4話
奪えるということは、強さなんだと思う。
そう考えるようになったのは、小学生の頃。
私が、初めて人の物を奪った時からだった。
一応言い訳しておくと、奪ったのはほんの些細な物。生き物の命とか、他人の尊厳とか高く付くようなものではない。
確かアレは、シールだか消しゴムだか、その当時クラスの女子の間で集めるのが流行っていた物だったと思う。
欲しかったけどどうしても手に入らない物があったのだ。
だけど友達はそれを持っていた。そしてたぶんレアだったから、自慢していた。
友達は私にも見せびらかした。私はそれが悔しかった。
だから奪った。
けれど強引なやり方じゃない。私は、友達が見せびらかしてきたそれを少しの間貸してもらった。そうして、それを僅かに切ったのだった。そしてその切れっ端を〝修復〟した。 それで切り込みを入れたオリジナルの方を私の物に、修復した複製品を友達に返したのだ。
幼い私はそれで全てが丸く収まると、そう思っていた。
だけど、事はそう単純ではなかった。
友達の物を奪ってから数日後。何だか、奪った物が呪われてでも居るように感じられてきたのだ。
もちろん、私の勝手な思い込みだ。実際には呪いなんてなかった。持っていても、誰も不幸な目には遭わなかったのだから。
これはきっと、何かを奪ってしまったことに対する後ろめたさなのだろう。自分の罪を軽くするよう誤魔化しても、罪の意識は消えない。
その罪の意識が、怨念のように私に取り憑いてしまったのだと思う。
私の方が友達よりも〝それ〟を持つのにふさわしい、なんてことは思えなかったのだ。
その後。友達から奪った消しゴムだかシールだかは捨てた。けれど友達から大事な物を奪ったのだという罪の意識は消えることが無かった。
人から物を奪える事が強いと思ったのは、それからだ。
どういった理由であれ、人から物を奪ったら、その後は自分がそれを奪ったことを正当化できる理屈を作り続けなければならない。
そうしなければ、自らを卑小な存在と認めることになるから。
人は卑小な自分という自我に耐え続けることは出来ない。
例えば自分が生き延びるために誰かから食料を奪い、その結果食料を奪われた人が餓死したとする。
その場合、奪った人間は、奪われた人間よりも、自分が生きるに値する存在であるという理屈を作り続けなければならない。
そうしなければ、自分が生きていることを肯定できないから。
だが同時に、生き残るために人から物を奪うような卑小な人間が、誰かよりも生きるに値するとも思えない。
そのジレンマに下手すれば生涯悩まされ続けることになる。
そうなったら、私はきっと耐えることが出来ないだろう。
だから、何かを奪える人間を強いと思うのだ。
魔神から連絡先を貰う。何かめぼしいガラクタを見つけたら、連絡を寄越せというのだ。
《プレイヤー》が奪える量には限界がある。その許容量を超えると、《プレイヤー》の理性が決壊してしまうのだという。
万物には奪取できる難易度が存在し、その難易度はレベルという尺度によって表される。
低いのは無機物。その辺の石ころや、どこにでもありそうなものはレベルが低い。だが、宝石や建築物、一部の美術品などは奪取レベルが高い。
反対に高いのは有機物。早い話が人間だ。他の動物も高いことは高いが、何故か人間ほどではない。逆に虫や植物、細菌などは基本的に低い。
《プレイヤー》は自分の身の丈に合わせて奪取する物を決めなければならない。レベルを超えた物を取り込もうとすると、逆に乗っ取られる可能性があるのだそう。
自分に合ったレベルの物を複数回取り込むと、《プレイヤー》のレベルが上がる。そうして次第に多くの物を取り込んでいくのだという。
〝とにかく最初のうちはレベル上げだ。じゃねえと、何も出来ねえからな〟
とはいわれたものの、私は彼のレベルがいくらなのかわからない。
手頃に思いつくのは――と、教室を見回して良からぬ発想に至る。
贋物の人間ならば、割と目に付く。贋物ということは、本物は既に《プレイヤー》に奪取されているのかもしれない。しかし、安易に奪取させるべきではないだろう。何より人が一人消えたとあらば、足が付きやすい。
それに魔神が未だ人を奪取出来るほどのレベルではないはずだ。あの性格だ。人を奪えるとなれば、容赦なく奪うことだろう。
では収奪区の廃棄物を片っ端から直せばいいのだろうか? それも選択肢としてはアリだ。しかしリスクも高い。
既に収奪済みだった物が急に〝修復〟されたとあれば、《プレイヤー》たちも流石に気付くだろう。そうなると、私が狙われるハメになる。
今やゲームは変わってしまった。これまでは限られたリソースを《プレイヤー》同士で奪い合うゲームだったのが、いかに私を泳がせ、修復された物あるいは私自身を奪い合うものであるかに。言わば私はオセロの角みたいなものなのだ。
ならば私も、行動には細心の注意を払わねばなるまい。
「で、〝修復〟したのがこれってわけか?」
「どうです? これならいかにも価値が高そうでしょう?」
〝修復〟したのはかつてどこかに飾られていた、巨大ロボの立像。これならばいかにも価値がありそうだ。
「あんまり目立つようなことはして欲しくねぇんだけどな……」
「正直私も迷いましたよ、ええ。でもこれを見たら、流石に放っては置けないじゃないですか。こんな一人寂しく捨てられているロボの姿を見たら」
「おめーはこれが捨てられた子犬か何かにでも見えてんのか?」
そうかもしれない。
収奪区に他の廃棄物と混ざり雄々しくポーズを決めているロボを見たら、何だか放っておけなくなってしまったのだ。
「でも、これならちょうどいいでしょう?」
「んなわけあるか! 流石のオレでもこれはちょっと奪えねぇ」
「そうですか。行けると思ったんですけどねぇ。残念です」
「一体何を期待してやがる……」
《プレイヤー》は奪った物の力を一部使用することが出来るらしい。
ということは、巨大ロボの立像を奪えば、魔神が巨大ロボに変身できるようになるかもしれないということだ。
私はそれを密かに期待していた。
「じゃあ残念ですけど、これは置いていくしかないですね」
「ったく。いたずらに目立つような真似をしやがって。自己顕示欲旺盛な思春期か?」
「そうですけど何か?」
許されるなら〝修復〟したこの立像のショート動画を挙げて、バズりたいとすら思っている。
しかし流石にそれは目立ちすぎる。敵を引き寄せる囮作戦を実行するときまで我慢しておこう。
「とにかく、こいつは今のオレに手に余る。元の場所に返してこい」
「返すも何も元々あった物ですけど……」
「〝廃棄〟はできねえのか?」
私は首を横に振る。
「それは流石に無理です。〝修復〟したものはちゃんと、壊れるまで使ってもらわないと」
魔神は短く嘆息する。
「じゃあしょうがねえな」
「お、遂に腹を括りましたか?」
「どうしてそうなる? ここに置きっぱにするしかねえって意味だよ」
「それは困りましたねえ」
「よく他人事みたいに言えるな……」
とはいえ。困るのは私も一緒だ。こんなデカブツを置きっぱなしになっていれば、他の《プレイヤー》も何かに気付くだろうから。
「私だって、魔神さんが取り込んでくれると思ってやったんですよ? 私だけのせいにするのは酷くないですか?」
「……まァ、オレも事前に伝えておかなかったのは悪かったよ」
「わかればいいんですよ。わかれば」
未だ信用されてないなぁ、私。昨日の今日会ったばかりなのだから仕方ないんだけど。
「じゃあこれはここに放置ですかね?」
「そうなるな。まだゲームは始まったばかりだ。他の連中も、オレと大してレベルは変わんねぇだろ」
などと言っていられたのも束の間。
翌日、私が〝修復〟した巨大ロボ像は、綺麗さっぱり何者かに奪取されていたのであった。