表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
47/103

第43話 遠征

 奨学金の問題はさておいて、今はとにかく暗号のことだ。

 放課後、エリーにサンプルを見てもらうために図書室に向かう。

 彼女は相変わらず受付カウンターの奥でポットからお茶を注いでいた。


「あら、いらっしゃい。今日も地下の調査?」

「いえ、今日は少し見てもらいたい物がありまして」

「これ、暗号っぽい」


 ご主人が鞄から暗号のサンプルを取り出して、彼女に見せる。

 エリーはそのノートを受け取り、ポケットから眼鏡を取り出して眺める。


「エリー、メガネ掛けてた?」

「ん? ああ、これ? 文字を読むときだけね。ほら、私眼鏡掛けると、なんだか野暮ったく見えるから」

「そうですか? 愛嬌が有って可愛いと思いますよ」


 む、そんなこと、わたしには言ってくれたことないのに。わたし以外には可愛いとか普通に言うんだ。

 やはりこの左目とか鱗が可愛くないのかな?

 ご主人のおべっかを聞いてしょんぼりと項垂(うなだ)れていると、慌てたようにわたしにも声を掛けてきた。


「べ、べつにエイルが可愛くないとか、そう言う意図は無いからな」

「ん、無理しなくていいよ?」

「本当だって! ほら、その証拠に頭とか撫でれるし」


 ご主人がわたしの頭をワシワシと撫でる。その手付きは乱暴で、髪がグシャグシャになった。

 さすがにこの扱いはちょっと勘弁して欲しいので、邪険にならないようにそっと手を退けてもらう。


「大丈夫、そういうのは期待して無いから」

「なっ、ちょっとは期待してくれたって……」

「あなたたち、そういうのは家に帰ってからしてよね?」

「……あ」


 そうだ、今は暗号の方が先決。

 エリーはご主人にノートを返しながら、顔をしかめてみせる。あまり良い結果は聞けなさそう?


「残念だけど、見た事も無い文字ね。暗号としても初めて見るものだわ」

「そう、ですか。ここなら解読のヒントとか、辞書があるかもって思ったんですけど」

「まぁ、私だってここの書籍全部に目を通したわけじゃないから、どこかにあるかもしれないけど。少なくとも私が目を通せる範囲には存在しないわね」

「ちなみに聞きますけど、『目を通せる範囲』ってどれくらいです?」

「地下書庫の上層かしら」

「そうで――いや、待って! 上層? って事は下層もあるんですか?」

「もちろん。世界最大の知識の坩堝を舐めてもらっては困るわ」


 驚きの新事実に思わず声を荒げるご主人に、平然と胸を張って答えるエリー。 

 三か月掛けて十分の一も調べられてないのに、更に下があるだと?


「と言っても、傷みの激しい物を保護する目的で別室で保存してるような物なんだけどね。それだけに『あ、これ危ないなぁ』って思ったら『じゃあ地下に放り込んどけ』ってなっちゃってねぇ」

「ゴメン、なんだかそれ以上聞きたくない。怖いから」

「聞いてよ! そんな有り様だから分類とか全くされてない上に、下手に触ると崩れそうなものまで山積みになってて――」

「あ、ボクたち用事があるんで、もう行かなくちゃ! じゃあ、また」

「うん、ゴメンね、エリー」

「あ、ちょっと! 待ちなさい!」


 わたしたちは、愚痴モードに入った彼女に捕まる前に、とっとと逃走することにした。



「というわけで、お金です」

「なにが『というわけ』なんだよ」


 夕方、いつもの様に夕飯を食べに来たアミーさんとケビンを相手に、ご主人が宣言した。

 ちなみにイーグは早めに食事を済ませて夜の温泉に向かっている。最近夜に顔を見ないのは、少し寂しい。


「家計が火の車なんだ」

「お前ら、結構稼いでるだろ。食費だって肉とか大量に持ち帰ってるし」

「うん、ご飯おいしいよ! リムル君」

「ありがとうございます」


 今日の夕飯はクリームシチュー。わたしの分はコモドドレイクのお肉増量してある。

 鶏肉に近い食感を利用して、潰して丸めてから、ミートボール風にしてシチューに入っている。

 肉汁溢れる柔らかな挽肉がシチューのスープを吸い込んで、複雑な味を表現している。おいしい。


「いや、シカトすんな」

「冒険者の収入は学費と家賃でほとんど消えてるよ。手持ちの資産も家を借りる前金でほとんど無くなったし」

「払えてるんなら問題ねぇじゃねぇか」

「研修旅行の積立金が必要なんだよ。そっちは払えてない」

「行かなきゃいいだろ」

「そうもいかないんだよね」


 旅行に参加しなかった場合、支払った金額の大半が返金されるシステムになっている。

 だけどそれだけでは、『行かないから支払わない』という理屈を許さない。

 一度満額支払わないことには、許されないのだ。支払えない場合は学費滞納と同じ扱いとして退校処分にされてしまう。


「だから返ってくるとしても、一旦は支払わなきゃ行けないんだよ」

「メンドくせぇ」

「ワラク先生にはウチの経済状況を知ってるから、頼めば一週間くらいの休みはもらえるはずなんだ。だからその間に長めの遠征をしよう」

「俺ぁ別に問題ないけどよぉ」

「私も大丈夫よ」


 暇な事情を見透かされたかのように告げられ、苦い顔をするケビン。

 一週間も掛かる大仕事となると、冒険者でも面倒と言う感想が先に立つ。

 近場の手頃な依頼では大した額が稼げ無いので、ある程度拘束の長い大きな依頼を受けて一発稼ごうと言う算段だ。


「この近辺の依頼じゃ、いつまで経っても儲からないじゃないか。キミだって前回の報酬が大分心許無くなっているだろ?」

「それは……まあ」

「積立金に必要な額は金貨にして四十枚。出来ればこの家の買い取り代金も支払いたいから報酬が金貨三百枚くらいある仕事がいいな」


 三百枚なら三等分すれば金貨百枚になる。四十枚を積み立てに回しても、家の代金に六十枚はつぎ込める事になる。およそ価格の二十パーセントに当る額だ。


「最後の手段は取りたくないんだよ。男として、ね」

「まぁ、わからんでもないけどな」

「ボクらはまだランクが低いから、ケビンの補佐として付いて行けるようなのがいいな」


 高額の依頼というのは、やはり高ランクの冒険者でないと受けられない。この中で腕利き以上の評価を受けているのはケビンだけなので、受注に関しては彼頼りになってしまう。

 金貨三百枚と言うと、災獣とまではいかないにしても、かなり危険な魔獣との戦闘くらいだろう。

 もしくは非合法な、なにか。


「ま、いいけどよ。俺だけじゃ判断つかねぇから、お前も来いよ?」

「じゃあ、明日の朝、俺の宿のロビーで待ち合わせな」

「何が悲しくて野郎と待ち合わせなんて」

「贅沢言うなよ。キミだって、しょっちゅうアミーさんと待ち合わせているんだろう」

「腐れ縁なんだよ!」

「あら、しっつれいねぇ! そんなこと言う子にお肉はあげません」


 そう言うとフォークを一閃させて、ケビンのシチュー皿からミートボールを強奪する。

 その速度は充分一線級の冒険者とタメが張れる鋭さがあった。少なくともケビンが反応出来ない程度には。

 彼女の剣の腕も成長してるなぁ……ナイフだけど。


「あ、てめぇ!」

「させませーん!」


 取られた分を取り返すべく、ケビンがアミーさんの皿を襲うが、あえなく撃退。

 その後もカッチンカッチンやりあうけど、勝負が付かない。おかげでシチューが飛び散って、テーブル上が大変なことになった。

 後で掃除するのは誰だと思ってるんだ……ご主人だぞ。


「キミたちね……行儀が悪いとおかわり禁止にするよ?」

「あ、それはヒドイ!」

「俺は被害者だっつーの!」


 やれやれ、騒々しいなぁ。ご飯はもっとゆったり食べるものなのに。

 そんな事を考えながら、わたしはご主人に説教されてる二人の皿からミートボールを根こそぎ掻っ攫ってやった。


「エイル、さすがにそれは……」

「て、てめぇ……」

「うえぇぇ、ヒドイ~」


 結局、夕食はわたしが怒られ、ケビンたちはおかわりすることで補填すると言う結末になった。

 なぜだ……?



 翌日、早めに学院へ行き、一週間の休学届けをワラク先生に提出する。

 その際奨学金の審査に付いては、きっぱりと断ることを告げた。


「そうか、まぁ君の意見は尊重するが、無理はするなよ?」

「はい、ありがとうございます。でも大丈夫ですよ、エイルが付いてますから」


 そう言って脇に立つわたしの頭を軽く撫でる。

 クシャクシャと髪を掻きまわす。その時爪先が額の角を少し引っ掻いた。


「んひゃぅ!?」


 ビリリとしたその感覚に、反射的に変な声が出た。

 実はこの角、感覚器官だけあって非常に敏感なのだ。


「なっ、なに? どこか痛かった?」

「んむぅ……リムル様、その、そこはらめぇ。敏感なの」

「なに言ってるんだっ!?」

「お前ら、そういうことは家に帰ってからしろ。いや、家に帰ってもするな。教育者として未成年の性的行為は推奨しない」

「違いますから!」


 なんだかご主人が勘違いされてるみたいだけど、昨夜の恨みがあるのでそっぽを向いておく。


 その後、ケビンと合流してからギルドへ行く予定なので、彼の宿泊している宿へ向かうことになった。

 ケビンは高名な冒険者としてそこそこ稼いでいるので、表通りの小奇麗な宿に部屋を取っている。

 二階が宿で一階が酒場と言う標準的なスタイルではなく、二階に部屋があるのは同じだが、一階にはロビーがあり、仕切られた向こう側はちょっとお洒落なカフェになっている。

 正直言って、ケビンには似合わない。彼は安宿の酒場で骨付き肉を齧り付きながら、エール酒のジョッキを煽っているタイプだ。

 そして……


「なぜ居る、アミーさん?」

「なぜって……どうせ四人で依頼を受けるんだから、三人で探すのも四人で探すのも一緒じゃない?」


 ロビーで呼び出しを掛けてもらい、階段を下りてきたケビンの横には、なぜかアミーさんも一緒に居た。

 確かに、ケビンとご主人が依頼を探しに行くと、護衛としてわたしも付いていくわけだし、五人中三人が一緒に行動するなら四人目が一緒に来てもおかしくない。

 むしろ意見の統一がその場で出来る分、効率は良い。

 イーグの意見? 彼女に関しては考慮の範囲外だ。だって勝手に出歩くことが多いし。今も朝から近所の子供たちと『ひみつ基地に行くんだー』って飛び出して行ったし。

 なにか、あの子は最近幼児化してる気がする。見た目相応では有るんだけど。


「それもそっか。ケビンと一緒に二階から降りて来たから、なにかあったのかと」

「な、なにもないわよ。うん、なにもなかった!」

「そうだぞ、俺がこんな女と――」

「ちょっと! 今のは聞きとがめたわよ? なによ『こんな女』って!」

「いや、深い意味は……」


 どうでもいいけど宿のロビーで怒鳴りあうのはやめない? 周囲の視線が少し痛い。

 ご主人も額から冷や汗を流している。長く目立たぬようにと暗躍したせいで、衆目を浴びるのは慣れてないんだろう。


「痴話喧嘩は後でしてもらえます? でないとまた『余計な噂』が拡がりますよ」

「うっ!?」

「やめてー、これ以上変な噂広げないでぇ」


 ご主人に『噂』を拡げられたせいでボッチ道に足を踏み入れた二人は、あからさまに戦慄の表情を浮かべる。

 アミーさんなどは頭を抱えてしゃがみこむ位恐れている。

 なんにせよ、二人を無力化したご主人はそのままギルドへ向かうことになりました。ご主人、怖い。


ケビ×アミは規定路線ですよね。

次回更新は木曜日を予定しています。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ