第38話
「お前をエスコートするのも久しぶりだな」
隣で少しウキウキしている父を見て、私は微笑んだ。
「確かにそうですね。ここ最近は夜会に出席する事も少なかったので……」
あの夏の夜会が私にとって久しぶりだった事を父もよく理解していた。
「しかしまぁ……三年間良く頑張ったな。試験もきっと大丈夫だ」
卒業式は恙無く終わり、式典であるこのダンスパーティーが終われば本来ならこの学園ともお別れ。しかし私はここに教師として戻ってくる為の試験があと三日後に迫っていた。
「やれるだけの事はやりました。後は緊張せずに試験を受けるだけだと思っていますが……面接が……」
お喋りが上手ではない私は、そこに不安を覚えていた。
「そうか?最近のお前はオドオドせず、堂々と前を向いている様に見えるがな。落ち着けばきっと上手くいく」
入り口付近で入場の列に並ぶ。まるで夜会そのものだ。もう少しで私達の名前が呼ばれる、前の二人が入場し、次は私達。さぁ一歩踏み出そうかとした時に、
「ちょ!ちょっと、ちょっと待ってくれ……!」
その声に私と父は揃って振り返った。
そこには、入場の列をかき分けながらこちらへ走って来るフェリックス様の姿が。
「フェリックス様?」
私達の所へようやく辿り着いたフェリックス様は肩で息をしている。
「ハァ、ハァ……間に合った」
膝に手をつき、前かがみになりながら息を整えるフェリックス様に、私はもう一度声を掛けた。
「フェリックス様、どうされました?」
「何とか間に合う様に、馬を走らせた。卒業式は一生に一度だろ?どうしてもエスコートしたくて」
何とか息を整え背を伸ばしたフェリックス様の額には汗が滲む。まだ、肌寒い日もあるというのに……随分と急いで駆けつけてくれた様だ。
「殿下の護衛は大丈夫だったのですか?」
その私の言葉に一瞬フェリックス様の顔が曇ったのを私は見逃さなかった。
「まさか殿下に黙って……?!」
「違う!違う!殿下自ら、隊を離れてお前に会いに行っても良いと許可をくれたんだ。それは心配しなくて良い。……じき殿下も到着するだろう」
もしかすると、殿下もステファニー様をエスコートする為にこちらへ向かっているのかしら?
公爵令嬢であるステファニー様の名が呼ばれるまでにはまだ時間がかかる。
十年振りの再会……きっとステファニー様も喜ぶことだろう。
騎士服に身を包んだままのフェリックス様は、
「こんな恰好のままで良かったら、俺にエスコートさせてくれないか?」
と私に手を出した。
私はチラリと父の顔を見る。
「とても寂しいが……娘というのはいつかこうして他の男に盗られてしまうものだ。じゃあ、フェリックス君、後は頼んだよ」
と父は私の手を自分の腕から外し、フェリックス様へと差し出した。
「ありがとうございます」
フェリックス様が父へ頭を下げる。
その様子に父は満足そうに頷いた。
入り口に居たこの会場の護衛が、私達が入場しない事に痺れを切らして、
「あの……ロビー伯爵令嬢?順番ですよ?」
と声を掛けて来た。それにフェリックス様が答える。
「すまない。俺が遅れたせいだ。さぁ、マーガレット行こう」
フェリックス様の腕を取る。私とフェリックス様は頷き合って会場に入った。
私の横にフェリックス様が居ることが、かなり珍し……いや今まで皆見たことが無かったからか、私達は注目の的だ。
「皆、お前の美しさに見惚れているんじゃないのか?男どもの視線が鬱陶しいな」
「いえ……皆様の視線はそんな意味では……」
「じゃあ、お前の可愛さに見惚れているのか?やはり鬱陶しいな」
……埒が明かない。
「いえ。私達が二人で居る事が珍しすぎるんだと思いますよ」
「そうか?婚約者なんだから当たり前だと思うが」
その当たり前が今まで全く出来てなかったんですよ……と言えたらどんなにスッキリするだろう。
私は曖昧に微笑むだけにしておいた。
後は他の入場者を待つだけだ。私がフェリックス様の腕から手を離そうとすると、
「な、何故離れる?」
と私の手をグッとフェリックス様は引いた。
私はよろけてフェリックス様に倒れかかる。フェリックス様は私を抱きとめた。
「す、すみません」
「いや、俺の力が強かった。すまない」
まるで抱き合っているかの様な私達に周りがざわつく。
「あの、もう離していただいても……」
「……もう少しこのまま」
そう言ってフェリックス様は私を離してはくれなかった。
まるで私が読んでむず痒くなった恋愛小説の中の登場人物みたいで恥ずかしい……。
鏡を見なくてもわかる。きっと私の顔は真っ赤だろう。
そしてそんな私を見て私の頭の上から、
「可愛い……」
という呟きが聞こえて、私はますます赤くなった。
そのまま暫くすると、
「フェリックス~帰ってたの~!!」
と言う明るい声が聞こえた。それと同時に頭の上からは舌打ちが聞こえる。
私は少しフェリックス様の胸を押す様にしてフェリックス様から離れた。フェリックス様の顔を見ると、目を丸くして驚いている様な表情だ。……当たり前だ、ずっと抱き合っている訳にはいかない。
その間にもステファニー様の声はどんどんと近付いてきて、
「もう!フェリックスったら。帰っているのなら、何故私をエスコートしないのよ」
と彼女は口を尖らせた。




