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2話

「チッ、ハズレか」


 私の顔を見るなり、白髪の男はそう吐き捨てた。


「ハズレってなんですか!? それが人に言うことですか?」


 何の話か全然分からないけれど、馬鹿にされてるみたいで少しムカつく。


「あぁン? テメーにゃ関係ねー話だ。余計な首突っ込んでこようとするんじゃねぇよ」


 男は溜息を吐くと、廃棄品の上に腰を下ろした。


「……あの」


「なんだよ」


「さっきは助けてくれて、ありがとうございました。おかげで首の皮一枚繋がりました」


 不本意だけど私は礼を言う。どういった形であれ、助けられたことは事実だから。


「別に助けたつもりはねえよ。勘違いするな」


「そうですか。ならどうして、あいつを丸呑みにしたんですか?」


「《プレイヤー》だと思ったんだよ。だけど全然違うじゃねぇか。とんだ見当外れだ」


「《プレイヤー》? それって、私が訊いてもいいことですか?」


「あー……一応忠告しておく。〝深入りしない方が身のためだぜ〟」


 男は面倒臭そうに、しかし巻き込んだ責任も感じているような声でそう言う。


 なるほど。ここで私が余計な好奇心を出せば、物語が始まってしまうというわけだ。


「じゃあ核心に触れない程度に訊きますけど、それって私があの偽物に狙われたことと何か関係があります?」


「そうだな。関係無いって言ったら嘘になる。怪盗の予告状ってあるだろ? お前の偽物はそれに近い」


「予告状? それは私とあの偽物を、誰かが入れ替えるつもりだったってことですか?」


「そうなるな。《プレイヤー》にとって、お前はお宝だ。この例えで言うならな」


「お宝……じゃあ、私は誰かに盗まれるんですか? 美術館にある壺みたいに」


「そういうこった」


 白髪の男は頷いた。


 人を盗む。つまり誘拐するということだろうか? 私を誘拐して何のメリットがあるのか分からないが、偽物を作ったのは、攫った後に私と入れ替えるつもりだからというのは筋が通る話だ。


 けれどそれなら不可解な点が一つある。


「だったらどうしてあの偽物は、私を狙ったりなんかしたんですか? 攫うつもりだったんなら、殺したら意味が無いでしょう」


「それは姿を見られちまったからだよ。偽物っていうのは、偽物と認識された時点で本物に成り代わらないと消滅しちまうからな」


「やっぱり、そうだったんですね。そうでなきゃ命まで狙われることに納得がいきません」


 私の推測も、あながち見当外れではなかったようだ。


「それか弱らせるのが目的か。ほら、あのモンスターを捕まえるゲームがあるだろ? アレみたいに、弱らせた方が盗みやすくはなるんだよ。価値は下がるけどな」


 ポ○モンか私は。


「そういうことだ。どうだ、理解してくれたか?」


「概ね。それともう一つ訊いておきたいんですけど」


「? なんだ?」


「あなたたちみたいな人って、実は結構前から居たりします?」


 私が訊くと、男は渋い顔をする。


「お前、やっぱり視えるのか?」


「何の話ですか?」


 私は首を傾げ、すっとぼける。


「はぐらかそうとするんじゃねえ。視えてるんだろ? あの光が」


「……どうしてわかったんです?」


「あいつを〝偽物〟なんて呼んだときから薄々な。普通、自分の偽物を見ても、それを〝偽物〟と断じられるヤツはそうそういねえ。むしろ自分が偽物で、偽物の方が実は本物なんじゃないかって疑い出すヤツまで居る始末だ」


「だからはっきり言い切ってる私がおかしいって思ったんですね?」


「ああ。そういうこった」


 本物と偽物。口にするのは簡単だが、実際、その境界線は曖昧でぼやけている。


 一目見ただけで、どちらかを断定できるのはやはり普通じゃないのだろう。


「それで、実際どうなんですか? あなたたち――《プレイヤー》でしたっけ?――は、前から居るんですか?」


「ああ、お前の言うとおり前からいる。そしてお察しの通り、いくつもの偽物を本物と取っ替えてる」


「それを聞けて安心しました」


「どうした? うっかり人でも殺したか?」


「そうですね。偽物ならうっかり壊しちゃっても怒られずに済みそうですから」


 私は何故だか安堵していた。


 偽物と入れ替えられた、ということは、その人は盗まれたということ。


 そして盗まれたというのなら、それには盗むだけの価値があったと言うことだ。


 偽物が代替品だというのなら、その価値は本物よりも落ちているはずだ。何故ならレプリカには《アウラ》がないから。


 ならば私が、それを受け入れられないのも無理はないというもの。


 下手に偽物を受け入れて、それで満足し、本物の価値を毀損しなくてよかったということに、私は安心感を覚えていた。


「それでどうするんだ? お前は」


「どうするって、何が?」


「こんな話を聞いて、俺たちに関わる気があるのか?」


「あなた的には、やっぱり来ないで欲しいですか?」


「お荷物が増えるのは面倒だ。いざというとき、俺はお前を助けない。それでいいなら勝手にすればいいと思ってる」


「そうですか。言っておきますけど、これでも一応、全くの木偶の坊じゃないんですよ?」


「そうかよ。だったら関わるのか?」


「それは……」


 言葉に詰まる。


 私としては、ここから物語が始まってしまうのは避けたい。


 別段大きなトラウマもないし、このまま生きていても、さほど困るような事はないのだろう。


 このまま何となく生きて、最期は《到達者》に身を捧げる。そのことに不満はない。


 けれど同時に、そうした人生を想うとき、どこか虚しさを感じてしまったりもする。


 自分の生きてきた全てが、一つの帰結に還元されてしまうような、そんな虚しさ。これまでの喜びも、苦しみも、全部〝そのため〟だったということにされてしまうと言う虚無感。


 そう思うと、途端に自分がちっぽけな存在に感じて、何もかもが面倒になる。あらゆることが、大して意味の無いものなんじゃないかと思えてくる。


 それは、つまり――――

「あなたたちのこと、もっと教えてください」


 裏を返せば、その〝物語〟へと足を踏み外したかったということだ。


「いいぜ。ただ、一つ忠告しておくことがある」


「何ですか?」


「そういうこと、他のヤツには軽率に言わない方がいい。勘違いされちまうからな」


 私、何か変なことを言っただろうか?


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