第32話
「そ、そ、そんな話は聞いたことがない!というか、マーガレット!お前はあいつと見たのか?」
自分だってステファニー様と一緒に見たくせに……とは思うがフェリックス様の慌てふためく様子が面白いので黙っておく。
「バルコニーは人が多かったので、少し離れた場所からですが……」
そう言いかけた私の目の前には、眉を下げて悲しそうに見えるフェリックス様が……。うん。これ以上虐めるのはやめておこう。
「フフフッ。単なる言い伝えですよ」
「俺は……何にも知らないな。そういう……その、なんだ。恋人が喜びそうな話も、女性を楽しませる術も、気の利いた言葉も……」
すっかりフェリックス様はシュンとなってしまった。
「でも……ステファニー様はフェリックス様からアクセサリーをプレゼントされた……と」
「は?!俺が?そんな事するわけないだろ。確かにアクセサリーを買いに行くステファニーに付き添った事はあるが」
「では……一緒に選んだ事は?」
確かステファニー様はフェリックス様の瞳の色である青色の宝石をよく身に着けていた。それにフェリックス様が『良く似合う』と言っていたとも。
「なぁ、マーガレット。俺に女性のアクセサリーを選ぶセンスがあると思うか?」
「……ありません」
フェリックス様とこうしてたくさん会話をするようになって分かった事。それはフェリックス様が女性関係にとても疎いという事だ。
私に言われるフェリックス様って大概だと思うが。
そんなフェリックス様がステファニー様に似合うアクセサリーを選んであげる姿は想像も出来なかった。
「だろ?……念の為訊くがそれもステファニーが?」
「ええ。皆様の前でお話されていたので、殆どの方々が信じていたのだと思います。フェリックス様が『よく似合う』と言っていたとも」
「はぁ~~。あいつ……何でだ?確かにアクセサリーを買いに行って『似合うか?』と何度も訊かれて、面倒だから『似合う、似合う』と答えた事はあったがな。
それに……お前は俺にあいつが好意を持っていると言っていたが、今回殿下の帰国に合わせて、自分も国境まで連れて行けとうるさく言っていた。さっきも言ったように客人も同行しているからと何とか説得して諦めて貰ったが……俺から見ればステファニーは殿下を愛している様に思う。あいつの行動の意味が分からん」
フェリックス様は首を傾げる。
私もそれについては同感だ。それを聞く限り、ステファニー様は殿下の事も大切に思っていらっしゃるように見えるが、フェリックス様に対する態度も好意故の事だと思える。
私はその時、アイーダ様の言葉を思い出していた。
『何だか解せないのよね。殿下の婚約者っていう立場を最大限利用しているくせに、フェリックス様まで手に入れようとしている様で』
アイーダ様は不快そうにそう言っていたが……確かに二人とも手に入れると言うのは、些か虫が良すぎる様に思う。
「殿下にもフェリックス様にもお側に居て欲しい……とかですかね?」
「馬鹿馬鹿しい。俺は近衛だ。ステファニーが王族になれば守るのが仕事だ。それに俺が側に居たいと思うのは……マーガレット、お前だけだ」
フェリックス様に素直に言われて、今度は私が照れてしまった。
「そこで……俺達の結婚式の事なんだが、半年後を予定しようかと思っているんだ」
私は想像以上に早い日程に驚く。
「え?半年後ですか?」
「ダメ……だろうか?殿下の帰国が当初の予定通りなら一年後ぐらいが妥当だろうと思っていたのだが……」
「急ぐ理由は?」
「理由?特別な理由が要るのか?」
フェリックス様は少し嫌そうに口を歪めた。
「出来れば教えていただけると」
「………誰にも盗られたくないからだ」
またもや赤くなったフェリックス様はそう言ってそっぽを向いた。
「盗られる?何を?」
「お前をだ!!」
そっぽを向いたまま少し怒った様に言ったフェリックス様は耳まで真っ赤になっていた。
「私なんて、誰も盗りませんよ」
クスクス笑う私に、
「あのデービスって奴がいるだろ!」
とやっとこっちを向いたフェリックス様が言った。
「デービス様があの時フェリックス様にあんな風に言ったのは、わざと煽ったと言っていましたよ。フェリックス様の気持ちを聞き出す為に焚き付けただけです」
私はあの『三竦み晩餐会』を思い出しながらそう言ったのだが、フェリックス様は呆れた様に、
「はぁ~~お前は何も分かっていない。本当に鈍感だな」
と緩く首を振った。
正直、フェリックス様だけには言われたくない。
言い返そうとする私の言葉を遮ってフェリックス様は言った。
「とにかく。安心したいんだ、俺は!」
そう言われてしまえば、私も反対は出来ない。
「分かりました……。半年後ですね。それでは準備を急ぎませんと」
「もちろん。何故か母が張り切っている。うちには女の子は居ないからな。今からワクワクしている様だ。……もちろん俺も」
そう言ってフェリックス様は私の手を握る。
「フェリックス様……」
「し、し、し、幸せにするから」
物凄く恥ずかしそうなフェリックス様に吹き出しそうになる。……フェリックス様ってこんな人だったかしら?
「はい」
私の返事に少しだけホッとした表情のフェリックス様が可愛らしかった。
しかし……準備を急ごうと言った私達だったが、その翌日からフェリックス様は王太子殿下の出迎えに国境まで向かってしまった。
……結局……私がやるのか……。私は思わず遠い目をしてしまった。




