前編:男
この小説、二人とも俳優さんをイメージしてます。女は美月ちゃん、男は圭くんをイメージして書きました。どういう顔かイメージするとちょっと楽しいかな。フルネームだとあれかと思ったので名前だけ書きましたがお分かりでしょうか。谷村ちゃんと田中くんです。よろしくお願いします。
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夜中だというのに車が往来し、男も女も関係なく歩き回っている。そりゃあ昼間や通勤時のような混雑はないが、この町は夜中からが始まりなのだろうか。
この世界から人の気配が消えることは一分すらないような気がしてくるほど人の存在を肌に感じる。
そう思うのに、どうしてこうも孤独なのだろう。
「あいつらはこれから仕事か」
朝から死に場所を求めていた俺は、日が沈んでから歌舞伎町に入り、派手な女や男とすれ違う度に気持ちが沈んでいった。
深夜0時前にやっとたどり着いたのは薄汚れた五階建てマンションの屋上だった。
そのマンションからは人の気配が消えていて、静かに俺を迎え入れてくれた。初めて訪れたというのに屋上への行き方は考えなくてもわかった。
明かりのない外階段を駆け上がり、扉を開け、屋上に出た。
真っ先にフェンスへ向かう。
それは俺の背中でも押しているかのように、背の低いフェンスで、足を上げれば楽々向こう側へ行けそうだ。高さもこれだけあれば大丈夫だろう。
ここしかないと、脳からビリビリと電気が流れた。
「ははっ……こりゃいいや」
ズボンのポケットから最後の飴を取り出し、包み紙をほどいて口に入れた。
今日一日で初めて感じる食べ物の味だ。
これは母を見舞いに病院へ行ったとき、ナースステーションの前に置いてあった物を頂いた。本当はカゴに入ってあった飴を全てポケットに詰めたかった。しかし、全てをなくした俺だったが、わずかに残っていたプライドがそうはさせなかった。
看護師が書いたであろう『お好きにどうぞ』の文字が俺を踏みとどめさせた。
周りに人が居ないのを確認し、飴の山に手を突っ込み、握れるだけ握ると、そのまま上着のポケットに押し込んだ。
あとから数えると、たった6個しかなかった。
今舐めているそれがその最後の一つだ。
濃いイチゴ味で、思わず咳き込む。
その場に座り、空を見上げた。こんなに静かな気持ちになったのは何カ月ぶりかわからない。
「雨でも降んのかな。最後に星か月か見たかったけど――それも運ってか」
口の中の飴を噛み砕いて立ち上がる。
何も悔むことはない。さっさと終わらせてしまおう。
「最後くらいは他人に迷惑かけたっていいだろ」
落下した俺の体は、血まみれで見るも無残になるのだろうか。そうなれば第一発見者はショックを受けるだろう。死体の処理は警察がするのだろうか。それ以前に即死できるのかも不安だ。
しかし、何を考えても自殺の意思は揺るがなかった。自分勝手な死を許してほしい。
どうせ死ねば、周りの文句も嫌みも何も聞こえなくなるんだから。
決意を胸に、フェンスを乗り越えたそのとき、後ろに人の気配を感じた。
「誰だ!」
まさか人が居るとは思っていなかったからか自分でも驚くほどの声が出た。
「誰だって言われても……」
女だ。
こんな夜中に女が、と考えて暗闇の中で目を凝らし女を見つめると、俺以上に女が驚いているように見えた。