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SF短編

吾輩はグルメである

作者: とおエイ
掲載日:2026/09/06

吾輩はグルメである。

食べることには、少々うるさい。

もっとも、昔からそうだったわけではない。


かつては、腹に入りさえすれば何でもよかった。


気の向くままにさまざまなところを巡り、目についたものを食べた。


硬いものはいい。

噛んだときの歯ごたえがある。

表面はざらついていて、中には硬さの違うものが筋になって混じっていることもある。

噛み砕くたびに食感が変わるのも面白い。


柔らかいものも悪くない。

こちらは歯ごたえこそないが、深いところまでいけば混ざり物が増えてくる。

場所によって味が変わるので、これはこれで楽しめる。


熱いものも食べた。

少々刺激が強い。

若いものは辛く、古いものは癖が強い。


それから、一度だけ、とびきり濃厚なものを食べたことがある。

あれは悪くなかった。だが、胃にもたれた。

食べたあと、しばらく動く気がなくなったので、それ以来避けている。


そんな具合に、吾輩は長いこと、素材の味を楽しんできた。


手を加えず、そのままいただく。

それが一番だと思っていた。


腹が満たされれば、それでよかった。

それで十分だった。


――あいつが、口へ飛び込んでくるまでは。


*


そのとき吾輩は、いつものようにあてもなく進んでいた。

特に腹が減っていたわけでもない。

ただ口を開けたまま、のんびり進んでいた。

すると、何か小さなものが口へ飛び込んできた。


なんだ、これは。

今まで口にしたものとは、何かが違った。

だが、それが何なのかは分からない。

あまりに小さかったため、気づいたときにはもう飲み込んでしまっていた。


妙なものを食べた。

そのときは、それだけだった。

ところが、それからがおかしい。


小惑星を齧った。――何か物足りない。

ガスジャイアントを啜った。――やはり物足りない。

恒星を食べてみた。――これも違う。

あまり気は進まなかったが、ブラックホールももう一度試してみた。

――やはり違う。今度も胃にもたれただけだった。


腹は満たされる。必要なものも得られる。

以前なら、それで十分だったはずなのだ。

それなのに、何かが足りない。

いつの間にか、吾輩はあの小さなもののことばかり考えるようになっていた。


もう一度食べたい。

なぜだ。腹の足しにもならなかった、あんな小さなものを、なぜもう一度食べたいと思うのだろう。


吾輩は自分の中のデータベースを調べてみた。

この感覚に該当するものはないか。

検索には少し時間がかかった。

やがて、ひとつの概念に行き当たった。


――美味い。

食物を摂取した際、その味を好ましく感じ、再び口にしたいと欲すること。


何度か定義を確かめた。

なるほど。これが、美味いというものか。

どうやら吾輩は、あれを美味いと感じたらしい。


そう理解すると、急に惜しくなった。

一口で食べてしまった。もっとよく味わえばよかった。

そして困ったことに、一度それを知ってしまうと、以前の食事では満足できなくなってしまった。

美味いというものは、実に厄介である。


だが、悪いことばかりでもない。


美味いというものを知り、それを求めるようになった。

ならば、吾輩もグルメを名乗ってよいのではないだろうか。


*


それから、吾輩の行動は少し変わった。

宇宙を漂いながら、ときおり周囲を調べるようになった。

小さな反応があれば確かめる。妙なものがあれば近寄ってみる。

別に、何かを探しているつもりはなかった。ただ、気になっただけである。

そうしてしばらく経った頃、ふと思った。


――吾輩は、あれを探しているのではないか。


どうやら、グルメというものは厄介らしい。

それでも探すのをやめようとは思わなかった。


そして、あるとき。

周囲を探っていると、小さな反応が引っかかった。

最初は岩屑かと思った。だが、確かめた瞬間、吾輩は動きを止めた。


見覚えがある。

あのとき口へ飛び込んできたものによく似ている。


なんと。また味わえるのか。

今度は失敗しない。慎重にいただくことにした。

少しずつ食べる。やはり美味い。


これまでの食事とは、何かが違う。

使われているもの自体は珍しくない。金属も、それ以外のものも、吾輩がこれまでいくらでも口にしてきたものだ。

だが、それらは切り出され、形を整えられ、組み合わされている。

自然にこうなったものではない。

何らかの手が加えられている。

そして、それが美味い。


なるほど。

物というものは、そのまま食べるより、手を加えたほうが美味くなることがあるらしい。


吾輩は時間をかけて、その小さなものを味わった。

すると、中から妙なものが出てきた。薄い板だった。

危ない。前のものにも入っていたのだろうか。一口で食べてしまったから、まるで気づかなかった。


表面には、いくつもの線や図形らしきものが刻まれている。

規則性はある。自然にできたものではない。ならば、これも何か意図して作られたものなのだろう。

だが、何を表しているのかは分からなかった。

食べてみようかとも思ったが、やめておいた。せっかく見つけたのだ。ひとまず取っておくことにした。


*


それからというもの、吾輩はすっかり変わってしまった。

腹を満たすだけでは足りない。美味いものが食べたい。

以前は気にも留めなかったような小さな反応まで探るようになった。


だが、なかなか見つからない。

小惑星はいくらでもある。彗星もある。星もある。

しかし、あの味はない。美味いものとは、どうやら珍しいものらしい。


それでも探した。

そして、とうとう見つけた。

またしても小さな反応だった。今度は見逃さない。近づいて確かめる。


似ている。

だが、これまで口にしたものとは少し違う。さらに複雑だ。

期待しながら口にした。


――美味い。やはり美味い。


しかも、以前のものより凝っている。

さまざまな素材が使われ、それぞれに手が加えられ、それらが複雑に組み合わされている。

吾輩は夢中で味わった。これだ。吾輩が探していたのは、これだ。


だが、今度は食べることだけに夢中にはならなかった。

以前の板のことを覚えていたからである。

慎重に調べながら食べていく。すると、やはりあった。中に何か入っている。


今度は板ではなかった。円盤のようなものと、それを覆うものだった。

表面には、また線や図形が刻まれている。

吾輩は、以前取っておいた板を思い出した。同じように、何か意味があるのだろう。

今度は最初から調べてみることにした。


すぐには分かったわけではない。

だが、時間をかけて調べているうちに、刻まれたものには規則性があることが分かった。

どうやら、円盤に記録されたものを読み取る方法を示しているらしい。


面白い。吾輩はその指示らしきものに従ってみた。

情報が出てきた。


規則的な振動。不規則な振動。繰り返すもの。重なるもの。

どうやら、その一部は音を記録したものらしい。

さらに調べる。情報はそれだけではなかった。

形を表したものもある。

なるほど。こういう方法で形を伝えるのか。


それを理解したところで、吾輩はふと思い出した。

以前取っておいた、あの板。改めて調べてみる。

今度は少し分かった。板に刻まれていたものも、何かの形や位置を表したものらしい。

円盤を覆っていたものに刻まれた図の中に、以前の板とよく似たものがある。どうやら、両者には関係がある。


吾輩はさらに読み解いていった。

さまざまな形。さまざまな生き物らしきもの。植物らしきもの。山。海。

そして、それらが存在しているらしい場所。

ずいぶん多くの情報が入っている。


なぜ、美味い加工物の中にこんなものを入れているのだろう。

吾輩には、まだ分からなかった。

だが、ひとつ気になることがあった。

以前の板にも、円盤を覆っていたものにも、よく似た図が刻まれている。どうやら、特定の場所を示しているらしい。


ならば。見てみよう。


*


吾輩は、図が示しているらしい場所を探った。

すると、すぐに気づいた。


大量の電磁波が、ひっきりなしに流れてきている。

その中には、明らかに規則性を持つものがあった。


吾輩はその一部を拾ってみた。

膨大な情報が含まれている。


面白い。吾輩は次々と拾っていった。


分からないものは、分かるものと照らし合わせた。

一つ理解すると、それを手掛かりにまた一つ理解できる。


音。画像。文字。


そうして膨大な情報を読み解いていくうちに、見覚えのあるものを見つけた。


あの加工物だ。


いや、それだけではない。

似たようなものが、いくつもある。


丸いもの。細長いもの。大きな板を広げたもの。複雑な形をしたもの。

どれも、自然にできたものではない。あの美味いものと同じだ。

しかも、一つや二つではない。大量にある。


吾輩は夢中になって情報を漁った。

種類ごとに形が違う。大きさも違う。使われている素材も違う。組み合わせも違う。

さらに新しいものが、次々と作られているらしい。


なんということだ。

吾輩があれほど探し回って、ようやく見つけたというのに。

あの場所には、こんなにもある。


吾輩はさらに情報を調べた。

そして、ひとつの概念を見つけた。

店で出す料理の名や内容を記し、客に知らせるもの。


――お品書き。


なるほど。


吾輩はようやく理解した。

あれは、お品書きだったのか。


どんなものがあるのか。

どんな場所なのか。

そこには何がいるのか。


そして、どこへ行けばよいのか。

わざわざ、あれほど詳しく教えてくれている。


お品書きだけではない。

住所まで添えてある。


なんとありがたい。


そして、その住所からは今も大量の情報が流れてきている。

調べれば調べるほど、あの美味い加工物が次々と見つかる。


それに、考えてみれば。


あの美味いものを作っている何かは、長いこと、あの場所にいるらしい。

そして、見る限り、惑星そのものにもずいぶん手を加えている。


吾輩はこれまで、いくつもの惑星を食べてきた。

だが、手を加えられた惑星を食べるのは初めてだ。


いったいどんな味がするのだろう。


これほどのものがある場所を、わざわざ教えてくれているのだ。

ならば、訪ねても構わないのだろう。


吾輩は進路を変えた。

目指す場所は、もう分かっている。

少々遠い。だが、たいした距離ではない。途中で腹が減れば、その辺にあるものを食べればよい。


さて。

吾輩はグルメである。

せっかくお品書きまでいただいたのだ。伺うとしよう。


吾輩を満足させてくれる味があると嬉しい。

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