第46話
「お父様が帰って来たら相談するから、貴女は明日の試験に備えて」
「こんな時に……私、教師になるなんて夢を追っていても良いのでしょうか?」
ステファニー様の『侯爵夫人が教師?そんな半端な事で務まると思ってるの?そんな簡単なものではないわ。やはり貴女に侯爵夫人は相応しくない様ね』なんて嫌味を言う声が聞こえてきそうだ。
「何を言ってるの!フェリックス様も応援してくれていたのでしょう?諦めたと知ればフェリックス様はご自分を責めてしまうのではない?」
確かに……。フェリックス様は『なりたい自分になれ』と言ってくれた。今の私がなりたい自分……それはフェリックス様の側で教師として頑張る自分だ。
「わかりました。明日は全力で頑張ります」
「とりあえずまだ貴女とフェリックス様は婚約中。お父様から正式に抗議文を出して貰うわ」
「はい……私はまだフェリックス様の婚約者と名乗ってもよろしいのですよね?」
「もちろんよ。安心……は出来ないでしょうけど、出来る限り抵抗するから。公爵だから宰相だからと身分を振りかざすのなら、こちらは正当性で勝負よ!横槍は許されないと陛下に理解して貰いましょう」
母は今までになく力強い言葉で私を元気付けてくれた。肩に置かれた母の手が温かい。
「はい!私も努力します。……これからもフェリックス様のお側に居ることが出来る様に」
私が笑顔でそう言うと、母も笑顔で力強く頷いてくれた。
父が戻ったと執事から言われて、出迎えに玄関ホールまで行くと……
「フェリックス様!!」
父の隣にフェリックス様が居た。
フェリックス様は私の姿を認めると、駆け寄って私を抱きしめた。
父も私と共に出迎えに来た母も、何となく気まずそうに目を逸らす。
「メグ、心配するな。こんな馬鹿馬鹿しい事、絶対に認めないから!」
『馬鹿馬鹿しい事』これはステファニー様の新しい婚約者に自分が指名された事を言っているのだろう。
「私も帰りに大臣から聞いてビックリしたんだ。うちの門の前で丁度フェリックス君に出会してね」
フェリックス様と抱き合う私達の背後から父の声が聞こえた。
「お帰りなさいませ。あなた!戦いますわよ!」
次は気合いの入った母の声。
「当然だ。まだ陛下から認められた訳でもないのに、まるで公式発表の様な真似をして……。何とも勝手な親子だよ」
父はため息交じりにそう言った。
「まだ……陛下は認めてない?」
私がフェリックス様の腕の中でそう呟くと、フェリックス様がそれに答える。
「当たり前だろ?俺とメグとは婚約中だ。ちゃんとした手続きなど踏まずに、先に宣言して外堀を埋めたつもりだろうが、そんなのハウエル侯爵家は認めないよ」
その言葉に私はほんの少し安心したのだった。
その夜、我が家では緊急会議が開かれていた。
「ハウエル侯爵家、ロビー伯爵家、どちらも抗議文を正式に出すが……それだけでは心許ないな」
父の言葉に、フェリックス様も頷く。
「正直、殿下が何故俺にステファニーの側に居る様に言い含めて留学に行ったのか……あれから考えてみたんです。
ステファニーを見張らせる為だったとして……あんな愚かな行いをするだろうと見越しての事だとすれば、そこに何かヒントがある気がして」
「勤勉でもなく、浪費癖がある……ふむ。浪費癖……」
そう言った父は顎を撫でながら考え込んでいた。
そして、
「王太子妃の予算を使い込んでいた事をフェリックス君は知らなかったんだよね?」
とフェリックス様に尋ねる。
「はい。アンダーソン公爵家の金を使ってるものだとばかり。だけど殿下には分かっていた」
「だよね。ならばそれを殿下にリークした者が居るはずだ」
「なるほど。殿下は何者かにそれを聞きながらステファニーを泳がせていた」
「そうだね。フェリックス君からどれほど買い物をしているのか報告を受けて、使い込んだ予算と照らし合わせていた……と。まぁ、放置していた理由は、今回の婚約解消の根拠として使うつもりだったんだろうけど。……これって本当に宰相は知らなかったのかな?」
「流石に知っていたらステファニーを諌めていたのでは?」
あの会場でステファニー様が王太子妃の費用を無断使用していた事を殿下が指摘した時、宰相は本気で驚いている様に見えたのだが……。
「だが、もし知っていたとすれば大問題だ。よし!まずはそのリーク者を探すとしよう。何か新しい発見があるかもしれない。きっと王宮で働いている者の筈だ。それは私に任せなさい」
父は頷いた。
「お……私もお手伝いいたします」
フェリックス様の言葉に、父は続けて言った。
「殿下と話す機会はあるかな?教えて貰えるか分からないが、リーク者について何かヒントを掴めるかもしれない」
その言葉にフェリックス様も大きく頷いた。
その後、フェリックス様は私の部屋へとやって来た。
机の上に並べられた明日の試験用の書類に視線を落とす。
「タイミングが悪くて申し訳ないな」
「そんな……。フェリックス様のせいではありません」
「あれから殿下とは話せていなくてな。ミリアンヌ様と仲睦まじい様子で庭を散歩している姿は見かけるのだが。しかし何とか今回の件については力を貸して貰わなきゃならん」
「でも……殿下としてはステファニー様がフェリックス様と結婚する方が安心なのではないですか?」
「馬鹿言うな!絶対に嫌だ!!殿下が実のところそれを狙って俺にステファニーの側に居ろと言ったんだとしたら、俺は近衛なんて辞めてやる!!」
「そ、そんな!!フェリックス様の夢じゃないですか?!」
「近衛団長の夢より……今の俺にはメグの方が大切だ。昔は……何よりそれが大事だと思っていた。それが俺の存在意義だと。だが、今は違う。メグ、俺はお前と一緒に居たい」
「フェリックス様……」
「近衛騎士じゃなくなった俺には価値はない?メグに嫌われてしまうか?」
そう心配そうに私に尋ねるフェリックス様が可愛らしくて、私は思わず抱きついた。




