不幸な天使・エル
12月24日。
今日は人間界のクリスマスイヴ。
この日の天使は毎年大忙しです。
恋人達がたくさん集まるこの日は天使たちはキューピッドとなって幸福を届けに行きます。
今日もたくさんの仕事をこなし、みんなの好評を得ようとする天使、エルは朝早くから目を覚ましました。
エルは、確かに優秀で性格も良く、みんなから好かれています。
でも実は、とっても底意地の悪い天使でした。
エルはもともと意地悪なせいでみんなから嫌われていました。
それは、まだ天使見習いにもなれていない、小さな頃です。
もともと、性格も良く心優しいと信じられている天使の中で、1番性格の悪かったエルは天使でいることを辞めさせられそうになってしまったのです。
天使失格、悪魔のような天使…
そう言われたのは、天使のイメージからなるものでした。
天使のイメージに背いている、幸福を幸福と思えない、悲しい心。
それをみんなは天使失格と言ったのです。
周りの人は、どんどんエルから離れていきました。
それを悔やんだエルは、自分を変えようと決心しました。
そして、今のエルに至るのです。
…いえ、少し前のエルに至るのです。
エルは、変わってしまいました。
自分を変え、心優しいエルになったのはいいものの…みんなから人気が出てから自分に自信が着いてしまったのです。
それからのエルはひどいものでした。
親切にするのも、親切にしてやったと思いお礼を言われるのは当たり前だと心の内では思っていました。
善意で雑務をこなしていたエルは消え、みんなからの好評を得るためだけに雑務をこなすようになりました。
人間に幸福を与えるのも、人間の幸せを願うわけでもなく、自分の幸福を得るためだけに行っていました。
ですから、自分に得があると考えたものは全てこなしていたのです。
逆に言うと、善意でやらなければならない仕事も、自分のためだけにしかやらなくなってしまったのです。
でも、みんなはそんなエルを知りませんでした。
エルは、お礼を言われるのは当たり前だという考えや、自分のためだけに雑務を行うということも、みんなには黙っていました。
そうしないとまたみんなに嫌われてしまうからです。
そしてみんなはエルを見直し、エルは一躍人気者となり、ついには世界一幸せな天使と呼ばれるようにまでなったのです。
「さぁ、今日も頑張って働いてやろうかしら。」
窓をバタッと開き大き伸びをしたエルはそう言いました。
ほらね、やっぱりちょっと偉そうにするです。
正式な天使になってから、ますます心の内が偉そうになりました。
みんなに知られたらどうなることやら…
「さてと…まずは熾天使さまのお花に水をあげてやらなくっちゃ」
熾天使さまとは、天使の中で1番偉い天使です。
エルを正式な天使にしてくれたのも、熾天使さま。
その仕事は、熾天使さまにしかできません。
でも、熾天使さまはエルを心優しい天使だとは思っていませんでした。
エルの心の内を全て読み取っていたのです。
それは、本当に心の綺麗な人にしかできないことでした。
熾天使さまは、本当に心の綺麗なお方です。
だから熾天使になれたのですから。
エルは、自分の心の内が熾天使さまに知れていることがわかっていませんでした。
そしてどうしても、エルのことを心優しいと言ってくれない熾天使さまが嫌で嫌で仕方ありませんでした。
いいことをしてるのに、性格もよくて完璧なのに、認めてもらえないのが悔しくて悔しくてしようがなかったのです。
おっと、どうやら話している間にエルが仕事を始めたようです。
エルは金髪で癖っ毛、ボブくらいの長さの髪の毛をいつものブラシで軽く整え、いつもの白いワンピースを着て。
彼女の白い翼は日に当たって銀色に輝いていました。
いつもみんなの前では笑顔だったのでどこからどう見ても素晴らしい天使です。
「熾天使さま、お花にお水をあげてもいいですか?」
「あぁ、エリアル。いつも悪いね、頼んだよ」
エルはにっこりと笑うとたくさんの花たちに水をあげ始めました。
でも、そんなエルは…
”あー面倒くさい…。なんで私がこんなことしなくちゃならないのよ…毎日たくさんいいことをしているんだから、大天使にしてくれたっていいじゃない。熾天使さまって、本当に嫌な人だわ。”
あらあら、やっぱり少し偉そうですね…まだ天使見習いから天使になったばかりのエルが大天使になるなんて到底無理な話です。
あ、大天使というのはエルのような正式な天使のさらに上の階級の天使です。天使には本当にもう多くの階級があります。
エルのような、正式な天使…その上に、大天使があり、よい行いをたくさんして、さらにその上を進んで行くと熾天使になれるのです。
エルは熾天使さまのお花の水やりが終わると、エルと同じ天使たちが集まるところへと向かいました。
朝はまず、1日にやることをみんなで確認します。
今日はクリスマスイヴ…きっと多くの仕事があるでしょう。
「みんな…おはよう!」
エルは、みんなに混ざるとすぐさまとびっきりの笑顔で挨拶をしました。
「あ…エル!エルだわ!おはようエル!!」
青い髪を一つにくくったエルと同い年の天使、サフィシリア=レルパスがエルに気づき、叫びました。
彼女は、みんなからサフィーと呼ばれていて、ムードメーカーの明るい少女です。
そして、誰よりもエルのことを慕っていました。
優しくしてくれるエルが、本当のエルだと信じていたからです。
それがまた、みんなから見たエルのイメージとなっていました。
エルは、みんなからの注目を浴びてとてもうれしそう。
いつものように偽りの笑顔を作ります。
「サフィー…今日の仕事はもう聞いた?」
「えぇ、今日は幸福配達だけですって。でも、クリスマスイヴだからいつもより量が多いはずよね…」
そう、先ほども言った通り、今日はクリスマスイヴ。
クリスマスイヴは人間たちがパーティーをしたり、恋人同士で過ごしたり…と、幸福を感じる出来事が多いのです。
その分天使たちは多くの幸福を配らなくてはならないのです。
天使たちは自分の担当の場所を持っているので、急いでそこへ向かわなければなりません。
小さな天使から大きな天使まで、たくさんいる天使で地球中の人間たちに幸福を配りに行きます。
「さぁ、サフィー。私と一緒に行きましょう」
エルとサフィーは同じ国を担当しているので一緒に行くことが多くありました。
北の方にある、寒い国です。
天使たちは大きな輝く翼をはばたかせて各自の担当場所に飛び立ちました。
担当の国についたエルとサフィーは自分の担当する地域へと向かい、別れました。
「さて…と。まずは一人の人たちを優先しなくちゃ…」
これは、天使界の中での『おきて』です。
天使の幸福配達は一人で過ごしている人を優先して行います。
誰でも、二人でいるより一人でいる方がさみしく感じますよね…ですから天使たちはそんな人から優先的に幸福を配っていくと決まっています。
エルは空を飛びながら一人の人を探していました。
クリスマスイヴですから、やっぱり一人でいる人は少ないようです。
しばらくの間、空を飛んでいると町のはずれの広場につきました。
広場の中央には大きな噴水がありましたが、水は出ていませんでした。
その噴水の端っこに小さな女の子が一人座っていました。
エルは、ようやく一人の人を見つけたのです。
さっそくエルは、準備をし始めました。
胸に片手を当て、片手で杖を持ち、目を閉じました。
そしてにっこりと笑い手に意識を集中させると、エルの杖が金色に光りだしました。
『天使の力よ…私に力を貸して…!!
彼女に、最高の幸福を…!!!』
エルが幸福を贈ること言葉を唱えたその時、女の子が突然エルの方を向きました。
「…天使さん?」
「?!?!?!」
なんということでしょう、ありえません。
普通の人間が、天使の姿を見たのです。
天使の姿は、普通の人は見えません。
というより、人間は絶対に天使を見ることができないのです。
エルは困りました。
エルは、この世の全ての中で人間だけを1番恐れていたのです。
「本で読んだことがあるの…幸福をくれるんでしょう?私にも…幸福をくれるんでしょう?私、一人なの…さみしいよ、天使さん…」
エルは幸福を与えることにためらいました。
自分のことを見ることのできる人間に、幸福なんてあげたくない。
せっかくこの私がいつも親切であげてやっているのに、幸福をくれることを要求するなんて、生意気だ。
と、エルは思ったのです。
でも、一人の人間を無視したりしたら、みんなから攻められるにきまってま
す。
それでもエルは怖くて仕方がありませんでした。
大天使になるには、人間を怖がっているわけにはいきません。
「幸福を…くれですって…?!生意気な!!!
人間のくせに私の事が見えるなんて、気持ち悪い!!生意気なのよ!!」
そう、女の子に向かって叫んだあと、エルはその場から逃げ出してしまいました。
すると目の前にサフィーが飛び出してきました。
エルはすぐに笑顔を作りました。
「さ、サフィー?サフィーはここの担当じゃないわよ?」
「エル…?どうしてあの子に幸福を与えないの?あの子は一人なのよ?」
大変です、見られていないから大丈夫だと思ってしたことが、一番慕ってくれているサフィーにばれてしまいました。
こんなことをみんなに知られてしまえばたちまちみんなに嫌われてしまいます。
そうなればきっと、エルは独りになってしまうでしょう。
「サフィー…これはね、違うのよ…」
「違うって何…?何があろうと、幸福を与えるのが天使の役目でしょう?!どういうことなの?エル!!」
「だって…天使に幸福を要求したのよ?!いつも親切に幸福を与えてやっていたのに…に、人間のくせに生意気だわ!!ありがたみが足りないのよ!!」
エルは叫んでからハッとしました。
こんなことを言ったら、今までの自分がサフィーにわかってしまいます。
「エル…本当はそういう人だったのね…?!優しくしていたのも、嘘だったのね?!」
サフィーは怒っていました。
今まで信じていたエルに裏切られた気分でした。
ずっと大好きだった…最高の友達だったのに。
そう、思っていました。
「さ、サフィー…話を聞いて…」
「もういいわ!!世界一幸福な天使なんてあなたには似合わない…あなたは、世界一不幸な天使よ!!!」
サフィーはそう言って飛んで行ってしまいました。
エルは呆然としていました。
こんな体験、初めてだったのです。
でも、どうしてもサフィーの言ったことが理解できませんでした。
このことがサフィーにわかってしまった以上、隠し通すのは無理です。
ですから、皆に嫌われてしまい世界一幸福な天使にはなれないとは思いました。
ですが、『世界一不幸な天使だ』ということにどうしても不満が残ったのです。
その刹那、エルの頭上から光が降ってきました。
この光は熾天使様の光です。
「エリアル…エリアル=シャーリーよ。それがそなたの本心なんだな」
「熾天使様…違うんです…私は、ただ…」
「言わんともよい。わたしにはすべて見えているのだからな。
そなたは天使失格じゃ。もともと、そなたの本心は見えていたがの。」
エルは驚きました。
天使失格だなんて聞いたことがありません。
それに、本心がすべて見えていたことも…。
エルは、この際さっきの疑問も熾天使様に聞いてしまおうと思いました。
「熾天使様…それではひとつお聞きしますが…サフィーに、私は世界一不幸な天使だといわれたのです…
でも、どうしても納得いかないのです…どういう意味なのでしょうか?」
「エリアル…それがわからないこと自体、そなたにとっての不幸じゃよ。
そしてな、エリアル。そなたが不幸だというのは、そなたに本当の友達がいないからじゃよ」
「本当の友達がいない…?私にはサフィーがいるではありませんか!!他にもたくさん…」
「だからなエリアルよ、そなたは勘違いをしておるのじゃよ。
サフィシリアは本当の友達などではない。
なぜならサフィシリアの好きなそなたは、優しいそなた。
つまり偽りのそなたが本当の友達なだけ。本当のそなたは本当の友達でもなんでもないのだよ。」
熾天使さまは、そうエルに告げられました。
するとだんだんと輝かしい光を放ち始めました。
「これが理解でき、そして変えることができたのなら。
今度こそは本当に改めることができたのなら。
その時こそエリアル=シャーリーは世界一幸福な天使となるであろう…
だが、このことが知れてしまった以上修復するのは困難じゃよ。
最初から、あらためておけばこんなことにはならなかったのにな…」
それを聞いたエルは絶句しました。
もう、言い訳も何もできません。
エルの頭の中には、今までのサフィーとの思い出が蘇っていました。
楽しかったことばかりの、かけがえのない日々。
それも熾天使さまの言う通り、偽りのエルがなければ存在しなかったものなのです。
そう思うと、エルの瞳には涙が浮かんできました。
そして大きな粒となり、ぽたりと落ちました。
「…エリアル、わたしについておいで」
優しい笑顔で、熾天使さまはエルに手を差し伸べました。
戸惑いながらも、エルはゆっくりとその大きな手に自分の小さな手を重ねました。
それから…どれくらいたったのでしょうか。
エルと熾天使さまは、二人でゆっくりと飛び続けました。
ゆっくり、ゆっくり。
何もない道を、ひたすらゆっくりと。
飛び続けていると、ようやく一つの光が見えてきました。
「…熾天使さま?私たちはどこへ向かっているのですか?」
「これからの、そなたの仕事場じゃよ。」
熾天使さまが穏やかにそう言って、その場に立ち止ると…
何もない真っ白の空間に、古びれた小さな小屋が現れました。
熾天使さまが小さな戸を開き、エルを中へと入れてくれました。
中には、普通の家にあるような基本的な家具。
暖炉には火がついていて、床には錆びた銅色の一枚のお皿が置いてありました。
熾天使さまは、そのお皿を拾ってエルに渡しました。
「この皿は、もともとそれは綺麗な金の皿だった。
でも、月日が経って何度も使っていくにつれてこんなにも錆びてしまったのだよ。
そなたはこれから、一生ここでこの皿を磨き続けるのじゃ。
もとの輝きを取り戻すまでな。
これはそなたへの罰じゃよ。
綺麗な皿になったころに、私はまたここに来る。
そのころにはきっと、そなたの心も輝いているだろう。」
そう言って、熾天使さまはすっと姿を消しました。
それからエルは、温かい暖炉の前に座り込み一枚の皿を磨き続けました。




