3話
「駒鳥ツツキ、ねぇ。変な名前だな」
「魔神さんには言われたくありません。魔神壊なんて、今時ビジュアル系バンドでも居ませんよ、そんな名前」
と。お互いの名前の悪口を言い合ったところで、自己紹介を終える。
「ところでお前、あの時どうするつもりだったんだよ? 偽物に追いかけられてた時。まさかあのまま死ぬつもりだったてんじゃねェだろ?」
「それも考えてはいましたよ。10%くらい。もし相手の方に正しさがあるなら、それも悪くないかなって」
「変なヤツだな、やっぱり。で、残り90%は何だったんだ?」
「反撃するつもりでした。でも、手頃な武器がなくて」
「最近の女学生は物騒でイカンね」
そう言うと魔神は私にナイフを投げて寄越す。偽物が使っていた、軍用らしきナイフ。
「それなら使えンだろ!」
口にするなり彼は、偽物を飲み込んだ影の口を私に向けて伸ばす。
私は咄嗟にナイフを構える。が、私を仕留めようとしたこのナイフは、ボロボロに刃こぼれしており、リンゴの皮すら剥けなさそうだ。
だから私は、コンマ一秒の判断でそのナイフを〝修復〟する。
私の手により本来の形を取り戻したそのナイフは、有り余る切れ味で、魔神から伸びる影を両断してのける。
「ヒュウ! やるじゃねぇか!」
「何するんですか、いきなり」
斬られた影はまるで煙みたいに消えていく。その様子を見た魔神は、やや神妙な顔を浮かべる。
「あの偽物、確かお前のこと〝才能のある人〟とか呼んでたよな?」
「それが……どうかしたんですか?」
あーこれは詮索される流れだ。私はシラを切る。
「オレの影は、物理的にぶった切れるモンじゃねぇ。お前そのナイフに何をした?」
「あれ? 私またなんかやっちゃいました? ちょっとわかんないなぁ」
「手札は見せねぇって腹づもりか? やめとけ。むしろ余計な好奇心を掻き立てるだけだ」
「魔神さんは私に好奇心、持ってます?」
「今しがた湧いた」
魔神は私に鼻面を突きつけてくる。え? 臭い嗅がれてる?
「魔神さんでもそれはちょっと引きますよ……」
「鼻が利く性分でね。クサいところは放っておけねぇんだ」
「わかりました。話します」
風呂には毎日入ってるんだけどな。やはり染みついた匂いというのは、他人からは気になるものなのだろうか?
「これはですね、その……正直私にも、どうして出来るのか分からないんです」
「ほう。才能ってヤツか?」
「的確かは分かりませんけど、そういったものなんでしょうね」
私は地面に落ちている〝収奪〟された瓦礫を拾い上げ、〝修復〟してみせる。
瓦礫は直前のコマンドをキャンセルされたように、その形になる前の姿に戻っていく。
「こうやって物を修復できるせいで、一部の人からやっかみを受けちゃってるわけです」
とはいえ、私はこの能力をひけらかしたりはしていない。
しかし情報というのはどこからか漏れ出るもので、一部の人は私の能力を知ってしまっている。
そしてその限られた一部の人に、私はやっかまれたりしているとかしてないとか。
「なるほどな。そりゃ確かに妬まれるわけだ」
カッカッカと、心底おかしそうに魔神は笑う。
「誰にも言い触らさないでくださいよ? これでも結構気を遣ってるんですから」
再度言っておくが、私はこの能力をひけらかすような真似はしていない。
理由はこの力が嫌いだから。
それに、下手に私がこんな能力を持っていることが認知されて、政府役人だの反政府組織だのに目を付けられたりしても困るから。
「まさにお誂え向きってわけだな」
魔神は嬉しそうに私の頭を叩く。褒められてるようだが、絶妙に嬉しくない。
「それより、いい加減話してくださいよ。あなた達が何をやっているのかを。私も話したんですから」
「そうだったな。悪い悪い」
そう言って、彼は話し始めた。
この街で起きている、思いの外壮絶な戦いのことを。
彼らのやっていることはいわゆるバトロワだ。今はデスゲームといった方がわかりやすいだろうか?
要するに生き残りを賭けた殺し合いで、最後に生き残った者がその願いを叶えて貰えるというゲームだ。
魔神含む《プレイヤー》たちは、外の世界からやってきたらしい。が、詳しいことは訊いてもよくわからなかった。とにかくこの世界の原住民ではないとのこと。
彼らのやっているゲームは殺し合いではあるが、勝利条件は「自分以外を全滅させること」ではない。
正しくは「この世界からより多くの物を奪取すること」なのだそうだ。つまりスコアを最も稼いだ物が勝者となる。勝者となるのだが、そのために他の《プレイヤー》を適度なタイミングで潰すのが有効な戦略なため、結局は殺し合いになるのだという。
そしてスコアを稼ぐためには、より価値のある物を、より多く〝奪取〟しなければならない。ガラクタばかり集めていても、点にはならないということだ。
そう。つまり私の能力は、彼らが点を稼ぐのにうってつけというわけなのだった。
「でもそれってズルになりません?」
確かに私の能力を使えば、理屈の上では無限にスコアを稼ぐことが出来る。けれどそれは正しくチートではないのだろうか?
「細けぇこたぁいいんだ。勝ちゃいいんだよ勝ちゃ」
「まぁ、それで他の《プレイヤー》を殺さずに済むのなら、環境には優しいかも知れませんけど」
より物騒な手段を取らなくていいのは、安全性では優れているだろう。
「試しに奪ってみます?」
私は先ほど食われた偽物が着ていた制服の切れっ端を拾い上げ、〝修復〟を行う。
そして元の状態に戻った制服を、魔神に投げて寄越す。
「使用済みの制服です。いかにも価値がありそうでしょ?」
「お前の価値基準はどうなってるんだ? それともこの世界の連中は皆こうなのか?」
「お気に召しませんか?」
「お前はオレに恨みでもあんのか? こんなもん奪わせるんじゃねえよ」
「じゃあ他のにします?」
「……面倒クセェからこれでいい。こんなもんでも無価値ではないだろ。たぶん」
ぶつくさ言いながら魔神は影に制服を食わせる。
「どうですか? 女子高生の制服のお味は」
「これ、何を言ってもオレの負けじゃねえか?」
「食レポして頂いてもいいんですよ。他じゃ滅多にありつけないものですから」
「お前はオレに一体何を期待してるわけ?」
心底嫌そうな表情を魔神は浮かべる。
からかうのもこのくらいにしておこう。
「で、実際価値はあったんですか?」
こんなズルがまかり通るなら、これほど楽な話はない。だから、通ってしまうことなんてまずないはずだ。
そう思っていた時期が私にもありました。
「一応な。ただ、その手の連中が期待するような付加価値はないがな」
「つまり原価以上の価値はないと?」
「逆に言えば原価程度の価値はあるってこった。喜べ、修理しても査定額は下がらないみたいだぜ」
魔神はやはり良からぬことを企んでいるのか、心底嬉しそうに笑う。
一方私は、予想はしていたものの、こんなズルがまかり通ってしまうことに呆れていた。
それと、この能力の使い道が見つかってしまったことに。
「じゃあもう魔神さんの価値は決まったようなものじゃないですか」
「まあそう先走るなって。まだ決まったわけじゃねえよ」
「でも、この能力を知ってしまった以上、私を脅さずには居られないんでしょう?」
「人聞きの悪いこと言うねえ。事実だけど。だが、焦りは禁物だぜ。いつお前が裏切るともわからないからな」
裏切るつもりはないけど、思いの外彼が慎重なことに驚く。
「じゃあ私の機嫌くらいは取ってくれるんですか?」
「そうだな。考えておく」
「何なら面倒ですし、今ここで終わらせちゃいます?」
「それが出来たら苦労はねえんだがなぁ」
一転。魔神は真顔に戻る。
「どういうことですか?」
「〝奪取〟ってのはなぁ、そう無制限に出来るもんじゃねえんだよ。食い物が山ほどあったって、一度に食える量には限りがあんだろ?」
「じゃあ大量に修復しても意味は無いんですね」
「お前があんなもん食わせなきゃ、もうちょっと食えたんだけどな」
「嫌味を言うなら手伝いませんよ」
「まあ、キャパシティを超えるだけの量を修復しても、文字通り宝の持ち腐れってヤツだな。食い損ねた分、他の奴らに以て行かれんのが関の山だ」
なるほど、ままならないわけだ。
「じゃあ私がもし誰かに奪われたりしたら?」
「だからオレが勝つまでに、お前が奪われねえようにしなくちゃならねえ。ハッハッハ。愉しい殺し合いが一転、ガキのお守りに変わっちまった」
だが言葉とは裏腹に彼は相好を崩さず、愉しそうだ。
「ガキって言うのやめてくださいよ。これでももう、他人から欲情されるようになっちゃってはいるんですから」
「悪りい悪りい。大事なパートナーだもんな」
「それ、私の機嫌撮ろうとして言ってません? 私そういうの嫌なんですけど」
「お前面倒臭いな……」
つまりは舐められるのが嫌なのだ、私は。
「それより、そろそろ教えてくれません? 魔神さんが何を目的としているのかを」
「あ? ンなもん決まってんだろ。アレだよ、アレ」
そう言って魔神は、この街、いや、この世界の中心とでも呼べる巨大な人型を指さした。
「《到達者》……」
「奪うことで為し得る事と言ったら、アレしかねえだろ?」
《到達者》。それはこの世界の中心。
かつて。世界からあらゆるリソースが枯渇した。木々は枯れ、土地は痩せ、生き物は土に還ることすらなくなった。
そんな時代に、再びこの世界に恵みをもたらした者がいた。
それが原初の《到達者》。
彼は資源が豊富にあった頃、その全てを注ぎ込まれ、〝あちら側〟へと至った者なのだという。
原初の《到達者》は、世界の一部を再生した。枯渇した資源を蘇らせ、人々に再び繁栄をもたらした。
だがそれは、無から有を生み出すということではなかった。
《到達者》は奪ったのだ。この世界に残ったもの、あるいは異なる世界のものを。
それによって、枯渇した世界に恵みをもたらすことができたのだ。
この世界は奪われたもので出来ている。
その事実に、人々は怒り、失望した。自らが略奪者であるとは思いたくなかったのだ。
だから《到達者》を非難した。非難し、拒絶しようとした。
しかし《到達者》が消えれば、この世界は再び枯れ、荒れ果てる。それは受け入れられなかった。
故に、仕組みを作った。より奪わずに済む《到達者》を作る仕組みを。
以降、《到達者》は代替わりを繰り返し、今に至る。
――――と、言うのがこの世界に伝わる神話だった。
「じゃあ、今は代替わりの時期なんですか?」
「そうなる。アレはもう、耐用年数切れだ」
《到達者》は見る人によって姿が違って見えるらしい。
ある人には巨大ロボに、またある人には巨大な人の骸に。その姿はまさに千変万化の千差万別なのだとか。
私には……あれ? どう見えているんだっけ?
「次の《到達者》になって、どうするつもりなんですか?」
《到達者》は自らの意思を持たない、ただの装置なのだとばかり思っていたが、魔神がなりたがるということは、そういうわけではないのだろう。
「自分たちの世界に、再び繁栄を。それが全の願いだ」
「ていうことは、この世界、もうじき終わるんですね」
《到達者》の終わりはこの世界の終わり。なるほど理に敵っている。
「心配すんな。オレが《到達者》になっても、この世界にオレたちの世界が継ぎ足されるだけだ。これまでと大して変わりゃしねえ」
「だけど、今までの世界では居られなくなりますよね?」
「まぁ、お前らの取り分は減るかもな」
魔神は何でもないことのように言う。
違う。私が知りたいのはそこじゃない。
「魔神さんは受け入れているんですか? 自分たちの世界の、生贄として捧げられることに」
彼の顔色が変わる。
「生贄だぁ? オレがそんなもんになるかよ」
「でも、アレになるんですよね?」
ぼやけていて見えない《到達者》を指さす。
「自己犠牲なんざするつもりはねぇよ。《到達者》にはなっても、オレはオレでいる」
「そんなことが可能なんですか?」
「知らん。けど、何とかなんだろ」
そう、彼は神妙な顔つきで言い切る。
私にはそれがただの強がりなのか、それとも本当にどうにか出来るのか、判別がつかなかった。
「とにかくだ。お前には協力して貰う。それでいいんだな?」
「……悪いことじゃないなら」
この期に及んで迷うなんて、流石に甘ちゃんが過ぎるんじゃないだろうか?