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乙女ゲー学園の女王、絶望する。

作者: 遊鳥



「あっ、あたし! 貴女になんて負けないんだからっ!」

 潤んだ瞳でこちらを睨みつけるのはこの世界、乙女ゲームのヒロイン様。原作では希望の少女。


 対する私はこの王立学園に君臨するゲームの敵役。原作では絶望の女王。


 だからこの構図は正しい。

 正しくないのは、今日が彼女の入学日、ゲーム開始の日であるという事。

 そして、華奢で愛らしい見た目で周囲を魅了する予定の彼女の、小さな身体を包む制服の下にみっちりと何かを着込んであり(多分防弾チョッキとか鎖帷子とかそんな感じのもの)、その手には武器も装備、腰から何か怪しい箱をぶら下げている重装備姿。

 フルヘルムの隙間から覗く潤んだピンク色の瞳と下から出ているふわふわのどピンクの髪の毛にはびっくりするくらい不釣合いだ。


 穏やかな学園の中庭で突如起こった騒ぎに、ギャラリーがどんどん集まって来ている。


 これって学園恋愛ゲームだったはずよね。

 どこでそんな装備を手に入れたのよ?


「はぁっ……」

 思わず溜息をついたらビクリと一歩退いたヒロイン様。

 もう一度彼女の顔を見たら、すごい勢いで後退りをしていった。


「とにかく、そんな所に隠れないでこちらにいらっしゃい」


 ゲームを開始したばかりの入学式ではヒロインすら魅了したはずの微笑で手招きをしても、「だっ騙されないんだからっ!」と噴水の裏に隠れながら子猫のように威嚇をする彼女。



 どうしてこうなった?



 私がこの乙女向け恋愛ゲームの世界に転生した事で大幅に狂っていたこの世界の狂いの伸びしろがまだまだある事に、私はもう一度溜息をついた。




『きみが世界の希望の光』


 私の古い記憶の中にそんなキャッチコピーのありふれたファンタジー系恋愛学園シミュレーションゲームがある。

 前向きで無邪気な主人公が王立学園に入学した年にお伽話として恐れられていた魔女王が復活する。イケメン揃いで優秀な攻略キャラ達は学園に通いながらその討伐の準備をするが、そこでの葛藤や悩みをヒロインが癒し、彼らの希望になる事で世界を平和に導くゲームだ。

 もちろん、それぞれのキャラクターとの甘い恋愛イベントとEDエンディングがこのゲームの売りだ。


 ストーリーは一筋縄ではいかず、魔女王よりも怖い最強の敵と恐れられる敵役がいる。

 生徒会長であり、学園の女王と呼ばれるゾフィーア。

 貴族で慈愛深く優しい、銀髪で菫の瞳の美しい彼女の裏の顔は、嫉妬深く陰湿な女王気質の女性で、常に学園の有名人である攻略対象に囲まれて目立っているヒロインは彼女に目を付けられる。

 時には周りを操作し、時にはその強大な魔力を持ってヒロインを追い詰める彼女は、一部の純粋なゲーマーに一生もののトラウマを植えつけた乙女ゲーでも最悪なキャラだ。


 そして、そのゾフィーアとは私の事らしい。

 現在最上級生の私だが、学園に入学した時に学園の門をくぐった途端に前世で現代日本人であった記憶を思い出し、この世界が記憶にあるゲームの世界の知識と一致する事。周りの人達の中に見覚えのありすぎる『登場人物』がいる事に気が付いた。

 しかし、記憶が戻る前から現代日本人である『私』をベースに育ったゾフィーアはゲームの敵役からはかけ離れていたし、現状に満足していた。

 ヒロインがゲームの知識を持っている訳が無いので、私は私らしく暮らし、時には魔女王退治に向かうキャラクターのサポートをしようと生徒会長を務め、自領や学園を中心とした防衛の強化や、自身の魔力を鍛えていたが、どうやらヒロインも転生者らしい。


「だってゲームの中でゾフィーア様ちょう怖かったんだもん。殺られる前に殺ろうと思って……」

 地べたに座り込みフルヘルムを脱いで、えぐえぐと泣く彼女は『一部の純粋なゲーマー』の一人だったようだ。


『殺られる前に殺れ』

 それは正しい。


 だけど、これはただのファンタジーものの学園恋愛シミュレーション。

 選択肢を選ぶだけで話が進むぬるい恋愛ゲームだから、どんなに絶対的な悪役で魔道に堕ちてヒロインを苦しめるゾフィーア(役名)だって、常に正しい選択肢を選んでいたら勝手に死んでくれる。

(確か途中で攻略対象のキャラに重要なアイテムをもらうので、主人公がやるのはそのアイテムを持って祈るだけ)

 だから、あなたはその愛らしい外見と中見を磨くだけで良かったのに……。


「あー、もう。ぐしゃぐしゃになちゃって! はい、ちーん」

「うっ……えっぐ……。ん、ちーん」

 私が同じ転生者だとわかってからの彼女は従順に私に従った。さながら保母さんに頼りきる幼稚園児だ。

 しばらく彼女をあやしていたら、聞き覚えのある足音が聞こえてきた。


「どうした? ゾフィー!」

「大丈夫ですか?」

 騒ぎを聞きつけたのか、私の婚約者と悪友がギャラリーを掻き分けて私の側へ来た。

 婚約者はオレンジの短髪にアイスブルーの瞳の剣士科一の生徒で筋肉質、悪友は瞳と同じ紫の髪の毛をリボンで一纏めにして後ろに垂らした、スラリとした身なりの貴族科の総締めにして生徒会副会長。どちらも原作では人気だった攻略キャラだ。


「あなた、コレが欲しいの?」

「えっ?」

 『コレ』と称したのは私の婚約者。

 ヒロインと特に激戦を繰り広げるルートでは彼を巡って争っていた。


「ん?」と場違いで爽やかな微笑みを向ける私の婚約者殿。


 原作ではゾフィーアという冷たい美貌を持つ敵役の婚約者というだけあって、苦労人で時折見せる憂いを帯びた表情でファンのハートを射止めていた彼だったが、今生では私という苦労人の婚約者なので、自由気ままに生きた彼は本能のまま剣術を鍛え、剣術は見事だが残念な脳筋になった。

 原作婚約者殿はもっと細身だったのに、この筋肉の付き様はなんだろう? かつて人気だったイケメンキャラから離れすぎている。前世では一押しキャラだっただけに、涙が出てきそうだ。


 私の言葉にぽかーんとした表情を見せる彼女。まったくもって思い至らなかったらしい。

「じゃあ何で私と戦おうとしたの?」

 しかも、乙女ゲームの世界にヒロインとして転生したあなたが攻略対象を気にしないってどういう事?


「あたしっ、貴女が怖くて怖くて怖くてっ! 貴女を倒す事しか考えて無かったよ!」


 話を聞くと、幼い頃に前世の記憶が蘇った彼女は、最初に思い出したゾフィーアがトラウマになり、全力でゾフィーアと戦うことを決意したらしい。

 彼女は原作で庶民科と揶揄される原作ヒロイン所属の普通科ではなく、ゾフィーア(わたし)対策に暴走し魔道具作りの才能に目覚めた彼女は少数編成で倍率の高い魔道具科に入ったらしい。

 あー、それで恋愛そっちのけで敵役対策重視になってしまったのね。


「それにっ! あたしはロディ一筋だしっ!」

「は?」

 思わず前世の時のような返しをしてしまった。


 ロディってヒロインの幼馴染で陰気なサポートキャラだったよね?

 確か画期的な魔道具を作る超有名魔道具師の弟子で、ヒロインに場面に応じて様々なアイテムを渡していたはず。

 頭に浮かんだのは一人称『ボク』でおどおどとした喋りでローブを深く纏い、長めの緑の前髪で顔を隠す彼。

 どう見ても恋愛対象ではなかったし、ノーマルEDエンディングの時にもう一人の女幼馴染と一緒のスチルが一枚あっただけ。


「どういう意味かしら?」

「だーっ! もうっ! 君なにやってんの?」

 すごい勢いで私達の間に割入ってきたのは緑の髪の美少年。制服越しでも分かる、細身だが引き締まった体つきと緩やかな緑の髪のウェーブが印象的だ。


 こんなキャラクター居たかしら?


「すみません! すみません! 生徒会長様っ! こいつが迷惑かけましたよねっ! 俺こいつの幼馴染なんスけど、こいつ暴走したら見境なくってっ! 俺が代わりに罰を受けますので、どうか見逃してやって下さい」

「ロディ……」

 愛らしい顔を輝かして、彼を見つめるヒロイン。フルヘルムを後ろに隠したのは乙女心か。

 このはきはきして漢らしい事を言っている一人称『俺』の彼がロディだっていうの?


「なんかっ! 長年あたしの幼馴染やっていたらこんなに逞しくなったんですぅ~。すっごいあたし好みの男の子になっちゃったんですぅ~」

 鈍感そうな彼女にしては奇跡的な事に、私の疑問に気付いたらしい。頬を染めながら説明する彼女。その横ではロディが同じように頬を染めて、初々しい恋人の背中に手を添えている。

 そう……、そうなの。私の逆って訳ね。この娘が頼り無さすぎてしっかり者になったのね。見た目が磨かれているのは恋ゆえってやつかしら?


「ふふ……、ふふふ……」

 どうしてくれよう。この娘!

 地の奥から響くような私の笑い声にビクっとしたのはヒロイン様と婚約者殿。悪友は平然としている。


「なんで俺らが開発した魔道具なんて持って来ているの?」

 彼女の腰にぶら下がっている箱には彼らが開発した魔道具が入っているようだ。え? 『彼ら?』

「あなた『達』が魔道具を作ったの?」

「はい~。土遁型ダイナマイトとか追尾式魔弾とか核みたいに強力な魔弾砲とか、あたしとロディが作ったんです」

 泣いたカラスがもう笑った。無邪気で誇らしげな笑顔で説明する凶悪な魔道具の数々。


 この娘は私とうちの領地どころかこの国を滅ぼすつもりかしら?

「なっ! 魔女王退治に使うつもりだったんじゃないのか?」

 どうやらロディにはゲームの知識が少しあるらしい。私のように、現時点では御伽話のはずの魔女王対策を真剣に考えているので。おそらく彼女が漏らしたのだろう。

「だから魔女王……」そう言って涙ぐみながら私を指さす彼女。


 だれが魔女王だ!


 全力で突っ込みたいのを堪えて、柔らかい笑顔で彼女にゆっくりと近付きしゃがみ、地べたに座り混んでいるピンクのその瞳を見つめた。

「ねえ、私がこの学園の生徒会長をやっているのは知っているわよね?」

 要領を得ない私の質問に戸惑いながらもこくこくと頷く彼女。


「私が何科なのか知っているかしら?」

「え? き……貴族科?」

 彼女がどもりながら答えたのは、原作だったら正解。でもここでは不正解。

「ブー。違いま~す。私は魔法科なのよ」

「ええ~?」

「何言っているんだ。生徒会長様が魔法のエリートなのは常識だろ?」

 同じように彼女の横にしゃがんで優しく頭を小突くのはロディ。

 彼女は顔いっぱいに驚きを浮かべて私を凝視したので、にっこりと笑ってみせる。涙と鼻水でぐしゃぐしゃのその顔はヒロインらしくないけれど、私だって原作の敵役からは大きく離れてしまったわね。



 物心ついた頃から私は魔法に憧れて仕方がなかった。まだ絵本を読むような年齢から魔術書を読み漁り、イメージ力が必要で師の放つ様を直に見る事でしか身に付かない魔法を、自身のイメージ力だけで発動させた私は周りもドン引きの天才魔法少女だった。


 数年前、この学園に入学した日に前世のゲーム知識を思い出し、その才能の土壌が前世にあった事を知ったけれど、それでも溢れんばかりの魔法愛は変わらず、寧ろ倍率ドンさらにドンと増えていき、新入生の頃から学園一の魔法の使い手の座を誰にも譲った事が無い。


「それにね。私は攻撃魔法に飽きたらず、現代日本の知識をベースにこの世界のインフラを整えるような魔法を沢山編み出したの。だから、私の一番有名な通り名は学園の女王ではなくって、『生活向上の女神』だったりするのよ」

 我ながら恥ずかしい通り名だ。

「貴女があの有名な、生活向上の女神様?」やっぱり有名なのか。彼女は魔女王(というより私)への攻撃準備に現代日本の知識を使い、私はインフラに使ったのか。


「そんなっ! だったら攻撃する理由なんてないよっ! この武器と魔道具の数々どうしよう?」

 しばらく、呆然としていた彼女が最初に発したのはそんな言葉だった。

 彼女が腰にぶら下げていた怪しげな箱を振ると、とめどなく武器と現代人には見覚えのありそうな道具たちが出て来る。


 本当にねっ! どうするのよ?


 とりあえず一度滾滾こんこんとお説教をしようとしたけれど、脳裏に浮かんだのは攻略キャラの一人。

 金髪碧眼で一見完璧な王子様だが、兄たちへのコンプレックスが強く、それを表に出さずに時には道化を演じるヘタレキャラだ。一応、この世界での希望の勇者様。(予定)


 どのシナリオでも初夏に魔女王が復活し、夏には世界中が大混乱するが、秋にこの国の末の王子が勇者に選ばれる。どうでもいいけれど、その中でのほほんと恋愛学園ゲームをするこのゲームの制作スタッフは何を考えていたのだろう?

 末の王子は冬に悩んで逃げて、春にはヒロインに影響を受けて旅立つキャラだ。で、ここで一度声優の歌うEDソングのスタッフロールが流れる。その後魔女王を倒して逞しくなって帰って来るEDスチルが一枚。これが彼のルートだ。

 このゲームはゆるい恋愛ゲームなので、ヒロインが戦うなんて事はなく、勇者や討伐に参加するキャラのルートでだけ、神殿で祈って待っている。プレイヤーとしては歌一曲分の待ち時間で魔女王退治は終わるのだ。


「時が来たら、これをヘタレ王子に全部あげましょう」

「マインラート様に?」

 『ヘタレ王子』の言葉で一見完璧なはずの末の王子が出てくるのは、プレイヤーならではね。


「あ、君が言っていた勇者様か。それなら道具を使える奴が同行しないといけないよなー。俺が行ってくるよ」

「そんな! ロディ!」

 思わず縋り付くヒロインの頭を優しく撫でるロディはこの世界に来て見たどの攻略キャラよりも格好が良い。

「大丈夫だ。俺らが開発した魔道具なんだ。魔女王だってモンスターだってやっつけられるさ!」

「だったらあたしも行くよっ! ロディを危険な目にあわせてのうのうと待ってなんていられないよっ!」

 周りをそっちのけで二人の世界に旅立つヒロイン様とその恋人サポートキャラ

 待っているだけの予定のヒロイン様が旅立つのは相手がロディだからか、それともこの娘(中見)がヒロインだからか。


 まだ魔女王も復活していない平和な筈の入学式に、目の前の二人だけ悲壮感を漂わせ、やがて決意をした瞳をキラキラ見交せた。


 ああ。本当に、なんで勇者の討伐中には神殿で祈っているだけだった筈の乙女ゲームのヒロイン様と一章で一度くらいしか出番の無いサポートキャラが魔女王退治の話をしているのかしら?

「何の話をしているやら。しかし、仮にお伽話の魔女王が復活しても問題はありませんね。こちらには千年に一度の天才である貴女がいるのですから」

 巫山戯た事をのたまう我が悪友。

 なんで敵役の私までヒロイン(学園乙女ゲーム)と共闘する話になっているの?

「ん? 戦だったら俺もお前に付いて行くぞ! 任せろ! お前の背後は俺が守るッ!」

 私の横では脳筋がなにか言っている。一見したら、乙女ゲームの主要キャラが沢山居る華やかなシーンなのに、会話の内容が残念だ。私はそれを半ば意識を飛ばしながら聞いていた。




 この一年で色々な事が起こるだろうが、次の春には乙女ゲームのヒロインも攻略キャラも、サポートキャラも敵役キャラも一緒に、魔女王退治の旅に出るらしい。


 どうしてこうなった!!?




今日の仕事中に「コメディーとはなんぞや?」と考えて思いついた突発短文。

一度はやってみたい。何百番煎じ? の乙女ゲーム転生。

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次作・乙女ゲー学園のヒロイン、傍観する。

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