表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/7

5話 身体の一部を10倍に強化できる能力

高校1年生の春。やり直しの人生が始まった。 前回の人生での御得おんとく たまるは、放課後をゲームセンターと家で過ごすだけの、典型的な「帰宅部」だった。しかし、今の貯には「知識」と「野望」がある。


(今度こそ、青春のど真ん中を歩いてやる。野球部に入って、甲子園を目指すんだ。そこでマネージャーと恋に落ちて……!)


だが、一つ大きな問題があった。貯は致命的なまでに運動音痴なのだ。 50メートル走は9秒台、逆上がりは一度も成功したことがなく、ボールを投げれば自分の足元に叩きつけるような男である。


「……あーあ、せめて平均的な運動神経があればなぁ」


放課後の教室で溜息をつく貯の横に、スッと影が落ちた。


「旦那、お困りのようですね。野球部入部、応援していますよ」


隣の席の売野だ。彼は学生服の懐から、またしても怪しげなカプセルを取り出した。


「これは『身体機能10倍強化薬』。あなたの持っている能力のうち、たった一つだけを10倍に引き上げます。野球に必要な『筋力』か、ベースを駆け抜ける『瞬発力』か、あるいは……」


「……1万円か?」 「ええ。高校生の1万円は大金ですが、将来のメジャーリーガーへの投資と考えれば安いものでしょう?」


貯は悩んだ。 筋力を10倍にしても、あの「左手握力100kg」の二の舞になりかねない。バットを握った瞬間に粉砕する未来が見える。 瞬発力を10倍にしても、足が速すぎて壁に激突するかもしれない。


「……よし、『体力』だ! 体力を10倍にすれば、誰よりも練習できる。人一倍練習すれば、運動音痴だってカバーできるはずだ!」


「賢明な判断です。では、毎度あり」


貯はなけなしの1万円(中学の卒業祝いで親戚からもらった分)を支払い、その薬を飲み干した。




部活当日の放課後。貯は新品のグローブを抱えて、野球部のグラウンドに立った。 そこには、鬼のような形相をした顧問の黒田監督が待ち構えていた。


「おい、新入り! 野球は技術の前に根性だ! まずは挨拶代わりに、グラウンド10周走ってこい! ついてこれない奴は即刻クビだ!」


他の新入部員たちが「ええっ!?」「10周も……」と青ざめる中、貯だけは不敵な笑みを浮かべていた。


(ふっ、素人め。俺の体力は今、通常の10倍。10周どころか100周だって余裕だぜ。ここで圧倒的なスタミナを見せつけて、監督に『あいつは化け物か?』と言わせてやる!)


「よし、行くぞ!!」


貯は勢いよく飛び出した。 最初の一歩は軽やかだった。二歩目も力強かった。 しかし、半周を過ぎたあたりで、急激に足が重くなった。心臓がバクバクと警報を鳴らし、喉の奥が鉄の味で満たされる。


(……おかしい。まだ半周だぞ? 俺の体力が10倍なら、まだ準備運動にもなっていないはず……)


一分後。貯はグラウンドの隅で、膝をガクガクと震わせ、砂を噛むように倒れ込んだ。


「……はぁ、はぁ……げ、限界だ……もう一歩も……動けん……」


他の部員たちが颯爽と貯を追い抜いていく。「おい、大丈夫か?」「1周も持たないのかよ」という冷ややかな視線が突き刺さる。


黒田監督が歩み寄り、貯を鼻で笑った。 「1周でリタイアか。御得、お前に野球は無理だ。今すぐ帰って勉強してろ」




放課後の校舎裏。貯は泥だらけの姿で売野の胸ぐらを掴んだ。


「売野ぉぉぉ! 詐欺だ! また詐欺だろ! 体力10倍どころか、いつも通り、いや、いつも以上にすぐ疲れたぞ!」


売野は眼鏡を指でクイッと上げ、冷静に答えた。


「旦那、算数は得意ですか?」 「はあ? 何の関係があるんだよ!」 「この能力は、あくまで『今のあなたの能力』を10倍にするものです。……いいですか、旦那。あなたは元々、運動音痴で、家でゲームばかりしていた帰宅部ですよね?」


売野は手帳を取り出し、数式を書き込んだ。


「あなたの元々の体力値を数値化すると、限りなく『0』に近いわけです。さて、0に10を掛けると、いくつになりますか?」


貯は、掴んでいた手をスルスルと離した。 血の気が引いていくのがわかった。


「……ぜ、ゼロ……」


「ご名答。元のスタミナがゴミ同然なら、10倍にしてもゴミはゴミなんです。せいぜい『ゴミが10個集まった程度のスタミナ』にしかなりません」


「……1万円払って、ゴミを10倍にしただけかよ……」


「ええ。せめて毎日ジョギングをして、体力の基礎値を『1』にしてから使えば、それなりの効果はあったんでしょうけどね。努力を惜しんで金で解決しようとするから、こういうことになるんです」


売野は「やれやれ」と首を振ると、カバンからまた別のパンフレットを取り出した。


「次は、『1万円で、他人の努力を1ミリだけ分けてもらえる能力』なんていかがです? 旦那にはピッタリでしょう?」


「……もう、野球やめるわ……」


貯は泥だらけのユニフォームを抱え、トボトボと家路についた。 やり直しの高校生活、2週間目。 御得 貯の成績は、いまだ「1勝(過去に戻ったこと)4敗(その他すべて)」のままだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ