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GENIE  作者: ロッカ
3/6

過干渉は程々に

「よう・・・ゲン。」


出勤途中のゲンの前に3人の大男が立ち塞がった。


「・・・・ジット。二バルにサガンか。」


ゲンは顔を顰めて相手を見やる。

彼らはニヤニヤ笑いながらあっという間にゲンを取り囲んだ。


「冷てえじゃねえかよ、ゲン。」

「そうそう。」

「・・・・・何の事だ?」

「しらばっくれんじゃねえよ。」

「そうだよ~」


ジットが急に巨体を縮めて




「お腹にあなたの子がいるのに!別れるなんて酷い!」




厳つい顔をごっつい指で覆う。


「ハニー!ゴメンよ!そんなつもりで言ったんじゃないんだ!」


二バルがジットを抱きしめる。


「ゲン!信じていいのね!」

「もちろんさハニー!」

「こうして2人は永遠に幸せに暮ら・・・させるかくそったれぇ!」


サガンがしゃがれた声でナレーションを入れると最後のツッコミは3人同時に入った。

ゲンはヒクヒクと口を引き攣らせながら


「楽しいか?一生やってろ。毎度毎度いい年して恥ずかしくねえのかこの3バカトリオが。」


毒づくと歩き出した。3人はゲラゲラ笑いながら後を追いかける。


「ガハハ・・まあまあ怒んなよゲン。なな、彼女の名前なんつーの?すっげぇ美人なんだろ?」


ジットがゲンの肩に腕を回して憮然とした顔を覗き込んだ。


「触んな。朝っぱらから気持ちの悪いモン見せやがって。・・・言っとくがアイツは彼女なんかじゃねぇ。ただの・・・」

「お?ただの?何よ」

「た、ただの・・・」


まさかランプから出てきた魔人で【素敵なお願い】とやらを叶えるまでは付きまとう宣言をされているとは言えない。言ったとしても爆笑されるのがオチだ。


「ただの・・・知り合いだ。」


ゲンは苦し紛れに言うとジットの腕をサッと外して逃げるように第一ドックのゲートへと入っていった。


「どう思う?」

「う~む。相当気にはなってるが二の足踏み放題で放っといたら何かの足形を作れそうな状態に見えた。」

「そうそう。石橋を叩き過ぎて原型がわからなくなるまで木端微塵にするんだよな。」

「しょっぱいな。」

「しょっぱすぎ。」

「しおしお。」




ゲンはジット達だけでなく会う奴会う奴にさんざん冷やかされながらも「ただの知り合い」を貫き、やがて昼になった。


「あ・・・ヤベ。」


弁当忘れた・・・


昨日の騒動の詫びか、えらく手の込んでいそうな弁当を作っていたジニーの姿が浮かんだ。


まいったな・・・


ゲンがタオルを巻いた頭に手をやった時、ニヤニヤと笑いながら職長がこっちに向かって歩いてくるのが見えた。


!?


ゲンはなぜか職長の顔を見た瞬間、唐突に逃げ出したくなった。が、衝動を抑えると平静を装って見返した。


「なんスか?」

「お前に客だ。」


客?誰か尋ねてくる予定はなかったが・・・・ハッ・・・まさか・・・


心持ち青ざめたゲンの前に、職長の後ろからひょっこり飛び出してモノは・・・


「お弁当忘れたでしょ?届けに来たの!ちょうどお昼だって?」


満面の笑顔で大きな弁当箱を抱えたジニーだった。






「お譲ちゃん名前は!」

「ジニーです。」

「可愛いねぇいくつ?」

「えっと、じゅ・・に、にじゅ・・・25歳か・・・な?」

「おおおおー!若い!ゲンにはもったいねえー!」

「それ譲ちゃんが作ったのか?若くて美人なうえに料理もできるなんて最高だな!」

「なな、ゲンなんてやめて俺と付き合ってみない?ゲンなんかよりよっぽどお得な物件だぜ?」

「お前なんか相手にするワケねえだろ!俺なんてどう!?」

「テメエみたいなゴリラ願い下げだってよ!」

「ゴリはテメエだろうが!人間に進化してから出直してこい!」

「何だとォ!この万年発情期が!」

「やんのか類人猿!」




「・・・うるせえぞ バカ共が・・・」




ゲンを放置してたちまちジニーに群がる厳つい男達。が、調子乗り過ぎたようで、低い声で怒りをあらわにするゲンに気付くと蜘蛛の子を散らすように居なくなった。

ため息をついたゲンは中心にいる筈のジニーがいないことに気付く。

慌てて辺りを見渡すとあの3バカに捕まって何事か言われているではないか。


「いてっ!」

「いたあっ!」

「いでっ!」


ゲンは大股で近づくと3バカの尻を思い切り順に蹴飛ばした。


”なにするんだゴルァ!!”


と3人同時に凄んで振り返った所でゲンが仁王立ちしているのを見るやいなや3バカは、


「キャアァアア!!」


と気持ち悪い裏声を発しながら逃げて行った。


「・・・ったく。」


イライラしながら逃げて行った3バカの後ろ姿を睨んでいるとジニーがゲンの側まで来た。


「はい。」


笑顔で弁当箱を差し出す。


「・・・・・・・おう。」

「急に来てごめんね。ゲンの仕事場が見たかったの。どんな所で働いてるのかなって。だから・・・えと、あの。」


ジニーは段々尻つぼみになる言葉を続けると


「あの・・・怒ってる?」

「・・・・・・・いや。」

「そう、よかった・・・じゃ!そういう事だから!えーと、帰る・・・」




「ちょっと待て。」




ゲンは帰ろうとするジニーの腕を力を入れ過ぎないように、けれど引き止めるには充分な力で握った。


「え・・・。」

「・・・・・折角来たんだ。昼飯付き合えよ。」


そう言うとグイグイ引っ張りドックの中を抜けて行く。

途中、同慮に冷やかされながらも2人は造船所の端にたどり着いた。

目の前には緑に輝く海が広がる。


「わぁー!」


ジニーの瞳が紺碧の色を映して輝いた。

ゲンは苦笑して


「んな、珍しくもねぇだろ、たかが海だぜ。座れよ、飯食おうぜ。」


さっさと座ると桜色の風呂敷に包まれた大きな弁当箱を開いた。


「お・・・おお。」


いつもジニーの弁当はスゴイが今回のは気合が入っていた。


「・・なんか・・・いつにも増してすげーな。」


ホントに喰っていいのかみたいな目を向けてくるゲンを前に


「気に入ってくれた?昨日のお詫びの気持ちも入ってるから。一応ゲンが好きそうなモノを詰めたんだけど・・・・」


ジニーも嬉しそうに頷き返した。

ジニーの返事を聞きあれよあれよという間に弁当を平らげて行くゲン。

潮を含んだ涼しい風がゆるりと流れる。

それを見守るジニーはニコニコしながらゲンにお茶を入れた。


「お前は食わねえのか。」

「持ってきてないの。大丈夫、後で食べるから。それよりゲンの食べっぷりを見ている方がいい。」


好物は最後に喰う主義だろうか、卵焼きが一つ残ってる弁当箱ごとゲンはジニーに差し出した。


「食え。テメエで作ったんだ、味は承知だろうがウメエぞ。」


ジニーはしばらくゲンと卵焼きを交互に見ていたがニコッと笑うと、


「ゲンが食べさせてよ。」

「あ?」

「た・べ・さ・せ・て。あ~ん。」


小さな口を開けてゲンに催促した。


「バッバカッ!!できるか!てめえで食べろ!」

「いいじゃない、誰も見てないよ?早く!あ~ん。」


尚も催促するジニーにゲンはキョロキョロと辺りを見回すと卵焼きを摘まんで素早くジニーの口の中に放り込んだ。

いささか乱暴だったがジニーは艶やかな唇でそれをんだ。

それを見てゲンの背筋をゾクゾクした感覚が奔る。眼は落ち着かなく揺れる。


「うん。まあまあかな。」

「ま、まあまあ?すごくだろ。」

「お義姉様に比べたらまあまあなの。」

「姉さんがいるのか。」

「うん。義理のだけど。その人のお料理がすっごく美味くて習ってたの。」

「その人も魔人なのか?」

「ううん。普通の人。お兄様はそうだけどね。あたしなんかより何十倍も何百倍も強い魔人。だからなのかな、私なんかもう大人なのにいつまで経っても子供扱い。ああしろこうしろ、お前のためにはこれが一番いいんだ。どうして大人しくしていられないんだ?門限はちゃんと守れ!そんな肌を露出した服など着るんじゃない!」


ジニーは鼻に皺をよせ、兄の声音を真似てあの威圧感溢れる兄を表現した。フウとため息が漏れる。


「いつも小言ばっかり。お父様やお母様よりうるさい一番上のお兄様。」

「・・・ハハハ。兄貴なんてそんなものさ、お前が可愛くて心配してるだけだよ、そんなに邪険に言うもんじゃねえ。」


ジニーは疑わしそうにゲンを見ていたが


「ゲンは?兄弟はいるの?」


ゲンは穏やかに笑っていた顔を若干俯けると


「・・・いや・・・親も兄弟もいねえ。遠い親戚がちらほら、いるにはいるがもう何年も会っちゃいねえな。気ままな独りもんだ。」

「そう・・・・」

「なんだよ、暗くなるなよ。ちっと寂しい気もするが誰に遠慮がいるわけでもねえ。好きな仕事もしているし、古いが馴染みのいい家だってある。うるさくてバカばっかりだがダチも多い。これ以上望むもんはねえ暮らしだ。」




・・・・ウソ。本当にそう思ってるなら・・・・どうしてそんなに切なさそうな泣きそうな顔になるの。



ジニーはキラキラと陽の光を反射する海を眩しそうに見つめるゲンの横顔を見て胸が締め付けられた。

痛む胸を抑えてジニーも海に目を向ける、ドックに大きな船が入っているのに気づいた。


「大きな船。」

「ん?ああ。・・・近くで見てみるか?」

「いいの。」

「ああ。」


ゲンは素早く残りの弁当をかっ込むと「ごっそうさん。」と手を合わせて礼を言い、手早く片付けるとジニーの手を取って立たせた。

ジニーはゲンの浅黒く日焼けした大きな手と白く華奢な自分の手が重なっているのを見て、


「ねぇ、このまま手、繋いでてもいい?」

「バ・・・バーカ。こ、ここで出来るわけないだろ。死ぬほど冷やかされるわ。だ、第一付き合ってるわけでもねえのにンな事できるかよ。」

「いいじゃない、手ぐらい繋いだって。じゃあ何処でならいいの?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・い、家でなら。」

「ほんとー!?うふっ 嬉しい!」


手を合わせて本当に嬉しそうに笑うジニーにゲンは苦い顔をしながらも内心ドキドキする鼓動を押さえられない。


「恥ずかしい奴だな。」

「嬉しいんだからいいでしょ。ねえ、早く見せて!」

「あ、ああ。」


ゲンはジニーと並んで船の側まで来た。

近くまで来ると船の巨大さは目を見張る様だ。


「おーおーきいー!!すごいね・・・陸に上がった船なんて初めて見るけどこんなに大きいのね。」


ジニーはワァーと言いながらまるで船の大きさを測るように両手を広げて笑った。

ゲンは煙草を燻らせながらはしゃぐジニーを見ている。


「そいつはさる大会社の客船でな。乗客数600人を超えるクルーズ船だ。総トン数4万越え、全長300メートル、客室数350。俺らが社運をかけた一世一代の大勝負だよ。」


ジニーがわかった様なわからない様な顔をしたのでゲンがため息をつきながら説明しようとした時。




「ゲンにこんなに可愛い人がいるなんてね。」




後ろから落ち着いた女性の声が聞こえた。


「アリシア。」


青い目をキラキラさせた幼馴染が興味津津でジニーとゲンを交互に見る。


「彼女なんかじゃねえって・・・知り合いだ。」


ジニーはゲンのぶっきらぼうな言葉に眉を跳ね上げたが、何も言わずにアリシアに向かって手を差し出した。


「初めまして、ジニーです。」

「初めまして、ジニー。アリシアよ。」


アリシアはニッコリ笑ってジニーの手をギュッと握り離した。


「皆が騒いでいたから何かと思えばゲンの彼女が来たと言うじゃない。これは一目見なきゃと思って。」


アリシアは悪戯っぽく笑うと、ゲンの「だから・・・」という声を遮り、


「頑固で融通がきかなくって怖い顔してるけど、すごくいい奴だから見捨てないでいてやって。ゲンがいたらなかったらいつでも連絡頂戴。コイツの尻を蹴飛ばしてあげるから。」


ジニーに向かってウィンクした。


「お前なぁ・・・」

「ぼやぼやしないで、しっかり彼女捕まえておきなさいよ?こんな幸運もう絶対来ないから。最後のチャンスよ。」

「うるせぇよ。余計なお世話だ。」

「照れちゃって。あ、そうそう、シーカーから明日会いたいって電話があったわ。」

「またかあのジイさん。」


ジニーは2人が共通の話題で話すのをどこかぼんやりと聞いていたが


「おい、どうした。」


ゲンに二の腕を掴まれハッとした。ゲンを見上げると眉根を寄せ心配そうにしている。


「何でもない・・・ちょっとぼんやりしちゃった。」


作り笑いを浮かべるとゲンの眉間に皺が増えた。


「大丈夫か?」

「大丈夫?」


ゲンとアリシアの声までもがが重なり、ジニーは苦笑した。


「大丈夫!急に来てごめんね!お仕事頑張って!アリシアさん、さよ・・・」

「ああ~!ちょっと待って!そう言えばジニーに用事があったんだ!」


アリシアが慌ててジニーを引き止める。


「用事?」

「私に?」

「そうそう。職長が呼んでるのよ。第1広場に来てって。」

「こいつに何の。」

「そ、そう凄まなくてもいいでしょ、私はお使いをしているだけよ。職長が何を考えているかなんて知らないわ。」


アリシアはジニーを守ろうとでもするように前に出、不機嫌そうに唸るゲンを見て慌てて弁解した。


「ゲン、とにかく行ってみない?」


背後からジニーの声がかかるとゲンは戸惑う様な顔になり、次に心配そうな顔になる。

ゲンはジニーに向き直ったのでそれを見てアリシアが目を見開いた事には気付かなかった。


「・・・・嫌な気分になったら言え。帰してやるから。」

「でも、それじゃゲンが・・・」

「俺の事はいいんだよ。どうせとっくにいじくり回されてる。それが多少増えようがどって事ねえ。」


どこか諦めたように苦笑するゲンを前にジニーは迷ったが、「行くぞ」再度声をかけられるとゲンの後に続いた。





やがて、簡単なテントを張った広場が見えるとそこに50人ほどの男達が集まっていた。

ゲンは口笛やヤジが飛ぶのを徹底的に無視すると最後尾に着きジニーを空樽に座らせ、自身は腕を組んで前に立つ職長を無言で睨んだ。

ゲンに気が付いた職長は反対に実に楽しげに笑った。

やがて視線を横のジニーに移すと、ジニーが会釈するのを頷いて応える。


「職長ー!何の話だ!ちんたらしてねえでさっさと始めようぜ!」


野太い声がかかって職長はうるせえなあというようにため息をついた。


「全員いるな?さて野郎共・・・今年もこの季節がやってきたぜ。」

「やってきたって・・・ま、まさか職長!!」

「そうだ。」


ここで職長・・・エドヴァルド・ゼフェカはカッと目を見開き、固唾を飲んで自分に注目するむさ苦しい集団をねめつけた。




「シップ&ビル・カンパニー・・・・ドック対抗ビーチバレー大会開催だああぁあ!!!」




ウオオォォオオオ!!!!


広場一杯にまるで野獣の様な男達の歓声が轟く。

ジニーはビリビリと振動する様な反響に耳を押さえた。

エドの話は続く。


「決戦の日は2週間後。メンバーを決めっから、俺こそはという奴は俺に申し出てくれ。あ、去年出た奴は強制参加な、今日から練習すっから仕事終わったら事務所に集まれ。・・・いいか、テメエら・・・・」


ギラリ。

エドの眼が剣呑な光を帯びた。


「第2ドックのクソったれ共にだけには!絶対!負けねえぞ!去年の雪辱を晴らすんだ!!」

「ウォオオ!もちろんだぜ!」

「完膚なきまで叩きのめす!」

「ぶっ殺す!」

「這い蹲らせてやる!」


ジニーはあちこちから上がる、とてもビーチバレーをするようには見えない掛け声をキョトンとして聞いていたが


「ねえゲン。どういう話・・・」


ジニーは言葉を飲みこんだ。

眼が違っていた。

真剣に職長の話を聞くゲンにジニーの声は届いていない様である。それは周りの男達にも当てはまるようだ。


(ビーチバレー・・・よね?砂浜で。ネットを張って。ビーチボールで。娯楽のはずだけれど。)


ジニーは肩をすくめると前を向いた。




「・・・そこでだ。俺達のチームのマスコットガールだが・・・是非ジニーに頼みたい!」




いつの間に話が変わったのだろうか。いきなり名指しされ、一斉に50人分の注目を浴びたジニーは目をパチクリさせた。


「え。な、なに?どうしたの?」

「ダメだ!!!」


隣にいるゲンが大声で職長に向かって吠える。


「ケチケチすんなよ ゲン。」

「うるせえよエド。絶対にダメだ。」


ゲンは職長であり、同い年の元同僚であるエドにはケジメだろうが、人前では丁寧な言葉遣いを心掛けている。それはエドが職長に任命された5年前から一度たりとも覆った事がない。

だが今だけは違った。

エドが男達をかき分け、ゲンとジニーの前まで来た。


「ちょっとお愛想振り撒いてもらうだけだろ。たいした事じゃない。」

「ああ。水着姿でな。」

「おいおい。裸でやるんじゃねえんだ。一々大袈裟だぞ。」

「・・・・・・テメエ。」


ゲンの眼光が鋭さを増し、顔は冷たい怒りに強張った。

対するエドもうすら笑いを浮かべてはいるものの、眼はまったく笑っていない。

一触即発の空気が流れる中、


「いいわよ。」


いっそ場違いな、のほほんとしたジニーの声がそれを破った。


「な・・・」


ゲンが驚きに固まっていると


「そーかそーか!やってくれるか!いやあ今年は第2のくそったれに自慢できるぞぉ!去年はなり手がいなくてよぉ、恥かいたの何のって。今年も皆断られちまって焦ってた所なんだ。ありがとうよジニー。」


反対にホッとしたエドがジニーの手を握って感謝した。


「~~~このバカッ!ただニコニコ笑うだけじゃねえんだぞ!試合の優勝者に勝利のキスっつー下らねえ事しなけりゃならないんだ!」


ゲンはエドの手を無理矢理外すとジニーを怒鳴りつけた。


「もう返事しちゃったし・・・キスぐらい いいじゃない。」

「お、お前・・・~~~~もういい!!勝手にしろ!!!」


ゲンは激昂すると、足音も荒く現場へと去った。途中の電柱に蹴りをぶち込む。グラグラと頑丈なはずの電柱が大きく揺れ近くにいた人が驚いて飛び退った。


「おー怖々。・・・・ジニー大丈夫か?」


エドは自分が頼んだ事なのに心配そうにジニーの綺麗な顔を見下ろした。


「ん?大丈夫。ゲンは心配してくれてるだけ。逆に嬉しいわ。そんな事より何か裏があるんじゃない?なり手がいないなんて・・・ウソでしょ。」


うふっと笑うジニーに、敵わねえなあと頭をかく職長。


その日、無言で作業をするゲンに声をかける勇気のある者は一人もいなかった。






アイツ・・・・。


まるで何でもない事の様に言うジニーに腹が立って思わず怒鳴りつけてしまったが、そもそもアイツは自分の彼女でも何でもない。

ランプに宿るお転婆な魔人なのである。

何となく一緒に住んでいるが、その何となくが悪いのだろうか。ジニーをいつの間にか自分のモノのように思ってしまっている。




俺は・・・アイツが好きなんだろうか。




ジニーと知り合い、側にいるようになってから既に1ヶ月が過ぎようといていた。


今日、ジニーの事を言ってくる奴らに「ただの知り合いだ」と連呼して回ったが、一番納得してないのは自分ではなかったか。言えば言うほど違和感を覚えた。

ゲンは頭が冷えるとどうしてこうも怒りが湧いてくるのかなるべく客観的に考えながら帰路についた。





ゲンがフロアに着くと家の明かりは消えたままだった。

いつもは暖かい灯りが点き、美味しい夕食を期待させる様な匂いが漂っているはずのそれもない。

何となく嫌な感じがして鍵を開けると部屋はシンとしてゲンを迎えた。


チャリ・・・


鍵束をテーブルに置き暗い部屋を見渡す。

上着を脱いで椅子にかけると自身も座った。

懐から煙草を取り出し口に咥えると火を付ける。

ライターのカチッとした音がやけに大きく聞こえた。


この部屋・・・こんなに広かったか?


ゲンは外の光にぼんやり浮かぶ家具を見つめた。雲が厚いのか月の光もない。


「・・・・・・・・。」


ゲンはチラリとベッドサイドのテーブルを見た。



!!



急いで身を起こすとサイドテーブルに大股で近寄った。


ない・・・・


今朝まであったランプがなかった。


(あいつ・・・出て行っちまったのか?怒鳴りつけたからか?彼氏でもねえのに反対した俺が・・・・嫌になったから?)


ゲンは思考が止まるほどショックを受けた。

しばらく茫然と佇んでいると、玄関の方でガチャガチャと音がし・・・・


「あれ?ゲン帰ってたの?電気も点けないで・・・どうかしたの?」

「お、お前・・・」


スーパーの袋を両手に提げたジニーが不思議そうに入ってきた。


「よいしょ。ふー重かったあ。」


ジニーはテーブルに袋を置き、テキパキと買ってきた食材やらを片付ける。

我に返ったゲンが慌ててそれを手伝う。

手伝いながらもちらちらとジニーを窺った。


「なに~?どうしたの?」


ジニーが視線に気付いておかしそうに笑いかける。

ゲンは気まずそうに目を逸らすと


「帰ってきたらお前がいなくて・・・よく見たらランプもねえ。今日・・・お前に怒鳴っただろ?だから・・・怒って出て行っちまったのかと・・・」


口ごもりながら言った。


「ゲン・・・・」


ジニーが驚いた顔をするのを見ると


「べ、別にいいんだけどよ。ま、まあ妙な縁で知り合いになったんだし、お前は俺のダチも同然だ。・・・出て行く時には挨拶ぐらいしてからだな、」


ジニーがいなくなった後は考えないようにしながら、気まずそうに顎をぽりぽりと掻きながらゲンは背を向けた。

直後、柔らかなジニーの肢体が背中に抱きついた。


「!!・・・お、おい。」


む、胸が当たる・・・


ゲンが慌てるがジニーはギュッとますます力を入れ、広い背に顔を押し付けた。


「ランプの口が少し歪んでいるのを知ってる?」

「あ、ああ・・・そういやぁ。」

「前から気になっていたんだけど直すチャンスがなくて。ほら、普通のランプじゃないから。」


確かに魔人が宿るランプなどそうそう世間にはないだろう。


「今日、偶然それ専門の職人さんを見つけて。今まで直してもらってたの。」

「そうか・・・綺麗に直ったか?」


ジニーはゲンを離すとバックから薄紙に包まれたあの鈍く光るランプを取りだした。

ゲンは受け取ると口の部分を節くれだった手でそっとなぞった。


「よかったな。」

「うん・・・心配かけてごめんね?」


ジニーはランプを優しい手つきで薄紙に戻すゲンをすまなそうな笑顔で見上げた。


「いや。それよかついでに磨いてもらえばよかっただろうに。」

「いいのよ。磨かなくても。」


ジニーはまた元の笑顔に戻ると、ゲンからランプを受け取り元の定位置べッドサイドのテーブルに置いた。


「さっ!今日の夕ご飯はジニースペシャルダイナマイトDXアラビアータよ!」

「何だその無駄に大仰な飯は。」

「辛ーいパスタ。熱い夏にはぴったり!おいしいわよ!」


食材を選び、楽しそうに調理をするジニーにつられ、その日はゲンも手伝いながらの晩御飯作りになった。

大鍋の湯、パスタをざるにあける際、もしこれがジニーの白い肌にかかったら。

そこまで想像してゲンはゾッと背筋が凍った。


これからは自分も手伝うから。こんな、力が要りそうな事は俺に言うんだぞ。絶対にだ。俺が帰るのを待てよ?いいな?


念を押すゲンにジニーは怪訝そうにしながらも首を縦に振った。





「お・・・うまい。」

「とーぜんよ。もっとワイン飲む?」

「もらう。」


ゲンは片手でパスタを食べながらもう片手でグラスを差し出した。

ジニーはそんなゲンに呆れながらワインを注いだ。


「行儀悪いわよ~・・・ねえ、マスコットガールの事だけど。」


ゲンが噎せた。


「きーたーなーいなぁーもう。」


辺りに飛び散ったパスタやワインを布巾で拭きながらジニーはぶうぶう文句を言う。


「急にンな事言うから・・・で?何だ。辞退したいのか。」

「一度引き受けたからには簡単には翻さないわよ。もう少し詳しく聞きたかっただけ。」

「・・・・・フン。で?」

「職長に少し聞いたんだけど、ドックは第8まであって総当り戦。マスコットガールは一つのドッグにつき一人。優勝チームは勝ち星が一番多いチーム。勝者チームには選手全員にマスコットガールからキスのご褒美・・・あってる?」

「ああ。概ねそうだ。」

「・・・他に何かあるの。」

「マスコットはドックの代表だ。優勝者には敬意を示すために勝利のキスを捧げる・・・優勝者の望む所にな。」


ジニーの瞳が少し開かれた。


「・・・望む所に?」

「ああ。頬なら頬へ。額なら額へ・・・・唇なら唇へ。」

「・・・・・・・。」

「だからやめろって言ったんだ。」




「・・・・ふうん、上等じゃない。」



「は?」

「簡単よね。」


ニッコリ。

笑顔のジニーにゲンは背筋が少しピンとなるのを感じた。





「もちろん優勝してくれるわよね?だって、する気ないもの・・・誰にも・・・あなたでさえね・・・唇のキスは。」

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