私の親友は忘れっぽい
私の親友は忘れっぽい。自分の極狭い範囲の身の回りのこと以外は何でも忘れる。例えば友達の名前とか顔とかその他、人間関係に関わるものは特に。そのくせ勉強はまあまあできるからちょっとむかつく。
あまりにもなんでも忘れるから、1回医者にも行ったけれど、頭の異常とかは何も見つからず、診断結果としては
「興味がなさすぎて覚えない」
だった。私は愕然とした。それにしたって毎日会っている私の名前くらいは覚えて欲しいものだ。
本人は、
「日常生活に支障はないから大丈夫」
と言うけれど、毎日間違った名前を呼ばれるこっちの身にもなって欲しい。
まあ、私以外の人間はさらに酷くて、顔すら覚えないものだから、学校で会ってもわからなくてスルーする。話しかけられれば思い出す努力はして、思い出せずにそのまま会話を始める。それでもその裏表ない親しみやすい性格のせいか、何故か友達は多いみたい。何も覚えない彼女がどう思っているのかわからないけれど。
そんな彼女だが、性格は良くて容姿もそれなりに良い、頭もまあ良い。よく勉強を教えてもらっている。今日はスタバで2人で勉強。
そうそう、私の名前は真央、彼女の名前は結衣。花のJKだ。
「あーちゃん、何頼む?」
「今日も頭文字から違うよ結衣。私はキャラメルフラペチーノにしようかな」
「ごめんごめんちーちゃん、じゃあ私も同じので」
ここ数日は、名前が覚えられないならと、~ちゃんと呼ぶことで覚える文字数を減らし、大きく間違えることも避けようとしているようだ。全部外してるけど。
「私は真央だよ結衣。ちゃんと覚えてよ〜」
「ごめんってまーちゃん、人の名前ってなーんか覚えらんないんよね。許してー」
「はぁ、まあいいよ、というかこんなことしてる場合じゃないよ明日テストだよ助けて結衣先生〜!」
「どの教科がわかんないの?」
「数学〜特に積分〜」
「ふっふっふ、先生が君の数学を完璧にしてやろう……!」
「ありがたや〜!」
結衣先生による熱血指導が始まった。
翌日、私の数学は歴代最高得点を叩き出した。私の記録の中で。
「やったー! 87点だって! 結衣のおかげだよ〜!」
「ふっふっふ、大いに感謝するといい、はーちゃん」
「また間違ってるけどどうでも良い〜! うれしー! ところで結衣はどうだった?」
「97点」
ドヤ顔でサムズアップしながらテスト用紙を見せてきた。
「ムカつく〜」
そんなあくる日、結衣が学校を休んだ。あの憎たらしいほどいつも元気な親友が休むとは。バカは風邪をひかないとか言うけれど、優秀だから風邪ひいたのかな?憎たらしいね。
ともあれ心配ではあるので学校帰りに結衣の家に行くことにした。結衣の家は共働きで大体帰りも遅いから今は1人のはずだ。差し入れにでも行ってやろう。
「いやあごめんねーまーちゃん」
「お、今日は合ってる。あんたが体調崩すなんて珍しいじゃん、風邪?」
「まー多分そう」
「いっつもきっちり早寝早起き8時間するあんたがどうしたのさ。なんかあった?」
「いやあ別に?」
絶対隠し事してる顔だこれ。普段表裏なんでない顔してるくせに今日はどうしたんだろうか。
「そ、そんな見ないでよ……」
顔は可愛いんだよなーこいつ。
「とにかく気を付けなよ〜」
「へいへい」
まあ隠しときたいなら深くは突っ込まないでいいか。言いたくなったらあっちから言うだろうし。
「はいこれ、今日の宿題プリントね」
「ありがと。うわ多っ、泣きっ面に蜂ー」
「提出ちょっと先のやつ多いけど、割とすぐのやつもあるからちゃんとやりなさいよ」
「うーい」
「あとこれ差し入れ」
私はついでにコンビニで買ってきたプリンをあげた。
「あんた好きでしょ」
「いや好きだけど病人にプリンはどうなん」
「文句言うな。掃除もしたげるから」
「まじー? ありがたやー」
「相変わらず散らかってるみたいだからね」
何も覚えられない、覚えるつもりがない彼女の部屋はいつも散らかってるから、たまに訪れては掃除もとい整理をしている。綺麗ではあるからね。掃除というより物を定位置に戻すだけなのだ。
「ん? これは……」
今まで結衣の部屋で見たことのない本を見つけた。部屋の一角に積み上がった本の1冊。
『初心者必見! 美味しいケーキの作り方!』
手に取ってみるとそんなことが書いてあった。
「結衣ーこれってどうし」
「ちょいちょいちょい君待ってくれその本をこっちによこしな」
「どうしたのよ」
「いいから」
よほどこの本が大事らしい。さっきの隠し事に関係あるのだろうか。かなり焦っていると見える。ちょっといじわるしたくなった。
「ははーん、体調崩したのもこれが原因だな〜?」
「…………そうだよ」
「別に恥ずかしがることないって。可愛い趣味じゃない」
「趣味っていうかその……」
結衣の顔がみるみる赤くなっていく。よっぽど知られたくない趣味だったのか。いじりすぎたかなという後悔と若干の不安、気まずさの波が押し寄せてきた。
「ごめんごめん」
微妙な空気に耐えられなくなった私は潔く本を返し、掃除に戻ることにした。いつも飄々としている彼女の、今まで見たことの無い表情だったから調子が狂ってしまった。なんだか気まずいので、掃除が一段落ついたところでさっさと帰ることにする。
「今日も両親の帰り遅い感じ?」
「うん、いつも通り」
「寂しかったら電話でもしな〜、私はもう帰るよ」
「え、ちょ、ちょっと待ってね。もーちょっと帰らずにそこで待ってて」
「ん? わかった」
なんだか焦った様子で台所まで駆けていった結衣が取ってきたのは、どでかいケーキだった。過剰なほどのイチゴで飾り付けられ、中央に鎮座する板チョコには拙い字で『真央誕生日おめでとう』と書いてある。
「真央! 誕生日おめでとう!」
「え、これあんたが作ったの? すごっ!」
「初心者なりに頑張りました」
「てかデッカ」
なるほど、結衣はこれを作るために夜更かししてしっかり体調を崩したのだろう。見た目はちょっと悪いものの、ちゃんと整えようとした努力の跡が見える。何より驚きなのは
「私の誕生日覚えてたんだ」
「もちろん」
「ほんとは?」
「色んなとこにメモって忘れないようにしてた」
ほら、と見せてくれた結衣のスマホの待ち受け、部屋のカレンダー、さっきのケーキの本の中、机のメモと至る所に私の誕生日が書いてあった。全然気付かなかった。
いつもなんでも忘れる彼女が忘れない努力をして、ケーキまで作ってくれた事実に胸が熱くなった。涙出そう。
「普段料理もまともにしないのによく作れたね」
「いやー大変だったよ、普段こういうことしないから分量間違えた……あはは」
「まあでも超嬉しいよ、ありがとうね……!」
2人で食べ切れるかなあ。