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美豚  作者: よしだとよじ
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9.ブラック企業

 私は重力に耐えながら、気を紛らわすためにキムタクの隣の中吊り広告に目をやった。そこにはいくつもの時事ネタを並べた週刊誌の広告があった。


 総理大臣、議員、官僚の汚職やら批判の記事、アイドルの華やかなグラビアからアンダーワールドなネタ、有名人の結婚・離婚やら不倫といった裏話に、料理レシピ、健康情報という内容が並んでいた。


 その他にも週刊誌の中吊り広告はいくつもあった。いくつかの週刊誌の中吊り広告で目に付いた記事では、「婚活」というキーワードや不況に伴うサラリーマンの辛い現況をつづる記事であった。


「ブラック企業」「倒産」「給与カット」「転職失敗談」「理不尽な上司への怒り」等などというものであった。


 こんな会社に行った人はどうなんだろうかと、私は数年前までは他人事のようにこんな記事の文面を眺めていた。それは週刊誌やテレビの中での話だと思っていた。


 この週刊誌の記事と本間が自ずとラップしていった。ここで二ヶ月前の会社でのちょっとした事件を思い出した。


 その日は雨の月曜日だった。社長は朝から機嫌が悪くピリピリしていた。そんな時は決まって難癖をつけられた社員は怒鳴られていた。そして、それは起きた。


「カチョー!」

 社長からのいきなりの怒声に社内は凍りついた。課長の長田はいつものようにバネが飛び跳ねるように席を立つと、社長はすでに部屋の入り口に立っていた。


「書類は相手に届いてんのか!」

 送付書類なら私が送ったのであろうが、社長が言っている書類が何のことだかは長田にしかわからなかった。長田は目を泳がせてまるで弁明するように社長へ答えた。


「はい。金曜日に送っております」

 しかし、この社長が長田の言い訳だけに引っ込む訳がなかった。

「送っただけでどうすんだよ!バカ!俺は届いてんのかって聞いてんだよ!」


 長田はすぐさま受話器を手に取ると直接大声で「本間!すぐ来て!」と大声を出した。内線になってないよと私は噴出しそうになった。


 本間は部屋の入り口に立つ社長の元へノコノコとやってきた。私はここでこの話が何のことかわかった。金曜日、本間が作った資料を長田が社長室へ持って行き、社長室から戻ると本間に「毎日商事の香川次長へ郵送しろ」と言いつけていた。


 書類は私が送るので、私は長田の目の前でそのまま本間から書類を受け取った。送り先について「毎日商事は生田部長ではなく香川次長でいいんですね?」と確認もしていた。


 いつもその会社には、社長の古くからの友人で懇意にしている生田部長へ書類を送っていたので、本当に香川次長いいのか気になり確認したのである。


 長田は「そうだよ」と切り捨てるように私に言った。その言い方がまたムカついたのでこの話はよく覚えていた。この金曜日の郵送のやり取りで本間に何の役もなかった。


 社長は本間を見ると、「誰に送ったんだ!」と怒鳴った。社長の質問は「届いたのか?」から「誰に送ったんだ?」に変わっていた。本間はいきなりで何のことかわからず、長田の顔を伺がった。


「金曜に送った書類の件だよ!」

 長田の言葉に本間は何のことかわかったようで、「確か先方の次長宛でしたよね?」と長田に言った。


 長田は何の反応もせず知らん顔をしていた。社長はそれを聞いて発火したように怒り出した。

「何で生田でなく次長なんだよ!だいたいお前は書類送った相手もわかんないのか!」


 本間はあまりの社長の怒りように押し黙っていた。社長はさらに続けた。

「で、書類は届いてんのか!」

「金曜の発送ですから今日には届いているはずです」と本間はすかさず答えた。


「確認してないのか!先方に聞いたら届いてないって言うから聞いてんだよ!バカ!だいたい何で生田でなく違う人間に送るんだよ!バカか!」


 長田は黙ってうつむいていた。本間は「すみませんでした」と怒鳴る社長へ頭を下げるが、社長のボルテージは治まらなかった。

「誰に言われて違う奴なんかに送ったんだ!え!お前、書類もまともに送れないのかよ!」


「申し訳ございません。以後気をつけます」

「毎日、毎日ボケーっと何しに会社に来てんだよ!」

「申し訳ございません」

「『申し訳ございません』じゃないんだよ!給料もらってんだろ!」

「はい」

「誰が生田でなく他の人間に送れって言ったんだよ!バカ!」


「課長です」

 そこで私は口を出した。社長は黙った。長田は私をチラ見するとうつむいていた。


 社内は社長の怒声が止んで電話のベルだけが響いていた。私は続けた。

「送る前に課長にも確認しました」


 その時、社長の後ろから望月がやってきて、電話で受けた伝言を社長へ伝えた。

「毎日商事の生田部長からお電話で、書類は届いてましたとのことで、すみませんとのことでした」


 それでこのバカバカしい話は一件落着したが、この訳わからない連中のいざこざに口出しした自分に反省した。


 一方、派遣の身である私が、自衛のためでもないのにこんな口出しする必要があったのであろうか。また、長田は面白く思っていないだろう。しかし、私は間違えてなく、言わずにいられなかった。


 本間が何も言わなかったのは、言っても無駄だしバカバカしいからだったに違いない。また、何か言い返そうものなら、社長の槍玉に挙げられるだけであるからだろう。


 何を言われようと、受け流して済むならそれでよかったようだ。既に本間のフィールドには、こんな下らない会社はなかったのであろう。


 この会社の社員は全員そんな考えであるかもしれない。どのエピソードでもそんな終わり方をしている。そして、ある意味“穏和”なのである。


 本間はその一ヵ月後に会社を辞めた。

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