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美豚  作者: よしだとよじ
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5.胃薬の広告

 駅に到着しドアが開かれると、私も憧れの彼も外へ押し出された。せっかくの丁度いい立ち位置もこれまでとなった。


 車内から電車を降りる人と一旦降りる人が一斉に吐き出され、再び私たち乗車する人たちは車内に吸い込まれていく。そして、吸い込まれきれない人たちが押しくら饅頭を始める。


 私は車内で押しつぶされながら彼の行き先を追っていた。求めるは彼から見えなくて私から彼が見える場所。


 右へ左へと押し迫ってくる人を交わしたり、その圧力に乗ったりしながら“さりげなく”その位置を狙っていく。そして、最後のひと押しが起こり位置が決まる。


 彼の真後ろであった。これは始めてのシチュエーションであった。私の面前には彼の背中、うなじ、後頭部があった。彼の香りすら感じていた。私は彼を至近距離に感じながら、彼には自分を感じ取らないでもらいたかった。


 目の前とはいえジッと彼を見つめるのは変なので、私は電車の網棚の上の広告に目をやった。


 広告の写真は複数の男女がワイワイ楽しそうにしている飲み会の光景で、飲みすぎ食べ過ぎの胃薬の広告であった。


 上司らしき年長のイケメンな男性に、社内のマドンナ的な若い女性が二人。その横に口の立つようなお調子者っぽい若い男性社員が二名。その横には目立たない男女数名。そして、席の端には冴えないことが目立つような男女二人。


 テーブルにはお刺身、揚げ物、サラダ、焼き鳥、ビール瓶数本と飲みすぎ食べ過ぎをアピールしたような食べ物の陳列。


 みんな“ワイワイ”といった感じに笑顔で何かを言い合っているような雰囲気。こんな楽しい雰囲気を楽しく過ごすにはこの胃薬をといった広告である。


 私は今の電車の乗り換えで、彼との距離感を意識したように、この乗り換えでの“シャッフル”が嫌いであった。せっかくの良い位置が失われるのと、次にまたその良い位置が得られるかわからないからである。


 同じようにこの広告のような飲み会も嫌いであった。もちろんお酒も食事も嫌いではなかったが、始まる前の席決めが非常に嫌いであった。それは私が特に意識しているからであろうか。正直、出来ることなら行きたくなかった。


 半年ほど前にあった会社の飲み会でのことだった。その日は会社の女子の送別会で、課長の長田を含めて十人が参加する飲み会であった。


 長田は仕事で遅くなるため、他の社員全員が先に予約した居酒屋へ行くこととなった。


 居酒屋に入ると、入り口から全員一列になり奥の座敷へ向かって進んだ。先頭を歩くのは予約した男性社員の前橋、辻野の二人で、そのすぐ後には私と本間がいた。


 座敷に辿り着くと、前橋と辻野が後ろを振り返った。そして、二人は座ることなく後に続いてきた全員に「ささ、入って、入って」と手招きして言った。


 その席はテーブルの端が壁際ではないから奥というものがなく、どちらに長田が行くかわからなかった。


 私は長田を避けたかった。そのうち後ろから今回の送別会の主役である女子の木下、その他の男女二人づつ四人がやってきた。


 長田はどちらかの端となる。そしてそちらには送別会の主役である女子の木下が行く。前橋、辻野はその他の女子、望月と宮下のそばを狙っていた。


 望月が美人系なら宮下は可愛い系で、二人とも男性社員から人気のある女子社員であった。もちろん彼女たちは私よりはマシであったが、外に出ればそうでもないレベルであった。


 主役の木下も含めて全員が、出来れば長田のそばは嫌だと思っている。


 だったら長田なんか呼ばなきゃいいのに。呼ばないのがマズければこんな飲み会は止めればいいのにとも思った。


 主役の木下もこんな送別会は望んでいないみたいだし。しかし、もちろん会社のコミュニケーションであり、そういうものでもないことはわかっていた。


 皆が靴を下駄箱に入れて、座敷に上がるものの全員が足を止めた。その間は何秒でもないが微妙な時間が流れた。


 宮下が一方の端の方へ出てしまったがそのまま立ち止まった。顔は明らかに回りを見回すという様子であった。お互いがお互いを意識しているような気配が感じられた。


 しかし、誰もが意識してキョロキョロすることはなかった。先陣を切って座ったのは本間であった。本間は席の真ん中に座った。私も続いてその本間の対面に座った。


 それに辻野が反応した。

「宮下さん、望月さん。掛布さんの隣りは?」

 そして、辻野と前橋はすかさず本間の隣に座り、彼女たちの前を陣取った。


 これで端から固まった。残りの二人の男性が長田と主役の横となる訳である。しかし、何の気を利かせてか男性二人は既に埋まっている反対の端へ向かった。


「タバコ吸うんで端いいですか?」

 そう言いながら端から順番にこちらに目が向いた。私の席から一つ空けた隣に主役の女子の木下がいた。


「女子四人並んだらいいんじゃない?」

 タバコは長田も吸うから関係ないし、女子四人ってのもあんまり関係なさそうな。


 そう思いながらも私は心の中で泣く泣く席を一つずれた。目の前の本間はというと既に無表情で席をずれていた。


 そして、長いテーブルの端に位置する長田の回りの席は、私と本間と主役の木下で囲んで出来上がっていた。


 私は飲み会のこんな微妙なやり取りの席決めが嫌いであった。この電車のシャッフルも似たようなものであった。

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