3話 心の声が聞こえるようになる能力
御得「……ついに、ついに来たか!!」
御得 貯は、震える手で1万円札を差し出した。 目の前には、いつもの胡散臭いセールスマン、売野がニヤニヤしながら立っている。
御得「心の声が聞こえるようになる能力。……これさえあれば、相手の本音を読み取って、恋愛も思いのままだ! 1万円? 安すぎる! お釣りはいらねぇ!(※実際はお釣りがないよう、1万円ちょうど渡した)」
売野「毎度あり。旦那、この能力は文字通り、心の声が『聞こえる』ようになります。……嘘偽りなくね」
売野から能力を注入された貯は、全能感に満ち溢れていた。
貯はさっそく、人通りの多い駅前へ向かった。ターゲットは向こうから歩いてくる、少し不機嫌そうな顔をしたサラリーマンだ。
(さあ、あいつの本音を読み取ってやるぞ!)
貯が男を見つめ、集中したその時だった。
御得(心の声)『うわっ、あいつのネクタイ、だっせぇ! 昭和かよ!』
御得「……え?」
貯は周囲を見渡した。今、ものすごく大きな声が聞こえた。それも、まるで拡声器を通したような大音量で。 しかし、サラリーマンは口を動かしていない。それどころか、周囲の人間が全員立ち止まり、貯の方を凝視している。
御得「……今、誰が言った?」
サラリーマン「君だよ! 失礼だろ!」
サラリーマンが激怒して詰め寄ってきた。貯はパニックになる。
御得「い、いや! 俺は何も言ってません! 今のは……心の声で……」
御得(心の声)『やべぇ、このおっさん、顔が般若みたいで怖すぎる!!』
またしても、駅前の広場に貯の声が響き渡った。 いや、貯の口は確かに閉じている。しかし、彼の頭のすぐ上あたりから、最大音量のスピーカーで再生したような「貯の声」が鳴り響いているのだ。
御得「……え、これ、俺の声?」
貯は気づいた。 この能力は、「相手の心の声が自分の耳に届く」能力ではない。 **「自分の心の声が、周囲の人間の耳にダイレクトに聞こえる」という、最悪の自己暴露能力だったのだ。
御得「う、うわああああ!」
貯は逃げ出した。しかし、走れば走るほど、焦れば焦るほど、心の声は止まらない。
御得(心の声)『どいてくれ! 邪魔だ! そこの太ったおばさん、避けて!!』
太ったおばさん「なんですってぇ!?」
御得(心の声)『ひぃぃ! メンタルが持たない! 誰か助けて! 1万円返して!!』
街中の人々が、貯を見て指をさして笑い、あるいは軽蔑の視線を送る。 隠したい本音がすべて、ド〇ビーアトモス並みの鮮明な音声で垂れ流しになる地獄。
数時間後、喉が枯れるほど(声は出していないが心身ともに)疲弊した貯は、ボロボロになって売野を探し出した。
御得「売野……! お前……! 話が違うぞ! 『聞こえる』って、俺の声が周りに聞こえるんじゃねぇか!」
売野「おや、旦那。私は嘘は言っていませんよ? 『心の声が(周囲の人に)聞こえるようになる』。ほら、嘘じゃない」
御得「詐欺だ! こんなもん、1円の価値もねぇわ!」
売野「まあまあ。でも旦那、これがあれば『絶対に嘘をつけない正直者』として、一部の宗教団体や政治家には重宝されるかもしれませんよ? 100万円なら買い取りますが」
御得「……本当か!?」
貯がそう思った瞬間。
御得(心の声)『本当か!? よっしゃ、100万ゲットだぜ! この詐欺師を逆にはめてやる!』
貯の心の声が、街路樹を震わせるほどの大音量で響き渡った。 売野は「やれやれ」と肩をすくめる。
売野「……旦那。交渉相手の前で、その心の声は致命的ですね」
御得「あ……」
結局、買取の話も立ち消えになり、貯は「自分の内面を常に絶叫しながら歩く変質者」として、しばらくの間、自宅に引きこもることを余儀なくされた。




