第28話
「そんな事……言われましたっけ?」
「ほら忘れてた。だと思ったよ。本の感想をキラキラした笑顔で俺に話すマーガレットが可愛くて胸がドキドキした。生まれて初めての経験で自分でも戸惑った。だから『騎士が苦手』と言われて焦ったんだ。だが、あの時も随分と勇気を出したのにお前の反応が物凄く薄かったから俺はすっかり自分のやり方が間違っていたんだと思って……相談したんだ」
「きっと私の頭の中は『怒らせた』という意識で一杯で……その後の事を上手く考えられていなかったのだと思います。しかし……相談したとは?」
「俺は幼い頃から近衛になる事ばかり考えていて、女の子が何が好きなのか……とか、どうしたら喜ぶのかとか、全く何もわからなかった。だから相談したんだ、ステファニーに」
「ステファニー様に?」
「あぁ、俺の周りには母以外にそんな事を訊けるような女はステファニーしかいなかった。だから、ステファニーの言う通りに今までしてきたんだが……」
ちょっとだけ嫌な予感がする。
「果たしてどんなアドバイスを?」
「まず……本をプレゼントしたと言ったら怒られた。女の子には花束一択だと」
「だから、お誕生日には花を……」
「お茶会も毎月は多すぎると。だからふた月に一度にしたんだが、何故かその度にステファニーから用を頼まれ……いつの間にかどんどんと間隔が空いていってしまった。お茶会がある前日や前々日に用を頼まれるものだから、お茶会をキャンセルせざるを得なくて」
確かに最初の頃は何度かキャンセルが重なって……段々と三ヶ月に一回、四ヶ月に一回となっていったんだっけ。
「でも……せっかくのお茶会も良く呼び出されていましたね」
「そうなんだ。お茶会の日を黙っていても何故かバレてて。俺が文句を言うと『女の尻を追いかけるな。追われる男になれ』と言われた。なるべくマーガレットに冷たく接する様に……と」
「冷たく……」
フェリックス様はステファニー様のアドバイス通りに振る舞っていたと?私が冷遇されていた理由が朧げながら分かってきた。
「とにかく女性にどう接したら良いのか分からなかったからステファニーの助言を受け入れたのだが、その通りにしてもマーガレットの笑顔は見られない。次第に何が正しくて、何が間違っているのかわからぬまま、考えるのを放棄してしまった」
「なるほど。……つかぬ事をお伺いいたしますが、フェリックス様とステファニー様が何と言われているか、御存知ですか?」
「俺とステファニー?幼馴染だろ?昔から面倒を見ていたから、その延長だ」
「不正解です。二人は『悲劇の運命のお相手』です。お互い想い合っているのに親に決められた婚約者がいるせいで引き裂かれた二人」
そこまで言った私に信じられないと言いたげに目を丸く見開いたフェリックス様に、私は思わず笑ってしまった。
当人が知らないとは……。
「わ、笑い事じゃない!誰がそんな事を?!」
「誰って……皆です。多分フェリックス様以外の皆」
「俺以外って事は……もしかしてステファニーも?」
私は微笑んで頷いた。
「ステファニーは当事者だ。何故本人が否定しない?」
そこの答えは先程のアドバイスも加味すると、自ずと見えてくる。
「きっと……ステファニー様はフェリックス様がお好きなのです」
「ステファニーが?!それはない!だってあいつはいつだって殿下の婚約者である事を誇りに思って……」
「それは建前で、本音は違うのでは?」
「女心が難し過ぎて分からない……」
フェリックス様は首を傾げて黙り込んだ。
「ステファニー様のアドバイスにフェリックス様が従っていたのは分かりましたが……どうしていつも、私と話す時にはしかめっ面だったのでしょう?」
いや、言い換えれば睨まれていた。私が眼鏡を外せなくなった理由だ。
「……お前を見てるとニヤけてしまう。そんな男は嫌われると……ステファニーに言われて。表情を変えない様に顔に力を入れていた結果だ」
私は肩の力が抜けてしまった。本当に私達に足りなかったのは会話だった様だ。たった一つ、何かがずれるだけで、ボタンの掛け違いは起きるのだと思い知った。
私がフフッと笑うと、フェリックス様の顔が赤くなる。
「だから……その笑顔が反則なんだって……」
フェリックス様は呟いて天井を見上げる。
その様子が可笑しくて、私はまた笑ってしまった。
フェリックス様はそんな私に静かに話しかける。
「マーガレット。今まで俺は間違っていたんだな。周りからそう思われる程、俺はお前に対して不誠実だったと言うわけだ」
「そんなものだと思っていました。普通の婚約者としての関わりが出来ないのであれば、私もそれなりで良いと。この関係を良くしようと努力しなかったのは、私も同じです」
「お前に非は一つもない。全ては俺が招いた事だ。まぁ……俺はこれが普通だと思い込んでいたんだがな」
フェリックス様はそう言って頭を掻いた。
「専属騎士に……ならなくても良いのですか?」
私はもう一度改めてフェリックス様の気持ちを確認したかった。また『ステファニーを優先するから』と言われても困る。今ならまだ引き返せる。
「もちろんだ!頼まれても断ると誓う。だが……マーガレット。お前が教師になりたいのなら、俺はそれを応援する」
「あの時父には『相談された』と私を庇って下さいましたね。でも……このまま結婚するのであれば、私に侯爵夫人と教師の両立は……」
正直、自信がない。
「俺にも無断だったとすれば、伯爵も納得しないだろうと思ってな。
マーガレット、うちには優秀な執事もいる。それに俺が侯爵を継ぐまでまだ時間もある。両立が難しいなら、それまでの間でも良いじゃないか。挑戦してみたらどうだ?お前がなりたい自分になれば良いんだ。先の未来……お前はどんな自分に会いたい?」
「どんな自分……。教師になる事ばかり考えていて、侯爵夫人と教師の二足のわらじを履いた自分を想像した事はありませんでしたが……」
私の言葉に被せる様にフェリックス様は、
「ちょっと待て。俺と結婚しない自分に会いたいってのはナシだ!」
と慌てる。私はその様子にまたもや笑顔になった。




