第40話 在所
ご主人は迷った末、目的の全てを長老に話すことにした。
長老はその話を最後まで口を挟まずに聞き入れ、重々しく頷く。
「死者の蘇生か……感心はできんな。だが子が親を思うのも、また道理じゃな」
「無茶だし、危険なことは承知しています」
「ふむ。まぁ、そう構える事はないじゃろ。蘇生の術式は400年前にはすでに開発されておったからの」
「……え?」
「もっとも、寿命死した者や病死した者は無理じゃったらしいがな。外傷で死んだ者なら、ほとんど呼び戻せたらしい」
すでに術式は開発済み? ならその式さえ学べば、ご主人の目的は達成されるじゃない。
しかもすでに存在してるなら、世界樹教徒に命を狙われることだってないかも。
「無い、と思うたか? 何故開発された式が世から消えておると思う?」
「あ、もしかして……世界樹教徒?」
「うむ、この世の物全ては世界樹より生み出されたもの。そしてその魂は、世界樹より生まれ世界樹に帰る。それが奴らの持論じゃ」
「そうか、じゃあ蘇生の術式は、世界樹の魂の変転を遮る術になってしまうから……」
世界樹に帰るべき魂を強制的に呼び戻す、そんな術を放置しておくわけが無い。
教義を守るためには、術式を抹消して回ってもおかしくない。
「それじゃ、その術式はすでに失われて?」
「使える者がいない、という意味では失われておるな。じゃが、文献なら残っておる可能性もある」
「あるんですか!」
「手元には無いのぅ」
勢い込んだご主人をいなすように断言した長老。
からかってるのか? 一発ブン殴ってあげよう。全力で。
おもむろに立ち上がったわたしを、ご主人が力無く止める。かろうじて理性を働かせて、冷静でいるのは評価したい。
「エイル、いいから。落ち着いて」
「でも、リムル様」
「過去に『あった』という話だけでも、大収穫なんだよ」
「うぅ」
「そうじゃな、それに『手元には無い』と言ったが、『他所にも無い』とは言っておらん」
「他所……まさか学院!?」
あ、そっか。学院の方針は『知識の収集』。廃棄されるであろう術式を放置しておくはずが無い。
ひょっとしたら、あの大量の書架のどこかに?
「いや、そもそも蘇生の術式は非常に特殊での。開発した者もその危険性は重々承知しておったので、術の知識は開発者と協力した我らしか知らなんだ。我らは頻繁にその術を使って、教会から目を付けられたから、廃棄せざるを得なかったのよ」
「では、開発者の方なら術式は残っていると? その開発者を探し出せば……」
「無理じゃろ。開発したのはすでに人に有らぬ」
「……え?」
開発者は人じゃない? 死んだってこと? でも四百年も前の人物なら死んで居ても当然か。
「開発したのは……破戒神じゃよ。当時はまだ人であったがの」
「はぃ?」
なにやってるんだ、わたしのご先祖ぉ!?
ひょっとして、アレ? もしかしてこの一か月近く学院の地下書庫を漁っていたけど、実はわたしの異空庫の中に文献が残ってたりする?
「……エイル?」
「な、なんでしょう、リムル様……」
「キミの『物置』、ちゃんと全部調べたか?」
「あのぅ……その……」
「怒らないから、言ってごらん」
「武器とか装備なんかは、イーグに教えてもらったけど……文献は、まだ全部は……」
「後でオシオキ、な」
「ふえぇぇぇ!?」
「泣くまで、くすぐる」
「いやあぁぁぁぁぁ!!」
わたしは感覚が鋭敏になった分、こう言った行為はとても苦手だ。
ご主人もそれは知っているから、たまにこうしたイヤガラセをしてくる。
でも、今回ばかりはわたしのせいかも知れないので、拒否はできないかも?
「まぁ、なんでお主らの『物置』とやらに、そんなたいそうな物が有るのか知らんが……ホドホドにな?」
「ええ、ホドホドにします。気絶する程度で」
「あぅあぅあぅ」
気が抜けるやら、絶望するやらで目の前が真っ暗になってきた。
村から歩いて三十分。その場所に温泉は盛大に湧き出していた。
水源を求めて歩き回った時はもっと時間が掛かったのだけど、今回は場所が最初から判っていた事と、突貫工事で道を整えられ、すんなりと目的の場所に辿り着くことができた。
エルフたち、仕事速すぎだ。
「うん、確かに早い。まさか一晩で村からの道路と、施設を作り上げるなんて」
「我らは木々や大地、風や水と言った自然に干渉する魔術に適性があるからな」
そう言ってわたしたちを出迎えたのはコールさんだ。
細身ながら筋肉質な体に捩じり鉢巻を巻いて、汚れても良い様に作業着を着ている姿は、美しき森の民エルフの夢想を根底から覆してくれる。
なんだろう、このイケメン土建屋風エルフは。
「それにしても、すでに浴場の大半が工事済みとは思いませんでしたよ」
「ああ、土壁の魔術を使って水路を作り、更に土壁で風呂を形成して、火球の魔術で焼き固めたんだ。これだけの工事だから、普通なら魔力切れで気絶するところだが、まぁ、そこは人海戦術だな」
「魔術で土木工事ですか」
意外と魔術を土木工事に使用すると言う発想は、普及していない。
その圧倒的な火力と汎用性で、戦闘に使用されるものというイメージが強い為だ。
「まぁ、俺も誰が考え出したのかは判らんが、結構昔からある手法らしいぞ」
「そのわりには世間には普及してないみたいですが……」
「そうか? では我が村だけなのかも知れんなぁ」
とにかく、最低限の湯船が出来ているので、エルフ達はさっそく温泉を堪能しているらしい。
言わば製造途中であるが故の露天風呂だ。しかも混浴。
「その、ボクは治療の関係で良く見かけたりするんですが、エルフって大らかですね?」
幾分顔を赤くしながらご主人が感想を述べる。
それもそのはずで、作業員達は真っ先に風呂を堪能しているのだが、その中には女性も混じっていて、堂々と全裸で男たちの間で浸かっているのだ。
……あ、イーグもいた。
「ああ、俺たちは幼い頃から男女一緒に水浴びとかしているからな。そこから異性として気になった連中が番になるんだ」
「そ、そうですか」
そう言えば自然を愛し、木々を守る彼らが、サウナや風呂を愛用する訳が無い。湯を沸かすには大量の薪が必要になるから。
つまりは水浴びが主流になるわけで、そこに囲いや仕切りは存在しない。だから自然に混浴の風習が出来上がると言うことかな。
覗こうと思えば、いつでも見れるわけだし。
「お前も気に入った女が居るなら、積極的にアピールしてもいいぞ。なに、村は閉鎖的な面もあるが、お前なら文句を言う奴は居ないだろう」
「ハハ、僕にはエイルがいるんで……」
チラリとこちらを見るご主人。
わたしをお見合いから逃れる言い訳みたいなのに利用しないで欲しい。
「ああ、お前たちはやはりそうだったのか。村の恩人であり、名物をもたらしてくれたお前なら、歓迎だったのだがなぁ」
「光栄です、でも彼女はボクの家族なんで……」
「もう結婚していたのか! それは気付かなかったな」
「いや違うし!?」
「なら婚約か? 血縁は無いのだろう」
「いや、血縁は確かにありませんが――」
「まどろっこしいな。やはり人間の関係と言うのはよくわからん」
「はぁ……」
コールさんは腕組みをして一つ唸ってから、横で言い訳にされてふくれっ面をしているわたしを見る。
しばらく思案した後、頷いてからなんだかえらい事を言い出した。
「まぁ、親しい仲なら一緒に風呂に入っても構わんのだろう?」
「は? ええぇぇ!?」
「ちょ、それは困る。主にわたしが」
「ボクだって困るって!」
考えてみれば、毎晩抱き合って寝てる上に、散々裸も見られているので、一緒にお風呂に入ることくらいなんでもないのかも知れない……けど……
「なんていうか、裸も見られるとかじゃなくて、身体を洗っているところを見られるのが、恥ずかしい」
「エイルはとにかく、他にもエルフの方がいるじゃないですか。その状況だとボクは体質的な問題が発生してですね――」
「ム、『わたしはとにかく』って、なに? それは聞き捨てならない」
「いや、そう言う意味じゃなく、というかエイルだって問題なんだけど」
「リムル様、やっぱりエッチ」
「どう答えろって言うんだよぉ!」
「くっくっく、しょうがないにゃあ。この奴隷商仕込みのご奉仕テクニックを披露しますか」
「やめろ! それとその笑いはよせ!」
どうせ家に帰ればオシオキが待っているんだし、今まで使用したことの無い奴隷商直伝の『教育』と『技』を実践してみるのも、悪くない、かも?
「まぁ、一応俺たちも一緒にいるんだから……いや、向こうに小さめの湯船が完成してたか。そっちを使うといい。だが声は控えめにしてくれよ」
「違いますから。っていうか、止めてくださいよ!」
「お前は俺たちの女が居ると落ち着かないのだろう? なら何も問題は無い」
「大有りですよ! エイルが肉食獣の笑みを浮かべてるのが見えませんか?」
「大丈夫、痛くしない」
「されてたまるかぁぁぁぁ!」
ブチリ、と何かの切れる音と共に、ご主人は絶叫の声を上げた。
結局、大人なエルフに囲まれる訳にも行かないご主人は、小さい方の湯船に向かうこととなった。
もちろん、わたしもついていく。
見知らぬ人の象さんが目の前をブラブラしている状況というのは、わたしも落ち着かないからだ。
まだご主人の可愛いモノの方がいい。
「あんな状況で寛げるなんて、エルフ、すごい」
「本当にね。一時はどうなる事かと」
離れの浴槽はかなり小さく、二人が入ると肩がくっつく程度の広さしかない。
だからと言って向かい合せに入るのは多大に問題があるので、そこは我慢だ。真正面からマジマジと見られるのは、居心地が悪い。
それに元々温泉に入る予定など無かったので、湯着の類っ持って来ていない。つまりはお互い素っ裸。
「それにしても、蘇生のヒントがエイルの異空庫に入っていたとはね」
「わたしも驚いた」
「ちゃんと調べていてくれれば……」
「それは謝る。ゴメンナサイ」
「いいよ、もうね。そのおかげでいろんな人に会えたし、楽しい思い出もできたから」
そう言って鼻先までお湯に浸かるご主人。
あまり姿勢を低くされると、ちょっとドキドキするんだけど。ほら、顔がちょうど胸の高さだし。
ああは言ってみたけど、実際ご主人の裸を目の前にすると、どうも勝手が違う。身体が強張るというか。
「帰ったら、ちゃんと中身調べないとね」
「うん。でも読めない文字の本も多かったから、きっと大変」
「そっか。魔術師が研究を秘匿する為に、書物を暗号化する場合が有るって言うけど、それなのかな?」
「かもしれない」
「さすが神様、慎重というか用心深いというか」
「でも、さすがに神様の書物までは世界樹教徒も手が出せなかったはず。だから……きっとある、よ」
「そうだね、もう少しだ」
「うん」
そこでまた、会話が止まった。
星空を見ながら、二人でお風呂。そんなシチュエーションなのに、ドキドキしつつもなぜか心が穏やかに凪いでいる。
「全てが終わったら……さ。エイルはどうするの?」
「どうする?」
「蘇生が完成したら、ボクと一緒にいる理由、無くなるでしょ」
「…………わからない」
そう、本当にわからない。
帰る場所も無くなったわたしに、行く当てなんてどこにも無い。
マクスウェル劇団の人たちは誘ってくれているけど、それは何か違う気がする。
「一緒にいる理由が無くなったら、ご主人と居られなくなる?」
「そんなことない! エイルにはできれば……ずっと一緒に居て欲しいし」
その言葉を聞いてわたしは心が軽くなった気がした。
そして、なぜか顔が真っ赤になっていくのがわかった。少し湯当たりしてきてるのかもしれない。
「……ん、考えとく」
「そう? いい返事、期待してるよ」
そうしてわたし達は、言葉も無く温泉に浸かり続けた。
二人が上せて、倒れる寸前まで……ただ、一緒に居たかったから。
リムル君、渾身の告白。でもスルーの回。
第2章はこれで終了となります。
3章は3月から開始する予定ですので、しばらくお待ちください。