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GENIE  作者: ロッカ
1/6

願い事は慎重に


「まさかな。」


男は、完璧に酔っ払った頭でそのヘンな器に書かれた文字を見ていた。




”なぞってみて・・・あなたの思い通りに・・・”




「なぞる・・・・こうか?」


男が、器に鈍く光る文字をすっと節くれだった指で撫でれば。

器がわずかに震えたような・・・気がした。


「?」


男が首を傾げた時、


・・・その器の口の部分からキラキラとした光の粒子が立ち上り・・・・瞬く間に女性の姿を形作っていく。


男が眼を見開いて硬直していると、光から生まれた女性はその全身に光の粒を纏いつつ、柔らかな黄金色の瞳をパチリと開き




「初めまして、ご主人様。何か御用はありますか?」




男が聞いた事もない甘い声で囁いた。


男はしばらく茫然としていたが、我に返るとその器を手に持ったまま寝室に向かった。


(・・・・飲み過ぎだな。幻覚に幻聴まで聞こえる様になったらお終いだ。)


そのままベッドに倒れ込む。

酔いが廻った全身が心地よく弛緩していく。

眠りに落ちる寸前で男はまたあの声を聞いた。




「ご主人様、願い事はありますか?」





願い事?

そうです

願いなんてここ最近考えた事もないな

まあ

そんなに驚くなよ こちとら夢を見なくなって久しい年だ

本当にありません?

ないな・・・・ああ、いや、一つだけ

あるの?

ああ・・・・くだらねえけどな

何でもいいのよ

そうか・・・・

ええ

・・・・に・・てくれ

え?

俺の・・に・・・誰か・・・くれればいいな

・・・・誰でもいいの?

・・・・あんたみたいな・・・優し・・・くれる奴・・・

・・・・そう

・・・・くだらねえだろ?

そうでもないわよ

そうか?

ええ




叶えてあげる・・・・





男はその優しい声を聞きながら、引き摺り込まれるように眠りの世界に落ちていった。


久しぶりに深い眠りにつき、早朝気分よく目覚めた男は傍らの温かい存在に気付くとそれまでの爽やかな気分を一新、舌打ちで身を起こした。

女だ。

しかも見た感じ相当若い。

所々金が混じった長い栗色の髪。透き通るような白い肌。長いまつ毛に彩られた目は今は眠りのため閉じられている。それを少し残念に思っている自分がいて男は自分に驚いた。

男がわずかに動いたのが伝わったのか、女が目覚める気配がする。


どうやって追い払う?

男が取りあえず考えたのはそんな最低な考えだ。

何とか無難な言い方を考えていると女が目をパチリと開けた。

男はそれを何処かで体験した様な気になった。


「・・・おはようございます・・・素敵な朝ですね?ご主人様。」







「・・・つまりあんたは・・・この変な器から出てきたってえのか?」

「変な器じゃないわよ。ランプっていうの。」


若い女は男が用意した真っ黒い液体を凝視しながら答えた。

そして、鼻に皺を作りながらずいずいとカップを押しやると、仏頂面で腕を組んでこちらを見やる男を見返す。


「信じてないわね?」

「ああ。まったくな。」

「そう。」


若い女は立ち上がると雑然とした室内を見渡して


「ここ、片付けてもいい?」


首を傾げて男を振り返った。


・・・・可愛いじゃねえか。


思わず思った事は内緒である。


「いや、余計な事はせんでいい。それよりもう用はないだろ?・・・・帰ってくれないか?」


辛辣。人でなし。ヤルだけやって終わりか?テメエ。このロクデナシ!


男は女の罵倒を待った。

しかし返ってきたのは。


「それは出来ないの。あなたの願い事を叶えるまではね。」

「ね、願い事だと?」

「ええ。忘れたの?昨日契約したわ。」


あっけらかんと非日常な事を言う女に二日酔いとは違う頭痛がしてきた。







「ようゲン。今日も仕事か?」

「ああ。船主が急ぎでな。」


男・・・名をゲン・ウルツという。

ゲンは第1ドックの船大工をしている。勤続20年。ベテランだ。

今まで特に首になるようなトラブルを起こしたこともなく、飄々とした世慣れた態度と正確な仕事の腕は職長からも絶大な信頼を得ている。


あの若い女は出勤するときに追い出した。


「こんな事をしても無駄だと思うけど。」

「本気で悪いと思ってるよ。だが夜はもう明けた、お互いの生活に戻る頃だろ?」

「そうじゃなくて。あなたの願い事を・・・」

「わかったわかった。願いは昨日叶ったよ。素晴らしい夜だった。もういいだろ?」

「・・・ハア。その調子じゃ覚えてないわね?それと、あなたは私が会ったなかで一番人の話を聞かない人だわ。」

「そんな事ない、全部覚えているとも。ああ、一人で帰れるな?これは車代だ。気を悪くするなよ、送ってやりたいが仕事があるんだ。」

「どうぞいってらっしゃい?またすぐ会う事になるわ。」


女はドアに寄りかかりながら半目でゲンを見上げた。


う。


ゲンはその目に胸をざわつかせたが、意地で無視すると女の視線を背に受けながら階段を降りた。


(・・・・あの女ちゃんと帰れただろうか。ここいらでは見た事がない女だったな。)


道具を持ち替えながら、ゲンはいつの間にかあの女の事を考えている自分に気がついた。


(ちょっとお目にかかれないぐらいのいい女だったからって考え過ぎだ。いい加減にしろ。)


ゲンは眉間に皺をよせながら普段の彼らしくなく荒っぽく木槌を振り上げた。


「痛ぇ!!」


ゲンはしたたかに親指を打ちつけた。






疲れた・・・


ゲンはアレからもあの女の事が頭から離れず、倍疲れた体を引きずりながら夕暮れの中を自宅についた。


20階建ての雑居ビル。

ゲンは訳あって最上階ワンフロア全体を住居として使っている。こう言ったらどこかのセレブの様に聞こえるが築25年のいい加減くたびれた、しかもそう広くも大きくもないビルだ。


エレベーターに乗り込みながら、ゲンは仕事道具の一つを忘れてきた事を思い出した。


一日の締めがこれか。


ゲンは緩く上昇する壁にもたれかかりながら、疲れのため疼く目をまぶたの上から揉んだ。




灯りが付いている。


(・・・何だ?)


ゲンは警戒しながら静かにノブを回した。

が、鍵がかかっている。


(・・・消し忘れか?・・・おかしいな。)


自分のいつにない行動に頭を捻りながらもロックを開け、ドアを開いたゲンの目に飛び込んできたモノは。


「あら、お帰りなさい。もう少しかかると思っていたわ。」


今日一日中頭から離れなかったあの女がいた。

ゲンが見た事もない巨大な5段重ねのケーキを作りながら。


「・・・お、お前・・・」

「もう少し待っててもらえる?この苺をここに・・・置けば完成・・・キャッ!」


なぜこうしたのか。

女は二段に重ねた椅子が危なかっしくグラグラと揺れる上に乗り、ケーキの一番上の段に艶艶とした大きな苺を乗せようとしている・・・

その細い脚がズルッと椅子の上を滑った。

スローモーションの様に崩れた椅子と床に投げ出せれようとしている女。


!!


ゲンは条件反射で咄嗟に女の元に走り寄ると、女が床に叩きつけられる前に抱きかかえた。

女は衝撃に備えるかのように身を固めてギュと目を瞑っていたがやがてそろそろとその大きな眼を開けた。

それを煩わしい様な待ちわびているかのような複雑な思いでゲンは待った。


「・・・ありがとう。」

「なぜここにいる?どうやって入った。」


女は感謝する様ににっこり笑ったがゲンはそれをぶち壊すように硬い声で言った。


「・・・怖い顔なんてしないで?イイ男が台無しだわ。」


それに動じる事も応える事もなく女はゲンの頬をスルリと撫でると、ひらりとその腕から抜け出した。

膝をついたままのゲンを、目の毒になりそうな真っ白い足を交差させたまま見下ろした女は


「言ったでしょう?あんな事をしても無駄だって。こうやって入ったのよ。」




パチンと指を鳴らすとゲンの目の前から消え失せた。




ゲンの目ん玉があり得ない程見開かれる。

そして再びゲンの前に現れた。


「はいこれ。忘れたでしょ?」


女はゲンが仕事場に置き忘れた木槌をゲンに差し出した。そしてもう片方の手に持っていた苺に齧りついた・・・・・






「・・・で?アンタはこのランプって器に宿る魔人だと言うんだな?」

「ええ、そうよ。」

「ランプを擦った奴の願いを叶えてやると。」

「3つまでね。」

「3回までとは微妙な数字だな。」

「そうかしら?妥当だと思うけど。」


ニコニコと笑う女にイラッとしてゲンは乱暴にランプをテーブルに置いた。


「ちょっと!あたしの家なのよ!もっと丁寧に扱って!」


女がギョッとしたように椅子から立ち上がる。

そしてランプを大事そうに抱えると損傷はないかと調べ始めた。

ワタワタする女と違い、ゲンは何とか冷静に状況を判断しようと部屋を見渡した。

壁を全てぶち抜いて、仕切りがあるのは風呂場だけの部屋は今、色とりどりのテープやバルーンでカラフルに飾りつけられている。

テーブルには中華風の料理が所狭しと並び、ど真ん中にはあのバカでかい天辺に少し空きがあるピンクにデコレートしたケーキだ。


「・・・俺の部屋を飾り立ててどういうつもりだ。」

「あなたと出会った記念に。ビックリさせようと思って。気に入らなかった?」


女はケーキの生クリームを人差し指ですくって口に含むと満足そうに唸った。

その、場合によっては艶やかな仕草にに目を奪われていたゲンは咳払いをして


「・・・あんたも含めて近年にないほどのインパクトだったよ。」


「ウフフ。ねえ、食べない?契約の詳しい説明もしたいし。座って。」


女はやっと話が通じたのが嬉しかったのかニコニコしながら椅子に座ると、組んだ手に華奢な顎を乗せながらゲンをじっと見つめる。

ゲンは俺の家・・・と思いながらも大人しく椅子に座った。


「願い事は3つまで。何でもいいけど注意事項があるわ。一つ。」


女は真面目な顔で指を一本立てた。


「一つの願いは一つまで。『たくさん願い事が出来る様にして』っていうのはなし。」

「まあそうだろうな。際限がなくなっちまう。」

「ええ。2つ、時間を巻き戻す事はしない。過去を変える事になるから。」

「・・・それもわかるぜ。」

「3つ。死んだ者を生き返せる事は出来ないわ。」

「・・・・・だろうな。」

「4つ。」

「まだあるのか。」

「もちろん。禁止事項がたくさんある方が燃えるでしょ?フフ。・・・冗談はさておき、人の気持ちは変えないわ。個人の思いはその人の物よ。」

「全面的に賛成だね。」

「賛同を得られて嬉しいわ。自分にされて嫌な事はするべきじゃない。そうでしょ?」

「優等生みたいなお言葉だな。」


揶揄するゲンに女の黄金色の目が狭められる。


「・・・真面目な話をしているのよ、ご主人様?」

「わかったわかった。悪かったよ。」


ゲンが両手を上げて宥める様に振ると女は微笑んだ。

それをちょっと気まり悪げに見てからゲンは


「じゃあ、早速願い事を。」

「気が早いわね。なあに、尽きる事のない黄金が欲しいの?それとも一国の王かしら?」


ベタだなおい。ゲンは思わず心の中でツッコんだ。

そしてうんざりしたように首を振ると


「黄金なんかいらねえよ。俺みたいなしがない船大工がいきなり黄金なんか手にしてみろ。厄介事まで大量に手にする事になるだろうよ。」

「じゃあ、王様みたいな地位は?国を動かせるのよ、ワクワクするでしょう?」

「するか。そんな面倒臭い事絶対に願い下げだ。」

「おかしいわね・・・今までの人達はだいたいそんな感じの事を願ってたのに。」


ゲンから見たら細すぎて、握ったらポキッと折れてしまいそうな人差し指を顎に当てながら女が呟くと。


「・・・あんたがどんな連中を相手にしてきたかは知らねえが、俺は今の生活で充分満足している。これ以上の金も、これ以上の地位とやらもいらねえんだよ。」


椅子の上にだらりと体を投げ出してゲンが断言すると、女は大きな目をパチクリしてから訝しげに聞き返した。

「・・

・じゃあ、あの願いは?」

「あ?何だと?」

「・・・ううん。何でもないわ。それで?次の願い事はなあに?」


ゲンの問いかけに首を振って応えると最後、ゲンが苦手とするあの甘い声で聞いた。


「! そ、それはな。」

(くそ!何残念がってるんだ?もう必要以上に他人にゃ関わらねえと決めたんだろうが!躊躇うんじゃねえ!)

「この、」


ゲンは長く太い腕を空間に振り上げて


「こ、これを片付けてくれ。んでもって俺の前から消えてくれ。最初に何を願ったか知らねえがこれで3つ・・・だ・・ろ?」


ゲンは言えば言うほど女の顔が険しくなってきているのに気がついたが、訳が分からないなりにたじろぎながらも最後まで言った。


「・・・そう。」


女は首を振りながらゆっくりと立ち上がった。

その黒い様な雰囲気に思わず後ずさる。


「私をバカにしているのね?」

「え。」


女は今度は俯きながらブツブツと何やら呟きながらテーブルをまわってゲンに近づいた。


「・・・どうせ私は最下位の・・・よ。皆に・・・かなわないのも・・・でもそこまでバカにしなくてもいいじゃない・・・」


女はゲンの胸をトンと指で突くと


「そんな魔人じゃなくて、誰にでも出来る願い事なんて御免よ。いい?私が納得できるような素敵お願い事を考えて頂戴。それまであなたの側にズ~ットズ~ット居るから。」


一方的に言うと、また元の光の粒になってランプの中に戻った。





ゲンは急すぎる展開に、しかも全く望んでない方向に勝手に話が付いたのをしばし呆然としていたが


「お、おい!ちょっと待て!」


と言うとランプを乱暴に揺すった。


『何すんのよ!!』


たちどころにゲンはランプの口からしなやかに伸びた光の筋にそのごつい手を強かに打たれた。


いてっ!」


ゲンはたまらずランプから手を離す。


『このランプは私のささやかな、でもとても大事な家なのよ?今度乱暴に扱ったら・・・きっと後悔する羽目になるから。』




低い声で脅す女の声になぜかゲンは逆らえずにいた。

平素なら子供であろうが女であろうが気にも掛けず、自分の意思を通す男であるにもかかわらず。


それは女の声に込められた僅かな哀願かもしれない。

それとも・・・

少し震えを帯びた声にゲンはしばし言葉を失い、


「・・・今以上の願いなんか・・・あるわけねえだろ。」


たっぷり1時間は経った頃漸く声を発した。


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