塵捨て場
誤字脱字報告、矛盾点の指摘や感想等は不要です。
オンラインゲームでログインされることなくそのまま放置されているキャラ達。操り主に見放され見向きもされず忘れ去られていくキャラ。彼、彼女らはどうしているのか。
これはそんな彼、彼女達の世界に迷い込んでしまった私の体験話である。
「なに、ここ」
私、林智はいつの間にか全く知らない場所に立っていた。
周りの景色は原始から近未来までの雑多な建造物で非情にちぐはぐ。地面も見てみると土からコンクリに見たこともないような不思議な素材の床やらで色や柄も統一性は全くなく混沌としている。
そしてそんな場所を当たり前のように歩いているのは人。いや、人だけではない。もちろん人型が大多数なのだが耳が尖っていたり肌の色がおかしかったり、身長の差が激しかったり獣が混じっていたり。昆虫やら植物も体に混じっていたりでとにかく異世界の住人図鑑大全からいっぺんに全部出しました的な世界観丸無視、否、この混沌とした場所にはぴったりな生物達で溢れていた。
そんな、どこのゲームの世界だよ! といった感じの生物達の中で純血のまっさら、ただの人間種の私は呆然とその行き交う生物達を見ていた。
「夢、にしてはやけにはっきりしてるんだけど……これ夢なの? 夢の中でこれは夢だって意識したことなんて一度も経験したことなかったんだけど」
ぼうっと道端で突っ立っている私のことなど誰彼も気に留める者はなく、私は独り言を呟いている。試しに頬を抓ってみたがすごく痛かった。なるほど、これは現実か。
「あの羽で飛べんのかな、あの尻尾って威嚇する時たわしになんのかな」
鳥人や猫人を見つつそんなことを考えている私。目の前を通る者を見ていると、ちょうど目の前で転んだ竜のような鱗や尻尾を持つ子供がいた。
「あっ大丈夫?」
「うん! ありがとうお姉ちゃん」
「気をつけてね」
なんともないように笑顔で手を振って走り去る子供を見送り、いつまでもここに居ても仕方ないと私もここから移動することにする。とはいっても見知らぬ場所なので行く当てはないが。
混沌とした建造物の合間の道をおのぼりさんのようにきょろきょろと見回しながら適当にぶらついていたが、肩にどんと何かがぶつかった。
「ってえなおい、どこ見てんだよ姉ちゃん」
「ごめんなさい」
「ったく、気をつけろよ!」
「はい」
目つきの悪いカブトムシが人になったような外見の男の人がそう言うと私を睨みつけて去っていく。柄が悪い感じだったが文句だけだったのでほっとした。よく分からない場所なのだから周囲にばかり気を取られては危ないか。私はすれ違う人との距離も注意しながら更に歩く。
すると、急に私の目の前を歩いていた植物と融合したような人が消えた。それも数人いっぺんに。
「え、なに!? 消えた……」
いきなり消えたので私はつい足を止めて周りを見たが、周囲に居る他の人達は気にも留めていないようだ。見えていないわけがないのに一体どうして。
数分後、今度は建物のわきで楽しそうに会話していた二人の女の鳥人が消える。けれどやっぱり他の人は何の反応も示さない。ちょうど一メートルくらい離れたところに犬みたいなおじいさんも居るのに、そのおじいさんはただ一緒にいる犬の子供と笑っている。
ものすごく不自然な感じがして、とにかく奇妙で気味が悪くて、私はこことは違うどこかへ行こうとその場から逃げるように駆け出した。
「なんなの、なんで誰も気にしないの」
私が走っている間にも、時々いろんな種族の人がぱっと消える。そして元からそんな人は居なかったとばかりに当然のごとく誰も気にしていないのだ。
ひたすらに走り続けていた私は疲れて息切れをして道のわきでしゃがみ込んだ。
「もうやだ、帰りたい」
わけのわからない場所になんで自分が居るのか。消えてしまった人達はどうしたのか、もしかして私も消えるのか。いいようのない恐怖が胸の内を襲う。泣き出しそうな声で弱音を吐いた時、ぽんと肩を叩かれた。
「大丈夫? どこか痛いの」
振り向くと耳の尖った男の子が居た。誰が見ても美少年だと言えるその容姿は金髪碧眼で、いかにもエルフという感じの子。
私よりもずっと小さい男の子に心配そうに声を掛けられた私は慌てて立ち上がった。
「ううん、大丈夫。心配してくれてありがとう」
「よかった、どこも痛くないみたいだね」
私の返事を聞いて安心したのかエルフの男の子はえへへと笑って首を傾げた。可愛い。
「でもどうしたの? 辛そうだったよ」
「うん、実はお姉ちゃん迷子なの」
苦笑いして男の子にそう言うと、男の子は驚いた顔をして私の手を掴んできた。
「そうなの!? じゃあ僕についてきて!」
「えっ?」
そう言うと、私と手を繋いだままどこかへ連れて行こうと男の子は走り出した。見知らぬ場所で優しくしてくれた男の子と別れるのが怖かった私はそのままついていくことした。
建物の合間を縫うように細い小道をどんどん慣れた足取りで走る男の子。どこに行くのかは分からないが、土地を知っている人といると安心感がでてくる。
「ここ、僕ん家! 入って」
「え、あの、いいの?」
「うん、お母さんがいるんだ」
笑顔で家のドアを開けた男の子は早く早くと私を中へと急かす。背中を押されるまま家の中へ入ると、奥から三頭身の綺麗で可愛らしい女の人が出てきた。
「おかえりなさい、アル」
「ただいまお母さん。あのね、お客さん連れてきたの」
お客さんと言われても用事などないただの迷子な私は、とりあえず来てしまったのでぺこりとお辞儀をした。男の子の名前はアルというらしい。そういえば自己紹介もしていなかった。
「すみません、お邪魔します」
「いえいえ、いいのよ。ゆっくりしてね」
「ありがとうございます」
優しそうな微笑で突然の来訪者の私に席を勧めてくれたアルのお母さん。私が席に着くとアルが話し出しした。
「あのね、お姉ちゃん迷子なの! 泣いてたから連れてきたの。ここに居てもいいでしょ、お母さん」
「あらあら、それは大変だったわねえ。うちでよければぜひ居てちょうだい」
「えっ、あの、でも」
「心配しなくても大丈夫よ、いつまでも居てちょうだい」
「ちょうだい!」
「あの、すみません。よろしくお願いします」
もう十六歳の私は迷子で泣いていたと紹介され恥ずかしかったが事実なので苦笑いをする。けれど居座るほうへ話が進んでいくので戸惑った。元来押しに弱い私は親子の押しの強い笑みに流されてご厄介になることに。でも見知らぬ場所で親切にしてもらい、居場所まで提供してくれたことは本当に有り難くて助かった。
その後軽く自己紹介を済ませると、私はこの不可解な場所について聞くことにした。
「あら、サトさんは流れ着いたばかりだったのね。だから迷子だと思ったのねえ」
「お姉ちゃん着たばかりだったんだ」
「流れ? あの、どういうことですか?」
合点かいったという顔でいる親子に私は理解が及ばなく、質問する。
「ここはね、吹き溜まりなのよ。相手にされなくなった者達が流されてたどり着いた溜まり場所」
「溜まり場所?」
「そう。そして自分達の世界が終わった時は存在も消えてしまう。サトさんもここに来るまでに見たでしょう? 突然消えてしまった人達を」
そう言われてはっとする。植物と融合したような人に鳥人が消えたのを見た。あの消えた人達の世界が終わったから消えてしまったということなのか。私はそのことを話した。
「ここに来る人達はいつか必ず消えるの。もう随分ここで暮らしているから私達もきっともうそろそろ」
悲しそうに笑うアルのお母さん。受け入れたくないやがてくる現実を仕方なく受け入れようとしている、そんな感じだった。
アルはテーブルに突っ伏していつの間にか寝てしまったようで、くうくうと寝息を立てている。慈しんだ微笑で頭を撫でるアルのお母さんを見て、私はなんだか涙が出てきそうだった。
「私達の世界はね、プリングというところだったの。私達エルフにドワーフやヒトと魔族が互いに領土を広げるために争い合ってた。昔は私もその戦いに参加していたのだけど、アルが生まれてからはね」
「そうなんですか……」
「たしか、植物の人はアランダル、鳥人はアビスという世界だったかしら。前にその種族の方と話した時に言っていたわ」
「アランダルとアビス」
「ええ。きっとその世界はさっき終わってしまったのね」
黙祷するかのように目を伏せて黙ってしまったアルのお母さん。
私はその二つの世界の名前に聞き覚えがあった。
アランダル・オンラインとワールドオブジアビス。どちらもオンラインゲームの名前だ。ユーザーの過疎化が進みサービス終了も間近かと噂されていたタイトルと同じ。
そしてプリングオンライン。私はこのオンラインゲームをプレイしていたことがある。基本無料で運営はガチャで荒稼ぎ。業者も多く良い稼ぎ場所は占領されているのが殆ど。
キャラは三頭身の可愛らしい見た目で、その為か小学生も多くプレイしているらしい。誹謗中傷が多く最近ユーザー離れが進んでいるゲームの一つだ。私もギルド内の空気が不穏になってきたためログインすることが減っていき、今はもう一年以上ログインしていなかった。
ここも大型アップデートは減る一方で、更にガチャでの荒稼ぎが目に余るようになっていて、秒読みじゃないかと言われ始めてもう半年は経っているはずだ。
三つも聞いたことのあるオンラインゲームと同じ世界の名前でサービス終了を噂されているのも同じ。これは関係があるのだろうか。
「あの、私少し散歩してきます」
「そう? 夕方までには帰ってらっしゃいね」
「わかりました、いってきます」
もう少周りを観察した方がいいかもしれないと思った私は、アルのお母さんに散歩してくると言って家を出た。
少し歩いただけで背中に羽の生えた翼人やドワーフに肌の青いいかにも魔族っぽい種族が視界に入る。こんなにも色々な種族が入り乱れているのに、ここでは争いは起きていないらしい。
私の予想を裏付けるなにかが他にないかと、辺りを見回すと昔の中国の武将、つまり三國志にいかにもいそうな出で立ちの中年の男の人がいた。
黒くて長い髭に青龍偃月刀らしき武器を持っている。これはもしかしなくともあの人なのでは、と私は声を掛けてみることにした。
「あ、あの。もしや貴方は関羽さんですか?」
「いかにも関雲長だ。して某の名を知るそなたは?」
「わ、私は林智っていいます!」
なんということだ! やはり本人なのか。三國志を題材にしたオンラインゲームも数多くある。その中で過疎化しているのはたしか……義勇三國志か。
「実は関羽さんのファンなんです! 握手お願いできませんか?」
「うむ、いいだろう」
私は怪しくないようにファンのふりをして話を続けることにした。
「あの、関羽さんはもしかして義勇三國志の世界から?」
「その通りだ。兄者と共に来たのだが逸れてしまってな、どこかで見てはおらぬか」
「ごめんなさい、見てないです。でも私の来たほうでは見てないので、別の方角なら居るかもしれませんね」
「おお、そうか。では悪いが某は行くとしよう」
「はい、握手有難うございました!」
世界の確認を取れた私は、関羽さんと分かれた。劉備もここに来ているのか。すごい。
これで四つ目のオンラインゲームと同じ名前の世界。しかも、本人達は世界の名前を当たり前のように知っている。サービス終了を噂されているのも同じ。これは疑いようのない事実ではないか?
私は空を見ると夕方になる頃合と気づき、アルの家に戻ることにした。
けれど、戻る途中考える。
どうして私はここにいるのだろうか。私はユーザー側の人間だ。電子情報の中に入れるようなVRのような高度なものはまだまだ発明されていない。そんなものが出来るのは何十年、何百年先かも分からないのに、私は居るのだ。
それに私はここに居る他のキャラのような作られた存在ではないと絶対に言える。今まで生きてきた人生の中で色々やってきたオンラインゲームのこともしっかり覚えているし、現実のこともきちんと記憶しているのだから。
でも頬を抓って痛いのは現実だからだろう。ということはここも本当なのか。限りなくリアルに近い夢というのが一番の有力な線だが、痛い思いをしても夢から覚めない。私はどうすればこの夢から覚めることができるのか。
「戻りました」
「お帰りなさい。アルのこと起こしてもらえるかしら、夕ご飯がちょうどできたところなの。食べましょう」
「はい、有難うございます」
色々悩みつつもアルの家に戻ると、エプロンをしたアルのお母さんが木のお玉を持って出迎えてくれた。私はいまだテーブルに突っ伏して寝息を立てているアルの体を揺する。
「アル、ご飯だよ起きて」
「う、うーん」
「起きないとアルの分も食べちゃうよ」
「ん? ……だめー! 僕のご飯っ」
私の脅しにがばっと起きたアル。今の言葉ですっかり目は覚めたらしい。
「よく眠っていたわねアル。さあシチューを作ったの、食べましょう」
「わあ! お母さんのシチュー大好き!」
「すみません、いただきます」
テーブルを囲んで三人でシチューを食べる。パンは少し固かったが、浸して食べると柔らかくなってすごく美味しい。アルのお母さんは料理上手だ。
「すごく美味しいです」
「でしょでしょ! 僕何杯でも食べれるよっ」
「うふふ、ありがとうサトさん。お代わりあるからたくさん食べてね」
「はい」
和やかに三人で夕飯を食べていたその時。
「そういえばねお姉ちゃ」
アルが話しかけてきた途中で声が途切れた。私は木の器のシチューを見ていたが、不自然に途切れた声に不審に思い顔を上げた。
居なかった。アルも、アルのお母さんも。
テーブルには食べかけのシチューとパン。シチューが付いた木のスプーンが転がっていた。
「……アル?」
ふざけているのかと、私は席を立ってテーブルの下やキッチンに他の部屋を覗いたが誰も居ない。
世界が終わったのか。私の脳裏に嫌な言葉が浮かんだ。
だって、たった今まで一緒に話して食べて……。
「嘘! 嘘だよこんなの!」
私は叫んだ。そしてその後、ふっと意識が遠のいたのが分かった。
「ん……」
あ、寝ていたのか。私はPCを置いている机に突っ伏して寝ていたらしい。少し涎が垂れていた。
やけにリアルな夢を見ていた気がする。夢の中で食べたシチューの味が口の中に残っているし。そう思って、え、と私は思った。
夢じゃなかった。
だって、右手に握り締めた木のスプーンにシチューがついている……。私は急いでPCを立ち上げてプリングオンラインの公式を見ることにする。するとサービス終了の文字が出ていたのだ。
やっぱり現実だったんだ。
アル。アルのお母さん……さっきまで一緒にシチューを食べていたのに、消えてしまった。ふと気づくと机に水滴がいくつもあった。
泣いていたのだ私は。
それから、私はまたあの吹き溜まりの世界に行けないかと思いながら何週間も毎日毎日思いながら眠るが、結局一度も行けなかった。でも、あの世界での出来事は本当にあったことだと知っている。
今も、私の机のそばの棚には洗った木のスプーンがあるのだから。
もしかしたら、私ではなくても誰かがあの世界に迷い込むことがあるかもしれない。
その時は、どうか関わった人達と最後まで楽しんでくれればと思う。消えてしまう人達と少しでも楽しく過ごしてくれたら、きっとその人達の寂しさも減るんじゃないかと思うから。
きっともう行くことの出来ない、あの世界に迷い込んでしまったことのある私からのせめてもの願いを、どうか叶えて下さい。
ここまで読んでくださった方、本当に有難うございました。