第2話
『夏の夜会』
これは、我が国の独身の若者が中心に招かれる夜会なのだが、基本的に男女二人で参加するのが常識だ。別に一人で参加しても問題はないのだが、そんな強者は今のところ見た事はない。
殆どは婚約者を伴って参加する。普通の夜会では婚約者が居ないご令嬢などは父親にエスコートをされて参加する事もあるのだが、この夏の夜会だけはそうもいかない。『独身の』と条件が付いているからだ。
私、マーガレット・ロビーにも婚約者は居る。幼い頃に決められた婚約者、彼の名前はフェリックス・ハウエル侯爵令息。彼は私より二つ歳上の十九歳。いや、もうすぐ二十歳か。まだ新人だが、近衛騎士として王宮で働いている。
私は彼との初めての顔合せの時を思い出していた。あれはもう十年前だ。
『お前がマーガレットか。僕の名はフェリックスだ。僕は侯爵の息子、お前は伯爵の娘だから『フェリックス様』と呼ぶように」
十歳のフェリックス様から高圧的にそう言われた。まだ七つの私はなんだか威張った男の子だな……と思ったが『わかりました。フェリックス様』と素直に返事をした。
そして続けて、
『僕は将来立派な近衛騎士になって、ステファニーを守る。これは約束なんだ。だからお前よりステファニーを優先する事があっても文句を言うな』
挨拶もそこそこに彼の口から飛び出したのはこんな言葉だった。
それからフェリックス様は有言実行。何をさておいてもステファニー様最優先。私は二の次三の次どころから五……いや八の次ぐらいに回される事になる。
最初のうちは戸惑った。婚約者同士というのは、こんなにも余所余所しいものなのかと。この状態で十年。もうこの状況にも慣れた。これが私にとっては当たり前。
この国では十五で殆どの貴族は学園へと通う様になり、夜会などへも参加可能となるのだが、私はフェリックス様に誘われた事はない。
最初の内は、誘いの手紙が来るのでは?と待っていたが、もう待つ事も止めた。夜会も父にエスコートされ、二、三度参加してみたが、それすら億劫になり、最近では参加する事すらない。
当然今回の夜会が特別なのではなく、いつも同じなのだが、学生にとってはこの夏の夜会は特別な意味を持つ。
この夜会で打ち上がる花火を想い人や恋人、婚約者と一緒に見ると生涯幸せになれるのだという言い伝えが、この学園には残されているからだ。
夏の夜会の二ヶ月程前から、婚約者の居ない者達はソワソワしているし、婚約者や恋人の居る者はドレスやアクセサリーの準備に余念がない。
二ヶ月も前から学園全体が浮足立っている感じだ。
だが、そんな中でも私はいつも通り。学園が終わればせっせと図書館に通う。ただそれだけだ。
婚約者は……相変わらず幼馴染のステファニー·アンダーソン公爵令嬢に夢中なようだ。知りたくもない情報だが、お節介な人というのは、親切?にも教えてくれるのだ。
『この前、観劇に劇場へ行ったら、偶然フェリックス様とステファニー様がご一緒しているのを見かけましたわ。とても仲睦まじいご様子で』とか『ご存知ですか?ステファニー様が最近、肌身離さず身につけているイヤリング。あれはフェリックス様から贈られた物らしいですわ。確かに、フェリックス様の瞳の色と同じ濃い青色ですものね』とか『ステファニー様もフェリックス様も……お互い想い合っていらっしゃるのに……ステファニー様が生まれながらに王太子殿下の婚約者に決まってらっしゃったから……本当にお可哀想』などなど。皆、何故か薄ら笑いながら私に教えてくれるのだ。私はその全てに『はぁ……そうですか』とニッコリ笑って答えるだけ。
それ以上でもそれ以下でもない。
だって、フェリックス様がステファニー様を大切に想われている事なんて、とっくの昔から知っているのだから。
「いらっしゃい、マーガレット。今日はどんな物語をご所望かい?」
笑顔のサーフィス様に、私は
「そうですね……今日はミステリーを」
と答える。
サーフィス様に教えて貰った本棚に向かうと、そこには
「デービス様、今日はデービス様もミステリーを?」
本を手にパラパラとめくっていたデービス様に出会う。
「やぁ、メグ。そろそろ来る頃だと思っていたよ。今日もいつもの席を確保してる。メグも今日はミステリー?」
今までめくっていた本をパタンと閉じると、デービス様は笑顔で私にそう言った。
「ねぇ、メグ。『夏の夜会』には参加するの?」
本を半分程読み進めた頃、唐突にデービス様から尋ねられた。
「いえ……。今回も参加いたしません」
今の所、フェリックス様からは何の音沙汰もないし、ドレスが届いたという話も聞かない。
「そう……なら、僕と参加しない?」
少し顔を赤く染めたデービス様にそう言われて、私は目をパチクリとさせてしまった。
確かに婚約者や恋人と参加しないといけない……なんて決まりはない。現に私の婚約者は他のご令嬢と参加するのだから。
ステファニー様の婚約者である王太子殿下は他国へと留学中。既にもう十年程になるが、まだ帰国するという話は聞こえてこない。
ステファニー様は私と同じ学園の三年生だが、この分だと卒業と同時に結婚……とはなりそうにない。
お陰で、夜会だの何だのは全てフェリックス様がエスコートしている。……まぁ、別にそれにも慣れたので私はそれについて思う事は何も無い。
「ねぇ……ダメ……かな?」
恐る恐るといった風に尋ねるデービス様の声に、我に返った。
「ダメ……という訳ではありませんが、デービス様、パートナーの方は?」
そう言えばデービス様の事を、私は殆ど知らない。元々は遠い国の伯爵家のご子息らしいのだが、跡継ぎ問題で揉めて、親戚である我が国のルーベンス子爵の元へと身を寄せているらしい。事が事なだけに、あまり踏み込むのも悪いと思い、私は詳しい事を尋ねるのはやめたのだ。