起 第二話 記憶喪失
成金レヴェルマックスこと、同志は心優しい人物だった。
病人はベッドで寝ているべきだと言い、何故かメイド服を着た看護師さんに介抱されながら、横になった。
私はつい同志の優しさにつられ、墓穴を掘ってしまった。
「あの、一つよろしいでしょうか」
「いいぞ。なんでも聞き給え」
妙に圧のある同志は、前のめりになって、こちらを見ている。
「ここは、その、どこなのでしょうか」
あたりに静寂が広がる。
そして、同志は恐る恐る確認するように、尋ねた。
「お前。まさか、記憶を失ったのか?」
「はい。おそらくは……」
すると、同志は焦るようにして、手持ち鏡を取り出した。
そして、私の前に差し出して、こう言った。
「この鏡に映っているのがルーザ、お前だ。
本当に覚えてないのか?」
私はその鏡を見て、衝撃を受けた。
そこには、我ながら気にいっていた成金風の小太り顔ではなく、痩せこけて、今にも死にそうな青年の顔があった。
金髪青眼、目の前の同志を若く、細くしたような顔である。
何度も鏡の姿と、同志の顔を見比べる。
そこで、初めて気が付いた。
同志は実の父親であり、私はその息子であると。
つまり、私は死ぬ直前に願った通り、輪廻転生してしまったのだ。
私は今にも叫びたい気分だった。
だがその前に、私は驚きで意識を手放してしまった。
********
僕は夢の中にいた。
生まれつき体が弱く、家の中で寝ては起きてを繰り返す日々。
町一番の聖職者は、いま農民を中心に流行っている病だと診断した。
それに僕も感染してしまったらしい。
父上は、君主としての仕事で忙しく、いつも僕の面倒を見てくれたのは、お付きの人であった。
彼女は病気がちの私と楽しそうに話してくれた。
しかし、彼女が僕と話すのは、それが仕事だからと理解はしていた。
けれど、彼女と夢を語るのが楽しかった。
いや、正確には、彼女が一方的に語る夢を聞くのが楽しかったのだ。
それでも、僕にもちゃんと夢がある。
それは誰もが幸せになれる社会を作ることだ。
けれど、僕には時間も能力もない。
もしも、僕の体で夢を叶えられるなら、どんなになってもいい。
だから、僕の夢を叶えて。
私は夢を見ている。
小さい青年の話。
この体が語りかけているのだろうか。
そうしたら、私は彼の体を奪ったのか。
いや、彼は最後に私に託していた。
誰もが幸せになれる社会を作ってほしいと。
実に馬鹿馬鹿しい。絵空事にも程がある。
「どうして、そう思うんだい?」
うわ、びっくりした。
さっきの青年じゃないか。
「そうだよ。酷い言いようじゃないか。」
それは当然だ。
誰もが幸せになれる社会など達成不可能だ。
「どうして、君はそう思うんだい?」
誰かの幸せは誰かの不幸の上に成り立っている。
幸せになる為には、金がいるんだ。
金はこの支配構造を一瞬でひっくり返す。
「君は金があって、幸せだったのかい? 君の最期なんて悲惨じゃないか」
……うるさい。
金はものを言う。
それに例外はない。
「本当かなぁ。僕は金なんて持ってなかったし、使うこともできなかったけど、幸せだったよ。」
それは君が大金を持ったことがないから言える。
君は金の価値を知らないだろう?
「そうだね。一理ある。
じゃあ、勝負しないかい?」
何を。
「もし僕の体を使って、君がこの世界は金がものを言うと証明できたら、君の勝ちだ。
一番の資本家になるんでしょ?」
ああ、そうだ。
逆の場合はどうなる?
「もし僕の体を使って、君が金以外に価値を見出したら、僕の勝ちだ」
乗った、その勝負。
「さすがだね、君と僕は親和性がいい。
じゃあ、僕の体を使って、君の論理を証明してくれ。
僕は遠くから見守ってるよ」
そう言って、彼はゆっくりと消えていった。
********
再び目が覚めると、部屋は真っ暗になっていた。
隣には、使用人らしき人がベッドの横に寄りかかって、寝ている。
僕は彼女を知っている。
いつも僕の話し相手になってくれた子。
「僕……?」
いつから私の一人称は”僕”になったのだろう。
さっきの夢が影響しているのだろうか。
”僕”とは一体何者なのか?
自分の存在の不確定さに不安を感じる。
「ルーザ様……?」
使用人らしき人が不安気にこちらを覗いている。
寝ぼけているのだろうか。
目尻が少し赤くなっている。
それにしても若い少女だ。
おそらく、この体と同い年くらいじゃないか。
部屋の中は薄暗いにも関わらず、彼女の燃えるような真っ赤な瞳がこちらを見ていると分かる。
体を起き上げ、真剣な面持ちで、彼女は言葉を紡いだ。
「私のこと、覚えてますか......?」
私は悩んだ。
”僕”と彼女のことを思うなら、嘘をついた方がいい。
しかし、その嘘はいつかバレる。
なら、正直に答えた方がいいだろう。
「すみません。”私”は覚えていません。
ただ、あなたが”僕”と夢について語り合ったことは覚えているのですが……」
「そう……ですか。
良いんです。それでいいんです。」
彼女は徐に泣き出した。
そりゃそうだ。
私だって、好きな人が突然、記憶喪失になったら、深い悲しみを覚える。
だけど、今の私にはどうすることもできない。
咄嗟に思い付いた行動が、彼女を抱き締めることだった。
”僕”の存在は、この体しかないのだから。
「あなたの前では泣かないと決めていたのですが……」
「大丈夫。”僕”は、ここにいるよ」
夢の中で会った”僕”の存在を伝えられないのが悔しい。
ただ心身二元論に基づけば、この体は”僕”のものだ。
私はそれを拝借しているに過ぎない。
”僕”の周囲の人には本当に申し訳がないと思う。
すると、突然、彼女が鼻をすすりながら、笑い出した。
「ルーザ様は記憶を失っても、やっぱりルーザ様ですね」
「それって、どういう意味?」
私が聞くと、彼女は悪戯ぽく笑って、こう言った。
「内緒です!」
完全に意味不明だ。
恋愛ができる男子というのは、こういうのを瞬時に理解できるのだろうか。
彼女は立ち上がり、僅かに皴のあるメイド服の裾を軽く持ち上げて、私に向かってカーテシーをする。
彼女の赤髪赤目が、上品さを際立たせる。
「私は、エリーゼ・フォン・マイセン! エリーって呼んでちょうだい! 」
決まった、という雰囲気が顔に出ている。
これが、私とエリーの初対面であった。
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