第54話
「デタラメ?何がデタラメなんだ!!『奥方に知られたら大変な事になるんじゃないか?』と言ったじゃないですか!!」
スパイク侯爵は婿養子。確かに大変な事になるだろうと私は納得した。
「知らん!!そんな事は知らん!!」
アンダーソン伯爵は問答無用とばかりに首を振って否定した。
二人のやり取りを殿下はニヤニヤしながら見ている。
「では、一つアンダーソンに質問しよう。お前は何故、人を雇ってまで、他の貴族の弱みを探させているんだ?」
殿下の質問に、アンダーソン伯爵は言葉に詰まる。
「このくしゃくしゃの紙。これはお前が雇った男からの報告書だな?こんな物がいくつか見つかったが……何故こんな事をしている?というか……お前はいつも、こんな物を使って人を支配しようとしていたのか?」
更に詰める殿下に、アンダーソン伯爵は小さな声で、
「……そういうつもりはありません」
と否定した。
「お前が雇った男も私の手の中だ。否定してもそれは自分の首を絞める事になるぞ?」
殿下の言葉にいよいよアンダーソン伯爵は黙り込んだ。
「まぁ……沈黙は肯定と受け取ることにするがな。流石に人を脅して意のままに動かそうとするのは、この国の宰相として、相応しくない。これが宰相を辞めてもらう理由の一つだ。伯爵への降格は自分の娘の不誠実な態度を改めさせる事無く、隠そうとした事……これが理由だ」
殿下は静かに淡々とそう言った。するとキッ!とアンダーソン伯爵はスパイク侯爵を睨むと、指を差しながら大声で言った。
「で、ではそいつはどうなんですか!!結局、使い込みには目を瞑り、殿下への報告は怠った!なのにお咎めなしですか???」
自分の事は棚に上げて……とお互いそう思っているだろうが、周りの私達も同じ様に呆れている。醜い言い争いに、ハウエル侯爵は顔をしかめた。
「お咎めなしな訳ないだろう?この件をアンダーソンに脅されたとはいえ、黙っていた事は十分に罪となる。もちろん財務大臣を辞めてもらうさ。それに……スパイクはそれにかこつけて、自分もその金を横領していた。さて……これについてはどう料理しようかな?」
殿下がそう楽しそうに言うと、アンダーソン伯爵もスパイク侯爵も驚いた様に目を丸くした。
「な……っ?!お前!自分が横領した金までステファニーが使った事にしていたのか?!」
アンダーソン伯爵の顔は真っ赤だ。
スパイク侯爵はその真逆。真っ青になって唇は震えていた。
流石にそれまでバレているとは思っていなかったようだ。ゆるゆると首を横に振ったが、否定の言葉は出てこなかった。
「アンダーソン……お前が色々と言える立場ではない。
ちなみにスパイク。お前の情人の家から裏帳簿は見つけてる。彼女に預ければ見つからないと思ったかな?あまり甘く見ない方が良い」
殿下はあくまでも笑顔だが、目は笑っていなかった。
真っ青になったスパイク侯爵に、なお殿下は続ける。
「本来ならお前も子爵ぐらいに降格させたいところだが、なんてったってお前は婿養子。全く罪のない奥方の家系に影響があるのは、私としても不本意だ。なのでお前は今すぐ息子に侯爵を譲り、侯爵を降りろ。それと……使い込んだ分は返して貰うからな」
「そ……そんな事になれば妻にバレて私は離縁されてしまいます……!!」
スパイク侯爵……いや前侯爵は殿下に縋ろうと手を伸ばすも、その手を隣に居たジェフリー様に叩き落された。
側に居たのがジェフリー様で良かった。でなければ前侯爵の右手は近衛によって切り落とされていただろう。
「そうなるだろうなぁ。まぁ身から出た錆だ」
「そ、そんな事になれば……私は……どうやって生きていけばよいのか……」
スバイク前侯爵は床に蹲る。それを殿下はチラリと見ると、
「朝起きて働き夜眠る。民衆はそうやって生きている。お前にも出来るさ」
と軽く言った。
「そんな……無理だ……そんな中、どうやって金を返せと……」
「お前の使い込んだ金は王族の所有地が生み出した金ではあるが、お前達の給金や、ここの維持費……上げればキリがないが、それは国民の血税の一部だ。それを一度でも考えた事があるか?それと……ステファニー!お前もだ。それを考えた事があるか?」
急に話を振られたステファニー様は、
「だ……だって。いずれは私のお金になると……」
と口を尖らせた。
「まだ王太子妃としての公務も果たしていないお前が、その金を使う事こそ、おかしな事だと何故気付かない。元々お前が嫌いだったが、この十年……お前の行いの報告書に目を通す度、吐き気がしたよ」
声こそ荒らげてはいないが、殿下の声には嫌悪感が滲む。
私は驚く。
殿下はステファニー様の事を……嫌っていたの?
私はチラリとフェリックス様に視線を投げた。フェリックス様も丁度こちらを見ていた様で私の視線に首を振って答えた。フェリックス様も殿下の気持ちは『知らなかった』という事らしい。
「な……!何をっ……!」
ステファニー様の顔は真っ赤だ。怒りに満ちている様だ。
「フェリックス!」
急に名を呼ばれたフェリックス様は、私から視線を外し、殿下の顔を見た。
「はい」
「十年前。お前に私は秘密の任務を与えた」
「はい」
ジェフリー様、それとハウエル侯爵と父が興味深そうにそれを聞いている。
アンダーソン伯爵とステファニー様はそれどころではなさそうだが。
「私の留学中、ステファニーを頼む……と」
「はい……。何より優先する様に……と」
その言葉にハウエル侯爵も父も眉を顰めた。
ステファニー様は自分の名前が出たことで、やっとこの話を聞く気になったらしい。
「すまなかったな。嫌な思いをさせた。お前にも……そしてマーガレット嬢にも」
私も自分の名前が殿下の口から出た事で、改めて殿下の表情を窺った。
「ステファニー。子どもの頃、王宮で白い猫を見なかったか?」
殿下がステファニー様に問う。猫?急に何の話だろう。




