2話 握力が100kgになる能力
御得「握力100kg……ッ! ゴリラ並みじゃないか!」
御得 貯は、セールスマンの売野から提示されたカタログを見て目を見開いた。価格は、安定の10,000円(税込)。
売野「そうです。これがあればリンゴなんて粉砕、プロレスラーも真っ青のパワーが手に入りますよ。たったの1万円で」
御得「買った! 100kgあれば、いざという時に頼りになるし、何より男のロマンだ!」
貯は二つ返事で1万円を支払った。 しかし、能力を注入された直後、彼は売野がボソッと呟いた言葉を聞き逃さなかった。
売野「……あ、言い忘れましたが、両手とは言っていませんからね」
御得「え?」
アンバランスな怪力
家に帰った貯は、さっそく能力を確認した。 右手の握力計を握る。……30kg。成人男性の平均以下、いつもの貯だ。
次に、左手で握る。
バキィッ!!
御得「ぎゃああ! 握力計がッ! 握力計がひしゃげた!!」
プラスチック製の握力計は、貯の左手の中で見るも無惨な形に歪んでいた。確かに100kgあると思う。だが、問題は貯が「右利き」だということ。左手はうまく操れない。
御得「なんで左だけなんだよ! 箸もペンも右手なのに、左手だけゴリラになってどうすんだ!」
さらに深刻な問題が発覚した。左右の出力差がありすぎて、脳が混乱するのだ。 ちょっとした拍子に左手を使うと、加減が効かない。
冷蔵庫を開けようとして、取っ手を引きちぎる。
ポテトチップスを開けようとして、袋ごと粉砕し、中身を木っ端微塵にする。
寝ぼけて自分の頬を掻こうとして、あやうく顔面を陥没させかける。
御得「不便すぎる……! 100と30の差がエグい! 常に身体が右に傾いてる気がする!」
親切心が仇となる
そんなある日、貯が街を歩いていると、前を歩いていたビジネスマンがポケットから財布を落とした。
御得「あ! 落としましたよ!」
貯はとっさに身を乗り出した。右利きだが、ちょうど左側の足元に落ちたため、無意識に「左手」が伸びた。
(優しく、優しく拾うんだ……)
脳はそう命令した。しかし、100kgのポテンシャルを持つ左手にとって、「優しく」の加減は至難の業だった。 貯の指先が、高級そうな本革の財布に触れる。
メキメキメキッ! ギュウゥゥゥウウン!!
御得「あ。」
貯が差し出した左手の中には、元の形が判別不能なほどに「圧縮」された、黒い塊があった。 厚さ5センチはあったであろう財布が、貯の指の形に合わせて無惨にひしゃげ、中のクレジットカードや小銭が「パキパキ」と嫌な音を立てて悲鳴を上げている。
御得「……え、あ、あの……これ……」
振り返ったビジネスマンは、自分の財布が「謎の超圧縮肉厚レザー」に変貌しているのを見て、絶句した。
ビジネスマン「……君、私の財布に何か恨みでもあるのかね?」
御得「違っ、これは親切心で! 握力がちょっと100kgあるだけで!」
結局、貯は「壊した財布と中身の弁償代」として、3万円を支払う羽目になった。
トボトボと帰路につく貯。 右手には、スーパーで買った豆腐のパック(右手なら安全)。 左手は、怖くてポケットに突っ込んだままだ。
御得「1万円で能力を買って、3万円の損害を出して……あ、握力計の代金も入れるとマイナス4万円以上か……」
貯は、自分の左手を呪った。 すると、また売野が路地裏からひょっこり現れた。
売野「旦那、大変そうですね。今度は『右手の握力が10gになる能力』なんていかがです? 左右合わせて平均化すれば……」
御得「いらねぇよ! 余計アンバランスになるわ!」
貯の左手は、怒りのあまりポケットの中でジーンズの布地を力強く握りしめ、そのまま盛大に破り捨てた。
御得「……また出費が増えた……」
御得 貯の「得」への道は、あまりにも遠い。




