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楓は雨の日が好きだ

作者: 上白糖 テツ

 朝、(かえで)は目を覚ましベッドから起き上がると窓の外を確認した。外は雨が降っており、道行く人々は皆、傘を差していた。

「やった、雨だ!」

楓は朝食を済ませ制服に着替えると、傘を持ち元気な挨拶とともに家を飛び出した。

「行ってきます!」

 楓は雨の日が好きだ。

 とはいえ以前から好きだったわけではない。通常、楓は高校に自転車で通学するが、雨の日はバスで通学する。湿気や足元の悪さもさることながら、楓の悩みの種は停留所で待たされることだった。乗るべき七時半のバスを逃すと、次に来るのは三十分後。高校に遅刻してしまうのだ。だから彼女は時間に余裕を持たせるために、定刻よりもかなり早く停留所につく。バスが定刻よりも早く出発してしまうことがあるからだ。バスを待つ間は携帯電話でゲームをしたり、定期テストが近くなれば単語帳を開いたりしていたが、この時間が心底退屈で、楓にとって雨の日の朝とはつまらないものであった。しかし、春のある日、その認識は変わった。

 その日も雨で、楓は例によって家を早く出て、停留所へ向かうと、別の制服を着た男の子が一人、バスを待っていた。

(あの制服、清巌(せいがん)高校のだっけ?)

楓はいつも一人寂しい停留所に誰かがいたため、心の中で小さくはしゃいだ。やがてバスが来て、二人は乗り込み、その男の子は楓の一つ前の停留所で降りて行った。

 その日、楓は彼のことが頭から離れなかった。これが恋というものだろうか、楓は悩んだ末、翌日の昼休みに友人の(のぞみ)に相談してみた。

「それは間違いなく恋よ!」

希は楓の机越しに乗り出し彼女に顔を近づけ、興奮した様子でこう言った。

「それで、彼に話しかけたの?」

「いや、名前も知らないし・・・」

「だったらやることは一つ。明日、彼に話しかけてみなさい、名前を聞いてみなさい」

「ええー・・・」

楓は積極的すぎる希に困惑したが、その晩、昼間にもらったアドバイスを実行してみることに決めた。

(話かけてみるか・・・)

 次の日も雨であった。停留所に行くと、彼がいた。楓は緊張の中、勇気を振り絞ってこう言った。

「こ、こんにちは、いい天気ですね」

雨である。緊張のあまり変なことを言ってしまった。

(ああ、何やってんだろう私・・・)

「確かに、雨っていいですよね」

それが、彼の声を聴いた初めての瞬間であった。

「そ、そうですよね。雨っていいですよね! じめじめしていて!」

もはや楓は、自分で何を言っているのか分からなかった。

「僕の高校、雨の日以外は公共交通機関禁止で、自転車通学なんです。だから雨の日は楽できるんですよ」

「そ、そうなんですね、実は私も雨の日はバスって決まってるんですよ」

楓は次第に緊張がほぐれていき、まともに会話できるようになってきた。

 それから彼はバスが来るまで、彼自身のことを話してくれた。名前は遥斗(はると)と言って、楓の予想通り、彼女の高校の近くにある清巌高校の生徒であることを。楓も、自分の名前と趣味は料理であることを話した。やがてバスが来た。

「話せて楽しかったよ。また雨の日はこうやって話そう!」

 二人はこう約束を交わし、遥斗は楓の一つ前の停留所で降りて行った。その後バスは楓の高校前の停留所に到着したが、降車時に楓がICカードをタッチする手つきはいつもより軽やかなものになっていた。

 やがて梅雨の季節が訪れ、二人は毎日のように話した。楓にとって、この時間が一日の中で一番楽しい時間になっていた。しかし彼女には一つ悩みがあった。楓の高校では夏に文化祭が行われる。彼を文化祭に誘いたいのだが、中々勇気が出ず、誘えずにいたのだ。

 そうこうしているうちに季節は過ぎ、彼に会える機会は減っていった。楓はてるてる坊主を逆さにつってみたりしたが、効果はなかった。

 そのころから高校では文化祭の準備が始まり、生徒たちは準備に取り組んでいたが、楓はどこか上の空だった。

(結局、誘えなかったな)

だが次第に楓の心も文化祭に向き始め、クラスの出し物であるお好み焼きの屋台の準備に奔走し始めた。

 いよいよ文化祭が明日に迫った。楓の高校では文化祭は屋外で行われるため、雨天中止である。楓は今更、自分がしたことを後悔した。

(明日になって、てるてる坊主の()()が出てきたらどうしよう)

 文化祭当日、彼女の悩みとは裏腹に雲一つない快晴であった。

 懸命な準備の成果もあってか、楓のクラスの屋台は大盛況であった。彼女もお好み焼きを焼く係として、趣味である料理の腕を存分に振るった。

「楓が焼くお好み焼きが一番おいしいよ~」

友人の希が会計の店番を終え、楓のもとに駆け寄り彼女の料理を称賛した。

「そんなことないよ~、タネは別の人が作ったんだから」

楓が謙遜していると、ある声が会計カウンターの方から聞こえてきた。

「お好み焼きを一つ」

それは、楓にとってなじみのある声であった。誰あろう、遥斗である。

「遥斗くん!?」

「楓さん!?」

互いに驚き合い、そして嬉しそうな様子の二人。

(もしかして、彼が例の男の子?)

希はとっさに察し、気を利かせて楓にこう言った。

「焼く係、代わってあげようか?」

「え、でも希は会計の仕事が・・・」

「いいからいいから」

希と交代し、店番を抜けた楓は遥斗のところに向かった。久々の再会である。

「来てくれるとは思ってなかったよ」

「ちょうどやることもなかったから、来てみたんだ」

夏の心地よい日差しが二人を照らした。

「文化祭、一緒に回らない?」

 楓は、晴れの日が好きだ。

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― 新着の感想 ―
二人の今後に色々な想像や期待を膨らませることができますね。 まずは文化祭デートを楽しんでほしいです。 読ませていただきありがとうございました。
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