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GENIE  作者: ロッカ
2/6

衝撃は傍らに

「・・・・・・夢じゃなかったか。」


ゲンは目の前をフワフワと漂っている、ショッキングピンクのバルーンを見て一人ごちた。

はあ。

ため息を一つ付いてバルーンを手で払いのけると、ベッドから足を下ろす。

サイドテーブルには問題のランプがあった。


「・・・・・・・。」


しばらくそれを見つめていたゲンだったが、軽く首を振るとベッドから出た。





髭を剃り、洗面を済ませたゲンは、食欲をそそるいい匂いがする事に気が付いた。

まさか・・・

慌ててゲンは洗面場から出、キッチンのスペースを見る。


「おはよう!ねえ、卵食べる?」


あの若い女が片手に卵、片手にフライパンを持ったまま明るく尋ねた。

その背後から朝日がサンサンと降り注いでいる。

よかった・・・・昨日のアレは引きずってはいない様である。


「・・・・・食う。」


ゲンはテーブルに着こうとしてタオルを持ったままなのに気が付くと、またため息をつき、もう一度洗面場に戻った。




ドン!


ベーコンエッグに焼きたてのパン、極上の香りを立てるコーヒーを楽しんでいるゲンの前に、デカイ弁当箱が置かれた。

その勢いにコーヒーカップや食器がカチャカチャ鳴る。

ゲンは弁当箱を見て片眉を上げた。


「あなたのよ。コレくらい食べるでしょ?体力使う仕事だもんね。」


ハア・・・・・・

ゲンは何度目かになるかわからないため息をつくとフォークを置いた。


「何の真似だ。」

「何が?」


ゲンは半目で女を見、テーブルを手で指し示して


「朝食を用意したり、弁当を作ったりする事だよ。こちとらあんたをどうやったら追い出せるか考え中なんだ。余計な事はやめて、大人しくランプにでも引っ込んでてくれないか?」


・・・・・・・・・ちょっと言い過ぎたか?泣いたりしないだろうな。


キョトンとした顔でこちらを見る女にやや弱気な事を考えるゲン。


「・・・ねえ。」

「な、なんだ。」

「ジニーよ。」

「は?」

「名前よ。あんたなんかじゃなくて、ジニーって呼んで。」

「・・・・・・・・。」


ゲンはうんざりした顔を隠しもせずに立ち上がると、作業着に着替えるためテーブルを離れた。





ゲンがドアを潜ろうとすると女が、いやジニーが追いかけてきた。


「ねえ、お弁当忘れてるわ!」


ワザとだよ!

そんなモン現場で食ってみろ、あっという間に職人仲間の餌食だ!


しかし、食べてくれると信じきった瞳で見上げてくるジニーにはなぜか勝てず、唸りながら弁当を受け取り、「いってらっしゃーい!」という明るい声を背にゲンは仕事場に向かった。

その日の昼食時。

結局ゲンは生まれて初めて味わう豪勢な弁当を、質問攻めにしながら群がる厳つい男達に囲まれながら、最後まで弁当を食べきったのだった。





「全部食べてくれたの。嬉しい。」


空っぽになった弁当箱を見て満面の笑顔を浮かべたジニーにゲンは


「・・・・あの・・・!」

「ん?」

「・・・いや、その・・・何でもねえ。」


何をしてるんだ俺は!

頼んだ事じゃねえが結局は全部喰っちまったわけだし、礼の一つも言えねえのか。

・・・・これじゃあ そこらへんのガキと一緒だ!


実はゲン、弁当の礼を言おうとしたのだが、襟元が大きく開いた服を着たジニーの胸元を見てしまい、男の悲しいさがだろうかその柔らかそうな谷間に釘付けになってしまった。結果、礼の言葉が頭からふっ飛んでしまったのである。


「・・・情けねえ・・」

「何か言った?」

「・・・・何でもねえよ。」


上機嫌で洗い物をするジニーが振り返るが、ゲンは椅子にだらけたまま煙草をふかし言葉を返した。





「何か話をしてよ。」

「ああ?」


何本目かの煙草に火を付けながらダルそうにゲンが聞き返す。

だがジニーは意に返さずニコニコしながら


「ゲンは船大工でしょ?船大工ってどんな仕事なの?今日はどんな仕事をしたの?」


ゲンは虚をつかれたようにジニーを見た。

今までそんなふうに自分に聞く者がいなかったからである。


「・・・お前が興味あるとは思えねえが。」

「もちろんあるわよ。ゲンの事は何でも知りたいの。」


意味深なジニーの言葉にゲンはぎょっとした。

ニコニコ笑うジニーは本気で言ってるのか冗談なのか判別しがたい。


「お前な・・・俺だからいいものを余所でそういう事言わねえ方がいいぞ。」

「どうして?」

「どうしてって・・・勘違いする野郎がいるからだよ。んな事言ってその気になった男に言い寄られたくはねえだろ?注意するんだな。」

「ふ~ん・・・ねえ、ゲンはその気にならないの?」

「ぐっ・・・・ならねえ。」

「そう・・・残念。」

「テ、テメエ、だからそういう事言うんじゃ・・・」


ペロッと舌を出したジニーにゲンはため息をつくと、まだ長さがある煙草を苛立ちのままもみ消した。


「・・・えっとゲンはいくつだっけ?」

「・・・・・・38だ。」

「ええ!そうなの!」

「何だよもっと老けて見えるのか?」

「そんなんじゃないわよー!その逆!もっと若いのかと思った。」


・・・・悪い気はしねえな。

ゲンはフッと笑うと新たな煙草を取り出し、口に咥えた。


「お前はいくつなんだよ。」


ゲンは見た目は若いジニーに、密かに気になっていた事をこの際聞いておこうと口にしてみた。


「わたし?う~ん・・・そうねえ・・・人間風に換算すると18歳ぐらいだと思うわ。ゲンとはちょうど20歳違うわね!」




ドカーーーーーーーーーーーーン!!!!!




犯罪・・・・犯罪の匂いがしねえか・・・・


ゲンの脳天を衝撃が奔り、そのまま居残った。

ポロリと口から煙草が落ちる。

ゲンはあっけらかんと言い放つジニーを前にしばらく硬まっていたが


「ちょっ、ちょっと待て!何がちょうどだ!20も違うのかよ!?嘘だろおい!俺はガキに手出しちまったのか!?」


我に還ると冗談と言ってくれ!と言う風にまくし立てた。


「何の事?」


ジニーはキョトンとした無放備な顔をゲンに向けると、首を傾げた。


「な、何の事ってお前・・・」


たじろぐゲン。


ジニーのその黄金色の目で見つめられ、口ごもりながら、


「その・・・なんだ・・・男女の仲っちゅうか・・そ、そういう・・・だああ!!要するにお前とヤっちまったんだろ!?」


最後は逆ギレの様になりながらも言い切ったゲンは、多分赤くなっているだろう頬を隠すため、立ち上がってウロウロし始めた。


こいつの事が気になって仕方がないのは関係を持ったからだ。若いし、なんだか抜けてるし、強引だし・・・だからだ。


ゲンは言い訳がましく自分を納得させると、チラッとジニーを窺った。

と、肩を揺らして笑いを堪えているようだ。


「おい。」


ジニーはゲンが声を掛けると耐えきれない様に吹き出した。


「あははは・・・!!」


大口開けて笑い続けるジニーと憮然とするゲン。

しばらく気のすむまで笑った後、ジニーは目じりから涙を拭いながらゲンの勘違いを正した。


「何もなかったのよ。」

「・・・本当か?」

「ええ。」

「じゃあなぜ俺のベッドに・・・。」

「・・・あなたが・・・ううん。あの夜は何となくあなたの側で寝たかっただけ。」


小首を傾げ、上目遣いに自分を見るジニーに、ゲンは癪なほど胸が高鳴った。


「ああ、そうそう。」


ジニーは追い打ちをかけるかのようににんまり笑う。

うう・・・

ゲンはたじろぎながらも平静を装った。


「あなたを襲ったりなんてしてないから安心してね?私ちゃーんと目を開いてる人とじゃなきゃシナイ主義だから。」

「なっ・・・!バッバカ野郎!若い女がそんなはしたねぇ事言うんじゃねえ!」


年甲斐もなく頬を赤らめ、怒鳴るゲンを見てジニーはまた笑った。



何にもなかったわけじゃないけどね・・・


あの夜、寝てしまったゲンをしばらく見てからジニーがランプに帰ろうとすると、手首をそっと掴まれた。

ジニーが振り返るとゲンは寝たままだ。

手首を握る手にはほとんど力が入ってない。振りほどこうと思えば簡単にできそうだ。

だがジニーはそうする代わりに大きなベッドに片足を乗せた。

ギッとベッドが軋む。

ジニーは掴まれていない方の手でそっとゲンの頬を撫でる。


あなたの寝顔があんまり寂しそうだったから・・・・なんて言わない方がいいわね。今はまだ。






「ねえ!」

「ウオッ!!」


朝食の席での事。

ゲンはジニーがいきなり視界いっぱいに入ってきた事に驚き、大きな音を立てて座ったまま椅子を後退させた。


「・・・な、なんだ。」


ジニーはゲンの驚きようにキョトンとしていたが、その朝食を見て鼻に皺を寄せた。


「・・・その前に。またこれ飲んでるの!?」


広いテーブルの上には吸殻で一杯になった灰皿、乱雑に積み上げられた新聞や雑誌、ライターや何かの部品、修理中の船大工の道具など様様なモノが散らばっているが、ジニーはそんな物に呆れたのではない。


「こんな真っ黒な液体、人間が飲むものじゃないわ。どうして同じ分量で入れてるのにこうなっちゃうの!?」


ジニーはどす黒く渦巻く液体が入ったカップを指差した。


「うるせえな。俺が何を飲もうと勝手だろうが。」


せっかく入れたコーヒーをけなされ、ゲンは憮然とした顔で言い返す。が、ジニーがまだ言い足りないという風に口を開くのを見て急いで話題を変えた。


「それより何か用事があるんじゃないか。」


普段はジニーから働きかけない限り、気にかけてくれないゲンが言ってくれるのが嬉しくて、ジニーはコーヒーらしきモノの事をアッサリ忘れた。


「服を買いたいんだけど・・・付き合ってくれない?」


期待するように見上げれば、心底嫌そうな顔をしたゲンがいた。


「一人で行け。」

「ええーヤダー。ゲンも行こうよ。」

「なんで俺が。おりゃー、人混みが嫌いなんだよ。」

「今日平日だから。あんまり人居ないわよ。ねえーおーねーがーいー。」

「こーとーわーるー。」




「ねえ!あれ素敵!おのお店に入ってみようよ!」


ゲンはグイグイ引っ張るジニーに、なかば引き摺られる様にしてファッショナブルな店に入った。

若い綺麗な女と少なくとも彼女より10は上だろう、眼つきの悪い無骨な男の組み合わせは周りから激しく浮いていた。


「どっちにしようかな~この色もいいし・・・でもこっちも捨てがたい」

「どれでも同じだろ。早くしろ。」


さっきから女どもの視線がウザいんだよ。


ゲンはあちこちから突き刺さる好奇の視線を、うっとおしく思いながらジニーを急かした。


「そんなこと言わないで、ねえどれがいい?こっち?」


どうやって抱えたのか10枚以上の服をズラッとゲンの前に広げて見せるジニー。


うっ。


色の洪水の様な光景に息を飲むゲン。

ダラダラと汗が滴る。


どれって言われてもな・・・


ゲンにはどれも同じようなデザインで色などあり過ぎて眼が眩む様だ。

それにさっきから後ろの方で何やら楽しくなさそうなヒソヒソ声もする。


出たい・・・・


「・・・・・これだ。」


ゲンは無造作に服の一つを掴むと、残りの服を放り投げる様に置き、ジニーの手首を掴んで会計へと進んだ。背が高い上に威圧感を醸し出しているゲンに女の店員が怯えたように包装したものを引っ掴むとさっさと店を出た。

2、3メートル歩いてやっと息をつく。

そして煙草を吸おうとして、ジニーの手首をまだ掴んでいた事に気付くとゆっくりと放した。


カチッ


「ほらよ。」


ゲンは煙草に火を付けてから派手なロゴが入った紙袋をジニーに差し出した。

ジニーは突き出されたスタイリッシュな紙袋とゴツイ手をしばらく見つめていたが


「・・・ありがとう・・・」


ニッコリ笑って大事そうに袋を抱きしめた。

その様子にゲンが戸惑う。


「・・・怒らねえのか?」


トッと灰を携帯灰皿に落としながらゲンが聞く。


「なんで?」

「いや・・・有無を言わさず店から連れ出したし・・・ほんとはもっと居たかったんだろ?」

「うふふ・・・」


ジニーはそれには答えず紙袋を右手に移すと、建物の壁に寄りかかってゲンを見つめた。

その視線に片眉を上げたゲンだったが、あまりにも真っ直ぐ自分を見つめてくるジニーに耐えきれず、所在無げに辺りを見渡した。


「ああゆう人がタイプなの?」

「はっ?」

「あの人・・・あのポスターの人。」


ジニーが細い指で上を指した。

なるほどそこには何とかという女優が、何に使うかゲンには皆目わからん、恐らく化粧品だろう商品を手に持って、万人受けしそうな笑顔を浮かべたポスターがビルの上部にデカデカと飾られていた。


「いやべ・・・・そう、そうだな。ああいうしっとりとした女が好みだな。うん。」


ゲンは「いや別に」という言葉を飲み込んだ。

特にその女優に思い入れがあるわけでもない。テレビの画面を彩るたくさんの顔の一つだ。

ジニーの視線を避けたゲンが何とはなしに見ていた方向がたまたまそこだっただけなのだ。


俺はガキなんかにゃ興味ねえ。だからお前にも興味ないんだぞ・・・・これはデートなんかじゃない。そう、これは・・・えーと・・・そうだ荷物持ちだ!ボランティアだ!


「わかったか」と言う風にジニーを見下ろすと、


「ふうん。」


顎に手をやって考え込むジニー。


「まあお前も後20年もしたらあんな風になれるんじゃねえか。俺には関係ねえけどな。」

「あの人女優さんでしょ?」

「・・・・ああ。」


だが、予想と違うキラキラしたジニーの目に嫌な予感がするゲン。


「演技ならちょっと自信があるのよ。昔演劇部に入ってたから。」


は?・・・・だからなん・・・


ワケが分からないゲンを余所に、いきなりジニーの大きな瞳から涙が零れ落ちた。


!!!!!!


ひょおおおおおおお!!!!


全身が激震するゲンに構わず、ジニーの目から次々と大粒の涙が零れ落ち、泣きじゃくる。


「おっ、おい、何だどうした!何なんだいきなり!」

「うっうっ・・・酷い。」


??????

何がだ?俺何かしたか!?


混乱の極致に居るゲンは、矢の様にズビシ ズビシと刺さる通行人の非難に満ちた目を思いっきり感じながらもワタワタとジニーに声を掛ける。

と、ふと前を見ると。


!!!!!!!


どんな厄日だ、今日は・・・


ゲンは最悪も最悪な事に前から職長と同僚が歩いてくるのを茫然と見た。

顔を逸らす前に、ゲンに気付いた同僚が軽く手を上げる。


ど、どうする・・・

コイツをかついで逃げだすか?いや、んな事したら通報されるだけだ。どうするどうする・・・


その時だった。




「あなたの子供がお腹にいるのに!別れるなんて酷いわ!」




まるで狙った様にジニーが叫んだ。


硬まるゲン。硬まる職長。硬まる同僚。歩みを止める通行人。




「って感じ。どう?」


うふっと笑うジニーの前で、石像と化したゲンの肩にガシッと大きな手がかかった。


「ゲン・・・・どういう事か説明してもらおうか。」







「ほんとにゴメンってば~まさかあそこに仕事関係の人がいると思わなかったのよ。ちゃんと説明したし誤解も解けたんだから許して?ね?」


必死に謝るジニーを横目に、ゲンは頭を抱えた。


そんな事じゃねえんだよ事態は。


あの最悪な出来事は今頃、職長と同僚の手によって面白おかしく他の職人達に行き渡っているだろう。

そしてどんなに否定しても、ゲンはしばらくの間からかわれたりひがまれたりするのだ。


行きたくねえ・・・

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