状況は付かず離れず
ゲン達第1ドックチームは今のところ、順調に勝ち星を獲得していた。
それぞれの4試合が終わった所で昼食の時間となる。
ゲンはジニーが居る筈のMGのテントの方をチラッと窺った。
いない・・・何処行ったんだ。
「ゲンっ!」
「うおっ!」
と、背後からジニーの元気な声が。
密かに探していたのを急に本人から声を掛けられ、挙動不審な動きで慌てるゲン。
「・・・どうしたの?」
「っ!なんでもねぇ!それよりどうした!」
「いや、ゲンの方がどうかした?・・・そんな大声で言わなくても。」
「おっ!わっ悪い!なっなんでもねぇから!」
「・・・ゲン?」
本気で心配され、ますます焦ったゲンは取りあえず深呼吸を繰り返した。
「もういいぞ。」
「う・・・ん?あの・・お昼だけど。」
「・・・・一緒に・・・食うか?」
耳元を少し赤くしてゲンが躊躇いがちにジニーを見る。
ジニーはゲンの照れた顔にこっちも釣られた様に顔を赤らめたが、声を掛けた理由を思いだすと顔を少し曇らせた。
「うん・・・一緒に食べたいけどMGの子達と約束してて・・・」
「ああ・・・そ、そうか・・・・仲良くなったんだな、随分。」
げっ!こ、これじゃあヘソ曲げてるみてぇじゃねえかっ!
「いやっ!そうじゃなくてよ!良い事だよな!」
「ゲ、ゲン?」
また壊れ始めたゲンにジニーが慌てた。
「す、すまねぇ。」
「気にしてないから。それでね、お弁当は作ってきたから。はいこれ。」
ジニーは大きなバックから、今日は青空色の風呂敷に包まれた通常よりも大きな弁当箱を取り出した。
「でけぇな。」
「んっふっふっふー5段重ねになってるの。選手の皆で食べて。」
「なにィ!アイツ等のも!?」
眼を剝いて抗議する様に言うゲンにジニーはキョトンとして
「だって・・・ゲンのチームメイトじゃない。差し入れよ。」
勿体ない!アイツ等になんぞ!・・・しかしさすがの俺もコレを完食するのは無理だ・・・くっ・・・
「・・・・わかったよ。」
「なによぉ、その顔。皆と一つのお弁当を食べるのも美味しいと思うけど?」
「そういうんじゃなくてよ・・・ま、いい。じゃあなジニー。」
「また後でね!」
しばらくゲンはその場に留まり、彼女らと楽しそうにお喋りしたり、はしゃいだりするジニーを見ていた。ふとジニーから聞いた話を思い出す。
『私に関わった人達全員の記憶が消えるの。』
胸を抉り取られたかと思ったほどの衝撃的な言葉だった。
その時は記憶を消された自分の事しか考えていなかったが・・・・・
(・・・・お前はどうなんだ。お前も忘れてしまうのか、ジニー。この一日も、明日も、明後日も・・・・俺達だけでなくお前も失うのか?それとも覚えているのか?今笑い合ってる奴らが全員お前の事を忘れて・・・なのにお前だけが俺達の事を覚えてる・・・そんな寂しい事あるかよ。・・・いや・・・・そもそもジニーは何故、ランプの魔人なんかやってるんだ?)
ゲンが踵を返して考え考え歩いて行くと
「ゲン、上の空で歩くと転ぶわよ。」
「・・・アリシア。」
何時もよりラフな格好をしたアリシアが笑って話しかけてきた。
「今からお昼?・・・あんた、そんなに食べるの。」
アリシアが大きな弁当箱を見て呆れるように言う。
「いや、俺んだけじゃねぇんだ。ジニーがよ、チームの皆で食ってくれって。」
アリシアが少し顔を顰めたが、ゲンが(ん?)と思ったその時それは消えていつもの笑顔に戻っていた。
「私も一緒していい?」
「あ、ああ。ノイドは何処だ?場所・・・」
「・・・あの人今日は仕事で・・・来られなくなったの。」
アリシアは僅かにゲンから視線を外して口角を上げた。
『アリシア・・・あいつ旦那と上手くいってないみたいなんだ。』
エドの心配そうな声がゲンの脳裏をよぎる。
「そうか・・・。忙しいんだな。じゃあ、行こうぜ。こっちだ。」
「ええ。」
ゲンは最後にジニーの方をチラッと見て元気に飛びはねる姿に複雑そうな顔を浮かべてからアリシアと共にその場を去った。アリシアが話しかけてくるがそれを上の空で返し、ジニーの謎を考え続ける。だからわからなかった。アリシアの口数が減っていき遂には黙り込んでしまった事を。その青い目が暗く陰った事を。
「っんまい!!」
ジットがジニーの作った天むすを握りしめ、暑苦しい顔をさらに暑苦しくしながら感涙していた。
「本当うめぇよ・・」
「何だコレ何だコレ・・・な、涙が止まらないよ、おっ母さん。」
「胸がジーンと暖かくなるよな・・・夏だからじゃないぞ。」
「大袈裟な奴らだな・・・」
ゲンは殴り合いに勝利し、他の奴らより多く確保したおかずや握り飯を頬張りながら呆れて連中を見た。
すると、ギンッと奴らに凄まれる。
「・・・ゲンはいいよな・・・こんな美味い弁当毎日食ってんだもんな・・・」
「なぁ・・・こっちは食い慣れすぎた食堂や買い弁なのに、お、お前は彼女の愛の籠った超美味い弁当・・・」
「いいなぁ。」
「いーなー。」
「いーいーなー。」
「ウゼぇぞ・・・・・。」
ゲンが本気で苛立ちの声を上げると漸くジット達は黙った。
午後の試合も熱狂と共に瞬く間に過ぎた。
「ついにこの時が来たな。」
ネット越しにアカギがふてぶてしく笑ってゲンとエドを見た。
「ああ。お前等が負ける時がな。」
ゲンも負けずに言い返す。
総当り戦の最後の試合は、まるで誂えた様に第1ドックVS第2ドックとなった。これまでの互いの成績は6対6。この試合に勝利すれば晴れて女神の祝福のキスが貰える。
コインの裏表で先攻後攻を決めると試合開始となる。ゲン達は先攻となった。
ドゴォッ!!
アカギはチームの一人がゲンのサーブで吹っ飛ぶのを半目で見送った。
「・・・ゲンの野郎・・・本気だな?」
ゲンが次のボールを持ち、殺意に満ちた目で次の標的を定めている。
「おい、テメェ等。ゲンのヤツぁマジだぜ、ハラァ括れよ。アイツは俺が相手するから他の奴らは任せたぜ。」
野太い声が応える。
その後見事にゲンの殺人サーブを受け止めたアカギ達は反撃を開始した。
「ねぇ・・・コレ、ビーチバレーよね?」
ジニーは隣で息を飲んで固まるタマラに声を掛けた。
「う、うん・・・そうだと思う・・・んだけど」
社員達の親睦と、各ドックの結束を深めるために行われているはずのイベントはさながら戦場の様な有り様になっていた。
空気が入っているだけとは思えないほどの威力とスピードで弾丸のように飛ぶボール。ボールの限界を超えて行われる試合に、もう何個目かわからない取り換えが行われていた。次第に在庫も少なくなり始め慌てて買いにいく始末。
「ドバァン!!」「ギャァアアア!!」「バシュウゥウ!!」「あ、後の事はた、頼んだぜ。・・・ガクッ」「おいっ!担架!急げ!」「ドシィッ!!」「コレ無理!ゲン頼む!」「次だ!次で殺るぞ!!」「ウオォオオ!!」「ラァアアア!!」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
決して爽やかなビーチで響かせてはいけない破壊音や悲鳴や怒号が聞こえる。
例年とは違う、殺し合いの様な試合に、ジニーやタマラだけでなく他のMG達や他のドックチーム、そして観客どころか実況係までも呆気にとられてこの試合?を見ている。
「あの・・・毎年こうなの?」
ジニーが再度タマラに質問した。
「私も今年初めて見るのよ。でも・・・・」
「こんなんじゃないわよ。もっと普通。」
第8ドックのアイリーンがタマラの代わりに答えた。
「今年のこの人達おかしいわ。」
「特にゲンさんとアカギさんおかしくない?」
第3ドックのエンミと第6ドックのユージーンも首を傾げる。
「他の人はつられてるって感じ?」
「あの2人に殺られないようにって必死なのかもよ。」
第4ドックのイーダと第7ドックのカティーナが呆れたように言う。
「どうしたって言うのかしら、一体・・・あっ!」
第5ドックのクラウディアが不思議そうに言った直後。
アカギの繰り出したスパイクをジットが死ぬ気で拾った。
エドが痛みの走る腕でトスを上げる。
「・・・・終いだ。」
ゲンが渾身の力でスパイクを打った。
アカギ達のブロックは間に合わず、ゲン達の勝利が決まった。
一瞬の空白の後、会場は歓声に包まれる。
すぐに両者を称える拍手が沸き起こる。へたり込む両チームの中でアカギとゲン、エドだけが立っていた。
アカギは口惜しそうに拳を握りしめた。
勝ちたかった・・・どうしても。毎年そう思っているが今年は・・・・彼女がいる。普段は照れてキツイ言葉しか言えない自分が堂々と彼女からキスをもらえるチャンスだったのに。
それが他の奴の物になるとは。それを大人しく見ているしかできないのか・・・・
「アカギ。」
エドが疲れた声で話しかけてきた。それをギロリと睨んで応える。
「おいおい怖ぇなぁ・・・安心しろ、無茶はしない様に連中には言っといてある。」
「・・・・・何の事だ?勝ったのはお前等だ。好きにすりゃいいだろ。」
「拗ねんなよ。お前が勝っても同じ事をしていただろ?」
「コイツの為にな」とゲンを親指で指してニヤッと笑った。
ゲンがギョッとする。
アカギは図星を指され面白くない顔になりながらも、ゲンの慌てる様を見てやっと笑顔になった。
「・・・・・フン・・・・礼は言わねぇぞ。」
「期待してねぇよ。」
「言ったら逆に気持ち悪ぃ。」
3人は貶し合いながら互いの酷い顔を見て笑い合った。
舞台に上がり、表彰式が行われたら”ご褒美”の時間だ。
『オメデトウ!第1ドックの野獣共!んな汚たねぇツラで女神達からキスを貰おうなんざお天道様に申し訳ねぇが、この為に頑張ってきたんだもんなぁ!!ああ女神達!哀れな野郎共に優しくしてやってくれ!』
MG達はズラッと並んだ総勢18名の男達を前にやや腰が引けていた。いや、ドン引きしていた。
体どころか顔や髪の毛まで砂にまみれ、大量の汗をかき、顔は殴られた様に青紫に腫れ上がり、大小の出血まで見られる。彼女等でなくてもこんな男達にキスするなんて嫌だ。・・・・だが仕方ない。メインイベントの一つなのだ。
「ふう。皆おめでとう。よく頑張ったわね。さて・・・・何処にして欲しいの?」
第8のアイリーンが意を決したように妖艶に微笑んだ。
男達の顔が輝く。
MG達が順番に一人づつ選手にキスを送るのをジニーは横目で見ながらゲンの前に立った。
勝利したチームのMGはリーダーだけにキスをする。だからジニーはゲンに勝利してと頼んだのだ。
「こんなになって・・・」
ジニーはゲンの頬につま先だって触れた。
「私・・・あなたに酷い事・・・」
「そんな事ねぇ。どうせこうなってた。」
アカギはタマラのキスを貰う為に死に物狂いで勝ちにくるだろう。それを迎え撃とうと思えばこうなるのは必然だ。
「おい、女神がそんなしょげた顔すんじゃねぇ。お前は俺達の顔でもあるんだぜ?」
ゲンが切れた口で笑ってイテテ・・・と顔を顰めた。
クス・・・・
ジニーはゲンの励ましに笑うと
「そうね。ではリーダー?貴方の何処にキスをお望みかしら?」
上目遣いにゲンを見上げた。
ドクンドクン・・・
ゲンの熱い血潮が体中を駆ける。
「・・・・そうだな・・・・」
ぺロリと舌を出して上唇を舐めた。ジニーの目がゲンの唇に集中する。
ゲンもジニーの艶やかな唇に目を落とす。
じりじりとした沈黙の中、とうとうゲンは望みを口にした。
「好きなトコロ・・・・お前の好きなトコロにキスをくれ。」
「えっ・・・・」
ジニーの戸惑うような顔がゲンを見上げている。
ゲンだとて口にしてもらいたいがジニーの心が籠っていない、MGだからするのだ、みたいなキスは欲しくはなかった。それくらいならジニー本人の好きなトコロにしてもらう方が余程いい。たとえそれが友達にするような頬へのキスだとしても。
ジニーは惑うような素振りをしていたがやがてゲンに寄りそうと爪先立ちをした。
ゲンがしやすいように身を屈める。
頬か・・・・所詮友達止まりか
ゲンが内心ガッカリしながら頬へのキスを待っていると
ジニーはゲンの唇の端・・・ギリギリ唇に当たる端に・・・そっとキスをした。
ゲンの鼻腔にジニーの女らしい甘やかな匂いがした。柔らかでしっとりした感触。ゲンの片頬を押さえる小さな手。寄せられる体。もう片手はゲンの胸に乗っている。激しく轟くゲンの心臓の上に。
「ジニー・・・・」
呆然としたゲンの声にジニーは恥ずかしそうに笑って。
「優勝おめでとうリーダー。・・・・貴方達は第一ドックの誇りよ。」
最後はニヤニヤしながら2人を見守っていたチームの皆に言った。
ォオオオオオ!!!
第一ドックの全員が応える様に怒号の様な雄叫びを上げる。
こうしてドック対抗ビーチバレー大会は幕を閉じた。
試合の後は打ち上げにバーべキューがふんだんに振るまれる。
ゲンはマキシ丈のワンピースに着替えたジニーと波打ち際に居た。
静かに寄せる波と傾き始めた太陽。ゲンは躊躇いがちにジニーの手を取って座った。
「そういやぁ・・・お前は普段から魔法を使わないな。決まりとかルールがあるのか?」
ジニーは普段、魔人だと言う事を忘れそうなほど魔法を使わない。
「ふふ・・・そんなモノはないの。私が使わないだけよ。」
ゲンが軽く片眉を上げてなぜだと言う顔をしている。
「・・・魔法は・・・何でもできる。何にでもなれる。この砂を金に代える事だってね。」
ジニーが掴んで零した砂が零れ落ちながらキラキラした砂金に変わり、また砂に戻った。
「・・・でも。私にはそれがとても不自然に見える。・・・こんな事言うと兄弟達に嫌な顔をされるんだけど。ふふ。だって私達には魔法があるのが自然だから。」
ジニーは苦笑するともう半分ほど体を海に休めた太陽を眩しそうに見た。
「上手く言えないけど・・・小さな、本当に何気ない毎日の積み重ねが「生きる」って事じゃないかと思うの。魔法なんて使わなくてもできる事。お茶を入れる。シーツを洗う。階段を上る。書類を読む。木槌を振るう。」
ジニーはゲンにうふっと笑った。ゲンも穏やかな笑みでジニーに笑い返す。ジニーの笑顔が大きくなった。
「大好きな人と微笑みを交わす。」
「・・・・ジニー。」
「それが私には大事だって事。魔法は特別な、素敵な力よ。でもいつも使っていたらその素敵な特別がなくなってしまう。そんな気になるのよ。別に我慢してるんじゃないわよ?そう思う様になったの。」
「・・・何かあったんだな。」
「・・・・え?」
ゲンは残照に目を向けながら静かに話す。
「お前の考えを根こそぎ変える何かがお前に起こったんだろ。・・・・・なぁ、前から思ってた。お前は何故魔人なんかやってるんだろうってな。どれくらいかは知らないが随分長い間人の願いを叶えてきたんだろ?」
「・・・・・・・・・・。」
「前に関わった人間全部の記憶が消えるって言っていたが。」
ジニーが息をひそめるのがわかる。
「お前の記憶はどうなるんだ。お前も忘れてしまうのか?俺達の事を?」
ジニーは項垂れると小さく頭を振った。
「・・・・辛くねぇか?」
ジニーがギュッと自分の肩を抱いた。ゲンは片手をジニーの肩に廻してグッと引き寄せ、それから頭に廻しそっと撫でた。ジニーの肩が震えるのをゲンは堪らない気持ちで感じていた。
抱きしめる事はできなかった。まだそこに2人は行けない。そこに行くにはゲンには戸惑いが、ジニーには勇気がなかった。
ドンチャン騒ぎ。
というに相応しい打ち上げの光景。
ジニーとゲンは並んでテーブルに座りながら周りの人と楽しく夏の夜を楽しんでいた。恋人同士という程でもなく友人というのは親密な空気が2人にはあったが、時たま冷やかされながらもゲンはクールに聞き流し、ジニーは笑って肯定も否定もしなかった。
ジニーは向こう側を向いてるゲンの耳が少しだけ赤くなっているのに気付く。それはアルコールのせいではないようだ。ゲンは酒類を一切飲んでいない。それにクスッと笑ってから隣に座るタマラに話しかけた。
・・・・・だが。
ゲンのゴツゴツとした大きな手とジニーの白く柔らかな小さな手。
2人の手は皆から見えないテーブルの下。
密かに繋がってる。
バレそうになるとパッと離し、またどちらからとも取れず繋がれる。
・・・・それは甘やかな秘密の遊戯。