第32話 適性
( ゜Д゜)……24位?
その夜はなんとも言い難い雰囲気の酒宴が開かれた。
成績最低クラスの五組のコテージで、学年次席の少女が胡坐をかいて酒をかっ喰らっているのだ。
「ほんっと、もう! アイツには迷惑ばっかり掛けられてねぇ!」
「まぁ、あの性格ですもの……」
「担任のガスパーリも似た様な性格のヨイショ野郎だし、サイッテーよ、サイッテー」
「よくあの程度の人間が教員になれたとは思いますわよ?」
主に酒の相手をしているのはマリアさんだ。そしてガスパーリと言うのは、あのイヤミな教員のこと。一組の担任だったんだ?
同じ女性であることや、迷惑を掛けられたことなどからセーレさんが勝手に寄って行った形になっている。
最初、酒の贈り物が『一組の罠ではないか?』と警戒していた他の連中も、送った本人が酒宴に参加したことで、すでに警戒を解いている。
「アイツはねー、特技があるのよ。その一点で教員職に就いたような物よぉ」
「特技?」
なお、未成年のわたしとご主人は蜂蜜入り果実水を、チビチビと舐めている。
驚いたことにコール氏が早速用意してきたのだ。あの人は仕事が速すぎる。
この世界では未成年でも飲酒が禁止されている訳では無いが、わたしはどうも酔うと脱ぐクセがあるっぽいので、絶賛警戒中である。
ご主人以外に肌を見せるのは、さすがにはしたない。
「そ! よく回る舌と勢いのいい尻尾振り!」
「ああ、それは確かにそんな雰囲気ですわね」
「でしょー? あ、そこの君も飲んでるぅ? 今日は私の奢りよ、奢り!」
なんと彼女は宴会するなら一本では足りないと言う事で、その後十本ばかり自分の荷物から持ち出してきたのだ。
学校の行事に、なんて量を持ち込んでいるのやら。
「飲んでます。ジュースですけど」
「わたしはお酒、禁止」
「えぇ~、飲んじゃいなさいよ。未成年とか関係ないわよ?」
「彼女は酔うと色々と危ないので」
そんなわけで酒瓶を両手に持って迫る彼女を躱しながら、その夜は更けて行った。
翌朝、ご主人の素振りの音で目を覚ますと、酔い潰れて死屍累々たるリビングの中に、なぜかイーグが紛れ込んでいた。いつの間に。
ミッションをクリアした五組と一組は、すでに自由行動が許されているので、キャンプ場を出ない限りは監視されることは無いそうだ。
なので、イーグが紛れ込んでいても気付かれることは無い。
というか、よく潜りこめたなぁ……
顔を洗って歯を磨き、昨夜の余り物の酒のツマミを朝食代わりに口に放り込む。
人心地付いた所でご主人の相手をするべく、外に出る。
「おはよう、リムル様」
「おはよう、エイル。よく眠れた?」
「あの有り様だから」
とはいえ、宴会の喧騒と言うのは意外と睡眠の邪魔にならない。口にしたほど睡眠不足にもなっていない。
「大丈夫? ボケた頭で剣を振るのは危ないよ」
「大丈夫、練習用の木剣だし」
「じゃあ、ここから少し距離を取るか。コテージの傍だと、酔っ払いの頭に響くだろうし」
キャンプ場の端に移動し、ご主人と剣の練習。
左目の眼帯は付けたままなので、わたしの反射神経も人並みに落ちているから、ご主人ともそこそこ打ち合える。
しばらく打ち合っていると、起き出したイーグも参加して本格的な練習になってくる。
この頃にはご主人は付いてこれなくなるので、休憩がてら見学に回ることが多い。
ここまではいつもの練習風景だった。
「よっ、と」
「あ――」
気の抜けたイーグの掛け声に、わたしの手から剣が弾き飛ばされる。
身体能力ではわたしも負けていないのに、いまだ彼女の剣技を突破することができない。
剣術にも大分慣れて来てるはずなんだけど。
「むぅ」
「うーん?」
不本意そうに剣を拾いに行くわたしに、イーグは首をひねる。
「なに?」
「いや、こう言っちゃナンだけど、オヤビンって剣の才能無いね」
「ぐぬ……そりゃギフト持ちに比べたら劣るとは思うけど」
「そりゃ、あんな連中と比べたら当然ではあるんだけどさ。そうじゃなくて、こう……適切な技を適切なタイミングで使用出来てないというか、ね?」
技の一つ一つは覚えていっているけど、最適なタイミングでそれ等を使用できていない、と言うことかな?
「ギフト持ちの連中って、なんだかんだでそう言う所で選択ミスしないんだよね。オヤビンはそんなのを相手にしたら、きっと負けることになるんじゃないかな」
「そう……なのかな?」
「むしろ剣って武器が向いてないのかもしれない」
「でも、エイルはそこらのゴロツキなんて相手にならないくらい強いぞ」
ご主人がすかさずフォローを入れてくれる。
イーグは歯に衣を着せぬ物言いをするけど、そこに悪意は無いのはわかっている。多分、本当にわたしには剣の才が無いのだろう。
「そこなんだよねー。オヤビンは腕力がハンパ無いから、そこらのゴロツキ相手だと一蹴できる。これは身体能力だけで上回ってるからなんだけどぉ。むしろその身体能力があるなら、剣みたいな武器は不向きなのかもねー」
「能力が高いからこそ向いてない?」
「そう。剣って結局のところ、『人間相手の汎用性』を重視した武器なんだよ。いろんな技を開発して、使用するのに適した使い勝手のいい武器。でもオヤビンの場合、あまり器用じゃないから技に頼るより、力をそのまま叩きつける武器の方が向いているかも」
「力をそのまま……斧や戦槌みたいな武器?」
「うん、そう」
そういえば取り込んだ武具の中に斧があったっけ?
「これとか……」
ヒョイと異空庫から取り出したのは、赤黒い巨大な片刃の両手斧。滑らかな刃の表面はまるで生物のような躍動感を感じる。
そして、その大きさは、優に二メートルを超えている。
「あ、それは炎斧『アグニブレイズ』だね。炎の魔神イフリートの翼から作り出された戦斧だよ」
「へぇ」
「魔力を込めると炎が噴出す便利武器。でも柄も炎に包まれるから、使うときは注意ね」
「なにそれ、使えない」
「エイルの左腕なら大丈夫なんじゃないか? ドラゴン化した部位は炎に耐性あるんだろう」
「あ、試してみる」
服が燃えるのは勘弁してもらいたいので、腕を隠している手袋を外し、魔力を流す。
すると斧全体から凄まじい勢いで炎が噴出した。
「わっ! わっ!?」
「魔力を遮断すれば炎も消えるよー」
言われた通り魔力の供給を遮断すると、あっさりと炎は消え去った。
「ふうん、それはそれで便利そうだなぁ。火を付けるときとか?」
「こんなでかいマッチはいらない」
「どうオヤビン、使えそうかな?」
「大きさのわりに軽いし、炎の使い方に慣れたら充分やれそう、かな? それと……この斧二つあるんだけど?」
「翼は基本的に二つあるからねー」
二つ一対の翼から作り出された斧だから、二つあるのか。
でも右手は耐火力ないんだよね。それをイーグに告げると、あっさりと解決策を提示してくれた。
「それだったら『水蔦の手袋』ってあるでしょ? それ着ければ炎を防げるよ」
異空庫から取り出したのは、茶色い、わたしにはかなり大きめの手袋。
それを着け、念のため左腕で試してみると、熱さを全然感じなかった。
「これなら長手袋の上に着けておけば、炎を出しても大丈夫かな? でも……」
「うん、かなり不恰好だよねぇ。元々は風神様の装備品なんだよ、それ」
「これも神話級武具!?」
「事実上、炎の属性を持つ攻撃はそれで完全に防げると思っていいよ」
なんて物が転がってるんだ……自分の異空庫の中身が空恐ろしくなってきた。
とりあえず両手に手袋と斧を装備し、魔力を流して発火。右腕は非力なので、魔力付与で筋力強化しつつ斧を持つ。
そのままブンブンと振り回して感触を確かめる。
「だあぁぁぁぁぁぁっ!?」
「わぁ、あっつい、あっつい!」
振り回した斧の軌跡を炎がなぞり、わたしの周囲はまるで炎の嵐の様な状態になってしまった。
しかも振り上げや振り下ろしの勢いで炎が飛んでいくので、その効果範囲もかなり広い。
危うくご主人やイーグが炎に巻き込まれそうになったので、慌てて魔力をオフにする。
「こ、これは……危ない」
「使用には充分注意が必要だな。強力なのは充分わかったけど」
「使う時は魔力流さない方がいいみたい。後は斬れ味かな」
ここはキャンプ場の端だけあって、薪を積み上げた場所もある。燃えなくてよかったと、内心で冷や汗をかいた。
薪をいくつか持ち出し斧を振り下ろすと、スコンとほとんど手応え無く斬り飛ばすことができた。
「リムル様、これヤバイ……切れ味も半端無い」
「みたいだね。他のでも試してみよう」
その後いくつか試してみたけど、太目の丸太でもあっさりと斬り飛ばすことができた。
ご主人が魔力を込めたグランドヘッジホッグの毛針も問題なく切断。さすがにイーグの魔力強度だと斬れなかったけど。
強度的にはファーブニル種のドラゴンの爪の、少し下くらいだろう。
「下手な剣より切れるぞ、この斧……」
「持ち歩くなら、鞘は用意しておかないとダメっぽい」
「すれ違い様にうっかり斬り飛ばすとか有りそうだしな」
「ん、確か鞘も用意してたはずだよー?」
イーグがそう言うので、再び異空庫の中を探ると、鞘も確かに存在していた。
肩口に柄を引っ掛け、腰の下辺りで斧刃を保持する形状の鞘だ。アグニブレイズは刃渡りもかなりでかいので、踵近くまで鞘がぶら下がっている状態になる。
「この大きさだと、さすがに二つは無理」
「一つは異空庫に放り込んだままでもいいんじゃないか? 一般人やそこらの魔物相手なら、一つでも充分だろう」
「オヤビン、武器の問題が解決したなら、ちょっと練習で試してみるー?」
「む、今度こそリベンジする」
練習用の斧なんて無いので、アグニブレイズを構え、イーグにはグラムを渡しておく。
バーンズさんに借り受けた大事な剣だけど、生半可な剣だとあっさり両断してしまう切れ味をしてるこの斧と撃ち合えるのはこの剣くらいだから、勘弁してもらおう。
この剣なら炎斧が相手でも刃毀れ一つしないはず。
わたしは間合いを取って斧を構え、呼吸を整えた後、一気に飛び込んでいく。
「ヤバイ……オヤビン、ヤバイ……ナントカに刃物だよ」
練習の結果、斧に慣れたわたしは驚くほど簡単にイーグを追い詰める事に成功した。
元々小柄な体格な上、そこに大出力のドラゴンのパワーが備わって、瞬発力はイーグよりはるかに高い。
剣を使っていた時も、その速さを活かして突いたり斬ったりしてただけなので、斧に変わってもそれほど戦闘スタイルの変化はなかったのだ。
問題は武器の特性の変化。
長い柄を活かしての遠心力。そして破壊力を一点に集中する形状。それ等は攻撃を受けるイーグをあっさりと吹き飛ばし、受け流しを難しくさせた。
明らかにわたしは、剣より斧に適性があったと言う訳だ。
「まさに力技のオンパレードだったな。ここまで来ると技すら圧するか」
「ん、何かに目覚めた」
「エイル、それは多分、目覚めちゃイケナイ何かだ」
ニタリと笑うわたしに、ご主人がドン引きしている。
そこに数名のエルフが駆けつけてきた。
「おい、なんだかこの辺で火柱が立ってたけど、大丈夫か!?」
「――あ」
さっきの素振りの時の炎か……これは何か言い訳しないと……えーと。
「ご主人が魔術の練習をしてた」
「おい!?」
「制御に失敗して暴走したんだよ?」
「ボスは魔力高いですからねー」
「そ、そうなのか……? 凄い魔力だな」
元々ご主人は快癒すら使いこなす治癒術師だし、あの程度の火柱を起こせたとしても不思議では無いはず。きっと……多分。
「そういえば、そっちの少女は見かけない顔だな?」
「あ……この子はうちの使用人で、彼女の武器を持ってきてくれたんですよ。ほら大きいので置いてきてたのですが、彼女はそれを知らなくて……」
ご主人が新顔を誰何する質問を利用して、わたしが大斧を背負ってる状況を誤魔化した。
この辺りの機転はさすが。
「ああ、確かにその武器は学内では不便そうだしな。でも一生懸命運んできたんだから、そこは褒めてやれ」
「ええ、叱る様な真似はしませんよ」
イーグの見かけは幼い。彼女が大剣や大斧を運んできたと言う話は、健気なエピソードに変換されるのだろう。
いい機会だったのでわたしたちは練習を切り上げ、その場を何とか納めたご主人と一緒にコテージに戻ることにした。
なんだか日間ランキングが凄いことになってます。
これもご愛読いただいてる皆様のおかげです。今後も更新速度、質を落とさないように気を引き締めていこうと思います。
次回更新は2日後の土曜を予定しています。