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美豚  作者: よしだとよじ
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2.女性専用車輌

 それでも私は、朝の身支度には人一倍に気を使う。細い姿見鏡に大きい自分を映しては、あの服にこの服、この服にはこのパンツ?スカート?と、あれこれ毎朝同じように悩む。


 そして洗面台の前でメイクをするにしても、右へ左へ顔を振りああ映してこう映してと演出しては、自分を少しでもよく見せようとしている。


 ひと通り済ませて落ち着くと、その日の栄養源である朝食のバナナを食べながら、朝のテレビ番組を観る。その番組ではいつも決まった時間に流行の情報コーナーと占いがあり、必ずそれをチェックする。


情報コーナーでは甘いものから辛いものまでのおいしい情報から、流行の服にグッズ、最新のスポットが紹介される。占いコーナーでは、嘘かホントかわからない星占いの順位が流される。


 星占いの順位を確認し靴を履いて、「行って来ます」と家を出ると、そこはいつもの会社へ向かう朝だった。


 私の名前は掛布瑠衣。二十六歳の独身派遣OL。独身どころか彼氏もいないし、そんな欠片もない。欠片もないが諦めたわけではなく、願望はきちんとあり、いつも淡い想像はさせてもらっている。


 いつもの通勤の行き帰りにこの道を歩き描く想像は、いつしか妄想へ変化しつつあるようにも感じる。そして、いつまでこの状況が続くのかなと考えは行き着き、この想像やら妄想は“現実”に吸い込まれて終わってゆく。


 その現実へ吸い込まれるスポットにこんな場所がある。駅へ向かう道沿いのビルにある大きな窓ガラスである。


 私は毎朝、そこに映る自分の全身像を眺めながら歩いている。もちろん全身を客観的に眺めるファッションチェックと姿勢の確認であるが、客観的に自分を眺めることで考えさせられることもある。


 ガラスに映る私の爪先から頭までの姿。大きい...というかデブ。


 身長百六十五センチ、体重...もちろん内緒。一般的な太い体型である。私は生まれてからずっとこの自分の姿を眺めている。もう何年、このビルの窓ガラスにこの姿をこうして映しているのだろうか。


 これが自分の生まれつきの姿だから、鏡に映るその自分の姿は、それはそれで仕方ないとも理解している。


 しかし、“現実”に引き出されることもある。小柄で華奢な可愛い女性が窓ガラスに一緒に映し出される時である。


 それまで描いていた想像や妄想がそこで断ち切られてしまう。私の妄想の主人公は、私のようなデブではなく、彼女のような華奢な可愛い子だからだ。


 このビルの窓ガラスには、いつも自分を再確認させられると同時に、テンションを下げさせられる。車でも突っ込んで割れてしまえばいいのに...。


 いつもの時間に駅に着き、いつもの自動改札を通過し、いつものカフェ、トイレの前を通過しホームへ向かう階段を上る。


 いつもと同じその光景の中で、行き交うその人々も同じ光景の一つであるが、改めて一人ひとりを眺めてみるとみんな知らない人である。


 いつも同じ時間に同じ場所を通過するのに、この人見たことあるという人は一人もいない。


 階段を上がりホームへ出ると各乗車位置には長い列が出来ていた。電車は遅れていることはなく「電車がきます」のランプが点滅していた。私はホームを進行方向前方へ進んだ。


 ホームの前方まで来ると、先頭一両目は女性専用車輌となっており、ホームには女性だけしかいない。ホーム床の乗車位置には、四角くピンク地でペイントされ、白い丸ゴシック文字で優しく「女性専用車輌」と書かれていた。


 一両目の女性専用車輌と二両目の普通車輌の間に男性駅員が一人立っていた。駅員は、女性専用車輌へ男性が行かないようにするための監視であろうか。私はその駅員の横を抜けようとした。


 何となく駅員の視線を感じた時、駅員が声をかけてきた。

「すみません」

 私は「はい?」と言って立ち止まり駅員を見た。

 駅員は、ホームの人通りから避けるように一歩退きながら言った。私も駅員と同じく人通りから避けた。


「あの...すみませんが、お客様はこちらから先はご遠慮いただけますでしょうか」

 駅員は言い難そうにも、雑踏の中で聞こえるようにはっきりと言った。

「はい?」

 私はその意味がわからず耳を傾けた。


「ですから...その...こちらからは...」

 駅員は、二度目はさらに言い難そうではっり言わなかった。

「...」

  私は意味がわからなく黙ってしまった。

「すみませんが、お客様はこちらから先はご遠慮下さい」

 やはり駅員の言っている意味がわからなかった。

「何でですか??」

「...」

 駅員は黙ってしまった。


 私は意味のわからない駅員に苛つき、「失礼します」と言って横をすり抜けようとした。

「すみません!お客様...」

 駅員は一歩前へ出て私を止めた。

 何なの?この駅員。「お客様は」ってどういうこと?この人おかしい人?他の駅員呼んだ方がいいのかな。


 私は考えを巡らしながらその駅員に言った。

「何なんですか?」

「ですから、お客様はこの先の車輌はご遠慮くださいと」

  語気を強めた私に駅員はキッパリとそう言った。

「は?『ご遠慮』って何でですか?」

「...」

 押し黙る駅員。


「『ご遠慮』って何でですかって訊いてんでしょ!」

 雑踏の中でも私のこの声は響いたようで、周りの人はチラリチラリと私と駅員の方を向いていた。私は非常に不快な気持ちにさせられていた。

「ですから...」

 駅員はさらに言い難そうで困り果てていた。

「ですから?」

 私はさらに問い詰めた。


 その時、私の後ろを通り過ぎようとした女性に駅員が声をかけた。

「あの、お客様!」

 駅員は私の前を割って入り、後ろから来た女性客に声をかけた。

 ちょっと待ってよ!私の話はどうなってんのよ!


 私はついに頭にきた。駅員がこの女性客と接している隙に一両目に行くこともできたが、私は頭に来て「ご遠慮」の理由を聞くまで行くまいと思った。


 女性客は駅員に呼び止められ、立ち止まった。私は目の前にいる駅員にひとこと言おうと思ったものの、その女性とのやり取りを聞いてみることにした。


 駅員は私の時と同じことを言っていた。

「すみません。お客様もご遠慮いただけますでしょうか」


 私は女性がどんな反応するか見ていた。というか「お客様も」ってどういう意味だろう。

 呼び止められたのは私とこの女性。私たち以外にこの女性専用車輌へ向かう女性は無数にいた。


 私とこの女性の共通点は何だろう。

「えー。今日もダメですかぁ...」

 女性は慣れた口調で駅員に言った。「今日も」ってどういうこと?


 駅員は笑顔ですまなそうに、「すみません」と言って帽子のつばに触れた。

「今日はイメージ変えたのに...残念。やっぱ今日もブサイクでダメですかぁ...」


 女性が残念そうに駅員に言うものの、駅員はすまなそうに笑顔を交えて頭を下げながら、二両目へ手を差し出しながら言った。

「すみません。二両目へお願いします」

 女性は渋々と諦めて、二両目の乗車位置へ向かった。


「今日はイメージ変えた」「ブサイクでダメ」ってどういう意味?私は二両目の乗車位置に立っているその女性を改めて見て思った。


 デブでブサイク。確かにこの女性は、私と同じ種類といった体型の女性であった。もしかしてこの駅員は、女性専用車輌へ行ける人の選別をしているのか。


「あのぉ。それでは今日は一両目へどうぞ」

 駅員は恐る恐る私の顔を見て言った。私はついにブチ切れた。


「『それでは』『今日は』って明日はダメだって言うの⁈ふざけんじゃないよ!どういう意味でダメなんだか言ってみなさいよ!」

「...」

 駅員はまた黙ってしまった。


 その女性を含めてホームにいる人々が、駅員に詰め寄っている私の方を見ているのがわかった。しかし、そんなのはお構いなかった。

「どうして言えないの!」


「すみません。まもなく電車が着ますから」

 駅員は帽子のつばに触れながら、恐縮そうに言って頭を下げた。頭に来ている私はさらに語気を強めて言った。

「ブサイクだからって言いたいの!」

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