ当然だろ」

「ボーンウルフ、居ない」

「オヤビン、居たらこんなに暢気にしてらんない」

「居てくれた方が楽だったかもしれないわねぇ」


 そんな風にのんびり近付いていくと、見張りの人がこちらに槍を向けてきた。

 その槍も武器屋にあるような、しっかりとした物ではなく、木を削りだして穂先を括りつけただけの粗末な物だ。

 見張りの人も、よく見ると結構な年で、しかもあちこちに引っ掻き傷のような物が残っている。

 こんな状態でよくボーンウルフから村を守りぬけたものだ。


「止まれ、君たちはどこから来た?」

「首都のラウムから。ギルドの依頼でボーンウルフ討伐に来ました」

「君たちが? みんな子供ばかりじゃないか」

「まぁ、エイルとイーグはそう見えるかもしれないけど、結構な戦力なんですよ?」


 人のことを子供扱いしてるけど、そんなことを言ってるご主人こそ、この中で最年少なのに。

 歳の割りに背が高いだけで、ご主人の体付きは細い。ケビンのようにガッチリしていないので、冒険者としては、いかにも頼りなく見えるだろう。

 ちなみにこの中で最年長はもちろんイーグだけど、次がアミーさんの十七歳、その次がケビンの十五歳だ。

 続いてわたしの十三歳、ご主人の十二歳となる。

 これが見かけの年となると、ケビンが最年長に見えて、次がアミーさん。続いてご主人、わたしイーグとなる。


「ギルドも無茶な……子供にボーンウルフの討伐を任せるなんて」

「いや、だからボクたちはそれなりに強いんですって」

「うぬぼれるのもいい加減にしろ! ここは本当に危険なんだぞ」


 こちらを心配してくれているのはわかるが、一向に話を聞いてくれそうにない。

 ご主人も埒が明かないと思ったのか、イーグに命令を出した。


「イーグ、ちょっとその辺の地面、殴っちゃって」

「んー、いいの?」

「構わない。見せ付けてあげなさい」

「おっけー」


 軽く答えて、トンと一飛びして距離を取る。


「えいー」


 そのまま気の抜けた掛け声と共に、その白魚のような繊手を振り下ろした。

 直後、ヅガンと地面を揺るがす轟音が響き渡り、まさに地震の様に大地が震える。

 朦々(もうもう)と土埃が立ち上がり、視界が塞がれ……それが収まった後には数メートルにも及ぶクレーターが出来上がっていた。


「なっ!?」

「ね、スゴイでしょ?」

「ちなみにこっちの彼女は、アレより強いですよ」


 そう言ってわたしを指差すご主人。

 人を指差すのは行儀が悪い。


「バカな、アレよりだと!?」

「むぅ、人をアレ呼ばわりするなー」

「更に言うと、こちらの彼は彼女より強いと世間で評判です」

「更に上だとぉ!? どれほどの猛者なんだ!」

「おい、もうヤメロ!?」


 続いて指差されたケビンが、悲鳴じみた声を上げる。確かに世間ではわたしよりもケビンの方が強いという認識だから、ご主人の主張に嘘は無い。

 実際ケビンの力量は一般人の枠を超え始めているので、ご主人の法螺に気付く人もいないのだ。


「これだけの破壊力を超える、だと。確かにこれなら、あのアンデッド共を一掃出来るかも知れん」

「いや、俺は無理だか――」

「災獣殺しのケビンに掛かれば、ボーンウルフなど束になってもかないませんよ」


 ケビンの否定の言葉をぶった切って、ご主人がトドメを刺しに行く。

 『災獣殺し』の言葉に見張りの人も目を剥いて驚いた。


「あの噂の! 若いと聞いていたが、これほどとはな!? あまりの強さに、ファブニールが尻尾を巻いて逃げ帰ったんだって?」

「そうそう、もうスッゴかったんだよー。斧の一振りで竜の鱗がベリンベリンに砕かれてさー」


 そう言ってイーグが懐から取り出したのは爪の欠片。

 この間わたしが爪切りしてあげた時の物だ。取り置いてたので、何に使うのかと思ったら……


「おお、これは……」

「暴竜の爪。ほら、タイラントライノが王都の近くで出たじゃない?」

「ああ、二か月ほど前だったか? あの時はこちらにまで避難勧告が出たんだが、その時の?」

「そうそう。ほら、鉄だってこの通り!」


 イーグは自分の爪の破片を、見張りの持っていた槍の穂先に軽く這わせる。

 それだけで穂先の鉄片はスッパリと切り落とされた。

 その切り口はあまりに滑らかで、鏡の様に光を反射している。


「おい、ヤメロ。マジで。終いにゃ泣くぞ」

「凄いな、間違いなくホンモノだ。わかった、すぐ村長に連絡を取ってくる」


 ケビンの言うことは全く耳に入らない様子で、見張りが村の中へ駆け出していった。


「おい、聞けよ! 肝心の俺の話だけ、なんでスルーするんだよ!?」

「人は信じたい物だけを信じる生き物なのさ――」

「なに知った風なことを言ってんだ。お前のせいだろ、そういう風に持っていったのは!」


 イーグの派手なパフォーマンスで『タダモノでは無い』と言う下地を作った上でのネタ晴らし。

 単純な性格なら、疑うこともしないだろう。

 こうしてケビンの名声を活用したわたしたちは、大歓迎で村の中に迎え入れられることになった。


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